Remember-30 転生使いについて/潜伏を開始する

 遠くで知らない鳥が不気味に鳴く声と共に、近くで焚き火の心地よい音が聞こえる。

 この山の中には反ギルド団体の基地があるのに、人の気配は全く感じられず、少し耳を澄ませばこんなにも自然の中にいるということを実感出来る――なんて、そんな呑気な感想が浮かんだ。


「……暖かい」

「そりゃさっきまで着ていた訳だし暖かいよな」

「うー……こんなのズルいわよ。こんな暖かい服をずっと着てるだなんて」

「……シャーリィさんや、やっぱり寒かったんじゃないか?」


 シャーリィから恨めしそうに睨まれるが誠に理不尽である。寒いと言ってくれればこんな物、何時でも貸してあげたのに――って、それ弱音を口にしないのがシャーリィだった。

 あと、夜間は良いとして日中は暑いから結構キツいですよ? 寝るとき以外は頑なに脱がなかったけど。


「……ああ、そっか。 なんだ、分かっちゃえばどうってことないじゃない」

「? シャーリィ?」


 何を思ったのか、柔らかな笑みを浮かべてシャーリィは呟いた。あまりにも突然笑みを浮かべるもんだから俺も思わず警戒してしまう。だってこういう時のシャーリィは俺に対して何かしら冗談半分にからかってくるし。

 しかし、シャーリィは空に視線を向けて続けて語り始める。


「貴方ってなんだか妙な感じだったのよね。意見とか考え方は噛み合うのに、何故か妙に扱いにくいって言うか」


 上着をより抱きしめるように纏いながら、シャーリィは和らいだ表情で続ける。俺も特に口を挟むことなくシャーリィの話に無言で耳を傾けていた。


「でも、その理由もやっと分かった。貴方は私と似ている気がする。考え方が同じだから意見は合うんだけど、動き方も似てるから役割が被っちゃって上手く噛み合わない」

「……俺とシャーリィが似てるって?」

「そ。行動の基準は他人第一なところなんかが。……自分で言うのはなんか癪だけど、私たちってほら、お人好しじゃない」

「……お、遂に認めたぞ、ベル」

『遂に認めたな、ユウマ』

「ッ――アンタたちはなんなのよ本当に!」


 ほどほどに大きな声でそう叫ぶと頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。上着に埋もれるように、更にシャーリィの顔が俺の上着の中に深く沈んでいく。


「ごめんて。悪かったよシャーリィ。……でもさ、お人好しって言ってもシャーリィと俺はやっぱり違う。俺は知っている人たちが大切だけど、シャーリィはまるで……全く知らない他人の方が大切みたいだ」


 “自分を大切にしてくれる人”か、“自分も知らない赤の他人”か。彼女は一括して“お人好し”だと呼んだが、俺とシャーリィが大切にしたい存在は根本的な部分から違いがあった。


「シャーリィはさ、どうして知りもしない人をそんなに大切にできるんだ?」

「……他人は好きよ、私。必要以上の配慮も後腐れも無い、一度っきりの関わりって気楽だからね」


 まあ、慣れない丁寧語とか振る舞いは苦手なんだけど、なんてお気楽に語る彼女の表情はいつも通りの親しみ深い普段通りのシャーリィだったし、主張もシャーリィの性格が良く現れている。


「じゃあ、知り合いとかはどうなんだ? その言い方だと、知り合いよりも赤の他人の方が大切に聞こえたんだが?」

「知ってる人達の方が大切に決まってるじゃない! そうね……大切か以前に、まず二種類に分けるわね。その相手との関わりが私にとって負担かそうでないか」

『関わりが面倒くさい相手とかは避けるって感じか?』

「まあそんな感じ。前者ならテキトーに関わるし、後者ならその縁を大切にする……その上で、私自身も付き合っていられるなーって感じられた人。私、そういう人は大好きだし、大切にしたいって思ってるわ」


 ……正直白状すると、今のシャーリィの発言には驚いた。

 人付き合いに関して、シャーリィは何処か達観している節があるので、そんな感じに付き合いの基準みたいなのを設けて関わりを選んで作っているとは思っていなかった。


「じゃあ、その基準で言うとギルドの人達はどうなんだ?」

「ギルドの人達? そうね……レイラさんは好きよ。あの人の話は共感出来る部分も多いし。バーンさんとペーターさん……だっけ? あの人達は普通、かな。単に話す機会が無いってのもあるけど。ギルマスは……論外。いや、嫌いって訳じゃないのよ。むしろ私としては……でも、不思議なことに話し合いよりも真っ向からブッ飛ばしてやった方が色々手っ取り早い気がするのよねこれが」

