栗きんとん と 私の恋
鈴ノ木 鈴ノ子
くりきんとん と わたしのこい
肌寒くなった朝方から、私は住んでいるマンションを愛車のバイクと共に抜け出した。街の木々は落葉を始めており、木々の足元の雑草も葉の色を薄くして種を実らせている。
早朝ということもあってか、通勤のラッシュに巻き込まれることもなく、バイクは水平6気筒の独特の音楽のようなサウンドを奏ながら、市街地を抜けていく。
途中の信号でふと隣の右折車線に停車した車内を見ると、中で若いカップルが弾んだ会話に楽しいそうな笑みを浮かべて幸せを満喫しているところだった。
朝から毒々しいものを見てしまった。ずっと1人で淡い恋心を抱いて過ごしている自分にはその幸せは眩しい。
少し気分が落ち込んだものの、相棒は冷静だった。
そのサウンドと振動が憂鬱を取り払ってくれる。そしてグローブ越しにグリップを握ればそんな気持ちは飛んでしまって、清々しい秋風が心地よく抜けて行く。
学生時代から隠れて乗っていたバイクの趣味に私はどんどんとのめり込んで、ついには大型免許の取得までたどり着いた。そして、長年通っているバイク屋の親父に教わりながら、この相棒にたどり着いた。その性能は至れり尽くせりで、私は気に入っている。もちろん、いろんな考えの方もいるのだから、批判もあるかもしれないけれど。
相棒と共に山間の道へと入っていく、木々の紅葉と落ち葉、秋めいた日差しが差し込む少し冷え込んだ道をゆっくりと走りながら進んでいく。途中、ツーリンググループに追い抜かれそうになるたび、路側帯へと止まって彼、彼女らに道を譲った。
時より話しかけてくる男共をかわし、秋の季節を満喫しながら数時間をかけて山頂へ向かっていく。お気に入りの展望台へたどり着き、暫く相棒と眼下に見える秋の山々の姿を見つめて、水筒に入れたコーヒーで一服した。
女の一人旅、私はこれが好きだ。世間では寂しいという輩もいるらしいけれど。
でも、こんな考えの私でも意中の男性はいる、いや、好きな男と端的にいうべきかもしれない。でも、機会は全くと言っていいほど、ない。嫌われていると言うことはないと思う。思うだけなのだけど、でも、それは無い。
仕事を頑張って趣味に没頭していたら、いつの間にかエースと呼ばれる存在になっていた。自分の実績が積み上がった結果だと課長は言うけれど、いや、それは周りの助けがあったからこそ、そしてチャンスがあったからこその結果だと思っている。主任になってから後輩の指導も任され何人か入ってきた中の1人に私は惹かれた。
営業成績はそれほどでもない。受け答えも普通と言えば普通で癖もない。何より笑顔が武器だ、営業スマイルを浮かべているようには本当に見えないのだ。屈託のない笑みで笑い、豪快に声を出す、時には話に真摯に向き合い、そして、一緒に悲しむ。
私と付き合いの長い会社の社長から言わせれば長年の友人を相手にしているようだと言っていた。1年足らずの付き合いだというのに。
彼にはもう一つ特技がある。同僚や先輩が彼につけらあだ名の「ピンチヒッター」が名を語るように、課の営業成績がもう少しでと言うところで、二課との業績争いで負けそう、と言うここぞと言うときに、妙に成績を上げて帰ってくるのだ。そして、1課は今のところ2課に負けることなく、課長の威厳と課の業績を維持している。
指導期間を含めて、何度か仕事を一緒にしたが、最初は薄かった気持ちが、今ではその姿さえにも惹かれてしまうほどになっていた。同期の数少ない友人に相談をしたが、彼は誰にも靡かず、女子社員共が寄ってたかって攻略を挑んだが、誰1人として成功しなかったことを聞かされた時、その言葉に私は怯えてしまってそれ以降、この気持ちに蓋をして過ごしている。
相棒のリアトランクに入れていたポーチと携帯灰皿を取り出し、近くの喫煙所まで足を運んでタバコに火をつける。最近、吸っていなかったのに、今日は無性に吸いたくなった。白い煙が付近に少し漂って、秋風に巻かれて掻き消されて流されていった。私の気持ちもそうなってしまえばどれほど楽だろうかとこの歳になると思う。
ポケットに入れていたスマホが鳴ったので取り出して見れば、近くの道の駅にある和菓子屋さんからのメールに秋の味覚「栗きんとん」の写真と販売を開始したと書いてあった。
「栗きんとん・・・」
彼がこの季節に外回りから帰社すると必ずと言っていいほど、栗きんとん を手土産に持っていたのを思い出し、ふと、彼に土産のつもりで買っていこうかと思いつく。タバコを吸い終わって、コーヒーを飲み干してもなお、その気持ちに変化はなかったので、私は意を決して買いに行くことにした。
「明日、話しかけよう」
ヘルメットをかぶって愛車に跨り、エンジンに火を入れる、この相棒もまた、頑張れ!といってくれているようだった。スムーズな滑り出しで相棒と私は再び目的地へと向かう。色々なことを想像しては時に楽しく、時に顔を赤らめながら道の駅へと向かう。その姿は今にして思えば、恋する乙女と言っても過言ではなかった。
道の駅の駐車場に相棒を止めてヘルメットやライダースーツの上に着ていたジャケット、グローブを外す。着込みすぎと言われるかもしれないが、寒がりなので仕方ない。気持ちが落ち着かないこともあって、喫煙所で一服してから、和菓子屋へと向かう。入り口に立派な栗が陳列されているのを見て、これはきっと美味しい「栗きんとん」があるかもと思いながら・・・。
ショーケースに入った 栗きんとん と他の和菓子を店員さんに頼んで包んでもらい、会計を済ませる。受けとった袋を持ち、意気揚々とした気分でその場を離れようとして人と視線が合う。
