第3話 ハリネズミのティーカップ

先程の店長のインパクトが大きかったせいか、隼人は疲労感に襲われていた。どうにも肩が重く感じる。きっとこの疲れは気のせいだと思いたい。早く次へ行ってしまおう。隼人は頭を切り替えて歩みを進めた。

次のカフェはアーケード街の一本裏通りにあるカフェである。スタンプカードを手に取り、ハリネズミのイラストの隣を見る。「ハリネズミのティーカップ」、それが次に目指すカフェの名前だった。


雑居ビルの一角にそのカフェはあった。白を基調とした清楚なカフェは、ビルの角にあるだけあって陽の光がよく入り明るい店内だ。「ハリネズミのティーカップ」と言うだけあって、店内には何匹もハリネズミのアイテムがある。

テーブルの上にはハリネズミのぬいぐるみがあったり、天上から吊るされているモールがハリネズミだったりと、至るところにハリネズミが散りばめられていた。額縁が飾られていると思えば、よく見るとハリネズミが潜んでいる油絵だった。

店内にハリネズミが多いが、両面刷りの一枚のメニューにはハリネズミが居ない。


「お水でえす。」


少し癖のある店員が来た。隼人は直感した。関わると面倒な人種であると。自分の直感に従い必要最低限の返事に留める。それと同時に気になっているメニューに、いるであろうハリネズミの行方を探して両面を交互に見る。すると店員から思わぬ声が掛かる。


「お客さあん、ハリネズミ探してるっしょ」

「は、ええ」

「ハリネズミね、メニューから逃げたんだってさ。お客に幸福を運ぶためとかなんとかって店長言ってたよお」


店員はそれを告げるとごゆっくりーと一言残して厨房へ戻っていった。思わぬ形でハリネズミがメニューに居ないことが分かった。隼人と同じように探す人が居るのだろう。その度に客に教えていると考えると、あの店員は存外優しいのかも知れない。

隼人は改めてメニューを見る。ここにはケーキと紅茶、軽めのカフェランチメニューだけが書かれている。コーヒーもあるにはあるが、主力は紅茶のようだ。一軒目ではパンケーキ、二軒目ではコーヒーだったため隼人は迷うこと無く紅茶を選択した。ケーキは食べ切れるとは思えないため、また別の機会にする。

紅茶はアールグレイやダージリンといったブラックティーから、セイロンティーにカモミールティーと、数は少ないもののある程度種類はあるようだった。隼人には紅茶の違いはわからない。とりあえず、今週のおすすめと書かれているセイロンティーのヌワラエリヤというものを頼むことにした。


「お待たせえ」

「今週のおすすめ紅茶を一つ」

「セイロンのヌワエリね、食べ物は?」

「いや、いらないです」

「オッケー。出来るまで待っててねえ」


店員はそういうと厨房へ戻っていく。


「店長、セイロンティーのヌワラエリヤお願いしますう」


店員がオーダーを厨房へ伝える声が聞こえる。敬語を使って正式名称で伝えていた。どうやら敬語が使えないわけではなさそうだ。店員に関して気になる点は多いが気にするだけ無駄のような気がする。

紅茶を待つ間、テーブルの上に置かれたハリネズミのぬいぐるみを弄る。つついてみたり顔を指で挟んでみたりすると少々楽しくなってくる。生きてる動物にするように、喉元を人差し指で撫でてみる。

一瞬のことだった。ハリネズミが目を細めたように見えた。しかし隼人が瞬き一つすると、ハリネズミの目は最初と変わらずパチリと開いたままである。


「……疲れているのかな」


隼人は目頭を抑えた。きっと「喫茶コラット」での疲労が想像以上に蓄積されているのかも知れない。そう思うと、肩が更に重くなった気がした。


「ヌワエリ持ってきたよお。あとこれ伝票ねえ」


隼人は紅茶を貰うと、勢いよく飲んだ。どうにも疲れている。その疲れごと飲み込んでしまうように、紅茶を一気に飲み干した。香りがいいこの紅茶は隼人の心を落ち着かせるのに一役買ったようだ。

そもそも、なぜこんなに紅茶やコーヒーを飲んでいるのか。それはスタンプカードのためじゃないか、と思い直す。スタンプカードを集め終わるまで帰れない。帰ってはいけないのだ。「ハリネズミのティーカップ」を含めれば、これで三軒目。目標は達成である。あとは最後に主催とやらの店に行くだけだ。

隼人は伝票を持ってレジに向かう。スタンプカードを右手に持ち臨戦態勢は十分だ。


「会計終わりねえ。あとスタンプ? 満点じゃん。おめでとお」

「ありがとうございます?」

「てかスタンプ真面目に集めたの初めてみたよお」


店員はけらけらと笑いながらスタンプカードを渡す。そしてあたりをキョロキョロとしたかと思うと、隼人に顔を近づけてひっそりとした声で話しかける。


「最後の店、気をつけたほうがいいよお。サービスはスペシャル最高なんだけど、なんか店長が変なんだよねえ。怪しいっていうか?」

「なんですかそれ」

「これマジの話だからあ。行けばわかるって」


店員はそう言うと、お気をつけてえと言って手をふって隼人を見送る。最後になんて不穏な手土産を渡す店員だろうか。だが、スタンプカードにも企画にも罪はない。それより何より、「スペシャル最高」なまぼろしのプレゼントが気になってしょうがない。胸が高鳴る。店員の言葉は気になるが、今の隼人には関係のないことだった。

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