「いや喧嘩っ早いのは問題だから」


 ……道理で和解できないのである。シャーリィがそんな様子じゃ仲良くなれなくて当然だ。ギルドマスターもギルドマスターで好感度を下げる自分の欲に正直な行動ばかり取っているのも問題なのだが。


「そういう意味で一番苦手な相手なのに、一番付き合いが長いし深いのが本当にもう……自分の運を呪いたい。ってかもう呪ってる」

「そこまで言う程か……? ギルドマスター、確かに癖は強いけどその分面倒見が良い人だと思ったんだが」

「それよそれ! 単純に“嫌なヤツ”なら良かったのに! 一部以外は人として出来ているから……なんだったら尊敬さえ出来る人だから……切り捨てられないというか、タチが悪いのよ!」

「…………さいですか」


 ぐぬぬぬ、と唸るシャーリィ。きっと彼女には彼女なりの悩みがあるのだから、俺なんかが関与して良い領域じゃないのだろう。

 ……ぶっちゃけ言うと、これ以上この部分を突き回してもろくな事がないだろう、と勘が訴えかけてくる気がした。逃げの姿勢は平和主義者の基本姿勢。


『……ふむ。じゃあ、ユウマはどうなんだ?』

「そうね……最初も何考えてるのか分からなかったし、何をするのかも理解不能だったけど……結局今に至っても貴方の考えは掴めないし読めないわ」

「っ――」


 まるで今では分かる、と言いそうな雰囲気なのにキッパリも“理解不能”と断言されてしまった。

 ……何故だか、微妙に胸の中がザクリと痛むような、そんな錯覚。思わず頭がガクリと力なく崩れた。


「でも、そんなこともあって見てて飽きないし、何処か惹かれて手を貸してみれば、今度は私が助けられちゃって……なんだろう、さっき言った負担か負担じゃないかとか、付き合っていられるか、いられないかとか関係無しに貴方と居ると落ち着くから……その」


 よいしょ、と上着の中からシャーリィは顔を出す。


「私、貴方のこと好きよ。貴方とならきっと退屈しないんじゃないかなって、そう思える」

「…………そうか」


 ……妙に暑い。いや、熱い。それも着込んでいる部分じゃなくて顔とか耳とか、外に晒している部分が何故だかジリジリと熱い。熱いくせに何故か汗は流れ落ちない奇妙な感覚がする。


『……おお、珍しくユウマの顔が赤くなってるぞシャーリィ――って、声をかけようと思ったらシャーリィも顔が赤かった』

「ぐぅううう……な、何変なことを言い出しちゃったんだろう、私ッ」

『……二人して楽しそうなことをやってるなぁ』


 さっきまでは凜とした表情だったシャーリィだったが、上着の中に顔を埋めて絞り出すような苦悶の声と共に酷く後悔している様子。それを見てベルは他人事のように呆れながら笑っていた。


 ……シャーリィという少女。背負いこんだ“モノ”のために、誰もよりも心が強くなった女の子。

 そんな彼女について少し踏み込んで理解することも、を見つけることが出来た気がして、心なしか何処か喜ばしく思っている自分がいた。


「……なんだか暑くなっちゃった。はい、コレ。返すわ」


 シャーリィは包まっていた上着を簡素に畳むと俺の胸へ押しつけるようにして返した。それからシャーリィは小さく呪文を口にしてルーンを描く。すると桶一杯程の水が流れ出るように焚き火に落ちて、良い音を立てて鎮火した。


「シャーリィ? もう大丈夫なのか?」

「ええ、お陰でね。それにもう時間みたいだし」

「時間……?」


 何を言っているのだろうか、と疑問に思っているとシャーリィは何やら人差し指を立ててどこか遠くを指した。その方角を見ると……小さな明かりが水平に走っている。

 アレは……そうだ、クレオさんの馬車のランタンだ。そして二度目の通行は、騎士兵達の準備が整った合図――とかだったはず。


「さて、騎士兵達は問題なく立ち回れているみたいだし、後は全部私たち次第ね」

「……! 遂にか」


 今後どうなるかが全て自分たちにかかっている。そう言葉にされることで改めて責任感を感じた。知らず知らずに背筋を伸ばして意識をより研ぎ澄ませる。


「流石に“気楽にやっていきましょう”なんて適当なことは言えないけど、気張りすぎないでやった方が良いのは間違いじゃない筈よ。ユウマったら眉間にシワ、寄ってるわよ?」

