19話「約束の土曜日」

 下校時間。


 今日も一緒に下校するため、山田さんが俺の席へとやって来た。

 俺も立ち上がると、一瞬田中さんと目が合ったが、すぐに視線を外されてしまった。

 目が合った時、田中さんは少し思い詰めたような表情を浮かべながらこちらを見ていた。

 やっぱり何かあるのは間違いなさそうだけど、今日はあれから田中さんは話しかけては来なかった。


 本当に大丈夫かなぁ……と心配になりつつも、山田さんを待たせるわけにもいかないため、俺はそのまま山田さんと一緒に教室を出た。



 流石にもう、俺と山田さんが一緒に下校する事は周囲にも浸透してきているようで、とやかく言われる事や驚かれる事は少なくなった。

 それでも、相変わらずすれ違う人達からの視線を感じるのは、単純にすれ違う相手が山田さんだからだろう。


 今日もご機嫌な様子で隣を歩く山田さんを見ていると、こっちまで元気になってくる魅力があった。


「太郎くん、いよいよ明日だね!」

「うん、そうだね。行きたい場所は目星付けてるから、あとは晴れてくれるといいんだけど」

「大丈夫、きっと晴れるよ」


 そう言うと、山田さんは空を見上げた。

 俺もつられて見上げると、そこには晴れてはいるが若干雲がかかった空が広がっていた。


 それはまるで、明日が楽しみなのと、田中さんの事が気掛かりな自分の心を映し出しているかのようだった。



 ◇



 そしてついに、土曜日がやってきた。


 俺は早めに起きると、寝巻きから昨日のうちに出しておいた私服に着替える。

 外に出る用事なんて、これまで近所のコンビニか漫画を買いに書店へ行くぐらいだったため、一張羅という訳ではないが数少ない他所行きの服に袖を通した。


 今日着る服は、以前家族で大型ショッピングモールへ出掛けた際、あまりに服装に無頓着な俺を気遣って母と妹にコーディネートされた服だから、俺はこの服を信用している。


 着替えを済ませた俺は、それから朝食を済ませて身嗜みを整えると、部屋に居ても仕方ないから少し早めに家から出る事にした。


 母親は、俺が珍しくお洒落をして出掛ける事に驚いていたが、でもそれが嬉しいようで何も言わずいってらっしゃいと見送ってくれた。


 そりゃ、家に引き込もって漫画読んでるより午前中から出掛ける方がよっぽど健全だから、母親の気持ちはよく分かった。


 そして俺より先に起きていた千聖は、今日は部活も休みなようでパジャマのままリビングで1人くつろいでいた。



 ◇



 玄関を開けると、昨日山田さんが言った通り外はからっと晴れていた。

 一応確認した天気予報でも、今日は一日晴れだったため雨の心配は無さそうだ。


 それから駅前について時計を確認すると、時間はまだ九時をちょっと過ぎたところだった。


 普段は制服やスーツを着た人で溢れているいつもの駅も、今日は私服の人が疎らに居るだけだった。

 そんな普段と違う光景が、今日はいつもとは違う日なんだという事を実感させる。


 約束の十時までまだしばらく時間があるため、俺は駅前にあるチェーン店のカフェで時間を潰す事にした。


「太郎くん?」


 店に入ると、突然声をかけられる。

 驚きながら振り返ると、そこには俺より先に山田さんが居たのであった。



 ◇



 俺は頼んだアイスコーヒー片手に、山田さんと同じテーブルに着席した。


「太郎くん、早いね」

「そういう華子さんこそ」

「……うん、楽しみで早く起きちゃった」


 少し恥ずかしそうに微笑みながらそう答える山田さんは、今日もとても可愛かった。


 そして何より、今日の山田さんは一味違った。


 いつもの制服姿も可愛いが、今日は休日のため私服を身に纏っているのだ。


 白地の花柄のワンピースに、足元はパステルピンクの可愛らしいハイヒールを履いており、羽織る用だろうか薄いブルーのデニムジャケットを隣の椅子に置いていた。

 そんな、いつもより大人びて見える今日の山田さんは、まるでモデルかなにかのように可憐で美しかった。


 周りに目を向けると、店内にいる他の学生や大人達、更には店員さんまでも皆そんな山田さんに目を奪われているのが分かった。


 色白の肌に、サラサラの金髪ヘアー、そしてどこまでも整った日本人離れした顔立ち。

 これで目立たない方が可笑しかった。


 こんな山田さんと、これから俺は遊びに出掛けるだなんて、改めて訳の分からない事してるなって我ながら思う。


「太郎くん、今日はいつもと違うね」

「え? あ、うん。今日は制服じゃないからね」

「うん、とっても似合ってるよ」

「そ、そうかな? ありがとう……」


 ニコリと笑って、逆に山田さんに服装を褒められてしまった。

 服は良いだろうけど、自分がちゃんと着こなせているか自信は無かったから、そう言って貰えたのは本当に良かった。


「華子さんこそ、その……今日は大人びてるっていうか、とても似合ってるよ」

「……エヘヘ、ありがと」


 お返しとばかりに俺も頑張って褒め返すと、山田さんは少し恥ずかしそうに微笑んだ。


 照れているのか、少し顔を赤くしながら飲んでいるアイスティーの氷をストローでクルクル回してる姿は、この上なく可愛らしかった。


 そんな山田さんの姿や仕草に、俺は朝からドキドキさせられっぱなしだった。


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