Remember-25 暖かな和集合/一番“らしい”別れ方

 あれからほんの少し経った後――もう少し具体的に言うならば、紅茶を二杯ぐらいおかわりした後――結論だけを言えば、シャーリィに背中を預けられる仲間として認めて貰えた。

 そんなシャーリィだったが、今は紅茶に使った食器を汲み置きの水で洗い、乾いた布で水気を拭き取って片づけている。そして全ての食器を食器棚にしまうと、ふと思い出したかのように呟いた。


「――ああ、そうだ。伝え忘れてたけど、今夜この城を出て行こうと思う」

「……んんんんん?」


 なんでぇ?


『それは……どうして? 別に日が昇ってからで良いんじゃないのか?』


 俺が思ってることを代わりにベルが尋ねてくれた。ベルの言う通り今夜は城で寝て、明日ギルドに行けば良いのではないのだろうか……?


「いや、こういうのは早めに区切りを付けた方が良いかなって」

『……?』

「区切り……?」


 シャーリィの返答にベルは不思議そうに唸る。一方俺も同じく理解が出来なかった。早めに区切りを、とはどういうことなのだろうか?


「あー、そうだった。ユウマは手紙を読んでない――いや、読めなかったんだった」

「そのせいで途中危うかったけど、ベルが文字読めて助かりました」

『えへへ……』

「……まあ、良いんだけど」


 シャーリィはジト目で俺とベルのやりとりを眺めていた。面倒くさいしその辺は今触れなくていいや、とでも言いたげな表情だ。誠に遺憾である。


「で、さっさと城を出る理由なんだけど――」


 クローゼットから二本の黒いリボンを取り出しながら、他愛ない出来事を話す感覚でシャーリィは理由を話し始めて、


「私、今日から王族辞めるから。ネーデルラントの名前を捨てて、今日から私の名前はただのシャーリィよ」

「……ゑっ」

『……へっ?』


 なんて、爆弾発言を不意打ちで投げ込んできたのだった。そして何事も無かったかのように俺たちに背中を向けてリボンを髪に結ぶシャーリィ嬢。

 いやあの、説明求むんですけど……!?


「ちょ――ちょっとシャーリィ!? それはどういう――」

「何って、そのまんまの意味だけど」

「いや、“そのまんまの意味”について詳しく聞きたいんだが!?」

『どうしてそんなことになったんだ? と言うか、そんな簡単に辞められる事じゃないだろう!?』


 シャーリィはクローゼットから洋服とかを引っ張り出しながら、ええっとね……と言葉を組み上げる。引っ張り出されたいつもの洋服が、放物線を描いてベッドの上に投げ込まれていた。雑ぅ。


「ちょっとした約束をお父様としたの。私が城じゃなくて外の世界で暮らし、自由に旅をして自由に果てるのを良しとするならば、ネーデルラントの名前を捨てろ……って」

「なんだそれ。それじゃあ、シャーリィは王族じゃなくなるのか」

「王族王族って、そんなの名前だけでブランド品みたいなものじゃない。別にそんなの気にしない。それに、私の目的が果たされて城に戻ってくるまでの間だそうよ? 私としては別にずっとでも良かったのに」


 そんなことを言ってのけるシャーリィに、俺は呆気を取られっぱなしだ。こういう自由な立ち振る舞いは何度も見た筈だが、今回のは特別凄まじい自由っぷりだった。


「あ、そういえばユウマ、貴方って私が王族だって気がついてたの? 騎士兵に連行されて城に来た時も驚いていなかったし」

「いや、めっちゃ驚いた。驚きの余りに一周回って“そういうものなんだ”って受け入れてた」


 棚から懐中時計とか手鏡とか、短剣の替え刃など――なんでそんな物を用意してあるんだ? ――そういった物をテーブルに並べながらシャーリィは成る程ねぇ、と頷いていた。


「……なあ、そういえば前に服屋に行ったけどさ、俺が貴族の娘さんだったりするのかなーって思ってた時に、そんな身分じゃないって言ってたよな? あれって、そんな“程度の”身分じゃないって意味だったのか……」

「そんなとこ。貴族って任された範囲をある程度管理、現状維持するだけの存在だから。その貴族の行動方針とか政策を決める王族とは天地の差だし」


 シャーリィが王族の名前を簡単に捨ててしまう理由として、政治に無関心だからかと思ったが、ちゃんと把握している辺りそうではない様子。この人、王族とかそういう地位そのものに興味がない人なんだろうなぁ。

