「決心」

 突然ですが、私の大好きな人は、私じゃない女の子と付き合い出しました。

 私の初恋は、無惨にも失敗に終わってしまったのです。


 後悔はしていない……と言ったら、それは嘘になる。

 あの時もっとあーしとけば良かったなんて場面は、ちょっと思い返すだけでも後悔だらけだ。


 私が密かに想いを寄せていた相手の彼女は、私よりもっと後に知り合った相手だから。

 だから二人が知り合う前に、私がもっと自分に素直になる事さえ出来ていれば、もしかしたら結果は違ったんじゃないかと思ってしまう。


 だけど私は、それが出来なかった。

 思い返せば、小さなプライドがあったのかな? 告白は相手からしてくれるものっていう、自分勝手な価値観がどこかにあったせいで私は動かなかった。


 あの日あの時、素直に自分の気持ちを伝えてさえいれば……なんて今思ったところで仕方がないのに、それでもどうしてもそんな事ばかり考えてしまう自分が嫌だった。


 彼と付き合い出した女の子は、同性の私から見ても本当に可愛くて、はっきり言って完璧にすら思える女の子。

 そして、私の大事な友達でもあるという、客観的に見れば非常に厄介な状況だったりする。


 だから、今思えば彼と彼女が知り合ったが最後。

 あの日、あの子が転校してきたあの瞬間から、きっと私の勝ち目なんて無くなってしまっていたんだろうと思う。




 ――そんなわけで、私、田中美咲は只今絶賛失恋中なのであった。


 今日もいつも通り教室へ入ると、私は初恋相手の彼、山田太郎くんの席へ行って元気よく挨拶をする。


 太郎くんと言えば、昔は全然目立たなかった……ううん、目立とうとしていなかったのに、ある日を境にそうじゃなくなった。

 長かった前髪をバッサリ切ると、その元々整っていたお顔をしっかりと皆に見せるようになったのだ。

 だから、太郎くんの彼女の華ちゃんは確かに物凄い美人だけれど、その隣を歩くのがこの太郎くんなら、客観的に見ても違和感は無いお似合いな二人だった。

 それ程までに、太郎くんは実はとんでもないイケメンだったのだ。


 だから私は、その事が周りに知られるのは正直嫌だった。

 今も華ちゃんっていう誰も敵わないような彼女がいるのに、クラスの女子達は能天気に太郎くんの事を狙っているような発言をして楽しんでいるのだ。


 私だけが知っていたのに……っていう、自分でも浅ましい思いがある。

 だけどそれ以上に、私はこれまで太郎くんの事を蔑んでいたくせに、そんな風に簡単に手の平を返すような人達が無理だった。


 まぁでも、私も客観的に見たら同じ嫌な子だったのかもな……と思うと、人のこと言えない自分にも嫌気がさしてくるのであった――。



 ◇



 帰り道。

 私は一人で歩いている太郎くんに気が付いた。


 今日は華ちゃんと帰らないんだ? 珍しいなと思いながら、私はそんな太郎くんに駆け寄った。



「あれ? 今日は一人?」

「あ、田中さん。うん、今日は華子さんはクラスの友達と遊び行くみたいで」

「そうだったんだ」


 あの華ちゃんが、今では友達と遊びに行く程までにクラスに打ち解けている事が私は嬉しかった。

 大好きな彼の彼女という言わば宿敵のような存在だろうと、それでも友達は友達なのだ。

 そんな友達が、しっかりと良い方向に前進しているのなら、それは純粋に喜ばしい事だった。


 ――でも、ごめんね華ちゃん。

 今日だけは、太郎くんを貸してください。


 私は、あの日太郎くんにフラれて以降、私の中でずっと蓋をしてきた感情と再び向き合う覚悟を決める。



「じゃあ、途中まで一緒に帰らない?」

「ん? う、うん、大丈夫だよ」


 ぎこちなく返事をする太郎くん。

 そりゃ、一度振った相手と二人きりで帰るなんて、普通気を使うか……。

 なんて思いながらも、それでも私は自分勝手を重々承知しつつも、この機会を容易く手放すつもりなんてなかった。




「その後、華ちゃんとはどう?」

「んー、どうって……その、順調だよ」

「そっか、なら良かった」


 私の質問に、答えにくそうにしながらも、ちゃんと返事してくれる太郎くん。

 私、今結構太郎くんに意地悪な事してるのかなーとも思うけれど、それでもここで引くわけにはいかなかった。



「私はね、あれから色々考えたんだ」

「そ、そっか……」