「……む」


 指摘されて自分の眉間を触ってみるがよく分からない。でもこれからやることがやることなだけに眉間にシワが寄るのも仕方ないと思う。

 シャーリィに手を差し伸べられて立ち上がらせてもらいながら、上着を広げてさっさと身に纏う。ほんのりと人肌を感じられて温かい。


「……行こう。この作戦、成功させないと」

『良い気合いだな。応援しているぞ、二人とも』

「ありがとね。んじゃ、行くわよユウマ! ベル!」


 柔らかい温かさで気が緩まないように気張った声で決意する。二人もそれぞれ決意や応援を口にしていた。

 これからのこととか、そういう後の話は考えないで、今はとにかくこの作戦を成功させることだけを考えよう――




 ■□■□■




「……見つけた。まあ、二回目だし探すのは苦じゃなかったんだけど」


 背の高い草の中から頭をひょっこりと出して、シャーリィはそう口にした。辿り着いたのはさっきとは少し違う場所だが、崖の上ということも、崖の下には反ギルド団体の基地があることはさっきと変わらない。


「さて、今から彼処に降りる前に……はいコレ、持っといて」


 ポーチの中からポイ、と筒状の何かを投げ渡される。筒は分厚い紙で頑丈に出来ているらしく、強めに握っても歪んだりはしなかった。


「……これは?」

「発煙筒。底から紐が出てるでしょ? その紐を引き抜けば煙が噴き出すの。持って使っても大丈夫って言われてるけど、慣れてないと結構危ないから投げて使った方が良いかも」


 俺に渡した物とは別に、シャーリィはもう一本の発煙筒を片手に使い方を教えてくれた。なるほど、この底から出てる紐を引けば良いのか。結構危ないと言っていたが、やっぱり狼煙みたいに火を噴き出したりするのだろうか……?


「それじゃあこれから仕事にかかる訳だけど、覚悟はいい?」

「おう、やる気も十分だ」


 体は山を登っている間に温まっている。関節も十分にほぐれていて、激しい動きをしても痛めることはないだろう。


「ここからは役割分担して取り掛かるわよ。ユウマは予定通り武器庫に忍び込む。で、武器を使い物にならなくさせちゃって」

「分かった……けど、この発煙筒は?」

「それは破壊した後に使って頂戴。それを合図に騎士兵達が動き出すし、私もそれに合わせて動くわ」

「ん、武器庫を破壊した時に使えば良いんだな」

「そうね。発煙筒の先端からは火も噴き出るから、万が一の時は敵に投げつけると良いわよ」

「……最近のシャーリィ、ちょっと過激だなぁ」


 名案でしょ、と言いたげな良い表情を浮かべてそんな提案をするシャーリィには思わず顔も引きつってしまう。何でこのお嬢様は発想がやや危ないのだろうか。


「それでシャーリィは何をするんだ?」

「私は私で破壊工作をしに行くわ。隠れながら色んな場所でルーンを仕込んでくる。ユウマが発煙筒を使ったら、私も工作を済ませて狼煙を上げる。内容を具体的に伝えておくと、突入する騎士兵が上から狙い撃たれないように高所を破壊してくるって訳」

「……了解。お互いとも重要だな」


 どちらか一方が失敗したら、それだけで状況は悪くなる。俺がしくじれば敵の抵抗を許してしまうし、シャーリィが失敗すれば騎士兵に被害が出てしまう。


「んじゃ、取りかかる前に言っておくけど、目的さえ果たせるならどんな手段でも構わないから。どうやって武器庫を探し出すか、どうやって破壊するかは全部任せるわ」

「……その辺はベルと相談しながら決める」

『ああ、頼りにしてくれ』

「懸命ね。いや……白状するとユウマって何考えているか分からないから不安な節があったというか……全部任せるって言った時に“あ、しまった”って思っちゃった」

「なんだと貴様」


 シャーリィと顔を合わせずに不満を口にしながら、腰の左右にぶら下げた斧の柄を撫でる。シャーリィ曰く、この斧は投擲するのに適している形状でもあるらしいが……実際に投げれば何処まで届くのだろうか。練習もせずに実戦で使うのは少々不安である。

