18話「変化」

 金曜日。


 週末遊ぶ約束はしたものの、あれからも山田さんの様子はいつも通りだった。


 相変わらずのマイペースで、他の男子は全く寄せ付けない。

 未だにアプローチしてくる男子はいるが、どれも無関心で受け流して撃沈させていた。



 そんな相変わらずの山田さんだが、俺の方はというと環境がかなり変化してきていた。


 クラスの皆に囲まれて詰問されたあの日以降、クラスの男子との会話が増えているのだ。

 前の席の木村くん曰く、俺は『あの山田さんとお近づきになれたただ一人の勇者』らしい。


 女王様のお相手は、勇者様しかいないだろって。

 いやいや、何のファンタジーだよ。


 そして俺は今日も、そんなお調子者の木村くんと朝のホームルームが始まるまで雑談をしている。


「でも、山田って話してみると結構面白い奴だったんだな!」

「え? そうかな?」

「そうだよ。ていうかお前あれだろ? 同じ中学だった奴に聞いたけど、その名前気にしてたから今まであーだったんだろ? なんていうか、悪気は無かったんだけど、授業中とかお前の名前笑ったりして悪かったな」

「……え? いや、いいよ気にしてないから」


 俺は嘘をついた。

 これまでの人生、ずっとこの名前に縛られていた程度にはめちゃくちゃ気にしてました。


 でも、まさかクラスメイトからそんな事を言われる日が来るなんて思いもしなかった。

 何気ない一言だったけど、俺の中ではとても大きく、そして救われたような気持ちになった。


 それ程までに、俺はその一言が貰えた事が嬉しかったのだ。


「ていうか、お前はすげーよ。ぶっちゃけこの間までは絵に描いたような陰キャだったのに、今じゃ女子がキャーキャー騒ぐイケメンになって、それから山田さんとも仲良くなってるんだからよ」


 ん? キャーキャー?

 その辺は全く実感ないけど、木村くん……君はとことん好い人だ。

 俺はそんな事ないよと謙遜はしたけれど、自分自身変わるためにやった事だから、その結果を誉められるのは素直に嬉しかった。


 そんな木村くんは、「俺もそろそろモテたいから、今度その美容室紹介してくれよな!」と言ってニカッと笑った。


 俺は当然、「勿論」と返事をした。



 ◇



 クラスの男子達とは、徐々に打ち解けてきている。

 ただ、クラスの女子からは、相変わらず距離を取られたままだった。


 女子から話しかけられる事が稀にあるが、皆返事をするとすぐに立ち去ってしまうのだ。


 それが何故だか分からないんだけど……なんて、鈍感主人公みたいな事は言わない。

 顔を赤らめて去って行く女子達が、少なからず自分に好意を寄せてくれている事には流石に気付いている。


 だが、その上でどうしたらいいのか全く分からないのだ。

 この間まで無個性陰キャだった俺が、いきなりそんな男女の云々なんて対応出来るわけがなかった。


 だから出来る事なら、まずは友達として普通に接してくれるところから仲良くなりたいという俺の思いは、贅沢な悩みだというのは分かっている。

 でも、無理なものは無理だから仕方がなかった。


 だからこそ、俺が生まれ変わる前から変わらず声をかけてくれる田中さんの存在は、相変わらず俺の中で女神様な事に変わりはなかった。


 しかしそんな田中さんも、ここ最近は様子がおかしかった。


 相変わらず、朝の挨拶や勉強を聞きに来る事はあるのだけど、なんていうか以前に比べてより積極的に感じられるのだ。


 何か焦っているような、若干無理しながらも近付いてきてる感じがして、それが俺の中でずっと気掛かりになっていた。


「や、山田くん! さっきの数学で分からない所があるんだけど、ちょっと教えて貰っていい?」

「あ、うん。いいよ」


 今日も、数学の授業が終わるとすぐに田中さんが話しかけてきた。

 このやり取り自体は、別に同じクラスになってからずっとやってる事だから、クラスの皆は誰も気にしていない。

 だから、そんな田中さんの変化に気が付いているのは俺だけかもしれない。

 彼氏の樋山くんすら気にせず友達とトイレに行ってしまったのだから、きっとそうだろう。



「……あの、さ、田中さん、なんか無理してない?」

「え……?」


 そんな田中さんが気になって、俺はついに言ってしまった。


 田中さんは無理をしている。

 だから、俺で良ければ田中さんの支えになってあげたかった。

 これまでクラスでずっとボッチだった俺に、田中さんだけは気さくに話しかけてくれた。

 クラスの皆に馬鹿にされた時も、フォローしてくれた。

 そんな、これまでに色々と助けてくれた田中さんだからこそ、俺は少しでも恩返しみたいな事がしたかった。


「……大丈夫だよ、何もないよ」


 しかし、田中さんは何もないよと俺の言葉を否定した。


 でも俺は気付いている。

 言われた直後目を見開き、口や態度には見せなかったが驚いていた事に。


「――そっか、何か俺に出来る事があったら、力になれるか分からないけど言って欲しい」


 田中さんは嘘を付いている。

 でも俺は、これ以上田中さんの事情に踏み込む事はしなかった。

 それが今の田中さんの意思なら、尊重すべきだと思ったから。


 でも、本当に困った時は頼って欲しい。

 そういう気持ちを込めて、俺は田中さんに伝えた。


 田中さんは、困ったような、嬉しいような顔をしながら「……うん、ありがとね」と小さく返事をすると、自分の席へと戻って行った。


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