2 彼女と彼女の不思議

彼女を連れて、ばぁちゃんが朝食の支度をしながら待つ家まで戻った。

まだ名前と年しか聞いていなかったけど、何故か見知らぬ人だという警戒心は湧きあがらなかった。

彼女が俺よりも3歳も年上だと言ったことの衝撃で、警戒心が何処かに吹き飛んでしまったみたいだ。

家に着くと、ばぁちゃんの作った朝食がいい匂いをさせていた。

ばぁちゃんは、突然の少女にしわくちゃの顔についている小さな目をほんの少しだけ大きくさせてから、もう一人分を急いで用意してくれた。

兎にも角にも腹が減っては何とやらだと、ばぁちゃんに促されて俺と彼女は朝食を腹に収めた。

彼女は、安全な屋内に入って食事をして空腹が収まったからなのかウトウトしだしてしまった。

ばぁちゃんと顔を見合わせて俺よりも子供みたいだと声を出さずに笑った後、ばぁちゃんの部屋のベッドに連れて行った。

布団に突っ伏した途端に、その体勢のままで彼女はすやすやと寝息をたてた。

俺は、ばぁちゃんの所まで戻って出会った経緯を話した。


昼前になると、珍しく父さんが帰ってきた。

いつも帰ってくる時は突然で、出ていく時も突然な父さんだけど、やっぱり居てくれると頼りにできるのが嬉しかった。

父さんにも事情を話すと、少女の話を一緒に聞いてくれることになった。

彼女が起きるまで、父さんの今回の仕事の話を聞き、少しだけ剣の稽古を付けてもらう。

来年になれば、俺も成人として村を出て冒険者になるつもりだった。

その話を切り出した13歳の時、父さんは反対しなかった。

ばぁちゃんは少し寂しそうにしていたけど、それも何日も経たずにいつも通りになっていた。

それからは、帰ってきて時間があれば稽古をつけてもらっていた。

母さんの血のおかげか、俺は父さんと違って魔力も多少は使える。

身体強化に魔力を使って戦えば、父さんにも少しは追いつける様になってきた。

父さんにボコボコにされて3回目、彼女が起きてきたとばぁちゃんが教えてくれた。

父さんと家に戻ると、恥ずかしそうに申し訳無さそうな顔をした彼女が迎えてくれた。


俺たちは、ばぁちゃんの煎れてくれた特製の花茶を飲みながら彼女の話を聞いた。

改めて彼女は、自己紹介をする。

名前は、ホンジョウ・ユカリ。歳は、17歳。

ここでは無い何処かのニホンという国のある世界から来たこと。

魔法も剣も更には戦うことも知らず、動物を狩ったことも、魔物なども見たこともない。獲物の解体などをしたことも無いと言う事だったし、ここでの通貨や長さの単位も知らないものだと言っていた。

学校と言う学び舎で友人と共に学問を学んで、人に雇われるのが普通なのだと貴族のような事を言っていた。

その学び舎から家に帰る途中に、階段で足を踏み外し転げ落ちて目が覚めたら母さんの墓のある丘に居たらしい。

ここが何処かも、何故そこにいるのかも、帰れるかも分からずに、途方に暮れて丘からの景色を眺めていたそうだ。

出来ることなら、元の場所に帰りたい。家族に、友人に、会いたい。でも、帰り方が分からない。

そう言って、ユカリはまた涙目になっていた。

「ユカリが元の場所に帰る方法を探そう」

俺は、そう3人に提案した。それが見つかるまでこの世界で生きていけるように、通貨や文字や生活を覚えて、剣や魔法で戦うことも覚えてもらう。

1人でも生きていけるまでこの村にいればいいし、来年になれば俺も冒険者になって手がかりを一緒に探しに行ける。

そう言うと、父さんもばぁちゃんも賛成してくれた。

ユカリも頑張ってみると、小さく笑った。

その笑顔を見て、俺はユカリを守れるくらいに強くなると心に決めた。

俺たち3人は、ユカリとユカリの不思議な事情の秘密を守ると決めた。


父さんは、まず適性を調べるのがいいと言って、この村で唯一鑑定眼を持っている村長の娘さんに交渉に行ってくれた。

ばぁちゃんは、着替えを用意しようとユカリを連れて買い物に行った。

俺は、ユカリの部屋を作るために物置部屋の荷物の移動をはじめた。


父さんが村長の娘さんを連れて帰ってくると、間を置かずにばぁちゃんとユカリも帰ってきた。

村長の娘さんは、ユカリとの挨拶を終えると直ぐにユカリの手を取り、鑑定眼を発動させた。鑑定眼が発動している時、娘さんの瞳は元の緑がかった灰色から濃い紫に変わる。

それが不思議な様で、ユカリは娘さんの瞳を瞬きもせずに息を詰めて見つめていた。

まるで蛇に睨まれた兎か、光る魔石を見つけたカラスみたいで、可愛らしかった。


結果、ユカリには信じられない量の魔力がある事と適性属性が光、水、土、風、光と5つある事がわかった。

適性属性が1つあるのが普通、2つあれば優秀で、3つなら学べば国の中枢で働ける。

4つ持っている人は、数える程しか知られておらず、5つ以上、つまり5つか全属性の人はこの国には居ないと言われている。

村長の娘さんも驚いていたが、俺たちはもっと驚いていた。そして、ユカリは話を聞いて気を失って倒れそうになっていた。

ユカリは、娘さんに誰にも言わないで欲しいと懇願した。

国で自分に背負いきれない重荷を背負って働きたいとは思わないし、元いた国に帰るつもりだから、と。

娘さんも理解してくれて、誰にも言わないと約束してくれた。

言えないように、神殿で誓約書を書こうかとまで言ってくれた。

誓約書の事を知らないと言うユカリに父さんが説明すると、そこまでする必要は無いと慌てて手を振り回しながら首をブンブン振り回していた。

神殿誓約は、破ろうとすれば体中に苦痛が巡り、破ってしまえば命が無くなる。そんな重荷を自分のために背負わないでくれと、涙目で訴えていた。

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