7話「帰り道」
なんとか教室を飛び出した俺は、足早に下駄箱へ向かい靴に履き替えると急いで家路についた。
校門を抜けて駅に向かって歩いていると、ふと駐車場の奥の方で屈んでいる1人の女の子が視界に入った。
――あれは、どう見ても山田さんだよな
奥で屈んでいてもすぐに分かってしまう程、身に纏うオーラは他の女子とはまるで違っていた。
あんな所で何をしているんだろうと、俺はつい気になって立ち止って様子を伺う。
すると、山田さんに隠れて分からなかったが、一匹の猫が鳴き声をあげながら山田さんのもとから走り去って行くのが見えた。
その猫のあとを、残念そうな表情を浮かべながら見つめる山田さんの横顔は、今まで見たことのない新しい表情で、その表情もまた美しかった。
「あれ? 太郎くんだ」
猫を諦めた山田さんは、俺が見ている事に気が付いて声をかけてきた。
「あ、華子さん。猫、好きなの?」
「うん、猫は可愛いよ」
咄嗟に出した俺の変な質問に、山田さんはニッコリ笑って答えてくれた。
直接向けられる山田さんの笑顔は、何度見ても破壊力が凄まじく、こればかりは全く慣れる事は無かった。
「太郎くんは、帰り?」
「う、うん。駅に向かってたところ」
「じゃあ同じ。一緒に帰ろう」
そう言うと、山田さんは俺の隣に立ち一緒に歩き出した。
え? 何この状況は!?
なんで俺が、あの山田さんと一緒に帰ってるの!?
俺は訳が分からなくなり、ドキドキが抑えられないながらも山田さんの隣を一緒に歩いた。
「太郎くん、良かったね」
「え? 良かったって?」
「ん? 太郎くん、とても良い顔になったから」
さっき猫じゃらしに使っていたのであろう、摘まんだ雑草を片手でクリクリ回しながら山田さんはそんな事を言った。
良い顔になった、か。
確かに、以前の自分はとにかく暗かったけど、今は前を向いて歩けるし、人の顔を見ながら話をするのもギリギリ大丈夫になっていた。
そのおかげで、猫背だって治った気がする。
「あの時、華子さんが背中を押してくれたからだよ。ありがとね」
俺は、山田さんに抱いていた感謝の気持ちを素直に告げた。
あの時、下駄箱前で山田さんが背中を押してくれたから、俺はその足で真っ直ぐ美容室へ向かえたし、自分に自信を持つことだって出来たのだから。
「んー、違うよ? それは太郎くんが頑張ったからだよ」
「い、いや、でもやっぱり俺1人では」
そう言いかけたところで、山田さんは持っていた猫じゃらしを俺の口に当てて、続きを喋らせてくれなかった。
「よし、じゃあ分かりました。太郎くんは、明日からも私と一緒に下校しよう」
「え……えぇっ!?」
「ダメ?」
驚く俺の顔を、山田さんは面白そうに小首をかしげながら覗き込んでくる。
そ、そんな顔されたら……。
「い、いや……ダメじゃない、です……」
そう言うと、山田さんは満足そうに笑って頷いた。
こうして俺は、まったく理由は分からないが明日から山田さんと一緒に下校する事になってしまったのであった。
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