5話「生まれ変わり」
戦いは、無事終了した――。
みなさん……手術は…………成功です。
鏡の前に映し出された姿は、まるで自分では無いようだった。
担当してくれたのは、見るからに陽キャなイケメン美容師さんで最初は緊張したが、話してみるととても気さくで優しい人だった。
本気で変わろうとする俺の事を気遣い、談笑を交えつつ色々と説明しながらカットしてくれた。
オマケに、パーマをあてたらより一層オシャレになると提案されたのでお願いしたら、確かに全く見違える雰囲気になった。
最後にヘアーワックスで髪型を整えてくれたのだが、俺なんかが学校にワックスなんてって話をしたら、大丈夫これは絶対につけていくべきだと念をおされてしまった。
まぁ、どうせもうここまで様変わりしてしまったのだから、ワックス付けようが付けまいが同じかと思い、美容師さんの言う通りセットの仕方をしっかりと教わった。
美容師さんは、今日は急遽パーマもあててくれたしこれからも宜しくねということで、最後に同じヘアーワックスをサービスで一つくれた。
本当に何から何まで有り難かったし、尚更使わないわけにはいかなくなった。
こうして、生まれ変わった俺は美容室を出ると、一度深呼吸をした。
やっぱり何だか、美容室から一歩外へ出るとなんだか急に現実に戻った気がして、無性に恥ずかしくなってきた気持ちを落ち着ける。
そして俺は、同級生に見つからないように足早に帰りの電車へと駆け込んだ。
車内では、なんだかジロジロと見られているような気がしたけれど、ちょっと変わったからって浮かれるんじゃないと自意識過剰を自制しつつ、音楽を聴きながら帰宅した。
◇
土日はいつも通り家で一人ゲームしたりマンガを読みながら引引きこもりを満喫していたら、あっという間に月曜日がやってきてしまった。
美容室へ行って以降初めての登校になるため、なんだか寝付けず物凄く早起きしてしまった俺は、仕方なくいつもより早く登校する事にした。
早起きして時間に余裕もある事だし、美容師さんの言い付けを守って俺は慣れないながらもしっかりとヘアーセットをしてみた。
――う、うん。よし、多分これで問題ないはずだ……。
◇
教室へつくと、いつもより早く登校したためまだ人は疎らだった。
俺は自分の席に座り、ホームルームが始まるまでいつも通り黙って小説を読んでいた。
だが、徐々に人が増えて行くにつれて、教室内がざわざわしている事には流石に俺も気が付いている。
そしてそれは、自分へ向けられているということも。
―――え? あれ山田? 嘘?
―――え、マジやばくない? 山田素顔あんなだったの? マジ?
―――どうしよう私、結構悪口言ってた……
そんな声がちらほら聞こえて来る。
でも良かった、自分の事をあれこれ言われるのは正直かなり居心地悪いけれど、幸い直接的な悪口は聞こえて来なかった事に一安心した。
俺なんかが急に色気付いた事に対して、もっと悪く言われる事を覚悟していただけに何事も無さそうで本当に良かった。
「おはよ、太郎くん」
「ん? あ、あぁ、おはよう華子さん」
「ね? 言った通り。
「え? 言った通りって――あぁ、この前の。これで良かったの、かな……?」
「大丈夫だよ、自信持って」
そう言いながら、山田さんは細くて綺麗な手をヒラヒラと振りながら自分の席へと向かって行った。
正直、自分でも自分じゃないと思えるぐらい変わったのだが、山田さんだけは以前と何も変わらず挨拶してくれた事が凄く嬉しかったし、何より安心できた。
「おは……え? や、山田……くん……?」
「あ、うん。おはよう田中さん」
遅れてやってきた田中さんも、いつも通り俺に挨拶をしてくれたのだが、生まれ変わった俺を見て驚いたのか固まってしまっていた。
それもそのはず、自分でもこれだけ変わったら我ながら訳が分からないと思う。
「そ、そっかー。髪切ったんだね? スッキリしたじゃん! それにイケメンになったね!」
「イ、イケメン!? いやいや、そんな事は!」
「大丈夫だよ! 自信持って! じゃね!」
まさかの事が起きた。
あの女神様に、無個性陰キャの俺がイケメンと言われてしまった。
俺の人生において、こんな事が起きるなんて思いもしなかった。
生まれ変わるとは言ったものの、ここまでの変化が生まれるなんて全く思いもしなかったのだ。
自分が前へ進めるようになれば、別にただの自己満足で終わっても全然良かったのだ。
でも、こうしてあの田中さんからそう言って貰えるなら、どうしてもっと早くに生まれ変わろうとしなかったのかという後悔が湧き上がってくる……。
もし……もしもっと早くにこうしていれば、もしかしたら俺は田中さんと……なんて女々しい後悔が湧いてくるのだが、そんな事は今さら後の祭りでしかないと、その暗い思いはそっと胸の奥にしまっておくことにした。
すれ違い様、田中さんが小さい声で何か呟いていたように聞こえたけど、小さくてよく聞き取れなかった。
なんだったんだろうと不思議に思いながら、なんとなく視線を感じて後ろを振り返ると、そこには満足そうな顔を浮かべながらこちらを見ている山田さんが居た。
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