4 彼女と冒険者

それからの日々は、夏の風が森を駆ける様に早かった。

いつの間にか、俺の誕生日になっていた。

今日は、父さんもばぁちゃんも揃って、ユカリも一緒に丘に登った。

俺は母さんに、成人になった事とユカリと共に冒険者になる事を報告した。

きっと、母さんは喜んでくれるだろう。もしかしたら、心配するかもしれない。

俺は、「きっと一旗揚げて、ユカリの希望も叶えて、一人前になって帰って来る」と、母さんに誓って墓を後にした。


それから、ユカリと2人で村を出て少し離れた街まで冒険者登録をしに向かう。

遠出も野宿も何度かやってきたし、父さんからも合格点は2人とも貰っている。

街へは、3日あれば到着する。

ユカリも狩りや解体にも慣れたし、俺より解体が早いくらいにまでなった。

ユカリ曰く、筋に気をつければ早くなるらしい。何年もやってきた俺でも、そこまでは無理。ユカリは、意外な才能を持っていたみたいだ。

父さんも、解体が綺麗で取れ高が高い方が値段も高く買い取ってくれると、ユカリを褒めていた。俺は、密かに今も練習しているんだが…少し悔しい。

俺とユカリはこの一年で、日常的な警戒や採取の為の観察も苦にならなくなったし、休憩場所の確保も上手くなった。

道すがらも、ユカリと冒険者心得についてや武器屋と防具屋で何を買うかなど、会話も楽しめる様になっていた。


3日の行き道は、特段何も無く、呆気ない程すんなりと終わってしまった。

街道を歩いて、少し逸れて川の近くで魔物や動物を狩って解体して食べて、街道沿いで野宿を繰り返して3日目の昼には街が見えた。3つある門のうちの西の街道沿いの門から入る。

門衛のおっさんは、ユカリの身分証明に時間をかけたけど、結局俺の父さんの署名と説明書きを預かって納得した。


俺とユカリは直ぐに冒険者協会まで行って、登録を済ませてしまう。

受付のお姉さんは父さんの名前を知っていて、俺を見て少し似ていると目を細めて顔を赤らめていた。

父さんの子なら、あんまり説明は要らなさそうだと判断したのか、冒険者の説明を軽く聞くだけで終わった。

手の中には、冒険者の証となる小さな金属の板1枚。これで、身分証明に時間を取られることは無くなる。

その小さな板の中には、魔法でたくさんの情報が詰め込まれているらしく、名前と年齢と出身地に、受注した依頼や達成度、それから預金額までわかって支払いにも使えるという、素晴らしい代物。

登録時の血液一滴で本人の証とされて、本人意外は協会のかなり上のお偉いさんまで渡らない限りは悪用されないらしい。

「冒険者の死体を見かけたら、冒険者証を協会に必ず届ける様に」と、それだけは2回言われた。お姉さん曰く、「とってもとっても!大事なこと」だ、そうだ。


俺たちは、冒険者証を手に協会を出ると、出店で串焼きを買って公園広場まで歩いた。外はもう、日が沈み始めて茜色の空だった。

今日の宿を確保してないことに気付いて、慌てて串焼きを飲み込んでから街を駆け廻った。何とか、安宿で寝床と夕飯を確保して、宿の湯を借りる。

寝るばかりの状態になると、ユカリが俺の部屋の扉を叩いた。

こんな時間に何だろうと言う疑問とあらぬ期待で浮足立ちながら、返事をして扉を開けた。

ユカリは、湯上りの湯気をほんのり上げて香らせながら、俺を宿の中庭に連れ出した。

ユカリの髪から香る洗剤の香りと、夜の少し冷たい風、見上げれば闇夜に浮かぶ満月、これ以上ないと思えるほどの春色の期待が俺を包んだ。

お互いに何も言わずに満月を見上げてしばらく、ユカリがこれからの期待と不安で押しつぶされそうだと呟いた。

俺は、隣に座るユカリの手の甲に自分の手を重ねて、「帰りたいと思う限りその方法を共に探すし、帰れなくなっても帰りたくなくなってもずっとそばに居る」と声に出して誓った。

いつもより真面目に一言一言を大事に、でも俺の感情が見えないくらいに隠しながら話したつもりだった。

ユカリは少し驚いて俺を振り返って、俺の目を見て、最後に笑い出した。

ユカリの笑顔が、さながら上空に浮かぶ月のように輝いて見えて、ワザと笑われた事に拗ねた振りをしてそっぽを向いた。


拗ねた振りの俺を宥めながら、ユカリは月に向かって不思議な旋律の歌を口ずさむ。

静かで情緒をかき立てる旋律の月に因んだ子供のための故郷の歌だと教えてくれた。

子供の頃に、両親と満月を見ながら歌ったのだと言っていた。

月と兎の関係は理解できなかったが、ユカリが故郷を思う気持ちが溢れているようで切なく思った。この日、俺は一生忘れえぬ思い出を、また1つ増やした。


明日は早速、冒険者として依頼を受ける予定でいる。

しっかり寝て明日に備えようと、ユカリに伝えて部屋に戻る。

流石に色々とほっとしたのかユカリの歌う声が心地よかったからなのか、俺は直ぐにウトウトとまどろみ始めた。

ユカリの歌った歌が意識の向こうから聞こて、その声に引っ張られるように眠りに落ちた。


それからしばらくは、依頼をせっせっとこなす日々だった。

この街で、位を1人前と呼べるくらいまで上げたい。2人で、ひたすら依頼をこなした。

薬草の採取、増えすぎた家畜の世話、商隊の護衛、薬師の手伝い、たまに出る討伐依頼。

その甲斐あって、2年で昇級した。

その間に、行く先々でユカリが故郷に帰るための方法も探したが、手がかりは見つからなかった。

昇級したこともあって、もう少し栄えた街まで手がかりを探しに拠点を移す。

一度故郷に戻り、父さんにもばぁちゃんにも母さんにも報告をして、俺たちはこの辺境を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る