 彼女の立ち回りは悪く言ってしまえば無責任だが、それでも自分がやれる事を考えて実行する行動力は何処か惹かれるものがある。


「…………ねぇ」

「ん?」


 不意にかけられた声にぼんやりと答える。横目で見てみると、シャーリィはベッドに腰掛けて何やらこちらに訴えかけるように見ている。


「……私、着替えたいんだけど」

「? ……ああ、そっか。悪い、今出て行く」


 ムスッとした表情を浮かべるシャーリィに一言告げて、さっさとチェアーから立ち上がる。着替えるのならは外に出た方が良いのだろう。そう考えて部屋の真ん中を横切ろうとする――が、


「……ち、ちょっと待って。廊下は寒いだろうし……み、見ないならこの部屋に居ても良いから」

「いやでも、シャーリィそれは……」

「そんな理由でわざわざ外に出させる方が嫌よ。それに、見ないんだったらそう変わらないし……ユウマって変なことするような性格してるとは思えないから……」


 それは親切心で言っているのだろうが、やっぱり恥ずかしく思っているらしくシャーリィはそわそわとして俺と目を合わせてくれない。


「だからその……いい、わよ」

「ん、その辺の信用性はギルドマスターからのお墨付きだ」

「あの欲望が濃縮されたような人のお墨付きって、なんか不安に思えるんだけど……まあ、取り敢えずこっちを見ないで貰えない……かしら」


 普段の洋服を胸元に抱き寄せながらそうお願いしてくるシャーリィから、俺はさっさと目を逸らす。

 な……なんだろう。この弱々しい感じは普段のシャーリィと違ってビックリする――いや、ドッキリする? なんて表現すれば良いんだこの感じは……


『……ユウマ、間違っても見るんじゃないぞ』

「見たら死ぬと思うんですけど」


 ……どこか浮かれている頭を冷やして、咳払いをしてそう冷静に答える。

 魔法とかいうトンデモ兵器を持ってる相手に、そんな命が幾つあっても足りないことが出来るのは、本当に命を幾つも持っているような奴だけなのである。

 それに、信頼してくれているシャーリィを裏切るような真似はしたくなかった。


「…………」


 バサ、と何かがベッドの上に落ちる音。多分、さっきまで着ていたドレスを脱ぎ捨てた音だ。

 続いて金属の留め具を繋ぎ合わせる音がすぐ背後から聞こえてくる。それからバサバサと服をなびかせるように広げる音が聞こえたり、少しの間静かになったと思えば妙に耳に残る衣擦れの音が聞こえたりした。

 ……あれ、なんでだろう。この音を聞けば聞くほど、何故か緊張してきた気がする。呼吸が熱を帯びて不自然に詰まる。窒息はしないけど苦しい。


「……うん、もう見ても大丈夫よ」


 そう穏やかな声をかけられて振り返る。別に見ても大丈夫なだけであって、振り返る必要なんて無かったのだが、そうでもしないと胸のモヤモヤに耐え切れなかった。

 シャーリィはいつも通りの白黒の格好だが、普段よりもポーチがポケットの多い物だったり懐中時計とか様々な小道具があったりして、これからに備えて普段よりも装備が充実していた。


「シャーリィ、本当に城を出るのか?」

「そうね。持って行く物をまとめたらさっさと行くわ。流石に服ぐらいは何着か持って行かないと……ふふん、こういう時の為にこっそりリュックサック買ってたのよねー」


 メイドにバレないように隠すのが大変だったわ、なんてご機嫌そうに言いながらシャーリィはベッドの下に潜り込んで大きめのリュックサックを取り出した。相変わらずお嬢様らしくないのだが、もうツッコミ入れるのも疲れた。この程度は今に始まったことじゃない。