 ……まあ、あくまでこれは近接用だから投擲云々は気にしないでおこう。そういう心配は必要な時にする。


「……ユウマ、覚悟は十分に持ったかしら?」

「お裾分けできるぐらいに。つか、ここまで来て今更それ聞くか?」

「フフっ、聞いてみたかっただけ。それじゃあ、どうかご武運を――」


 冗談半分にそんな言葉を告げると同時にふわり、と風へ乗るようにシャーリィは跳んだ。黒いスカートを靡かせてながら矢のように流れ落ち、崖の岩に足を着いてもう一度跳躍する。どうやらシャーリィは目立たないように着地の瞬間だけ“転生”して高所からの着地の衝撃に耐えているらしい。


「……見てる場合じゃない。俺も行かないと」


 俺は一呼吸ついてから包丁で首を切り裂いて転生し、シャーリィに続いて崖の下へ飛び降りる――前に、森の中へ引き返す。


『……? ユウマ、どうしたんだ。飛び降りないのか?』

「いや、すぐに行く。だけど、俺はああも器用に着地出来ないからな。その辺は他のことで補うしかない」


 森の中の地面に手を付いて、集中する。

 ……湿った土。草や木の根が土の中に留めている水分を集めて水滴にし、水滴を集めて徐々に多量の水にしていく。湿り気が強い環境のお陰で少しするとすぐに十分な量の水が集まった。


「……よし、自分の血液ほどじゃないけど十分に扱えるな。これで問題なく下れる」


 立った今集めた水に形を与えてクッションのようにし、崖と体の間に挟み込んで崖伝いに滑り落ちる。ネーデル王国の城に侵入する時と同じ手口だ。

 崖で削られた水はゼラチンのように破片を散らすが、問題なく役目を果たしてくれている。弾力だけではなく、僅かながら粘性も持たせた水は崖を滑り落ちる速度を落としてくれた。


「……ッ、ふ――ッ!」


 もう間もなく地面に降り立てる高さに至ったところで、全力で崖を蹴って大きく横へ跳ぶ。崖の真下に転がっている角張った岩や石の破片を飛び越えて、比較的平らで石などが転がっていない場所へ飛び落ちる。


「――――ッ!」


 水を緩衝材にしながら両手と両膝で衝撃を全身で分散させる。シャーリィと比べると随分不恰好だが、理想通り彼女同様に素早く無傷で崖を降りることが叶った。


『大丈夫かユウマ?』

「ああ、問題は無いよ」


 転生を解いて一呼吸つく。緊張で早まっていた鼓動を落ち着けてから立ち上がる。着地するところは誰にも見つかっておらず、武器庫があると目星を付けた建物は目視できるもののまだ遠い。


「……さて、やってやるか」


 気合いは十分。ここから先は俺とベルの役割だ。

 着地に利用した水を腕に巻き付けるように回収して、近くの茂みに隠れて一息つく。上着が深緑色なのでこういう草木の多い場所では目立ちにくい筈だ。基地の中にも木とか茂みが点在しているので、それを活用して移動していこう……


『目的の武器庫が何処にあるのか分かっているのか?』

「大体は。建物自体そこまで数がないし、飛び降りる前に場所は見ておいたから間違えないと思う」

『そっか。ユウマ、できそうか?』

「きっと出来る。やることは隠れてコイツを仕掛ければ良いだけだし、なんとかなるんじゃないかな」

『楽観的だなぁ……その自信が頼りになるけどさ』


 ポケットの中からこぶし大程の空き瓶を取り出して基地の様子を観察する。遠くに荷物を運ぶ男やかがり火の様子を見る男、酒に酔っているのかふらふらとした足取りで歩く男……とにかく、多くはないが少なくもない人数をここからでも目視出来た。

 だが、この人数でこの様子なら隠れて進むことは難しくないだろう。建物の影、茂みや木の幹などと、足音を立てないように影の中を通り抜けて目的地へ足を運ぶ。


『……ユウマ、本当にそれで敵の武器を滅茶苦茶にできるのか? 空気の爆弾……だっけ? 流石に幾つか用意したとしても相手は“団体”だ。相当な数の武器を保有しているだろう。全ての武器を破壊して無力化するのは難しいんじゃないか?』


 ベルの問いを聞きながら、武器庫とは関係が無い――高床式なので恐らくこれは食料庫だろう――建物に手を触れる。表面はささくれていて、下手に触ればトゲが刺さってしまいそうだ。