「あ、太郎くんは気にしないでね。これは私の問題だし、太郎くんに断られた事だって今ではプラスに捉えてるんだからね」

「う、うん」

「でね、考えた事なんだけどね……ごめんね私、やっぱりまだ太郎くんの事が好きみたい」

「え?」


 私の一言で、お互いの歩みを止める――。

 太郎くんは、驚いたように私の顔を見つめてくると、それから困ったように頬を指でかいていた。


 その仕草だけで、何を言いたいのか分かってしまったのがやっぱり悲しかった。

 でも、それでも私は自分の気持ちをちゃんと伝えておきたかった。



「太郎くんが華ちゃんの事を大好きなのは……うん、分かってるんだ。だからこれは、私の勝手な気持ち。ごめんね、困らせるような事言って」

「……いや、俺はなんていうか、そう言って貰えるのは、その、凄く嬉しい……です。田中さんには本当に色々と救って貰ったし、俺にとっては大事な存在で……でも、それでも今はその、華子さんと付き合ってるからなんていうか……」

「――うん、いいんだ。ありがとう」


 ……やっぱり優しいな。

 だから私は、彼の事がこんなにも好きになってしまったんだと改めて実感した。



「太郎くんの気持ちは、分かってるつもりです。――だから私は、決めたんだよね」

「決めた?」


 驚く太郎くんに、私は一回深呼吸をしてから、太郎くんの事をビシッと指差しながら言葉を続ける。



「うん! 私はね、今よりもっと良い女になって、これから太郎くんのことを見返してやるとここで宣言します!」


 ――言ってやった。

 こんなの、勝手に好きになって勝手にフラれて、それから勝手に宣戦布告しているようなもんだ。


 全くもって身勝手だし、太郎くんに迷惑をかけているだけな事ぐらい自分でも重々承知している。


 だけど、どうしても私はこれを伝えたかったんだ。


 こうしないと、きっと私は前には進めないから――。



 ――だからもう少しだけ、私のこの茶番に付き合ってください。



「だからね、太郎くん? 後になって、やっぱり好きだなんて言っても遅いんだからね?」


 私はわざと悪戯っぽい笑みを浮かべながら、そう太郎くんに向かって言葉を付け足した。

 すると太郎くんは、そんないきなりの言葉に一瞬戸惑った様子だったけれど、きっと分かってくれたのだろう。

 そんな私の事を見ながら、優しくニコリと微笑んでくれた。



「……そっか、分かったよ。やっぱり田中さんは強いね」


 そして太郎くんは、嬉しそうにそんな言葉を私にくれた。


 その一言が嬉しくて、私は一度大きく頷くと、自然と涙が頬を伝っているのが分かった――。


 あぁ、やっぱり好きだなぁという気持ちが溢れ出してしまったのだ――。


 駄目だ……私、普通に迷惑な女になってるよね……と思っていると、太郎くんはポケットから取り出したハンカチを差し出してくれる。



「その、俺が言うのもなんだけど、さ……田中さんは本当に優しいし、明るいし、それからその、凄く可愛いと思う」


「なにそれ……本当、太郎くんが言うのもなんだけどだよ、もうっ」


 私は涙を拭きながらも、その言葉が嬉しくて切なくて可笑しくて、思わず泣きながら笑ってしまう。



「ご、ごめん、えと、その……帰ろっか?」

「うん、帰る」


 私は涙を止めると、慌てる太郎くんにニコリと微笑み、そして再び歩き出した。


 それからは、これまでみたいに本当に他愛ない会話をしながら一緒に帰る事が出来た。

 こんな風に自然に二人で過ごしていると、バカな私はまたすぐに勘違いしてしまいそうになる。


 でも、これは今だけだってちゃんと分かっている。

 だからこそ私は、いつかこんな風にずっと太郎くんの隣を歩くのに相応しい人になりたいと思った。


 そのためには、きっとまだまだやるべき事がある。

 でもそれは、太郎くんのためなんかじゃなくて、全ては自分のため――。


 こうして、ずっと蓋をしてきた気持ちをさらけ出す事が出来た私は、本当の意味で自分と向き合う事が出来た。


 隣を向けば、そこには太郎くんの横顔がある。

 私よりずっと背が高くて、かっこよくて、そして優しくて大好きな横顔――。


 そんな、近いようで遠い彼の姿を見ながら、私は決心する。

 いつか絶対に、私の方を振り向かせてやるんだからと――。



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