「あれ?松沢主任」
「あ・・・。玄くん」
隣のレジに意中の彼、松本玄人がいた。ギョッとした視線でこちらを見ている。
「おつかれさまです」
唖然としたままで私は彼の視線を追う、全身を見たのちに緊張をほぐすために先ほど一服して手に持ったままのタバコの箱に視線がいった。
この姿も普段の私からは想像できないだろうから驚きは二乗されているはずだ。恥ずかしさのあまりギッと睨みつけてしまう。一番見られたくない姿とも言える姿を見られたのだ。
まだ、これが私ですと明かしてもいないのに。
「では、お先に失礼します」
そう言った彼がとんでもない勢いでその場を離れて行く、その様を私は呆然と見送り、気がつけば数十秒を経ていた、慌てて追いかけようとして出入り口に向かうが、団体客が入ってきたこともあって外に出た頃には、1台のSUVが駐車場から道へと慌てるように走り去って行くところであった。
「追いかけやる。」
なぜ、そう思ったのかはわからない。トランクに栗きんとんを入れると身軽になっていた装備を全て身につけて、私は相棒に火を入れた。それと同時に自分にも火が入ったような気がした。相棒のエンジン音も追いかけることを是としているような音だった。
素早く安全確認を行うと相棒と共に駆け出す。重たそうに見える車体だがその動きは俊敏だ、あっという間にスピードを上げて私の気持ちの速度へと合わせてくれる。しばらくすれば、目標の車に似た車両を捉えることができた。
山間の道は往々にして一本道なのが幸いした。
普段は追い越さないのにスピードを上げてその車の脇を駆け抜ける。サイドミラー越しに車内を確認すれば彼が運転席に座っていた。もちろん、助手席には誰もいないことも確認する。そのままの速度で暫く先にある信号にたどり着くと、私は相棒を止めて彼の車が来るのを待った。
「来た」
彼の車が赤信号で停車したのを確認して手を振ると、右へと曲がる道を指で示す。暫く戸惑ったような彼だったが、ウインカーを出して素直に曲がっていった。それを確認すると再び相棒と共にその車を追ったのだ。
そして、今。黄金色の棚田の駐車場に私達はいる。美しい秋を感じることなく、彼は棚田の方を見つめて、とぼけたようなふりをしているようだった。
「なんでいるの」
恐ろしいほどに低い声が出た。躊躇った際にうまく発声ができなかった。
「栗きんとんを買いに」
その声は冷静だった。それがちょっと癪にさわる。
「ふぅん」
彼はその声にびくりと身を震わせた。横顔を見ればこの秋の日なのに頬を一汗が伝っている。
彼もまた緊張していることにようやく私は気がつく。
「好きなの?栗きんとん」
好きなことくらい知っているのに、私はあえて知らないふりをした。
「甘党ですからね、食べますよ」
「じゃぁさ、これで一つ黙っておいてほしいな」
そう言ってトランクから取り出してもってきていた栗きんとんの袋を差し出した。
「黙るも何も、私は何も見ていませんよ」
サラリーマンの模範的回答を言う彼にイラッとする。
「へぇ、黙っていてくれないんだ。明日、噂にする気なんだ」
少し意地悪をしてみたくなって、じとっとした目で睨みつける。
「あの、私の噂と貴女の普段、どちらが信じられますか?」
「人は噂ずきよね」
「信用ある人が言えばですがね」
「信用ある人よね、ピンチヒッターくん」
貴女と言われた腹いせにあだ名で返した。そんな他人行儀は嫌だった。まだ、松沢主任と呼ばれた方がマシだ。
「でも、松沢主任の方が信用あるじゃないですか?」
「敵も多いのを知ってるでしょ」
「ああ・・・」
エースと持て囃されているが、先輩や同期からやっかみも受ける。あしらう事にはなれたけれど、今日のことでそちらへ彼が流れることだけは防ぎたかった、いや、嫌われたくない。の一心だ。
「言いませんよ」
「何に誓う」
「そうですねぇ・・・。私も知られたくない過去を作ればいい訳ですかねぇ」
「たとえば、どんな?」
売り言葉に買い言葉のように私は彼を問い詰める。彼に嫌われたくない一心が嫌われるような行動を取っていることは重々分かっていた。でも、もう考えがまとまらなくなって止まらなかった。
突然、彼が私に振り向いて、私の目をしっかりと見据えていた。鳶色の優しそうな目に綺麗に整えられた黒髪、細面ながらも凛々しい顔つきに見つめられて、おもわず私は唾を飲んだ。
「貴女が好きです、付き合ってください」
心臓が飛び上がった。響くような大声で言い放った彼はじっと私をみたまま視線を外そうとはしなかった。ああ、射抜かれるとはこう言うことをいうのだろうか、私のはすっと素直な気持ちが口をついて出た。
「は・・・はい。よろしくお願いします・・・。」
顔に血の気が走って火照っていくのが自分でもわかる。彼も呆然としたのちに優しい笑みを浮かべて頭の後ろを照れ臭そうにかいた。私も言った意味を理解して身震いすると肩に止まっていたアキアカネが驚いて空へと飛んでいき、私の想いは黄金色の稲穂に負けないくらいに、しっかりと実りをつけたのだった。
そして、毎年、この場へ来ては、2人で 栗きんとん を食べて過ごす。
過去を懐かしむように、そして、愛を確かめるように。
栗きんとん と 私の恋 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki
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