Remember-29 転生使いについて/焚き火の前で
「……ふぅ、お疲れ様。まだやることは残ってるけど、一先ず向こうから連絡が来るまでは休憩よ」
ゴトン、と腰に取り付けていたポーチを投げ込む音と共に、シャーリィは方針を大雑把に指示した。
山を下って無事に戻って来られた俺たちは、それぞれの役割を行っていた。シャーリィは連絡に使う伝書鳥の準備を、俺は暖を取るために焚き火の準備を行っている。
『お疲れ様、ユウマ。今のうちに疲れを取るんだぞ』
「疲れよりも服の水気を取りたい。上着が水を弾く分、ズボンがスポンジみたいに水を吸ってて辛いんだよ」
『そうか? 山を上り下りする疲労の方が大きそうだが……』
「異世界を抜け出す時もそうだったけど、身体より精神の疲れの方が堪える。水を吸った服が重いって意味では確かに疲労は大きいけど」
『なるほど……濡れた衣服を焚き火で乾かすのは難しいだろうな。だがズボンに関しては濡れたままにすると肌に直接、強く擦れる。そのせいで水気でふやけた皮膚が剥けて肉が露出する場合がある。擦れる部位に包帯を巻いておくんだぞ』
「少なくとも今晩はずぶ濡れのままか……」
実際に歩いている身としては疲れよりも服や靴の中の湿気の方が重要な問題だったりする。疲れは気力でなんとかできるが、こういう不快感はその気力を根こそぎ奪ってくるので早めに対処したいのだ。
「シャーリィ。持ち込んだ荷物に薪木があるけど、こいつに火を付けて良いのか?」
「うん。だけどそこの溝の中でやってね。光が外に漏れるから……あと、その辺の小枝とかは焚き火の中に入れないように。燃やす木材に水気があると煙が出ちゃう。地面にその袋に入った乾いた砂を敷き詰めるのも忘れずに」
シャーリィに言われた通り薪を片手に小さな溝の中に飛び込む。俺の腰ぐらいの高さがある溝はそこそこ広く、火を焚いて二人並んで温まる空間は十分にある。
それと、持ち込んできた薪は煙が出ないように何年もかけて乾燥させた水気の無い木材とのこと。一見普通だが、乾燥期間はギルドで飲めるワインよりも長い期間をかけている最高級品だとか。なんでギルドに対してマウントを取ろうとするんだこの子は。
「火付けはどうすれば良い? 着火の道具はどこにある?」
「……もうちょい左、左に寄って」
「?」
紙を鳥の足に結びつけながらシャーリィはこちらを見ずに片手を使って、左に寄るようにジェスチャーをしながら言う。疑問に思いながらシャーリィの指示通り左に寄っておく。
「そうそう、その辺その辺――
「うあっぶないっ!?」
ボスッ、と拳ほどの大きさの火が飛んで来て目の前を横切る。火種にしては大きすぎやしませんかシャーリィさんや……いやまあ、一発で薪に点火したのは確かに助かったのだが。
「……びびるわぁ、ホント」
『大丈夫かユウマ。凄く間の抜けた声がしたんだが』
「そこんところ指摘しないで。薪の火付けには少しやり方が雑だけど助かった。ありがとう、シャーリィ」
「持ち込んだ薪はその大きな物しかないからね。こうでもしないと上手く火が点かないのよ」
再び伝書鳥の足に紙を結びつける作業を再開しながらシャーリィは素っ気なく答えた。後は火が消えないように風を送り続けるだけだが、これは言うまでもなく得意分野だ。転生していなくても空気の取り扱いは感覚でわかっている。
木板で空気を送り続けてそろそろ火が安定する頃に、バサバサと羽ばたく音がすぐ近くから聞こえてきた。どうやら伝書鳥を飛ばしたらしく、間もなくしてシャーリィが俺の隣に座った。
「……やっぱり火は良いわね」
「確かに。何故だか見てて落ち着いてくる」
「だいぶ昔に城のバルコニーでこんな感じに焚き火をしたことがあったんだけど、その時は怒られたっけなぁ」
「……ん? 城のバルコニーで?」
今、しれっとトンデモない発言を聞いた気がする……が、これ以上追求するのは止めておこう。
シャーリィがそれ以上踏み込んで欲しく無さそうな顔をしていたから――なんて理由ではなく、単純に俺がこれ以上知りたくないだけです。聞いてるこっちが「うわ……」ってなりそうな話しか聞けなさそうだ。彼女がニッコリしてるのもなんか怖い。
「……なあ、昔のシャーリィってどんな感じだったんだ?」
