第12話 両親と同じ道は歩むまいと、心に決めていたⅢ

 正直、舐めていた。


 貴族と言ったって、封建時代みたいなとてつもない特権があるわけでもない。

 様々な特権や権利は二度の革命で失われた。

 度重なる選挙法改正と選挙権拡大もあって、政治的な権力は相対的に衰退している。


 そして近年は資本主義の発展に伴い、経済力は衰え続けている……

 今じゃ、ただの地主みたいなものでしょう?


 と思っていた時期が私にもありました(十分前)。


 結論から言えばジャスティンは……否、ジャスティン様のお家は私が暮らしていた救貧院が馬小屋に見えるレベルの超巨大なお屋敷、というか城を保有していた。 

 そしてこの城から目に見える範囲はすべてジャスティン様のお家のご領地なのだとか。


 いやー、貴族って凄いな。


「大変、よくお似合いですよ。ミス・スミス」(まぁ、本当に可愛らしい……ジャスティン様がお気に召されるのも当然だわ)


「ありがとうございます」


 ご年配のメイドの賛辞を受け取ってから、私は改めて鏡に映る自分を眺めた。

 そこには子供用の明るい黄色のドレスに身を包んだ、女の子がいた。


 到着早々に制服を脱がされ、ドレスに着替えさせられたのだ。

 ……一応何枚か私服は持ってきてはいたのだが。

 こんなみすぼらしい服をこの城では着せられないと判断されたらしい。


(それにしても良かったわ……何であれ、ジャスティン様が女の子に対して興味をお持ちになられて……ミス・スミスには感謝をしなければ)


 と、そんなことを考えているメイドさん。

 正直なところ、私は歓迎されないと思っていた。


 何しろ私は救貧院育ちの私生児である。

 出身身分としては最底辺だろう。


 そんな私とジャスティンははっきり言って不釣り合いだ。

 だから果物についた毛虫のように忌み嫌われると思っていたのだが……


 ヒャッハー! 女だぁ!!

 ジャスティン様が女を連れてきたぞ!!

 宴だぁ!!


 っと、まあこのお城に勤務している召使の方々の脳内は大体こんな感じだった。

 表情には出ていないが、頭の中ではファンファーレが響き渡っている。


 ……ジャスティン、どんだけ女の子が苦手なんだ。

 ところでたった今、お城の召使に若い女性がいないことに気付いた。


 男性と年配の女性ばかりだ。

 うーん、闇が深い。


「……ジャスティン様とはどのような経緯でお知り合いに?」(ミス・スミスのどのような点をジャスティン様がお気に召されたのか、聞きださなくては)


 もちろん、歓迎しているのは「ジャスティンが女に興味を持ったこと」であって、私自身ではない。

 早い話、私は当て馬扱いされているのだ。


 ジャスティンが私のどの部分に惚れたのかを調べて、それをジャスティンの婚約相手決定の参考にと、当主であるジャスティンの父親に伝えるつもりでいる様子だ。


 私自身に関しては……まあ、「愛人になる分なら別に」と、その程度に考えている様子だ。


 ……まあ、実際のところ貴族が愛人を持つのはありふれた話だし、どこどこの誰々は何とか公の庶子だという話も、良く聞く話だ。


 私の母親に愛人にでもなれば良かったのに……

 正妻じゃないと嫌だとか、無茶な駄々を捏ねたのだろうか? それとも、愛人にも相応の身分が求められるものなのだろうか? ……まあ、どうだっていい話だ。


「同じ“王の学徒”だったので。それを切っ掛けに……一緒に勉強とかをしているうちに親しくなりました」

「なるほど。それにしても“王の学徒”ですか。……それは大変、素晴らしいことです」(私生児の、それも救貧院の育ちなのに……とても頑張ったのね。凄い子だわ)


 感心された。

 ……まあ、悪い気はしない。“私生児と救貧院”は余計だが。


(……やはりジャスティン様は賢い子が好みなのかしら? ジャスティン様は十三歳にしては大人びた子だし……でも、“王の学徒”レベルとなると早々いないわよねぇ。特に女の子だと……)


 近年、魔法使い不足の影響も手伝って、上流階級・・・・の女子教育は急速に進んでいる。

 が、それを抜きにしても魔法校へと進学する女子の全体数はかなり少ない。


 魔法校に入学できるほどの教育資金(家庭教師等)と学費を用意できるような上流階級の女性は、上流階級の男性と結婚して安泰、という感じの人生プランを描いている場合が多い。


 彼女たちに必要なのは学業の成績ではなく、嫁入り修行である。

 真剣に勉強する動機は薄いだろう。


 逆に真剣に勉強する動機が強い、中流や労働者階級出身の女子がカナリッジ魔法校に入学することはとても難しい。

 教育資金や学費を用意できないからだ。

 ……というか大抵の親はまず先に男子に投資する。女子は二の次三の次だ。


 女の子に教育など要らないという考えの親は少なくないし、私も似たようなことを小学校で言われたことがある。


 そういう事情もあり、カナリッジの男女生徒数の均衡はやや女子の方が少ない。

 

 進学する全体数は男子の方が圧倒的に大いにも関わらず、女子の数が「やや少ない」で済んでいるのは、進学する男子の数が多い分、男子校の数も多いからである。


 カナリッジと同格程度とされる、国内の優秀な魔法校は七つあり――七大魔法校と呼称されているが――、そのうち四校、つまり過半数以上が男子校だ。


 魔法校の中には女子校もあるにはあるが、まだまだ歴史が浅く、教育の質も決して高いとは言えないので、もっぱら優秀な女子はカナリッジのような、七大魔法校のうち男女共学の三つに進む。

 

 そういう事情で男女比の均衡がギリギリ保たれている。

 もっとも、今後進学する女子の数が増えたり、女子校への人気が高まった場合は、これも変わるかも……

 いや、カナリッジは七大魔法校の中ではトップだし、どちらにせよ男女の上澄みが目指すから、あまり変わらないかもしれない。


 ……そう言えばジャスティンは女嫌いなのに、共学のカナリッジを選んだのか。 

 ちょっと不自然……いや、親が卒業生とか、そういう理由があればそこまでおかしくもないか。


「……ところでミス・スミスにとってジャスティン様はどのような方ですか?」(これだけはしっかりと確認しておかないとね)

「……どのような、とは?」


 ……聞き返さずとも、彼女が確認したいことは分かっている。

 ジャスティンがオリヴィア・スミスのことが好きなのは明白。

 では、オリヴィア・スミスはジャスティンをどう思っているのか。そういうことだろう。

 

 それは恋愛感情の確認は勿論のこと、家柄や金目当てとか、そういうことを彼女は確認したいはずだ。


「素敵な男の子だと、思いませんか?」

「……」


 私を試すような視線を感じた。

 一方で私は……何故か顔が熱くなるのを感じた。


「別に……ただの友人です。それ以上でもそれ以下でも、ないです」


 思わず目を逸らしながら、早口でそう答えてしまった。

 これはあまり心象が良くない。失敗したなぁー、と思ったのだが……


「あらあら……」(それもそうよね……十三歳児がお金とか、家柄目当てなわけないか。それを抜きにしても、ジャスティン様は同年代の子と比較して容姿も良いし、学業もスポーツもできるし……ジャスティン様も隅に置けないわねぇー)


 どうしてか分からないが、この女性は私がジャスティンのことが純粋に好きだと、勘違いしたらしい。

 間違いは正さないとな。


「別に私はジャスティン……君のことが好きということは、ありません。もしそう思っているならば誤解です」

「うふふ、分かっているわよ……大丈夫。お姉さん、口が堅いから」(みんなに教えてあげないと)


 このババア、息をするように嘘をつきやがって。

 こういう卑怯な大人には絶対になるまい。


 私は堅く誓った。


 




 さて、そんなこんなでお着換えを終えた私は部屋を出て、改めてジャスティンと対面した。

 彼もまた貴族の子息らしい服に着替えを終えていた。

 ……ちょっと大人っぽく見えるな。


「……着替え、終わったか」(ドレス姿なんて新鮮だな……)


 ジャスティンは口調はぶっきらぼうな口調でそう言った。

 とはいえ心の中は、何というか……そわそわしていた。

 そんな気持ちが私にも伝播したのなか……私もそわそわしてしまう。


 と、そこで召使の一人がジャスティンに耳打ちした。

 

 ドレスを褒めてあげたら如何でしょうか?


 と、声は聞こえなかったが、読心能力の範囲内であったためにどういうことを言ったのかは読み取れた。

 そして召使の言葉にジャスティンは顔を真っ赤にさせた。

 

「……馬子にも衣裳だな」(凄く似合っている、可愛いなんて恥ずかしくて言えるわけないだろ)


 私は自分の顔が熱くなったのを感じた。

 ……こ、これは、違う。

 照れているわけではない。

 むしろ……そう、失礼な物言いに怒りを感じているからだ。


「そう、ですか。……ええ、素敵なドレスをありがとうございます」


 私は目を逸らしながら、小さくそう答えた。

 するとジャスティンは何故か、焦り始めた。


(ま、不味い……お、怒らせてしまったか?)


 ……そうだよ。

 私は怒っているのだ。

 勿論、ジャスティンから直接誉め言葉が欲しいとか、そんなことは全然、これっぽっちもないのだが。

 やはりドレスを着た女性レディを褒めるのは男性ジェントルマンの義務だ。

 ジャスティンの先ほどの言葉は私に恥じを掻かせたようなもので……


「ま、まあ……綺麗だと、思うよ。うん」(本当に可愛らしいと思う。……妖精みたいだ)


 ――ッ!? 

 心臓が大きく跳ねた。


「ど、ドレスが……ドレスが、だけどな!」

「い、言われなくとも分かっていますよ」

 

 あたふたしてしまう私たち。

 それを暖かい目で見守る使用人たち……

 ええい、だから微笑ましいものを見るような目で見るな!!

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