第10話 両親と同じ道は歩むまいと、心に決めていたⅠ

 「両親と同じ道は歩むまいと、心に決めていた。」



 著:C・A・オリヴィア・スミス

 訳:九条薫子





 ある日のこと、図書館で勉強している最中……私はジャスティンの顔を眺めつつ、彼との出会いを思い出しながら物思いに耽っていた。


 ジャスティンは私のことが好きらしい。

 まあ、それはいい。

 確かに私は可愛い――私よりも顔が可愛い女の子を私は見たことがない――ので、惚れてしまうことは決しておかしな話ではない。

 私が罪な女であることで済む話だ。


 だがそれは普通の男子ならばの話。

 私の認識が正しければ……ジャスティンは女性嫌いであり、そして恐怖を抱いている。


 そこで気になるのが一つ。


 ジャスティンは私については怖くないのだろうか?


 ……いや、それは語弊がある。

 実際のところ私も女性である以上はジャスティンにとっては恐怖の対象であることは変わりない。

 だから全く怖くない、嫌悪の対象ではない……というわけではなさそうだ。


 だがそれ以上にオリヴィア・スミスは無害だと確信している、もしくは恐怖以上に私への好意が優っている様子だ。

 しかし私は彼の信用を勝ち取ることも、彼から好意を得るようなこともしたことも、覚えがない。


 何か変わったことと言えば、彼の目の前でゲロを吐いたくらいだ。

 さすがにこれはあまり関係ないだろう。

 まさか、私のゲロを見て惚れたなどということはあるまい。


 ……ないよね?


「……俺の顔に何か、ついているか?」(あまり見つめられると緊張するんだが……)


 ジャスティンは実は異常性癖の持ち主なのではないかと少し心配していると、さすがに気付かれた。

 緊張は勿論だが、若干の恐怖の色も見える。

 

 どうやら自分から私に接触することはそれほどではないが、私から接触されたり、見つめられたりするのはそれなりに怖いらしい。

 ……一体、過去に何があったのか。

 何だか闇深いものを感じてしまう。


「いえ、すみません。少し考え事を」


 まさか「あなたはゲロに興奮する変態ですか?」などと聞けるはずもない。(もし違ったらそんな訳の分からない発想に行き着いた私が変態扱いされそうだし、正解だったとしたらちょっと付き合い方を改めなければならなくなるだろう)


 適当なことを言って誤魔化す。

 すると唐突にジャスティンが立ち上がった。

 

「どうしましたか?」

「集中力も切れてきたし、紅茶でも飲みに行こうかと思ったんだ」(サンドウィッチでも摘まもうかと)


 要するに小腹が空いてきたから、紅茶を飲みに行こうという話だ。

 実はあれ以来、私もジャスティンもお茶会には行っていない。


 まあ、さすがにしばらく日を置いた方が良いと思ったのだ。


 とはいえ、そろそろ解禁しても良い頃合いだろう。

 そこで私も一緒に行こうと、立ち上がり……


「……別に無理に一緒に来なくてもいいぞ。行きたいわけじゃないんだろう?」(前はそう言ってたよな?)


 ……は?

 

「……別に行きたくないわけではないですよ」

「でも一緒に来たいわけでは、ないんだろう?」


 ニヤニヤと笑いながら彼はそう言った。

 ……どうやら喧嘩を売られているようだった。


 私は再び座り直し、教科書へと視線を下ろした。


「そうですね。では、行ってらっしゃい」

「……なっ!」(素直じゃない奴……)


 別に私は多少、お腹が空いていても集中できる。

 ……まあ、ジャスティンがどうしてもと言うなら、一緒に行ってあげなくもないけど。


「……ああ、いいよ。分かった。行ってくる」(そんなに俺と一緒が嫌なら、もういいよ……)


 しかしジャスティンはしょんぼりとした調子で、一人で行ってしまった。

 一人、取り残される私。


 ……え?


