22話「誤解と本音」

「太郎くん……もしかして、彼女?」


 山田さんは、あろうことかとんでもない勘違いをしてしまったようだ。


「はい?」

「はい?」


 そんな山田さんの一言に、俺と千聖は兄妹仲良くシンクロしてしまった。

 そんなシンクロしてしまった俺達兄妹を見て、引きつった笑顔を浮かべながら山田さんは更に言葉を続けた。


「あの、ね、太郎くん……お似合いだよ? 彼女さん、可愛いし……」


 山田さんの勘違いはどんどん加速していく。

 とても気まずそうにしながらも、あろう事か俺達に気を遣い出した。


 うん、これ以上勘違いさせておくのも悪いため、俺は山田さんに単刀直入に説明する事にした。


「華子さん、これ妹です!」

「ちょっと、これって何よ!? あ、すみません、初めまして妹の千聖です」


 千聖は、俺に文句を言いつつも慌てて山田さんに向かってペコリと頭を下げた。


 千聖に挨拶された山田さんはというと、訳が分からない様子でキョロキョロと視線を泳がせたあと、ようやく事情が飲み込めたのか途端に顔が真っ赤に染まりだした。


 良かった、どうやら誤解が解けたようだ。


「あの……太郎くんのお友達の、山田華子です……」


 山田さんは顔を真っ赤にしながらも、千聖に向かって自己紹介をした。


「……ねぇ兄貴、聞いてないんだけど」

「ん? 何をだ?」


 千聖は、顔を赤くしながら山田さんに会釈を返すと、ガバッと俺を見て凄んできた。

 いや、聞いてないって何をでしょうか?


「こんな綺麗な人と今日会うってことをよ!」

「あ、あぁ、でもそんな事言われてもなぁ……」

「もうっ! ちょっとどんな相手か気になって来てみたら! 可笑しいでしょ常識的に考えて! なんで兄貴がこんな! なんで!?」

「そ、そんな事言われても……千聖、とりあえず目立ってるから一回落ち着け」


 周りを見渡すと、他の客達が何事かとこちらをチラチラ見てきていた。

 千聖もようやく自分達が目立っている事に気が付き、顔を真っ赤にしながら押し黙った。


 というか、こいつ今はっきりと俺達の事見に来たって言ったよな。

 だからあの時、店に行く時間帯聞いてきたのかこいつ!

 まぁ、店を教えてくれた事には感謝しているからもういいけど、そんなに兄が誰と何してるかなんて気になるもんかねと、俺は呆れて大きくため息をついた。



「フフ、ごめんなさい、フフフ」


 俺達兄妹のせわしないやり取りを一部始終見ていた山田さんは、堪えきれず吹き出すように笑い出した。


「仲良いんだね」

「いや、まぁ……そうかもね」


 涙を浮かべながらコロコロと笑う山田さんのおかげで、慌ただしかった場が一気に和んだ。

 そんな山田さんの天使のような微笑みを前に、千聖もようやく冷静になったようで「すみません、お騒がせしました……」と頭を下げると、待たせていた友達と共に足早に自分達の席へと向かって行った。



 ◇



「可愛い妹さんだね」

「うん、あんな千聖初めて見たけどね。家じゃもっと静かなんだけどさ」

「そうなの?」

「うん、まぁ華子さん見て驚いたんだろうね」


 そんな俺の言葉の意味が分からなかったようで、山田さんはこてんと首を横に傾げていた。


 いいんだ山田さん、貴女はそのまま無自覚に可愛いままで居てくれれば……。



「……でも良かった。太郎くんが遠くに行っちゃう気がしたよ」


 山田さんは、空になったマグカップを指で撫でながら、ほっとした様子でぽつりとそんな言葉を漏らした。


 急に投げ込まれたその言葉に、俺の胸がドキンと跳ね上がる。


 それって、どういう……?


 これまでも山田さんの一挙手一投足に散々ドキドキさせられてきた。

 でも今のは、これまでのそれとは訳が違った。


 思わず出た言葉なのだろう、はっとする山田さんの顔は真っ赤だった。

 そして、それを見る俺の顔も今きっと真っ赤だろう。


「……そ、それは」

「そろそろ次行こ!」


 辛うじて出た俺の言葉を遮るように、立ち上がった山田さんは伝票を持つと、そのままレジへと向かって行ってしまった。


 俺は慌てて山田さんのあとを追い、二人で会計を済ませるとそのまま店を出た。


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