「西園寺光」※西園寺視点

 あれは、私がまだ中学三年生だった頃。


 何でもない普通の中学の、普通のクラスに、一人だけ普通じゃない人がいた。


 そんな彼は、背が高くスタイルが良いのに、いつも猫背で、オマケにまるで自分の顔を隠すように髪を長く伸ばしていて、その見た目のインパクトだけでも物凄く印象的な存在だった。


 そんな彼の事を、クラスの皆は「妖怪」って呼んでいた。

 中には直接そんな呼び方をする人までいて、私は中学生ながら人間の悪意を度々目の当たりにさせられていたのであった。



 でも、私は知っている。

 彼は、クラスどころか学年でも成績上位者で、そして何より実は優しい人だという事を。


 オマケに、皆は彼の事を妖怪だなんて呼ぶけど、彼のその長い前髪の奥には、他のクラスの男子達なんかよりよっぽど整っている顔立ちをしている事にだって、実は私は気が付いている。


 というか、普通に考えて髪で顔を隠したところで、同じ教室で一緒に過ごしていればその素顔ぐらい見ていれば普通は分かるはずだった。


 じゃあなんで、クラスの他の子達はその事に気が付かないのか。


 それは、きっと髪の毛が直接的な原因ではない。

 みんなが、まともに彼の事を知ろうとしていないからだ。


 そして何より、彼自身も知られようとしていないからでもあった。



 私はそんな、自分を知られようとせず常に人との距離を置く彼とは、残念ながら卒業するまでその距離が縮まる事は無かった。




 自分で言うのもなんだが、私は人より男子からモテる。

 だから、そんな私が彼と絡むことを快く思わない人が、あの頃は周囲に沢山いたのだ。


 以前、私が彼と会話してるところを見たクラスの女子達からは、「よくあんな妖怪と話せるね」なんて笑われ、男子達に至ってはそれを理由に彼に嫌がらせをしているところまで見てしまったのだ。


 だから、私は彼に近づかない……いや、近付けなかった。


 でも、今にして思えばそんな事気にしないでもっと話してみれば良かったと思う。


 中学を卒業すると、勉強の出来る彼と出来ない私とでは、当然別々の高校へと進学する事になってしまい、もう二度と会うことは無くなってしまったのだから――。



 ◇



 ある日、クラスの友達と私はファミレスへとやってきた。


 テスト前だけど、うちの高校ではまともに勉強する人なんてほとんどいなかった。

 名前を書ければ誰でも受かるなんて笑われているうちの高校は、皆進学する気なんて全くなく、高校を卒業したらどこかに就職出来ればそれで良いとお気楽に考えている人ばかりだった。


 それは私も同じで、勉強は苦手だからと最初から諦めて遠ざけて、高校卒業したら好きなアパレル系のところで働ければいいかな? なんて、自分の将来の事なのにぼんやりとしか考えていなかった。


 だって、まだ17歳の自分には、将来成りたい夢とか、そんな具体的な目標なんて何一つ無いから……。


 だからそんな私は、今日も同じような考えを持つ仲間達と一緒に、形だけのテスト前にファミレスへと会話を楽しみに来ている。


 そんな自分に、心のどこかで危機感を感じながらも、将来から逃げて今を楽しんでるだけの今の私は、結局中学の頃から何も成長していないのであった。



 しかし、そんな私はこのファミレスで、まさかの彼と再会を果たしてしまった。


 そして彼は、長かった髪をバッサリと切り、更には髪型をしっかりとセットまでしていた。

 それは、中学の時とは見違えるほど垢抜けており、今日一緒にファミレスへ来ている男子達なんかよりよっぽどイケメンになっていた。



「あれ? 山田くんじゃん」


 思わず私は、そんな彼に声をかけてしまった。

 それはまるで、中学の時の心残りが見えない手となり、戸惑う私の背中をそっと押してくれたような気がした。



「え? なになに? 光の友達?」

「え? てかめちゃイケメンじゃね?」

「あー、うん。中学の時の同級生」


 一緒に来たミキとチエがこちらへやってくると、そんな彼を見てイケメンだと手放しにはしゃぐ。

 すっかり変わった彼は、もう女の子から「妖怪」なんて呼ばれる事はなくなったんだなと、私はこうして彼が変われている事が勝手ながらに嬉しかった。



「どうしたよ? てか誰?」


 そして、そんな私達に気が付いた健児達がやってくる。

 健児は、私達が知らない男の子と話している事に露骨に不機嫌そうにしているのが見てすぐに分かった。


 そんな健児を見て、私は昔の記憶が甦る。


 ―――嫌がらせをされる彼と、何も出来なかった自分


 私はそんな嫌な記憶を振り払うように、ここは笑ってみせた。


 そして、



「もう、山田くん困ってんじゃん! 行くよ! ごめんね山田くんまたね!」


 そう言って、私は極力いつも通りを装いながら、皆を連れて山田くんの前から皆を遠ざけた。



 ――でも、彼の元から去りながらも、どうしても彼の事が気になってしまっている自分がいた。


 すっかり変わっていた彼の目には、一体今の私はどう映ってたのかな?


 私だって、あの頃より可愛くなってるはずなんだからと、私は彼に対して忘れていた淡い気持ちがゆっくりと甦ってくるのであった――。

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