6話「やっぱり女神様」
俺は生まれ変わった。
それはもう、美容師さんのおかげで綺麗さっぱり変わることができた。
そう、俺はもう、先週までの無個性陰キャでは無いのだ! どうだ!
とは言ったものの、この自分で生み出してしまった大きな変化に対して、正直自分でもこれからどうしたら良いのか分からず、完全にもて余してしまっているのであった。
だから、周りの反応に対して上手い反応する余力なんてものは、当然これっぽっちも残されちゃいなかった。
しかしそれでも、トイレに行く時、昼休み弁当を食べる時、授業で当てられて発言する時、とにかく俺が何かする度に好奇の目に晒され、周りがそっとしておいてなどくれなかった。
まさかこんな事になるなんて、思いもしなかったなぁ。
クラスの男子に、お前ちょっと変わりすぎだろと笑われて茶化された事ぐらいは全然良い。
これまで陰キャだなんだとバカにされ続けてきた俺のメンタルは、そんな些細な攻撃など掠り傷しか負わないのだ。
ただここで本当に問題なのは、俺を見た男子より女子達の反応の方だった。
クラスの女子達との距離は相変わらず遠いままなのだけれど、なんていうか、これまでの距離の取られ方とは明らかに異なっているのだ。
以前は、一切こちらを見ようともせず、陰キャキモいの一点張りだったあの女子達が、今はこちらをチラチラと見ながら何やらコソコソと話をしているのだ。
なんていうか、コソコソと聞こえない声で自分の事を噂されるぐらいなら、いっそハッキリ前みたいにキモいって言われた方が全然マシだと思える程だ。
まぁそんなわけで、生まれ変わったのは良いものの、周りの反応含めて俺はこれからどうしたらいいのか、というかそもそもこれから何がしたいのか、その辺が余りにもノープランだった事が露呈しているのであった。
◇
やっと今日の授業が全て終わった。
なんだか今日は、一日中休まる時間が無かったなぁ……。
まぁ、人の噂もなんたらと言うから、すぐに皆飽きて元通りになるだろう。
そう気を取り直して、今日は疲れたしさっさと帰る事にした。
「ねぇ山田、あ、あんた本当はそんな顔してたんだね?」
鞄を持って早々に帰ろうとする俺に、普段全く話したこと無い女子が声をかけてきた。
この人は確か……そうだ。先週俺が田中さんに勉強教えたあと、よくあの陰キャと話せるねと笑っていた人じゃないか。
え? いきなり何? 怖い。
髪を茶髪に染めて、制服の上のボタンを外して他の女子よりミニスカートにしてる、いかにもギャルな女子に話しかけられる事に対する免疫なんて、俺は全く持ち合わせちゃいないのだ。
これはきっとあれだな。
彼女の表情から察するに、陰キャな俺が急に色気付いた事を笑いに来たとか、そういう類いのやつに違いない。
そう悟った俺は、急に周りの視線までも怖くなり、女子相手に普通に怯えていると、目の前の女子は何故かいきなり自分のスマホを差し出してきた。
「連絡先交換しようよ? 良いでしょ?」
は? 今なんと?
俺と連絡先を交換しよって聞こえた気がしたけど、何で?
先週まで陰キャキモいと蔑んでいた男の連絡先を聞く理由なんて……あぁ、成る程そういう事か。
要するに、俺の事をおちょくっているのだろう。
俺がオッケーした途端、本当に連絡先交換すると思った? するわけねーじゃん陰キャ! って笑われるまでがセットなのだろう。
ちょっと身だしなみを整えたぐらいで、人間そう簡単に変わる事なんて無いのだ。
期待するな、勘違いするな俺。
しかし、それだとしてもこういうアプローチの嫌がらせは初めてだから、どう対処したら良いのかが分からない。
……まぁ、いっそ普通に交換するフリして、笑われて終わらすのが早そうだな。
分かって笑われる分には、精神的ダメージも軽減されるからね。
そう諦めがついた俺は、仕方なく自分のスマホをポケットから取りだそうとした所で、突然別の女子から声をかけられた。
「もう、ダメだよ茜、山田くん困ってるよ? そういうのは、もう少し打ち解けてから聞かないと」
誰かと思えば、田中さんだった。
田中さんが、仕方なくスマホを取りだそうとした所で止めに入ってきてくれたのだ。
田中さんにそう言われた女子は、ばつが悪そうな表情を浮かべながら、「あーね、ゴメンゴメン!」と顔を赤くしながらすぐ引き下がってくれた。
どうやら、俺はまたしても田中さんに救われてしまったようだ。
自分は彼氏がいるのに、俺なんかの事を庇って助けてくれる田中さんは、やっぱり女神様なんだなと思った。
本当、こんな素敵な彼女を持ってる樋山くんが羨ましいよ……。
田中さんが「大丈夫?」と優しく聞いてきてくれたため、俺は「大丈夫」とだけ返事すると、田中さんは「なら良しっ!」と満足そうな顔を浮かべながら、さよならの手を降ってくれた。
俺はぎこちなく田中さんに手を振り返しながらも、そんな田中さんの好意に甘えて無事に教室から抜け出す事が出来たのであった。
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