「……そういえばさ、城を出るんだったら一度国王様に挨拶したら良いんじゃないのか?」

「別にしなくて良いわよ。というか、私が出て行くことぐらい分かっているだろうし」

「…………」


 親子なのに、そんな適当な感じで良いのだろうか。

 いつ会えるのか分からないし、別れの挨拶ぐらいした方が良いんじゃないだろうかと思いながらも、結局俺は何も言えずに洋服をリュックに詰め込むシャーリィを眺めていた。


「さて、お待たせユウマ。準備終わったわ」

「ん。今何も持ってないし、俺がそのリュックを持とうか? 流石に重いだろそれ」

「何? ガラス瓶だけじゃなくて今度はリュックも爆発させるのかしら」

「……ごめん、ちゃんと弁償するから許して」

「ふふ、冗談だって。別にあんな安物これっぽっちも気にしてないから忘れても良いわ。それよりほら、早く私を城から連れ出して貰える?」

『そう言いながら先陣を切るのはどうなんだ……?』


 リュックを背負いながら部屋を出るシャーリィに続いて俺も部屋を出る。シャーリィの部屋の温度に慣れていた体が廊下の寒さに少しだけ震えた。

 ここの廊下ってこんなに寒かったっけ? 夜が深まるにつれてどんどん気温が低くなっている様子だが……


「うーん、取り敢えずバルコニーから行きますか」

「待った。バルコニーから行くってまさか」

「? 窓から庭に出るけど。流石に門から外に出る訳にはいかないでしょ」

「……なるほどなぁ」


 バルコニーならそう遠くないし、わざわざ一階に降りて目立つ方法で外に出るよりは合理的な提案だろう。

 ……バルコニーが本来、出入り口じゃないという事を配慮していない発想だが、もう今更だ。俺も良い加減に開き直ってきた。バルコニーは非常口。


「……? ちょっと待て」

「どうしたのユウマ?」

「いや、さっきから廊下が寒いなとは思ったんだけどさ、どうやら外から冷たい空気が廊下に流れ込んでいるみたいだ」

「冷たい空気が流れ込んでる? どこかで窓でも開いているの――……ああ、なるほど」


 廊下の先。その途中に内開きの扉が開いているのを見て、シャーリィは納得した様子で頷いた。

 吹き込んでいる風は、多分あの開けっ放しになっているガラス張りの扉――バルコニーへの出入り口から流れ込んでいるのだろう。


「シャーリィ、誰かバルコニーに居るみたいなんだけど」

「第二騎士兵の見回りでも休憩しているのかな。扉はキチンと閉めるように教育されている筈なんだけど……」

「あ、シャーリィ」


 大きなリュックを担いだまま、シャーリィはカーペットの上を歩いてバルコニーへと向かって行く。思わず声をかけるが、シャーリィは振り返ると口元に人差し指を近付けて、“静かに”と無言で訴えかけてきた。


「見回りの騎士兵に見られたら貴方、不法侵入者として問答無用で捕まるわよ? 私なら問題ない……まあ、私が出て行くって知ったら泣きつかれるかもしれないけど、説得してこの場から離れてもらってくる」

「泣きつかれるって……」


 そう話しながら先に進むシャーリィの後ろを少し離れてついて行き、バルコニーへの出入口近くで待機する。外の夜空は輝かしくて、城に入る前は頭上にあった月が少しずつ天から下ろうとしていた。体感時間は長かったが、とんでもなく時間がかかった訳ではないみたいだ。


「……げっ」


 ギルドの方では、今頃料理を作り終えて食べているのかなー、なんて考えていると、不意にシャーリィが小さくそんな声を漏らした。騎士兵への反応にしては妙だと思って覗き込んでみると、嫌そうな表情をシャーリィの姿が。そして――


「……おや。さっきぶりだね、ユウマ君」


――ここに来ると分かっていたのか、あるいは偶然なのか。そこには夜風に当たって涼んでいる国王の姿があった。

 如何にも嫌そうな表情のまま固まっているシャーリィと、バルコニーの手すりに手をついて庭を眺め下ろしている国王を交互に見る。というか、見るしか出来なかった。


「……お父様、どうしてここに居るの」


シャーリィはいつぞやみたいに冷たい声――ではなかったが、国王がここにいることをあまり歓迎していない口調で問いかけた。


「し、シャーリィ……そう攻撃的にならなくても」

「分かってるわよ。一々突っかかっていたら話が進まないもの」


 俺が心配しながら声をかけると、シャーリィがやはり不機嫌そうに答えた。だけど、俺が一番心配しているのはそこじゃない。

 国王がシャーリィのことを何よりも大切に思っていることを、俺は知っている。このままお互い何も言わずにあっさり別れてしまって本当に良いのだろうか……なんて、そんなお節介の混じった心配を募らせていた。


