第11話 両親と同じ道は歩むまいと、心に決めていたⅡ

 さて十一月も過ぎ去り、十二月になった。

 そしてジャスティンが非常に落ち着かない様子になってきた。


「……」(今日こそは……今日こそは、言うぞ。もう日が迫っている。言わないとダメだ)


 夕食の席で。

 食事もせずに私の顔を見ながらそわそわそわそわと落ち着きのない様子のジャスティン。

 これがもうすでに一週間続いている。


「……」(あ、いやでもオリヴィアもオリヴィアで予定があったりするのかな…)

「ジャスティン」

「な、何だよ!!」(急に声を掛けるなよ!! びっくりするじゃないか)


 私は目の前の大皿に残った、最後の一つ、フライドチキンを指さす。

 そしてびっくりしているらしいジャスティンに問いかけた。


「食べないなら私が食べますが、良いですか?」

「……あ、ああ。勝手にしろよ」(いつものオリヴィアで安心した……)


 まるでいつも腹ペコみたいな、そういう誤解はいい加減やめて欲しいものだ。

 私はフライドチキンを齧りながら思った。

 うん……やっぱりお肉は美味しい。


「……」(いや、でもやっぱり可愛いなぁ。……うちのコックの料理を食べさせてあげたい。ここよりもずっと美味しいし)


 ……仕方がない。私から切り出してやろうか。

 別にジャスティンのお家の料理が気になったとか、そんなんじゃないよ?

 美味しい料理を食べてみたいとか、そんな食い意地が張った理由じゃないし。

 勿論、休暇中もジャスティンと一緒にいたいからとか、そんなわけでもない。

 ジャスティンは友人ではあるが、しかしそれだけだ。

 こんなやつ、別に興味なんてないし、一緒に過ごしたいだなんて欠片も思わない。


 そう、ただ……これはジャスティンを見かねただけだ。

 一週間もうじうじうじうじと悩まれたら、鬱陶しい。

 それだけだ。

 別に私もジャスティンの提案の中身を知って、早く言い出して欲しいなとか、私から話題を振ろうかなとか。

 そういうことをずっと一週間、考えていたわけではないのだ。


 よ、よし……


「オリヴィア!」(よし、言うぞ!!)

「な、何ですか!!」

 

 うわぁ!!

 急に覚悟を決めるな!! びっくりするじゃん!!


「そ、その……」

「は、はい……」

「その、良かったら、聖誕祭の夜……うちに来ないか?」(よ、よし……言えたぞ)


 聖誕祭。

 具体的には聖誕祭前後の冬期休暇、自分の家に泊まりに来ないか?

 というのがジャスティンの提案だった。

 ……十三歳児のくせに女の子を家に呼ぼうとは、中々大胆なやつだ。

 いや、そういう意図は全くないんだろうけれど。


 ところで聖誕祭とは、十二月二十五日に行われる、神の子の生誕を祝う日である。

 そして「聖誕祭の夜」、通称「聖夜」「前夜祭」が差すのは前日の夜のことだ。


 聖誕祭の夜と言われたら聖誕祭の日の夜、十二月二十五日の夜のことを指すと普通は思うが。

 何でも宗教的な意味での一日と、一般的に使用される一日は微妙に範囲がズレているとか何とか、そういう関係らしい。


 さてジャスティンの提案だが、私としては是非受けたい。

 一緒に前夜祭・聖誕祭を祝う人もいないため、一人寂しく寮の自室で祝う予定だったからだ。


 ……という事情であって、どうしてもジャスティンと一緒に過ごしたいからというわけでは、ないんだからね?


 しかし懸念がないわけではない。


「そのご提案は大変嬉しいのですが……」

「……が、何だよ」(や、やっぱり予定や先約が……)

「ジャスティンはご家族と一緒に過ごされるのではないのですか? 家族水入らずの場を邪魔したくはないのですが」


 一般的に聖夜は大切な人と、即ち家族と過ごすのが普通だ。

 まあ、恋人と過ごす人もいるだろうけれど。

 家族団欒の場に女を連れ込む人はあまりいないだろう。


 ジャスティンの家がどのレベルなのかは無知故に知らないが、大貴族だというのは知っている。

 そんな大貴族のご家族の団欒の場に放り込まれて平然としていられるほど、私は精神的に強くはない。


そんな確認をすると……


「……いや、それについては問題ないよ」(あの人たちはいないから……)


 寂寥、憂愁、達観、憧憬……

 その言葉にはそんな複雑な感情が込められていた。

 今にも雨が降り出しそうな、どんよりとした曇り空が私の脳裏に浮かんだ。

 

 どうやら彼は家族とあまり上手く行っていないようだった。

 そうか……そういうことなら、むしろ一緒に過ごしてあげた方が良さそうだな。


「そうですか。それならば是非、お招きに預かります」


 こうして冬期休暇、ジャスティンのお家にお邪魔することになったのだった。






 魔法校が冬期休暇に入ったのは、聖誕祭の三日前。二十二日のことであった。

 待ち合わせの場所は生徒たちを迎えに来た保護者や従者で込み合っていた。

 

 私とジャスティンは“親子の感動の再会”を遠巻きに見守る。


「……」(……親が何だって言うんだ)


 内心で吐き捨てるように。

 しかし寂しそうに、羨ましそうな目でそれを眺めるジャスティン。


 ほんの少しだけ共感してしまう。

 ……いや、まあ別に私はジャスティンとは違って、寂しくなんてないけれどね。


 そうこうしているうちに長身の男性がこちらに近づいてきた。

 彼はジャスティンに対して恭しく一礼する。


「お迎えに上がりました、……ジャスティン様」

「あぁ、ご苦労」


 執事と思しき男性とジャスティンはそんなやり取りをした。

 それから執事は私の方へと、向き直った。


「ミス・スミス……ですね? お初にお目にかかります」(お、お坊ちゃまが本当に女の子を……)


 顔には出ていないが、感動で打ち震えていた。

 想定外の態度に私は困惑しながらも、「よろしくお願いします」と簡単な挨拶を済ませた。


 それからまずは馬車に揺られて、首都中心部にある駅舎まで向かった。

 そして列車の一等客室に揺られ……およそ二時間。

 列車を降りて馬車に揺られ、さらに一時間ほどして……


 美しい田園地帯に出た。

 そしてその田園地帯に聳え立っていたのが……


「……城」


 非常に美しいお城だった。


 ………………

 …………

 ……


 え?


 あれ、ジャスティンの家なの?


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