第9話

ーーDAY1続きーー


戻って来た彼は6つの封筒を持っていた。


「美穂ちゃん。これ今月の生活費だよ。」


「え…生活費……」

封筒を貰った私は突然のことにビックリしてしまい、ドギマギしてしまう。中には私のパートでは稼げないほどのお札が入っている。


「あれ?今月分まだ渡してなかったよね?」

彼は首をかしげて言う。


「う、うん。そうなんだけど…」


私だけじゃなく、唯と奈月も目を見開いている。夢にまで見た生活費…もう諦めていた生活費。

これだけあれば唯や奈月の下着も新しい物を買ってあげられる。唯の画材だって、奈月のテニスの消耗品だって…

私は泣きそうになった。

夫は笑顔で続ける。


「それは良かった。で、唯ちゃん。はい。」


訳もわからず受け取った唯は中身を出す。1万5千円だ。


「特別定額給付金って覚えてる?一人10万円。あれが振り込まれてたからさ。でも、中学生に10万円は大金だと思って。」


忘れてた…というより最初から貰えるとは思っていなかった。唯も同じなのだろう。ビックリしすぎて声が出てない。

10万円のうち1万5千円でも貰えるのと貰えないのでは雲泥の差だ。


「…ありがとう…。」

やっとしぼりだすような声で唯が言った。と同時に、


「わ、私は?私は?」

奈月が待ちきれなくなったようだ。


「ちゃんとなーちゃんの分もあるよ。はい。」


唯と同じ1万5千円。奈月は唯と違ってはしゃいでいる。それもそうだ。今までお小遣いすら無かったのだ。

唯と奈月にとって1万5千円は大金だ。2人とも何に使おうかワクワクしてるに違いない。

それを泣きそうになりながら見ていると、夫は私に2つの封筒を差し出した。そして、私たちに向かって、


「唯ちゃん、なーちゃん。さっきも言ったけど、中学生に10万円は大きすぎるからね。あとの8万5千円は美穂ちゃんに預けておくよ。必要になったら美穂ちゃんから貰って。」


2つの封筒の表には『唯ちゃん』『なーちゃん』と書いてあり、確かに中には8万5千円ずつ入っていた。


とうとう唯は泣き出してしまい、夫がそれを「おいおい、泣くなよ。」と慰めている。奈月も目を赤く腫らしている。

唯を泣きやませた夫は最後の封筒を私に手渡した。


「これは美穂ちゃんの分だよ。はい。」


奈月はもう私の後ろに回って中を覗きこんでいる。封筒から取り出してみる。


「あれ…?15万円入ってる。」

私より先に奈月が言う。


夫は微笑みを崩さずに


「良いんだよ。美穂ちゃん、いつも頑張ってくれてるから。僕の分からね。」


「ずるいずるい、お母さんだけずるい。」

奈月が本気では言っていないことは容易にわかる。顔が嬉しそうだ。


「なーちゃん。美穂ちゃんは僕の愛する妻だよ?当然だろ。将来、なーちゃんが結婚するときにはなーちゃんを大事にしてくれる人を選びなさい。」


「えー!?私は愛する娘じゃないの?」


「それを言われると……困ったな。」

夫は頭をかきながら少し困ったという表情になった。


「あはは、本気じゃないから大丈夫だよ、お父さん。」


「さて、夕食の続きにしようか。冷めてしまったら美味しさも半減しちゃうからね。なーちゃんは明日は部活なの?」


「ううん、市大会前だからね、でも少し困ったことがあって。」

今度は奈月が少し困ったという顔をした。


唯が「どうしたの?何かあった?」と聞く。


「市大会は学校から会場まで車で移動するんだけど、予定していたメンバーのお父さんの一人が急な仕事で無理になったの。で、どうしようかって。」


夫が笑顔で奈月に言う。


「なーちゃんなーちゃん。ヒント…僕、その日休み。」


奈月は驚いた後、夫に言う。


「……良いの?」


夫はもったいぶりながら

「うーん、どうしようかなぁ?なーちゃんがパパお願いって可愛らしく言ってくれたらなぁ……?」


奈月は「うぅ〜…」と唸っていたが、観念したのか、


「パパ、お願い。」

と可愛らしくお願いしていた。


「もちろん良いよ。あっ!!今の録音するの忘れた!!なーちゃん、もっかい言って?」


「やぁだよ。べー。」


夫の心底悔しそうな顔がおかしくて、3人で大笑いした。

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