 ……造りはまるで急ごしらえだ。少ない支柱に薄い壁。建物としての役割は十分果たしているが、耐久性はとても怪しい。


「俺が壊すのは“武器”じゃなくて“武器庫”の方だ。建物を支えている柱や壁に空き瓶を仕掛けて吹っ飛ばせば屋根が落ちて下敷きになる」

『……成る程、武器を破壊するんじゃなくて、武器を取り出せない状況にするのか』

「そういうこと。ギルドみたいな立派な建物なら無理だけど、この程度の建物なら余裕だ」


 別に武器を一本一本、破壊していく必要はない。武器をまとめて瓦礫の下敷きにした方が手っ取り早いのである。


「……だけど、少し問題が」

『む、少しでも問題があるなら言ってくれ。私も考えるから』

「空き瓶の爆弾なんだけど、瓶の中に魔法で圧縮した空気の塊を詰めて、魔法を解除することで空気を瞬時に膨張させることで爆発させてるんだが……その、距離って言えば良いのかな。圧縮した空気から距離が離れすぎると安定しなくなるというか、最悪の場合、意図せずに暴発すると思う」

『……爆弾を設置した後、距離を取ることが出来ないってことか?』


 空気を操る魔法は他の水や血液なんかと比べて取り扱いが難しく、ある程度の範囲でしか安定して圧縮できない。離れれば離れるほど安定性を失っていく。


「ああ。ほどほどに近い距離に居ないと。でもかなり覚悟がいるな……下手すると巻き込まれるかも」

『そ、そんなの駄目じゃないか! まさか初めから自爆覚悟でやるつもりだったのか!?』

「そこまで覚悟は固めてないって。それに全力で逃げれば巻き込まれることはないと思う。ただ、一度設置したら逃げる時までその近くを離れられなくなる。設置中に見回りが来たから、一度その場所から退避してまた戻ってきて設置する――なんてことは出来ない」


 ……といった感じで、威力はシャーリィからも褒められた代物だが、実は欠点がちらほらと存在しているのだ。


『仕掛けるチャンスは一度きりってことか……なら武器庫の中に忍び込んで仕掛けた方が良さそうかな』

「……その為には見張りをどうにかしないといけないか。くそ、なんであそこに限って見張りがいるんだ……」


 武器庫と思われる建物が目視できる位置茂みに潜む。

 武器庫の前には一人の武装をした男が立っている。ベルの提案はコソコソ隠れながら武器庫の外回りに爆弾を仕掛けるよりもずっと現実的だが、その為にはその男をどうにかしなければ――それも、周りから不審に思われないように対処しなければならない。流石にぶん殴って気絶なんてさせたら他の人に気づかれる。


「建物の至近距離にかがり火があれば、空気砲を当てて建物に押し倒して火事に出来たかもしれないけども……」

『かがり火は近くにはあるけど、流石にそれをするには遠いな。……なんでだろう、上手くいかなくて残念に思う一方でどこか安心している私がいる……』


 どうやらベルは放火系の作戦には賛成できない様子。まあ、実際にやった結果自分も火に巻き込まれるなんて間抜けなことになりかねないのでやらない方が懸命だろう。


『……あのかがり火を消すとか出来ないかな』

「かがり火を? ……まあ、注意を逸らせることが出来そうだし、暗くなるから忍び込むには良いかもしれないけど……」


 武器庫と思われる建物への入り口はたった一つの戸のみ。そこから中へ忍び込むためには武器庫の前にいる見張りの注意を別の場所に逸らす必要がある。なのでベルの提案は確かに良いとは思うのだが……


「……どうやってその火を消すか、だよな」

『その腕に巻き付けた水は届かないか?』

「圧縮した空気に水を含ませて放出したら届く……けど、火が大き過ぎる。この水量なら消せるけど、消す時に音が出るし……何よりも“誰かが意図的に消した”って丸分かりだ」


 向こうは俺たちが忍び込んでいることに気がついていないのだから、そういう痕跡が残る行動は避けたいところ。

 ……だが逆に何も痕跡がなければ――例えば“人為的なものは見つからず原因は分からないが、かがり火が何故か消えていた”と思わせれば――俺たちが潜伏しているということに連中は気づかない。


