Remember-31 暗躍する破壊工作/風の狼煙を上げる
「――――」
思考が真っ白く固まる。体はまるで石像か、氷付けみたいに意思に反して動かない。
――バレてしまった。頭は真っ白で寒気がするほど冷えているくせに、そういうことは真っ先に理解してしまう。
(ッ……こうなったら)
上着の中に隠すようにズボンのベルトに差した発煙筒。コイツを使って、シャーリィが提案していたように敵に投げつけて怯ませる。その隙に転生して、自爆覚悟にこの武器庫をこの男諸共破壊する……!
俺は上着の中に手を入れようと動かして――その腕を、目の前に立っている男に掴まれた。
「ぐッ!? この――」
焦りながらも抵抗しようと、握られた方とは別の腕を無理矢理振おうと力を込めたところで、
「……大丈夫か、オイ。腰を打っちまったか?」
「ッ……?」
心配そうな声に、焦りとか剥き出しの警戒心なんかが引っ込んで、振おうとした腕を影に隠した。何が起きているのか理解できないが、顔を上げてみればよれよれな髪の男が心配した様子で俺を見ていた。
「立てるか? なんだったら医務室まで運ぶが」
「……いえ。大丈夫、です。立てます」
戸惑いながらもそう答えると、男は俺の手を引き上げて立ち上がらせてくれた。力の抜けた足が情けなくも二の足を踏む。
……どうやら俺が侵入者と思われていないらしい。考えてみたら節操なく仲間を引き込んでいるみたいだし、気づかないのも仕方ないのかもしれない。
「ん? なあ、見張りしてたアイツは何処行ったか知らないか? ここに居た筈なんだが」
「あー……見張りの人ならさっき何処かに行きましたよ」
「……厠か? まあ良い、ならソイツが居ない間はお前さんに頼めるか?」
「見張りを、ですか?」
「ああ。新入りなのにすまないが、どうか頼まれてくれ。おかしな野郎が来たら剣でも槍でも引っ張り出して良いからよ」
男はそう言うと“任せたぞ”と言わんばかりに俺の背中を叩いて何処かに歩き出す。フラフラと目的を感じさせない足取りだが、途中で男は何かを思い出したように振り返り、
「そういえばお前さん、名前は何だ? 申し訳ないが全員を把握しきれていなくてさ」
「…………」
「ああ、無いなら良い。すまなかったな」
「……ユウマ」
……何故だろう。あの男は敵だというのに、気がつけば名前を口にしていた。まるで名乗らないことが公平さに欠けるような、隠すことがとても恥ずべきことのように感じた気がする。
「ユウマか。その名前、大切にな」
男は口元をにっこりと吊り上げて、今度こそ背を向けて歩き出した。指ほどの小さな筒を口に咥えつつ、ポケットから何かを取り出そうとしながら去って行く。
あれは……葉巻、だろうか? 煙を吐き出しながら呑気に歩き去ってしまった。
「……人、居たんだな」
『ゆ、ユウマ、ユウマっ! 大丈夫だったか!?』
「あ、ああ……どうやら俺を反ギルド団体の人だと勘違いしてくれたみたいだ」
『でもどうして名乗ったんだ? それでバレるかもしれなかったぞ?』
「それは……なんとなくだよ、なんとなく」
『な、なんとなく……?』
慌てた様子で声をかけてくるベルに答えながら武器庫の戸を開く。武器庫の中は無人で、武器が山ほど――と言うほどではないが、ぎっしりと列を成して並んでいた。
「……これは建物ごと潰すで正解だな。こんなの一々壊そうとしたら骨が折れるどころの話じゃない」
『そうだな……急ごう、ユウマ。さっきは何も思われなかったけど、また誰か来たら今度は怪しまれるかもしれない』
「そうだな。早く済ませよう」
手早く転生を済ませて、空き瓶の蓋を開けながら薄暗い武器庫を見回してみる。何本も木製の台に立てかけられた剣に槍、弓に盾。陳列された矢の詰まった矢筒に鎧のような物が数える気が失せるほど並んでいる。
……因みに武器庫のどこにも斧っぽい武器は無かった。やっぱり武器として異常なのかねぇ、
腕に巻き付いた水の一部を千切り取り、松脂のように粘性を持たせて空き瓶に塗りつける。その空き瓶に空気をたっぷり圧縮させ、壁に向かって投げつけた。ビタッ、と空き瓶が壁に張り付いて固定される。
