16話「山田さんとの約束」

 慌てて校門へ向かうと、ちゃんと山田さんは待ってくれていた。


「ご、ごめん!」

「ううん、行こう太郎くん」


 急いで向かった事に満足してくれたのか、山田さんはいつも通りニコリと一度頷いて返事をしてくれた。


 なんだか、校門で俺のことを女の子が待ってくれてるシチュエーションって、漫画とかで良く見る彼氏彼女みたいだなぁなんて、遅れておきながらそんな事を考えてしまう。


「田中さんは、大丈夫だったの?」

「あ、うん。ちゃんと断ってきたよ。先に華子さんと約束してたからね」


 歩きながら、山田さんは質問してきた。

 思えば、山田さんの口から誰かの名前が出てきたのは初めてな気がする。

 やっぱり、さっき俺と田中さんが話しているのを見て、先に教室を出てしまっていたようだ。


 山田さんの様子を伺うと、こちらを見ず真っ直ぐ前を向いていた。

 その顔は、いつもの無感情を感じさせる表情を浮かべている。


 だから俺は、断ってきた事を説明した。

 何か不味かったかな? と思ってちょっとだけ緊張が走る。


 だが山田さんは、小さく「そっか」と言いながら、今度はこちらを向いてニコリと微笑んでくれた。


 なんだか分からないけど、とりあえず山田さん……。

 やっぱりその笑顔はズルいよ……。


 そんな山田さんの笑顔を前に、俺はきっとまた顔が真っ赤になっているに違いない。



 ◇



「華子さんって、いつこっちに引っ越して来たの?」


 一緒に帰りながら、俺はなんとなく気になった事を山田さんに質問した。

 やっぱり、山田さん相手に沈黙が続くというのはまだしんどいのもあって、俺は極力話題を切らさないように頑張っている。


「転校した3日前だよ」

「そっか、じゃあ結構バタバタだったんだね」

「うん、契約とか荷解きで終わったよ」


 ん? 契約?

 そういうのは、普通親御さんがするもんじゃないんだろうか?


 という事はもしかして……。


「もしかしてだけど、華子さんはその、一人暮らしなの?」

「うん、そうだよ。今は一人」


 驚いた。

 あんな立派なマンションだから、てっきり家族と一緒に住んでいると勝手に思っていた。

 あの大きさならきっと部屋も広いだろうけど、そこで一人暮らしって凄いなぁ。

 何か事情がありそうな気がするけど、流石に家族事情にまで踏み込むのは悪い気がして止めておいた。


「じゃあ、食事とか大変でしょ?」

「食事は自分で作ってるから平気だよ」


 そうなんだ、山田さんって料理出来るんだね。


 俺は思わず、髪をポニーテールにまとめ制服の上からエプロンをつけて、お味噌汁の味見をしている山田さんの姿を想像してしまった。


 あぁ、これはとても……良いですね……。


 なんて一人妄想していると、今度は代わりに山田さんから質問された。


「太郎くんは、いつもお弁当だよね?」

「あ、うん。毎朝母さんが作ってくれるからね。そう言う華子さんも、弁当だよね?」

「うん。晩御飯の残り物だけどね」

「それでも偉いよ。俺にはとても出来そうにないし、まだ高校生なのに一人でちゃんと家事が出来るのって凄いことだよ」


 俺の言葉に、山田さんは「そんなことないよ」と少しだけ照れたように笑った。


「太郎くんは、いつも優しいね」

「え? いや、そんなこと無いと思うけど」

「ううん、優しいよ」


 俺は思った事を言ってるだけなんだけど、優しいと言われてしまった。

 でも、嬉しそうに微笑む山田さんを見ていたら、それで喜んで貰えてるならまぁいいかと思えた。


「ねぇ太郎くん」

「ん?」

「今週末は何してるの?」

「え? 特に何もない……けど?」

「そっか、じゃあ今週末、太郎くんさえ良ければその――一緒に遊びに行かない?」


 その一言に、俺は思わず固まってしまった。


 あの山田さんが、俺を遊びに誘ってくれている……!?


 いや、今も二人で下校しているんだから似たようなものかもしれないけど、学校に通うついでと休日にわざわざ集まるのとじゃ全然訳が違う。


 そんな固まる俺を見て、山田さんも恥ずかしそうに「ダメかな?」と聞いてくる。


「い、いや! ダメじゃないです!」

「良かった」


 慌てて返事をする俺が可笑しかったのか、山田さんはコロコロと笑った。


 あーもう、その笑顔やっぱり反則だよ……。



 ◇



『土曜日の10時で大丈夫?』

『うん、大丈夫だよ。どのみち駅前に行くから、その時間に駅前、というか華子さんの家の前まで向かうよ』

『うん。わざわざありがとう』


 こうして、俺と山田さんは週末の予定を計画した。

 山田さんは、引っ越してきたもののこれまでずっと家の事で手一杯だった事もあり、全然この街の事を知らないらしい。

 だから、地元民である俺に色々教えて欲しいのだそうだ。


 こうして山田さんに頼られるのは、俺としてもとても嬉しい事だった。

 それにあの時、山崎先輩に誘われた時はキッパリ断っていた山田さんが、自分から誘ってくれているのだ。

 それはとても、名誉な事に思えた。


 俺はもう、自分なんかで大丈夫かなとか、ネガティブな事を考える事は辞めた。

 山田さんの方から、きっと勇気を出して俺の事を必要としてくれているのだから、俺はその期待にちゃんと応えるのみなのだ。


 まぁ現実問題、俺はこれまで無個性陰キャとして生きてきたのだから、正直女の子が好む場所がどこかとかは全然分からないのだけど、幸い今日はまだ水曜日だ。

 これから当日までに、山田さんに喜んで貰えるように調べたらいい。


 よし、頑張るぞ! と俺が気合いを入れたところで、丁度一階から俺の部屋に向かって声がかけられた。


「兄貴ー、ご飯出来たってよー」


 しかし俺のやる気をくじくように、妹の千聖がご飯が出来た事を知らせてくれたのであった。


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