「やるなら証拠を残さずにやらないと」

『でも、そんなのどうやって――』


 ベルの問いには答えずに、俺は可能な限り意識を研ぎ澄ませて転生する。目に見えない空気を凝視し、砂埃よりも細かいモノを見分け続ける。


「……火っていうのは“酸素“があるから燃える。空気の中にはある程度の酸素があるから燃焼することが出来る」


 ……これは何処で知った話なのだろう。誰かの受け売りみたいにつらつらと紡ぎ上げられる言葉は何故だか妙に耳に残っている言葉のように感じられた。


「だけど逆に、周りに酸素が十分に無ければ、火は燃えることが出来なくなる。酸素以外の気体を大量に吹きかけてしまえば、水を使わずとも消火することはできる――」

『……? ユウマ? それは一体、何の話だ……?』


 目が痛む。以前、宿屋で転生しようとして失敗したあの時と同じ痛み。細部まで視ようとすることで伴う負荷の痛みだ。

 目を凝らせば凝らすほど、空気の揺れが波紋として視界に映り込む。その更に深いところを、“空気”という集合体を更に、更に、分析するように視る。


「…………ッ」


 周囲から酸素とそれ以外の気体を振り分けて、酸素以外の気体のみを手元へ集める。

 ……僅かに目眩を覚え始めたので、周囲の空気を吸わないように気をつけながら更に集めて圧縮していく。確か、酸素が多すぎると体に害が出る……だったか。うっかり吸わないように気をつけて行わなければ。


「……こっちはこれで良いか。あとはこの気体をかがり火に放射すれば多分火は消えるけど……一瞬でもあの男の気を逸らさないと駄目だな。空気の放出には音が伴うから」

『よ、よく分からないけど……できるのか?』

「……ああ、できる」


 意識を圧縮した気体に向けながら、同時に周囲の空気を魔法で根こそぎ動かす。まるで風が渦巻くように、できる限り自然な感じに空気を“突然吹き付ける風”のように、見張りの男に向けて流した。


「……っ、なんだ風が――」

「今だ……!」


 急に吹き付けた風に目を細めて腕で顔を覆う男の隙を突いて、圧縮した気体をかがり火の方に向けて放出する。

 かがり火まで届くけど強過ぎず、出来るだけ長続きするように気体をかがり火に当て続ける。すると、かがり火の勢いはあっという間に弱まって間もなくして煙が上がり始めた。


『どうだ……?』

「……成功した。これであとはあの見張り次第だ」


 身を潜めて見張りの動きを観察する。場合によってはこれまでの行動全てが水の泡と化すのだが……


「……ん? あれ、火が消えてる?」


 小さく煙の上がるかがり火の薪を見た見張りは不思議そうに呟きながらかがり火の下へ歩き出し、火の消えた薪を奇妙そうに観察した。


「おかしいな……あんなに強い火だったのに、今ので消えたか……?」

「おい、どうかしたのか?」

「あ、ああ。今強い風が吹いただろ? そのせいで火が消えちまって……」


 ちょうどそこにもう一人の男が通りかかり、同じく火の消えたかがり火の下へ集まる。

 人が集まるのは少し困ったが、その後どうなるかが問題だ。都合良くことが進めば良いのだが……


「風なんて吹いたか? いや、そんなことより風なんかでかがり火が消えるか?」

「消えるも何も、消えてるだろうが実際。特に水かなんかで濡れてもいないし……他のかがり火から火種を貰って来られないか?」

「俺は今から馬小屋に行かなきゃならねーんだっての。見張りで退屈してるんだろ? お前が行ってこいよ」


 もう一人の男はぶっきらぼうにそう言い残すと去って行った。きっと発言通り馬小屋へ向かったのだろう。その場に残された見張りも、一つため息をついてその場を離れた。


「……よし!」


 今なら気が逸れているどころか、すっかり無人だ。今なら真っ直ぐ駆け抜けても問題ない。一度周囲を注意深く確認してから茂みを飛び出した。


 正面から大胆に。それでも足音は殺しながら。こういう時はかえって堂々としていた方が怪しまれないのである。上手くいったと安堵しながら一直線に進んで、迷わず武器庫に手を伸ばしたところで、


「――あでっ!?」

『! ユウマ!?』


 カツン、と意外なほど軽い音と信じられないほど額に重い衝撃。不意打ちで鼻先に叩き込まれた一撃に尻餅をついてしまう。

 ……運良く鼻は打たなかったみたいだ。鼻血なんて出したら潜入どころの話ではない。


「おおっと、悪い悪い。不注意に勢い良く開けちまって」


 ……上の方から男の声。尻餅をついているのだし当然か。

 だが、そんなことよりも“誰かが俺に話しかけている”という事実に、俺の体は固まって見上げることが出来なかった。

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