ベルがさっき言った通り、長い間山道を歩いて疲れていたのだろう。焚き火を前にして気が緩んだ俺は、自分でもよく分からずそんな質問をシャーリィに投げかけていた。
「昔の私? どうしたの急に、別に私の過去話なんて聞いても面白みが無いでしょ。転生使いの過去話なんて大体似たような感じで――あっ」
恥ずかしそうに頬を指先で掻きながら戸惑うようにシャーリィは答えていたが、突然、何かに気がついたような声を漏らす。シャーリィは何故か申し訳なさそうな顔をしていた。
「シャーリィ?」
「……ごめんなさい、貴方、昔の記憶が無いんだった。今のは無配慮過ぎたわね」
「え――いや、俺は別にそんなこと気にしていないから。別に記憶が無いからって――まあ、少し心細い感じがするけどシャーリィのお陰で居場所が出来たから、むしろシャーリィには感謝してる」
だからそんな顔をしないで欲しい。そう思ってアレコレと思いつく言葉を片っ端から口にしていると、小さくシャーリィは笑った。
「……なんか、逆に気を遣われちゃった。でも別にそんな慰めるみたいに必死になって言わなくても良いじゃないの」
「突然そんな気にしてもないことを気にされたら、そりゃびっくりするって」
「でもまあ、気にしていないとはいえ失礼なことを言ったのは変わりのないことなんだし、ちょうど良いか。お詫びに面白くも無い自分語りでもしようかしら」
そう言うとシャーリィは照れた顔を誤魔化すように焚き火の前へ進み出る。銀色の髪の毛が火の揺れる色で鮮やかに染まっていた。
「そういえば、私を散々“野生児”だの“野蛮”だの言ってくれたけど、私だって……自分で言うのもアレだけど、普通の女の子だったわよ。物心がまだついていない頃は城の庭で花を集めたりさ」
……なんか、今のシャーリィを見ているとそんなイメージが湧かない――なんて藪を突く真似は出来なかった。そんなことしたら絶対に蛇よりヤバいやつが出てきそうだし。
「それで、物心ついてから私は色々なことを知った。将来自分が国を治める立場になること、私のお母様は体がとても弱かったこと。そして、お母様は魔法使いで私にもその素質があることを」
手にしていた薪気の欠片を投げ込んで、シャーリィは揺れる火の中に懐かしい光景が見えているかのように眺めながら語った。
「体の弱かったお母様は、私を無事に産めたのが奇蹟みたいな事だった訳で……察しているだろうけど、もう何年か前に亡くなっているわ」
「…………」
「……私はお母様に憧れていた。ちゃんと覚えている訳じゃないけど、魔法を使って多くの人々を救おうと頑張っていて、誰かのためになれることを他の何よりも嬉しそうにしていたお母様に……でもまあ、我ながらちょーっと憧れすぎていたというのかな。お母様が亡くなった後、私はお母様についてもっと知ろうとした。そんな訳でお母様が研究していた魔法をこっそり引き継いだの」
「その引き継いだっていう魔法がその、ルーン魔術?」
「ええ。一年ぐらいかけてお父様や騎士兵にバレないように隠れて書庫に忍び込んで覚えてた。城の鍵を開ける方法を覚えるのに何ヶ月もかかったし大変だったわ」
『鍵開けって……ピッキングでも覚えたのか?』
「覚えると結構便利よ。結局はバレて怒られたけど、その頃には大半の魔法は使えるようになっていた……魔法の才能を示した私はそのまま魔法を学ぶことを許された」
……それから続く話も、聞く限りでは大変なことばかりのように聞こえた。彼女一人で母親の後を継ごうとする話からは、ほんの少し孤独が伝わってくる気がした。
しかし、シャーリィにとってはなんだかんだで楽しかった出来事だったらしく、柔らかい笑みを浮かべながらどこか楽しそうに語っていた。
「……と、まあそんなお話でした。そこまで面白い話じゃ無かったでしょ?」
「いや、シャーリィについてもっと知ることが出来た。それに、楽しそうなシャーリィを見ることができて良かった」
「へ、変なこと言わないでよ。そんなこと言って何が目的よ……まったく」
シャーリィは顔を赤くしながら――焚き火に照らされてそう見えただけかもしれないが――ジト目で睨みつけながら怒っていた。顔こそ赤いが、別に怒っている感じとか怖さとか、以前のような耐えがたい感じは無く、むしろ何処か微笑ましく思える。