以降は、そんな単調な作業を淡々と進めていく。
『……頑張ろう、ユウマ』
「ん? 突然どうしたんだ?」
ペッタンペッタン、と空き瓶を壁に投げつける作業を続けていると、ポケットの中でベルがそんな言葉を口にした。いや、まあ。言われなくても常に頑張っているのだが一体どうしたのだろうか。そう首をかしげているとベルは続けて話す。
『だってさ、もしかしたらユウマが記憶喪失で知らない場所に倒れていたのは反ギルド団体が関係しているかもしれないんだろう? だったら、もしも上手いこと親玉を捕らえて情報を聞き出すことが出来れば、ユウマについて分かるかも知れないから……』
「……むむ。そういえばそうだっけ……やばい、反ギルド団体と自分に関する諸々を完全に忘れてた」
シャーリィの力になりたいって考えて動いていたせいか、自分に関することをスッキリすっぽり忘れ去っていた。そんな間抜けな発言をすると案の定、ベルは小さくため息を吐いた。
『おいおい、しっかりしてくれユウマ……』
「気をつける。でも“自分とベルの正体について探す”ってことはこれっぽっちも忘れてないから安心してくれ」
一通り設置し終えて余った空き瓶を適当に床に置いておきながら、腹からハッキリと(外に声が漏れない程度にだが)そう口にした。こんな考えも行動もユルい自分だけど、どうか頼って欲しかった。
『べ、別にユウマのことを信頼していないとか頼りないとか思っているんじゃなくて……なんというかユウマは変に周りの人に気遣うから不安になるっていうか――ってそれってやっぱり信頼していないじゃないか私!?』
「落ち着いて」
『その、なんていうか……ユウマはユウマらしくやりたいことを言ってくれ。ユウマは周りに合わせすぎで……その、時にはわがままを口にしたって良いんだぞ。多少迷惑をかけるぐらい誰だってやってることなんだし』
「まあ、そういうのは終わってから考えるよ」
『むむ……確かに今はそんな話している場合じゃなかったな。ごめんな、ユウマ』
「そんなことない。というか心配してくれてありがとうな、ベル。最近分かったんだけど、誰かが自分のことを気にかけてくれるのって嬉しいことなんだな」
『…………そっか。うん、分かった』
会話が途切れると大体同時に、手持ちの空き瓶を全て設置し終わる。あとはここから脱出して武器庫を破壊し、発煙筒を使って合図を送るだけだ。
「……なあベル。今ピンと来たんだけどさ、もう隠れて進むとかバレずに進むとかそういうのはもう気にしなくても大丈夫じゃないかな」
『……は? いやユウマ、何を言って――』
「隠れて進む必要がある部分はもう終わったわけだし、最悪バレても問題ないというか」
バレたらマズいのは爆弾を仕掛ける前の段階であって、もう仕掛け終わった今はさっさと逃げて爆破すれば良いのである。たとえ見つかって捕まったとしても、最悪気絶していても爆破は出来る。というか気絶したら制御を失って勝手に爆発する。
「それに出入り口は一カ所な訳だし、もう隠れることは出来ない」
『……じゃあ、ユウマはどうするっていうんだ』
「そりゃ、隠れず潜まず堂々と」
『やっぱり……ギルドの酒場の時と一緒かぁ』
呆れつつも分かっていたような反応が返ってくる。冷静さと慎重さをなくした訳ではなく、余計な時間や体力を使わない自分の中では極めて合理的な判断だと思う。
「……なんていうか、コソコソ隠れて相手に合わせてばかりなのがいい加減嫌になってきた」
『酷い本音を聞いたぞ。まあ、ユウマはユウマらしくやりたいことをやってくれ……』
……さあ、窮屈な思いをした分やりたいように振る舞わせて貰おうか――
『……やらかす前に聞くけどさ』
「待て今の発言。なんでやらかす前提なのさ」
出入り口の戸に手をかけたところで、ベルが若干呆れながらそう尋ねてきた。割と真面目に考えている人にそれは流石に失礼ではないだろうか? 言われてばかりではなくたまには俺も対抗して言い返してみる。
『見つかったらどうやって切り抜けるんだ? それと、見つかって侵入者だって気づかれた場合も。それを聞かないと心配で寿命がゴリゴリ削れる』
「ゴリゴリって……結構固くて図太い寿命なんですねベルさんや」
『…………』
「あ、ごめん、許して。そのシャーリィの特権みたいな湿った念ホント苦手だから。冗談だよ冗談」
空気関係に敏感なせいなのか、人の発する雰囲気なんかも上手く表現できないけどなんとなく分かる、と思う。
で、今回ポケット越しに感じた雰囲気を言葉で表現してみるなら、“質問に答えないどころか失礼極まりない発言をするとは、ユウマはずいぶんと愉快で良い性格しているな”と皮肉を香辛料のようにたっぷりと効かせた感じ。
「……見つかったら、怪しまれないように人が多い方に歩いて紛れる。変に隠れたり人目の多い場所を避けるのは怪しまれそうだしな」
『それが通じないぐらいに、完膚なきまでに正体がバレたときは』
「発煙筒、叩き込んでとんずらだ」
『とんずらって……まあいいや。ユウマ、外で足音がする。多分さっきの見張りが帰ってきたんだと思う』
「ん、了解。ありがとな、ベル」
一応、戸を開けて出る前に肩とか足とかをほぐしておく。前ぶりも何も無く、突然走る必要が出てくるかもしれないからだ。
音を立てずに戸を開けてみると、ベルが教えてくれた通り見張りの男が背を向けてかがり火の中に薪を加えていた。かがり火の炎は戻っており、既に着火し終えたらしい。
「……流石にこの周辺は早めに離れた方が良いかもな」
『だな。こっそりな』
小声でベルと相談をして、こっそりとすり抜けるように武器庫から出て歩き出す。堂々と抜け出すとは言ったけど無理はしないに限る。俺は臨機応変が分かる記憶喪失だ。
足音を抑えて武器庫から少しずつ、ゆっくりとした足取りで離れていき――
「――む」
「…………!」
ガタン、と背後で戸が完全に締め切る音がした。戸の立て付けが歪んでいたのかあるいは風が吹いたのか、原因は不明だが結果は明白。背を向けてこちらに気がついていなかった見張りの男は不審な音を聞いて振り返り、俺の顔を不審そうに睨みつけた。
「オイ、そこのお前!」
「……なんですか」
「何故夜間に出歩いている。就寝時間に理由も無く出歩くのは罰則対象だぞ」
む、今回も侵入者じゃなくて反ギルド団体の一員だと勘違いされているみたいだ……いや、本当に勘違いなのか?
ひょっとすると、記憶を無くす前の自分は反ギルド団体の一員で、だからさっきの男もこの見張りの男も侵入者だと思っていない……とか、そんな我ながら突拍子も無くぶっ飛んだ考察を浮かべてみたり。流石にないよな、そんなこと。
「おい、聞いているのか! 何故ここにいる!」
「……失礼、自分は見回りで通りすがっただけです」
「見回りだと……? 見かけない顔だが、お前は最近ここに入ってきた奴だろ? 警備は古株の腕の良い奴しか任せられていない筈だが?」
……ああ、完全に警戒されてる。携えている剣を今にも引き抜きそうな雰囲気がヒシヒシと伝わってきた。そんでもって、咄嗟に口にした誤魔化しでむしろ追い込まれている気がする――いや、追い込まれているんだろうな実際。
「はい、その話は聞いています。ですが、貴方がここを離れている間に、警備の人に代理を任されました。一通り武器の状態を確認した後、ついさっき貴方が戻って来た事に気がついて、俺は寝床に戻ろうとしていました」
「ほう……まあいい。なら、合言葉を言ってみな」
「……何ですと?」
「合言葉だよ合言葉。いくら代理とはいえ、任されたからには聞かされているだろ? ククッ……夜間に許可無く歩き回る奴は当分の間、厠掃除送りって聞くぜ?」
俺が嘘をつくたびに男は否定もせずにジワジワと追い詰めるように嘘の穴を突いてくる。鉄兜で顔の一部が隠れているが、きっとニタニタと俺のボロを突いて笑っているのではないだろうか。
……というか、俺にこの場を任せたあの男! 合言葉とか聞いてないんですけど! オイ!?
「……合言葉ね。ああ、ご存じだとも」
『ゆ、ユウマ……!? そんなの知っているのか!?』
小声のベルに構わず、余裕の一言を吐く。
当然俺は合言葉なんて知らないし、もしかすると合言葉なんて初めから存在すらしていないのかもしれない。それでも俺のやることは初めから変わらないのである。
……ただ、少しイラッときたので予定がやや強引かつ早まっただけ。もう我慢ならねぇ。
「合言葉は“コレ”だ――」
……距離は少し近いけど、まあ十分。一応巻き添え食らう心配は必要ないだろう。俺は何気ない動作で指をパチン、と鳴らした。
シュルル、と結んでいた紐を引いて解くような感覚。頭の片隅でイメージを保っていた
「おわ――――!?」
武器庫の壁が文字通り内部から吹っ飛んだ。細かい破片を含んだ爆風はその周辺、かがり火なんかはもちろん、見張りの男までも押し飛ばす。
「ッ、ふんッ!」
「がはッ!?」
爆風を受けても見張りの男は重い鉄製の鎧を身につけていたためか、吹き飛ばずに体勢を崩すだけだったが、その姿勢を崩したところを目掛けて膝蹴りを可能な限り全力で叩き込んだ。
たったの一撃だったが、転生していたおかげかそれでもバッチリ効いたらしい。小さく声を漏らすと見張りの男は崩れ落ちて動かなくなる。
『……大雑把さは良い勝負だが、やることの派手さはユウマが一枚上手だな』
「いてて……シャーリィには言うなよ。変に抵抗心燃やされたらきっと大惨事だ」
「なんだ! 何事だ!?」
「敵襲! 敵襲――! 全員武器庫に集まれ! 寝てる奴は叩き起こせ!」
そんな会話を交わしている間にも、武器庫の屋根が崩れ落ちる轟音を聞いて慌てて飛び出してくる反ギルド団体の連中の姿が砂煙の中に見えた。
「よしきた、不発は勘弁願い上げるぞ……!」
腰に差していた発煙筒の紐を引き抜いて、人気のある方へ振りかぶる――のは止めておいて、近くに転がす。流石に俺はそこまで過激になれないよシャーリィ。
「ぐわ――煙幕か!?」
「ゲホゲホッ!? ど、どこから投げ込まれた!?」
本当にこんな筒で狼煙が上がるのか不安だったが、転がってすぐに筒から白い煙が勢い良く噴き出した。こんなに小さな筒だというのに、信じられないぐらいに大量に煙を噴き出すし狼煙なんかよりも勢いが強い。
「……さて、これでシャーリィと騎士兵が動いてくれるんだよな」
「敵襲――! 全員武装して集まれ!」
「敵の煙幕だ! 迂回して武器庫に回り込め!」
気流を操って自分の方に煙が来ないようにしつつ、わらわらと集まってきた反ギルド団体を目視する。武器庫は派手に吹き飛んで中身は屋根の下敷きになっているため、集まった連中の殆どは武器らしい武器を持っていない。
でも、武器が無いから戦えないという訳ではないのだし、ここまでの数が集まってくると……
「囲め! 敵は一人だ! 囲んで背後を取れ!」
「……でもさ、流石に集まりすぎじゃないかこれ……?」
『どれどれ、見せて見せて――うわっ、下手すると基地にいる全員が集まるんじゃないかなコレは……』
怒号のような指示が飛び交う中、ポケットからガラスを少しだけ引っ張り出して状況を見せると、ベルはあははと引き笑い気味に縁起でも無いことを口にした。
確かにそんな気が薄々していたが、そんなことになったらどうなってしまうのだろうか。囲んで叩いてボッコボコになりそう、ってか絶対なる。流石にあの数は転生していても厳しい気がする。
「武器無しとはいえ、あの数を相手にするのは……俺、ヤバいかも」
『今さらそんな自信無さそうに言われても困るぞ……でも、別に全員と戦う必要は無いんじゃないか? シャーリィや騎士兵が駆けつけるまでユウマは逃げ回れば良い』
「……凌いで時間を稼げってことか?」
……会話を交えながら横とか後ろの方を見回すと、敵が俺を囲むように集まっているのが見える。しかもショベルとか鍬などの農具を武器にしているし、ごく一部だが槍や弓を装備した人もいる。
なるほど、武器庫から持ち出していた武器とか武器庫には置いていない農具なんかは無事だったか。誰もが俺を敵意たっぷりに睨みつけながら、しかし武装が不十分なために距離を取って身構えている。
……なんだろう、妙に気分が高揚する。戦わねば凌がねば、と考えれば考えるほど期待で自制心が揺れ動く。ようするに、どこかこの状況を楽しんでいるような期待しているような、そんな自分がいるのだった。
腰から両脇にぶら下げた鞘から斧を両手に抜き取って臨戦態勢を取る。距離を取って魔法で攻撃、近づく敵はこの武器で対処しつつ距離を取るように立ち回れば自分でも戦えるはず。
「それじゃあ、シャーリィが用を済ませて、騎士兵が来るまでこの場は凌ぎますか……!」
戦うのではなく凌ぐ、と言葉にすると不思議と気が楽になった。必要以上に心情を気張らせていたガスが抜けて、いつも通りの冷静さが戻ってきた感じがする。
さあ、俺がどこまで出来るかはまだ未知数だが、ここは一つ思うがままに暴れてやろうか――
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