「仕事がやっと終わったのでね。寝る前に涼みに来ていた所かな」

「冷え性なのに? 今まで外へ涼みに行くことなんて無かったじゃない」

「……正直に言うと、シャーリィならここから外に出るだろうと思ってね。顔ぐらいは見ておきたかったのさ……その様子だともう行ってしまうのかい?」

「ええ、手紙に書かれていた通り、城を出て行くわ。ああでも、反ギルド団体の件はキチンとやり遂げてみせるわ」

「そうか。でも別に今日ぐらいは城には居ても良かったのだがな……」


 ゴホン、と国王は一度咳払いをする。彼は名残惜しさを誤魔化すみたいに仕切り直すと、今度はシャーリィではなく俺を見た。


「……ユウマ君、この場で言わせて貰うが、彼女の力になってくれて本当にありがとう」

「いえ、そんな……国王様こそ、ここまでしてくれてありがとうございます」


 感謝されても正直言って返答に困った。

 この感情、何と言えば良いのか……とにかく、自分は感謝される立場じゃないというか……そう、そうだ。自分の好き勝手で協力させて貰ったのに、逆に感謝されることにためらいのような感情が――


「――ユウマ!」

「ん、ああ。何さシャーリィ」


 突然大声で俺の名前を呼んだシャーリィは、ムスッとした表情でじーっと俺を見つめていた。

 口をへの字に曲げてジト目で見つめて、身長差のせいで上目遣いになって俺に無言で訴えかけてくる。“私、不機嫌です”って感じがひしひしと伝わってくる。


「……なるほど。リュックサック、やっぱり俺が持つ?」

「何が“なるほど”なの!? 一体何を理解したの貴方は!?」

「いや、さっきから何度か背負い直してるし、それにリュックサックの肩幅とシャーリィの肩幅があんまり合ってなさそうで――」

「冷静に分析するんじゃないわよ!? そうじゃなくて、もう用は無いんだし早く城を出ましょうって言いたかったのッ!」


 そう言いながらやっぱりリュックサックを背負い直しながら、突っぱねた態度でシャーリィは早足でバルコニーの手すりに向かって歩き出す。


「でもシャーリィ、本当に国王に何も言わなくて良いのか?」

「だから、何も言わなくても――」

「……何を理由に距離を置いているのか分からないけど、俺の時と全く同じだぞそれ。また一方的に突っ放してる」

「む……それは……でも」

「思ってることがあるなら全部吐き出しなよ。じゃないとお互い誤解したままになる」

「ああ、もう。わかった、わかったわよ……」


 今まで何度か指摘されたことを思い出したのか、自分の態度を改めて見直している様子。

 この子はなんというか、気遣いと世話の焼き具合は一級品だが、他人との距離の置き方が酷く不器用なのだ。厄介事に巻き込まないように距離を置こうとすると、雑に相手を突き放してしまう。


「伝えたいことがあるならちゃんと言葉にしないと。どんな些細なことでも言われる側は嬉しいと思うぞ」

「……そう、ね。まったく、貴方もお節介焼きじゃない」


 それからコホン、と一度咳払いをすると、シャーリィは国王の目の前にまで踏み寄る。穏やかな表情で見守っている国王に対して、その表情はどこか緊張しているようにも見えた。