「……ふう。それで、他に何か話して欲しい事とかある? むこうの合図が来るまで退屈なんだし、他の話も付き合ってあげるわよ」
首を傾けてシャーリィは笑顔を浮かべてこちらを見つめる。焚き火の光でシャーリィの姿は転生の時とは違う柔らかい光に包まれていて、どこか神秘的で美しく見えた。
「……俺の勘違いだったら悪いけどさ、確かシャーリィは何か“目的”があるんだろ? 旅をしてやり遂げたい目的が」
以前シャーリィから持ちかけられて、当時は断った申し出。理由も内容も伏せられたままだったが、未だに俺はその内容が気になっていて、気がついたら既にシャーリィへ尋ねていた。
「その目的って、シャーリィの母親が関係しているのかな。憧れているからとか、そういう――」
「……違う。私が旅に出ようとしているのは違う理由で……それは――」
――――火の中で薪が崩れる音がする。シャーリィが口を止めてから沈黙が続いているが、今回の沈黙は不思議と冷え切ったような雰囲気は無い。
それから暫く沈黙が続いてから、シャーリィは視線を焚き火の中に移して小さく息をつく。それから、焚き火の薪が割れる音に隠れてしまいそうな程に小さな声で、
「……少しぐらい、話しても良いのかな」
もう一度、シャーリィは手にしていた薪の欠片を投げ込む。投げ込まれた薪が少しずつ火に包まれる様子を眺めながら、シャーリィは何かを決意するように呟いた。
「貴方――いや、ユウマだけじゃなくてベルにも聞きたい。貴方たちは“矛盾”を感じたことはない?」
「矛盾って、何に対してだ?」
「上手く言えないけど、大雑把に言うなら認識とか認知?」
『とてつもなく曖昧だな……謎は多く感じたけど、矛盾はわからないな』
「俺も同じ……いや、そういえば」
謎なら何度か感じたけれど、「矛盾を感じたか」と問われると……うーん、って感じだ。
しかし、一つだけある。矛盾というほど大層なものではないが、謎という言葉で片付けるには不自然なことが。
「昨日だっけ、朝方にシャーリィがギルドで賄い料理を食べてたことがあったよな? あの後にコーヒーハウスで反ギルド団体の話を聞いたんだ……妙な手口でギルドの馬車を破壊されたって話だけど。その話を聞いた俺はその手口が魔法によるものなんじゃないか、ってブライトさんに話した」
「できる限りそういう話は止めて欲しいんだけど……まあいいか。それを知っているならすぐに理解してもらえそうね。で、反応はどうだった?」
「冗談だと思われた。それを聞いてた人は誰一人とまともに捉えてくれなかった……あれ」
……自分で口にして矛盾に近い違和感を覚え始めた。
ギルドマスター曰く、転生使いは国からすれば喉から手が出るほどに欲しい存在だ。なのに、国民に転生使いの存在を隠しながら欲するのは少々無理がある話な気がする。指名手配犯を張り紙に描いて町中に張り出すように、情報公開を積極的に行うのが普通じゃないだろうか……? いや、そもそも様々な情報が集まるコーヒーハウスなら誰か一人ぐらい知ってても良いはずなのに。
それに、シャーリィの母親は魔法を使って人々を助けていたとか話していた。だったら尚のこと国民が魔法の存在を否定しているのはおかしい。先祖がお世話になったとか噂で聞いたとか、それぐらいならまだ分かるのだが……
「前に宿屋の食堂で話したこと、覚えてる? 貴方がスモッグ――異世界とか魔法について話すのを私が止めてたじゃない」
「ああ、口にパンを突っ込まれて、すっっっっごく睨まれたな」
『確か転生使い、延いては魔法が強大な存在が故に隠しているって感じだったかな』
「まあそんな感じ。一応私の国は転生使いが居るって他国の王族に公言しているんだけど、他国からすれば国を吹き飛ばすほどの威力を持った兵器を置いている、って認識ね。そんな天災のような存在を公に明かして民を恐怖で混乱させる訳にはいかないの」
『魔法と関する情報を口にしないようにしていたのはそれが理由か……』
「そして民を伝って魔法使いに関する情報……国の戦力が他の国に漏れるのを防いでいる。だから
「
……いや、カバーストーリーの意味は分かっている。真実を隠すためにつじつまを合わせた話を用意したという意味――先程のクレオさんに転生使いの存在を隠すための理由付けがまさにそれだ。
十分説得力がある理由なのに、更に理由がある……?
