第5話 まぼろし
隼人は目の前の光景に頭が追いつかなかった。
目の前には青々とした芝生の上に、白を基調としたロイヤルなテーブルセット。その上には既に用意されているティーセットがあった。三段のケーキスタンドには、ひとくち大のケーキやスコーン、カットされたフルーツが盛り付けられている。
周囲には花が咲いており、写真を撮れば青空共々映えるだろう。花から、店内同様アロマの良い香りが漂ってきているように感じられる。まるでガゼボの下でお嬢様たちが行う、優雅な西洋のお茶会のような雰囲気に圧倒された。
「森屋さま、こちらへお座り下さい」
隼人は促されるままに足を一歩踏み出した。その時だった。自分の肩を蹴って飛んでいく何かが目に映る。黄色いもの、丸いもの、すらりと細長いもの。それが飛んでいくと同時に肩が軽くなる。これまで感じていた重さは彼らのものだったのだと直感する。
隼人はぱちりと目を瞬く。隼人より先にテーブルへと登っていたのは、黄色の体のラバーダック、丸くふわふわとしているハリネズミ、そしてすらりとしたロシアンブルーの猫だった。オーナーは動物たちが居ることに何の疑いもないようで、先程持っていたシュガーポットから小粒を取り出して動物たちに与えていた。
「森屋さま、どうかなさいましたか」
「どうかって言われても、その、どこから聞いていいのか」
そう言うと、オーナーは一つ微笑むと、テーブルの上に居たハリネズミを手に呼び寄せ肩に登らせた。
「この子たちは貴方と共に旅ができて楽しかったそうですよ」
「動物たちが?」
「ええ。この子たちにも感情はありますから」
オーナーはハリネズミの顎の下をくすぐる。するとハリネズミもソレに応えて目を細めて気持ちが良さそうにしている。その表情は「ハリネズミのティーカップ」で一瞬見た顔と重なった。
「もしかしてこいつ、前に行ったカフェに居たやつ?」
「ええ、そうですよ。他の子たちも同様です」
オーナーはハリネズミを腕に走らせたかと思うと、手のひらにすっぽりはまったハリネズミを隼人に差し出した。隼人は恐る恐る受け取ると、ふわふわとした質感はカフェで触った時と変わらないのだが温もりがある。まじまじと見つめていると、ハリネズミは隼人の手のひらに頬ずりをした。何度か体勢を変えたかと思うと、腕を伝って肩までよじ登りそこに落ち着いたようだ。
「なあお」
「うわっ」
足元から声がした。声に驚いて下を向くと、ロシアンブルーの猫が足元にくっつくように寄ってきていた。足元には猫だけではなく、猫と反対側の足にラバーダックも居た。思わず踏んでしまいそうになる。隼人は猫を一撫でする猫にもほんのりと温かみがあった。
隼人はラバーダックを持ち上げようとした。その時、ふと自分の腕時計が目に映る。その時計は十三時二十分を指していた。まだそれだけしか経ってないのか、と思うと同時に何か大事なことを見落としているようにも感じられた。しかし、それを今の隼人が気がつくことはない。
隼人はハリネズミを肩にラバーダックを片手に持ちながら、猫を引き連れてオーナーが促す席へ座る。そこはとても優雅な時間で、時間が止まってしまえば良いと願う。時間など忘れて一日を過ごすにはぴったりだと思える。
「お茶を淹れさせて頂きます」
オーナーは温かなティーカップへと紅茶を注ぎ入れる。カップに注ぎ入れた瞬間から空間全体に広がっていくようなフルーティー香りを感じた。陽の光、空間を漂う甘い香り、そして紅茶のフルーティーな香りが織り合わさって、心地が良い。段々と瞼も重くなっていく。
「寝るわけには、いかない」
せっかくプレゼントまでこぎつけたというのに、ここで寝てはいけない。隼人はオーナーが注いだ紅茶を飲む。どのフレーバーかどうかはわからないが、柑橘系の甘さが口に広がる。ほっと安心感を与えてくれる甘さだ。
隼人は眠気に負けじと紅茶を飲むものの、その瞼は段々と重くなっていく。飲み干した後は体を起こしているのがやっとだった。
「おや、お時間ですね」
オーナーが何かを呟いた気がしたが、隼人の耳には聞こえていない。
「この子たちとの旅はいかがでしたか? またのご来店お待ちしております」
オーナーは隼人に柔らかなブランケットを掛ける。隼人の意識はそこで途切れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます