9話「山田さん観察②」
午前の授業が終わり、ようやく昼休みになった。
昼休みと言えば、山田さんはいつも教室には居なかった。
自分のお弁当をもって、いつもどこかへ行ってしまうのだ。
それは今日も同じで、授業が終わると一回大きく伸びをしたあと、いつも通りお弁当片手に教室から出て行ってしまった。
だから俺は、クラスの皆に怪しまれないように気を付けながら、トイレに行く風を装おってそんな山田さんのあとを追う事にした。
◇
山田さんが向かったのは、体育館の脇にある花壇の前だった。
そこの花壇には、今は色とりどりなチューリップが植えられていた。
山田さんはそのチューリップを楽しそうに見ながら、一人大きめな石に腰掛けるとそこでお弁当を食べ始めた。
花に囲まれながらお弁当を食べる山田さんの姿は、なんだかそれだけでとても美しい絵になっていた。
なるほどね、山田さんはいつもここでお弁当を食べていたんだね。
花が好きなのか、良い表情を浮かべながらお弁当を食べる山田さんを見ていたら、そんな山田さんのあとをつけるような真似をしている事が急に申し訳なくなり、変な事はやめて俺も教室に戻って弁当を食べる事にした。
「……本当に居た」
教室へ戻ろうと一歩踏み出したところで、背後からそんな声が聞こえてきた。
振り返るとそこには、三年生の先輩が山田さんの事を驚きながら見ていた。
何事だろうと思えば、その先輩はそのまま山田さんの方へと近付いて行く。
その三年生に、俺は見覚えがあった。
あれは、サッカー部のエースの山崎先輩だ。
同じサッカー部の樋山くんが学年一のイケメンなら、この山崎先輩は学校一のイケメンとして有名なのだ。
たしかに、俺から見ても山崎先輩は本当にイケメンだった。
170センチ台後半ぐらいの高身長、そして日本人離れした顔立ち、だけど運動部なだけあって引き締まった身体をしており、女子達が裏で王子様と呼んでいるのも納得なルックスだった。
一見するととても好青年な印象を受けるのだが、それでも俺にはどこかチャラい感じに見えた。
どこがどうチャラいとは上手くは言えないのだけれど……。
そして、そんなイケメンの山崎先輩がわざわざ山田さんのもとを訪ねてくる理由なんて、たった一つだろう。
「山田さん、ちょっといいかな?」
山崎先輩が、お弁当をもぐもぐ食べている山田さんに声をかける。
声をかけられた山田さんは、そこでようやく山崎先輩の存在に気がついた様子で、箸を咥えながら無表情で山崎先輩の顔を見ていた。
「あーごめん、食事の最中だよね? 気にせず食べて」
山崎先輩はニコリと笑いながらそう話しかけると、「隣良いかな?」と伺いながら山田さんの隣の石に座った。
「山田さんは、花が好きなの?」
「うん」
「どうして?」
「可愛いから」
山田さんの声色は、相変わらずの無関心だった。
どうしてこの人はそんな事を聞いてくるんだろう? という感じが、言葉と表情から伝わってくる。
だが、それでも山崎先輩はそんな事気にせず話を続ける。
「そうなんだ、俺も花は好きだな。というか、花を好きって言える純粋な子が、一番好きかな」
そんな事を言いながら、山崎先輩はニコリと微笑みつつ山田さんの顔を覗き込んだ。
あー、これはもう完全に口説いてるな。
と、隠れて2人の様子を見ている俺は、何故だか心が少し焦り始めている事に気が付いた。
今山田さんの隣にいる相手は、学校で一番のイケメンとして有名な山崎先輩だ。
そんな人が、あんな至近距離であんな微笑みを見せてきたら、少なくとも心が惹かれてしまうのは同性の俺ですらも分かってしまう程だった。
だからもしかしたら、このまま山田さんも――。
「……」
「ん? どうしたの?」
何も返事しない山田さんに対して、照れて何も言えなくなってるのだと判断したのか山崎先輩は、少しだけニヤリと笑いながら山田さんの背中にそっと手を回した。
……あれ? これちょっと不味くないか?
「僕、実は前から君の事が気になっていたんだ」
「……」
「どうかな? 今度の放課後良かったら一緒に遊び行かない? まだ君はこの街に引っ越してきたばかりでしょ? 僕が色々案内するよ」
山崎先輩は、回した手でそのまま山田さんを軽く抱き寄せると、とどめとばかりに更に顔を近付けながらそう優しく囁いた。
それは駄目だろ……そんな事したら、いくら山田さんでも……。
「行かないよ」
「……え?」
山田さんは、山崎先輩の顔を真っ直ぐ見返しながらそう言うと、もう用は済んだとばかりにスッと立ち上がると、そのままその場を去ろうとした。
「え? ちょ! 山田さん待って!」
山崎先輩は、まさか自分が断られるなんて思いもしなかったのだろう、慌てて山田さんの手首を掴んで引き留めた。
腕を掴まれた山田さんは、流石に少し困ったような表情を浮かべながら掴まれた腕を見ていた。
「そ、そうだね! いきなり過ぎたかな? じゃ、じゃあまずはさ! 連絡先だけでも交換してくれないかな? 僕は君ともっと仲良くなりたいんだ」
そう言うと、空いた方の手で少し慌ててスマホを取り出そうとする山崎先輩。
「しないよ」
「……り、理由を聞いてもいいかな?」
「必要ないもの」
そう言うと、山田さんは早く自分から手を離してくれるように山崎先輩に視線で訴えた。
そこまでされて、ようやく山崎先輩は全く脈が無い事を理解したようで、項垂れながら山田さんの手を力なく離した。
解放された山田さんは、何も言わずそのままその場を立ち去った。
残された山崎先輩は、まさか自分があれほど拒絶されるとは思いもしなかったのだろう。
この間初めて失恋した自分ときっと同じような表情を浮かべながら、力ない足取りでとぼとぼと教室へと戻って行った。
◇
なんだか、凄い光景を見てしまった。
学校一のイケメンすらも、山田さんの前では簡単に玉砕してしまったのである。
俺は、山田さんがきっぱり断った事にホッとしたのと同時に、さっきのやり取りをこっそり見ている事しか出来なかった自分に嫌気がさした。
何度か助けに行かなきゃという気持ちが湧いたものの、自分が止めに入るほど山田さんと何か関係があるわけでも無ければ、相手は圧倒的陽キャで、しかも先輩相手に物言いできるような度胸も無かったのだ。
心のどこかで、山田さんなら自分でなんとか出来るから大丈夫っていう逃げの気持ちがあった。
――あぁ、本当ダサいなぁ、俺……
所詮変わったのは外面だけで、中身は無個性陰キャのままである事を痛感した。
だから俺は、もうそんな情けない自分と本当の意味で決別しなければならない。
外見だけでなく、気持ちも強く生まれ変われるように――。
もし再び山田さんに危険が降りかかっているその時には、今度こそしっかりと助けてあげられるような男になっている事を胸に誓った――。
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