「魔法は大昔から存在している、ってことは先に断言するわ。文献を見る限り、多くの人々から魔法の存在を認知されているのに、現状だと魔法の存在を知る者はほとんど居ない……魔法使いが魔法を失ったのと同様に、人々も魔法に関する記憶を失っているみたいなの」
『それはいつから?』
「わからない……私も一年前にお母様の文献を読んで初めて現状に違和感を覚えたから。とにかく、この世界は何かが狂い始めている……いや、もうおかしくなってる真っ最中だと思う。魔法使いは魔法を使えなくなって、人々は魔法を架空の存在――子どもに読み聞かせる絵本の単語だと認知している。魔法を本当に魔法だと認知しているのは、私たちみたいな転生使いとその関係者、それと今は魔法を使えなくなった魔法使いだけ」
……寒気がした。以前ギルドで魔法使いが魔法を奪われた――という話は聞いていたが、その時は特別感心を持つことができなかった。自分とは関係ない人の問題のように感じていた。
だが、今の話を聞いて俺自身もその当事者とわかると、知らず知らずに大切な物を奪われそうになったような感覚がしてゾッとしない。
「……私の目的についての話を戻すわね。今言ったように異常が知らず知らず、世界中に少しずつ広がっている。原因も正体も、それがいつから始まったものなのかすら不明な異常が。だから私はこの“異常”を突き止めたいの……万が一にこの現状が更に悪化して、手遅れになるよりも前に」
「それはシャーリィがやらないと駄目なことなのか? 他の人々にその真実を伝え広めれば――」
「そう単純な話じゃないの。細かいところは省くけど、この問題は転生使いでないと解決できない可能性が高い。一般人に広めたたりなんてしたら、確実に大きな混乱を招く」
『そんな得体の知れない問題にシャーリィ一人で挑もうとしているのか……?』
「ええ。この真相を知っているギルドマスターからの協力も得ているけれど、最終的には私にしかできないことだから。この異常を突き止めることがきっと、転生使いとして産まれた私の存在意義だと思う」
それがシャーリィの考えた彼女自身の“存在意義”。少女が担う役割としてはずっとずっと重くて苦しいものだと思えたのは、きっと俺だけではないはずだ。
ベルはシャーリィの話を聞いて口を固く結んでいるし、この場に居ないギルドマスターもこの話を聞いていたなら似たような反応をしていると思う。
「ま、そんなお話でしたとさ。別に貴方にどうにかして欲しいってつもりで話したわけじゃないけど、もしちょっとでも協力してくれる気があるのなら、今の話を忘れないで。一人でも多くこの事実を認知していれば何か変わるかも知れないから」
薪木を手元に手繰り寄せながら、シャーリィは空を見上げてそう優しく話す。
その表情は揺るがない決意を感じさせた。今の話は俺の同情なんかを誘っている訳ではなく、本当に手持ち無沙汰だから親切心で話したのだとわかる。
――心が強い人間は強い分だけ強さを求められたんだ。
まだ若いあの子は、一体何に強さを求められたんだろうな――
不意に、ベルが口にした言葉を思い出した。当時の俺はそれを聞いて何も口に出来なかったが、ベルの言う通り、確かに彼女は重い責任を強いられていた。
もっとも、その責任を負わせているのは他でもない彼女自身なのだが、自分で自分をとことん追いやっている分、他人が責任を負わせるよりもタチが悪い。
「……なあ。シャーリィはその、辛くないのか」
「? 何が?」
「……いや、すまん今のなし。忘れてくれ」
やっぱり自分は間抜けだ。彼女の反応が本当に純粋な反応だったから、思わずそれ以上踏み込むのをためらってしまうだなんて。
彼女はまだ何も救われていない。俺が彼女の救世主になるだとか、そんな大層なことを考えるつもりはないのだが、そんな彼女をちょっとだけでも良いから救いたい。
それを上手く言葉で表すにはどうすれば良いんだろう――なんて考えて首を捻っていると、
「――へぷちッ」
……一瞬、森が妙に静かに感じられた。
そこまで大きな声じゃなかったから、今のが原因で反ギルド団体に気がつかれるなんてことは流石にないだろうけど。
「……シャーリィさんや」
「っ……! な、なによ! くしゃみしちゃ駄目!?」
「いや何も言ってないんですケド」
何だろう、空気が凄くゆるくなった。必要以上に。
「本当はその格好、寒いんじゃないか?」
「そんなことないわよ。別に寒いなんて――」
『……さっきからシャーリィは焚き火の前に張り付いているよな?』
「――――う」
微塵も思っていないわよ、と余裕の表情を浮かべて言い切ろうとしたシャーリィだったが、ベルの一言でことその表情が揺らぐ。流石ベルお得意の観察眼だ。そんでもって容赦が微塵も無い。
「ベルさん続けて続けて」
『……あと、さっきから焚き火に薪を入れているけど火を強めたいんじゃないのかな』
「つまり、結論は」
『シャーリィは暖を取ろうとしている。それはつまり寒いと感じているということだな』
さあもう言い逃れはできねーのです。シャーリィも否定せずにぐぬぬと唸っているし、本当に寒いのだろう。膝を抱えて座っている姿勢も寒そうに体を縮こまらせているように見えてくる。
……まあ、こんな薄着で腕も出しているのに寒くない方がおかしいのである。
「別に動けば体なんて温まるんだから良いじゃない。最悪、転生さえしておけば体が冷えて動けなくなるなんてことはなくなる訳だし」
「むむ……」
……さて、こうなるとどうしたものか。荷物の軽量化のために毛布も体が温まる食事も持ち込んでいないから、焚き火を強めるしかない――と、不意に妙案が閃いた。俺は上着を脱いで少し強引にシャーリィの背中に被せた。
こういうのは提案する程度じゃシャーリィはすぐ突っぱねるので、これぐらい強引じゃないと彼女は受け入れてくれない。
「――わっ!? ち、ちょっと急に何を――って、これ貴方の服じゃない!」
「おうとも」
「いや、おうともじゃなくて……これじゃ貴方が体冷やしちゃうでしょ!」
「だったら転生するなり体を動かすなりすれば良いだろ」
「ぐむむ……」
先程自分が言った言葉をそのまま返したからなのか、シャーリィはそれ以上反論せずに大人しく上着を羽織る。俺の一回り大きい上着はシャーリィが着るとローブのようにブカブカだった。
そもそも体を冷やす冷やさない以前に、さっきから焚き火の近くに座っていたから暑いぐらいだ。むしろ上着を脱いだ今、涼しい風に当たれて心地が良い。
「……貴方のそういう強引なところっ、……なんか調子が狂っちゃう」
「? 悪い、良く聞こえなかった」
「っ、なんでもない。独り言よ」
「…………だってシャーリィ、少し強引なぐらいじゃないと断るじゃんか」
「って――キチンと聞こえてるじゃない!?」
「いや、一応聞こえてたけどビミョーに聞き取りにくくて自信が無かったっていうか……」
「ぐぅぬぬぬ……本っ当にッ、貴方って……!」
恨めしそうな表情でシャーリィは唸っているが、別に襲いかかって来るわけじゃないので唸り声もジットリとした視線も甘んじて受け入れた。大人しく温まってくれるなら俺はそれで良い。
「……シャーリィがちゃんと休んでくれると俺も安心する」
「何、大人しくしてろってことなの」
「違う違う。そうじゃなくて……えっと、シャーリィって人に与えてばかりで自分を労ったり、誰かから何かを貰うってことが全然無さそうだったから」
まるで聖人のよう――と言うには少々癖が強いのだが。それでも出来過ぎているぐらいに彼女は振る舞い続けているように思えた。
「だからこうして、とても些細なことだけどシャーリィに受け取って貰えると俺は嬉しい」
「ッ…………そ、そう。そういうことなら……うん、しばらく借りようかな……もうちょっと、だけ」
上着に埋もれるようにシャーリィは更にしっかりと上着を身に纏う。小柄な彼女が少々苦戦しながらモソモソと上着に包まられる姿はなんだか見ていて面白かった。
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