 途端に胸がきゅーっと、締め付けられるような心地がした。

 気が付くと私は立ち上がっていた。


「待ってください」

「……どうしたんだよ」


 私が呼び止めると、ジャスティンは不機嫌そうな表情でそう言った。

 ……ちょっと怒っているようだ。


「……少し気が変わりました」

「何がどう、変わったんだ?」

「……あなたが」


 どうしてもと頼むなら、行ってあげてもいいです。

 と、そう言おうとして……私は口を噤んだ。


「……早く言えよ」

「あなたと一緒にティータイムを楽しみたいです。一緒に行きましょう」


 胸を抑え、彼から目を逸らしながら私はそう言った。

 胸を抑えたのは心臓の鼓動が苦しいほど鳴っていたから。

 目を逸らしてしまったのは恥ずかしくて彼の顔を直視できなかったからだ。


 ……しょうがない、

 認めよう。

 私はジャスティンと一緒に過ごす時間に心地よさを感じているし、楽しいと思っている。

 それに一人にされるのはとてつもなく寂しくて、辛いのだ。


 素直に言ってあげたんだ。

 今度はそっちが譲歩する番だろう。


 そんな想いで私はチラっと視線を上に向けて、改めてジャスティンの顔を見た。

 彼の顔は真っ赤に染まっていた。


「そ、そうか。……し、仕方がない。一緒に行ってやるよ」


 彼は私から目を逸らしながら、そんな言葉を口にした。

 ……それは私の望んだ回答ではなかった。


「……仕方がないから、ですか?」

「い、いや……」


 私が問いかけると、ジャスティンは口籠った。

 じっと……私はジャスティンの顔を見つめた。

 彼は後退りをした。


 そして……


「俺もお前と一緒に行きたい。……一緒に行こうか」

「はい。……行きましょう」


 さて、そんなこんなでお茶会会場まで来たのは良いのだが。


「……」

「……」


 ジャスティンが黙ってしまった。

 

 どうやら恥ずかしくなってしまったらしい。

 ……いや、別に私は全然、恥ずかしくなんてないんだけれどね?


 一方的に恥ずかしがっているのはジャスティンだけだ。


 ただ沈黙が気まずいなと、それだけだ。

 照れてないし。恥ずかしいなんて思っていない。

 私は大人なのだ。

 この程度のことで男友達と会話ができなくなってしまうほど、シャイではない。


 そんな、「好きな男の子にちょっと素直になったら、恥ずかしくなって、何て言えば良いのか分からなくなっちゃった女の子」みたいなことは、これっぽっちもない。




(……オリヴィアは俺のこと、どれくらい好きなんだろうか?)


 ……別に好きじゃない。


(それともやはり友人としての感情しかないのだろうか? ……恋愛なんて嫌いだって言ってたもんなぁ)


 そう、私は恋愛なんて嫌いだ。

 特に身分違いの恋は絶対にありえない。

 母と同じようにはなりたくない。

 だからジャスティンの恋が叶うことは絶対にない。


 ……どこかではっきりと、言ってあげた方が良いのだろうか?

 彼のためにも早い段階ですっぱりと諦めさせて、新しい恋を探すように促した方が……


(そういえばそもそもオリヴィアはどうして恋愛が嫌いなんだろうか? ……具体的には聞いたことないな。俺はオリヴィアのことを何も知らない……いや、聞き辛いから聞くに聞けないんだけれどさ)


 ……そう言えば私もジャスティンのことを何も知らないな。

 女嫌いなのもどうしてかは想像はつくけど、過去に何があったのかは知らないし。



 どこかで話し合わないといけないけれど。

 いつ話し合えば良いのか。

 どう切り出せば良いのか。


 ……告白されてもいないのに、「あなたと恋愛はできません」なんて言いだすのはなんか変だし。

 かといって、フルためにジャスティンが告白してくれるのを待つというのは変な話だし。



 今後の彼との関係をどうするべきか。

 私は紅茶を飲みながら物思いに耽るのであった。


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