8話「山田さん観察①」
山田さんと一緒に下校していると、同じ方向の電車な事にも驚いたが、まさか最寄り駅まで同じだった事には驚いた。
どうやら山田さんは駅前にある一番大きいマンションに住んでいるようで、改札を潜るとすぐに「じゃあね!」と言われて別れた。
バイバイとこちらに手を振り駆け足で帰って行く山田さんの姿に、俺は思わず見惚れてしまった。
俺は手を小さく振り返しながら、あぁ、彼女を見送る彼氏ってこんな感じなのかなぁ……とか思わず考えてしまった所で、自分なんかがあの山田さんと明日からも一緒に下校する事を思い出し、改めてドキドキが止まらなくなったのであった。
◇
次の日、俺は山田さんをこっそり観察する事にした。
転校してきて一週間、普段山田さんがどういう学校生活を送っているのか、これから一緒に下校する仲になるみたいだし俺は少しでも把握しておこうと思ったのだ。
何か会話のネタでも拾えるかもしれないと期待しながら。
山田さんは、いつも通り俺と軽く挨拶を交わすと、そのまま満足した様子で自席に着席した。
すると、そんな山田さんのもとへ少し緊張した様子で一人の男子がやってきて話しかけていた。
「おはよう山田さん」
「? おはよう」
急に挨拶をされた山田さんは、視線だけ相手に向けて顔を確認すると、なんだ知らない人だという感じで一言挨拶を返し、用事は済んだとばかりに再び前を向いた。
その間、山田さんの表情には一切の変化は無かった。
そして少しだけ嬉しそうな表情を浮かべながら両手で頬杖をつき、両足を小さくパタパタとさせていた。
何が山田さんをご機嫌にさせているのかはよく分からないが、そんな様子はとても愛らしかった。
周りを見渡すと、クラスの決して少なくない数の男子達が、そんなご機嫌な山田さんに目を奪われてしまっていた。
「あ、あのさぁ! 山田さんはその、休日とか何してるのかな?」
先程声をかけた男子は、めげずに山田さんに話題をふる。
見た目はイケメンだし、きっと自分に自信があるのだろう。
しかし、休日何してるのかね……。
うーん確かに、あの不思議な雰囲気を纏う山田さんが普段何をしているのかは、俺も少し……いや、結構気になる。
「んー、秘密」
だが、山田さんはその男子に視線を向ける事なく、一言そんな素っ気ない返事をするだけだった。
その声色には、不愉快さとか面倒くささとかそういう感情は全く込められておらず、ただただ山田さんは相手に対して無関心だった。
なんでそんな質問してくるのかとか、そういう事には全く興味が無い様子で、秘密の一言で会話を終わらせてしまったのだ。
「そ、そうか。あー……じゃ、じゃまたね」
これには、声をかけた男子も流石にこれ以上どうして良いのか分からない様子で、逃げるように山田さんの元から去って行ってしまった。
こうして、そんな男子の事なんて全く気にしていない様子の山田さんは、最後まで無反応で終わらせてしまったのであった。
「おい、今の2組の佐野だろ? バレー部のエースじゃなかったっけ?」
「そうそう、割とイケメンだし中学の頃からモテてるらしいけど、それでも我らが女王様には全く届かなかったか」
俺と同じく、遠巻きで見ていたクラスの男子達の話し声が聞こえてきた。
そう、わざとなのか天然なのか、氷のように無関心で表情も変えず全く男子を寄せ付けない山田さんは、いつからか氷の女王様なんて呼ばれるようになっていた。
転校から僅か一週間で、山田さんはこの学校の女王に君臨してしまったのである。恐るべし。
そんな山田さんは、一部ではアイドル的な扱いもされており、どんな相手も寄せ付けない事で逆に安心して推せる至高の存在なのだと、ファンクラブまで勝手に結成されている程だった。
「山田くん、おはよー! おや? 今日もバッチリだねっ!」
「あ、うん、おはよう田中さん」
今日もちゃんと挨拶してくれる田中さんは、やっぱり俺にとっての女神様だった。
女王と女神だったら、やっぱり女神のが格上?
んーでも、田中さんが素晴らしい女性という事に間違いは無いけれど、だからって山田さんが田中さんに劣っているかというと、タイプが違うし決められないよなぁ。
なんて下らない事を考えていると、担当の先生がやってきたため今日も朝のホームルームが始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます