38話「転校理由」

 食事を終え、前回同様お礼に洗い物を手伝った。


 俺が洗った食器を、山田さんが拭いて食器棚に戻す。

 こうしてると、なんだか本当に夫婦になったみたいだなぁなんて事を考えながら、二人で分担してやると後片付けはあっという間に終わった。


 それから山田さんは、食後のミルクティーを用意してくれたため、少し話をしていくことになった。



「改めて、ご馳走さまでした」

「お礼を言うのは私の方だよ。今日は来てくれてありがとう」


 山田さんは、俺の顔を見ながら優しく微笑んだ。


 それから俺達は、控えているテストや、駅前のお店の話しとか他愛のない会話を楽しんだ。


 そしてミルクティーを飲み終え、そろそろ帰ろうかという時間になった頃、最後に俺はずっと気になっていた事を山田さんに質問した。

 それは、今日俺がお呼ばれしてる根本的な理由の話でもあるため、これまで聞かないでおいたがこうしてお呼ばれしてる以上確認しておきたかった事だった。


「山田さんは、その……どうして一人暮らししてるのかな?」


 俺の質問に、山田さんは少し考えるような素振りをしてから語りだした。


「そんな特別な話じゃないよ。私のお父さんがイギリスと日本のハーフで、今はイギリスで仕事してるからお母さんも一緒に行ってるの。本当は私も行く予定だったんだけど、無理を言って日本に残る事にさせて貰ったの。だって、いきなり海外だなんて色々不安だったから……」


 なるほど、じゃあ今ご両親はイギリスへ行っているのか。

 日本人離れしたルックスだとは思っていたけれど、やはり山田さんはクォーターだった。


 そして、山田さんが不安がったのは当然だった。

 俺だって、いきなり海外へ行くと言われたらきっと戸惑うと思うから。

 ただでさえ人とのコミュニケーションが取れない無個性陰キャの頃の俺が、言語の自由まで奪われて海外の学校に一人で通うなんて……考えただけで吐きそうだ、絶対無理だな。


「それでね、私はお父さんのイギリス行きを機に転校させて貰うことにしたの。前の高校でも、あまり上手くいっていなかったから。だからあとは、お父さんの会社からそれ程離れてなくて、誰も知らない転校先の高校を選んでたらここに落ち着いたの」


 淡々と、転校してきた理由を語ってくれた山田さん。

 この街へやってきたのは、どうやら本当にたまたまだったようだ。

 でも、そのたまたまのおかげでこうして山田さんと出会えた事が俺は嬉しかった。


「でも、一人で暮らすのはすぐに寂しくなったの。どうせまた学校でも上手く行かないだろうから、私は本当に一人になっちゃったんだなって。……けど、そんな事無かったよ」


 そう言うと、山田さんは俺の方を見て少し照れたように微笑んだ。

 その微笑みだけで、山田さんが何を言いたいのか分かったし、やっぱりその気持ちが俺は嬉しかった。


「俺も、華子さんのおかげで学校がその……楽しくなったよ」

「フフ、じゃあやっぱり、私達同じだね」

「そうだね」


 俺達は、やっぱり同じだねと笑い合った。

 そんな同じ俺達は、お互いの存在のおかげで良い意味で変わってきている。

 これまで苦痛だった学校生活が、今じゃ楽しみになる程に。


「ねぇ太郎くん、これからもご飯食べに来てくれる?」

「うん、華子さんが良いならいつだって大丈夫だよ。ただその……華子さんは大丈夫なの?」

「大丈夫って?」

「いや、その……やっぱり俺も男だからって言うか、こ、こうしてるとまるで……」


 恥ずかしくなり歯切れ悪くなりつつも俺がそこまで言うと、山田さんも俺が何を言いたいのか分かったようですぐに頬をピンク色に染めた。


 けれど、山田さんは頬を染めながらも真っ直ぐ俺を見つめながら口を開いた。




「……あのね、太郎くんなら私、嫌じゃないよ?」




 その一言に、俺の胸は大きく跳ね上がる。


 それって、どういう……?

 その言葉の衝撃に俺は呆然と言葉を失っていると、更に山田さんは言葉を続ける。


「だから、いつでも来てね?」


 顔を赤くしながらも、ニッコリと微笑みながら再びそう告げる山田さん。

 そんな山田さんを前に、俺は「分かったよ」と返事をするのがやっとだった。


 返事を聞いた山田さんはというと、やっぱり恥ずかしかったのか抱えたクッションに顔を埋めながら悶えていた。


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