「さようなら、お父様。そういう訳だから私、もうこの城には当分帰ってこないわ」

「……そうか。寂しくなるが、その分お前がやり遂げて帰ってくることを楽しみにしているぞ、シャーリィ」


 ……静寂と風の音。

 そこで不意に、シャーリィと目が合った。そんな彼女に対して深く頷いて“よく言えた”と云うと、意外なことにシャーリィはもう一度国王と向き合って続けた。


「……あと、ありがと。今まで散々迷惑かけておいてこんなこと言うのはアレだけど……お世話になった恩を私は絶対忘れないわ、お父様」

「…………迷惑だなんて、一度も思ったことはないさ。その逆だ……不器用でお前の心に寄り添えなかった俺を、こんな俺を父と呼んでくれてありがとう」

「ふふ、そんな大げさなこと言わなくても、会う度にお父様って呼んでるでしょ」


 お互いが直接打ち明けられなかった、心に秘めていた言葉。

 抱擁も握手も行わなかったけれど、きっとお互いの心は今までで一番近くにまで踏み寄っている。そう思えた。


 今度こそシャーリィは踵を返して俺の元に来る。その表情は少し恥ずかしそうに顔を赤らめていて、バツ悪そうに頬を人差し指で掻いていた。


「……ユウマ、それじゃあもう行きましょうか」

「ああ、行こうか」


 シャーリィの靴が手すり大理石を叩く音が響く。手すりの上に跳び乗ったシャーリィは、一度だけ国王と目を合わせるとバルコニーを飛び降りた。


「……ありがとう。本当に、ありがとうユウマ君」


 続いて飛び降りようとバルコニーの手すりに近づく途中、不意にそんなことを国王から言われて思わず足を止めてしまう。

 まるで命の恩人に礼を言うような、そんな感謝の言葉と共に国王はあろうことか俺に頭を下げていた。


「今まで俺たちは不器用に相手を気遣って、逆に心が遠く離れてしまう――そんな“悪い形”に今まで囚われていた。そんな不器用な親子を、君が解き放ってくれた。式も何も無い場だが、最大の敬意を表してお礼をさせて欲しい……ありがとう」


 ……ああ。良かった。

 正しいと信じてはいたが、自分の起こした数々の身勝手な行動に不安が常に付きまとっていた。だけどこうしてがあったとわかると、心の底から安堵できた。


「それでは、国王様。俺も行きます。今夜は色々と失礼しました」

「また何かあったら、困ったことがあれば何時でも来なさい。その時には大切な人として門を開ける。あと、ついでに入りやすい窓も増設しておくよ」

「……あの件はホント勘弁してください」


 本当にこの父娘、絶妙に傷口を突いてくるな……しかも治りかけの傷を。忘れたころにザクッと刺してくる。

 俺は国王に一礼して、手すりを踏まないように気を付けながらシャーリィの元へと飛び降りた――




 ■□■□■




「……おーい、シャーリィ! 何処に向かってるんだ?」

『ギルドに向かっているのかと思ったら、途中で進路から外れたな』


 先頭を行くシャーリィに声をかけながら、その後ろ姿を歩いて追いかける。

 手すりの上とかブロックの塀の上を歩いていたり、優雅な足取りでクルリと踊るように回ったり、さっきからとてもご機嫌な様子だ。


「なあに? ユウマは行きたい場所とかある?」

「えっ、そこで俺に聞くのか……?」


 シャーリィは本当に上機嫌で浮かれているようにも見える。有り余るぐらいにご機嫌だから、俺に行きたい場所の希望があれば聞いてあげる――って感じだろうか。

 ……ペーターさんが食事の用意をしてくれているはずだし、ギルドって言いたいところだけど機嫌を悪くしてしまいそうな気がする。


「俺は特にないけど……ベルはどう? 気になる場所とかないか?」

『そこで私に聞くかぁ? うーん、私も特にないけど、強いて挙げるなら早いところ寝床に行って欲しいかな、私としては。明日は大事な日だろ』

「……とのこと。シャーリィ、近くに宿とか無いか? 流石に寝不足で作戦に挑むのはマズイと思う」

「む……それもそっか。名残惜しいけど、また何時でもこうして出歩けるか」


 仕方ない、と呟きながらシャーリィはクルリと振り返って足を止める。元々そこまで距離があった訳じゃないからあっという間に追いつくことができた。


「私、お父様と約束してたのよね。自由に城の外に出るのは構わないけど、夜間だけは建物の中で過ごしてって。だからこうして、外の空気の中を歩き回るのは今日が初めてなの」

「ん? 反ギルドの男がギルドマスターを襲った時も外に出てたよな?」

「あれも含めて、今日が初めてなんだっての。反ギルド団体が国内で活動するのは今までに無かったんだから」


 俺の胸に人差し指を突き立ててシャーリィは口を尖らせて反論する。

 そういえばあんな死闘を繰り広げたのも今日の話だった。出来事の濃度が濃すぎる気がする――って指摘も、つい昨日したばかりだったか。


「事が終わればまた夜の散歩に付き合うからさ、今日は早く寝よう」

「? 別に貴方がいなくても一人で散歩するわよ」


 ……そこで急に突き放しますか、シャーリィさんや。

 でもまあ、確かにシャーリィは一人でのらりくらりと散歩している姿が似合っている気がするし、彼女にとってもストレス無く楽しめるんじゃないかな――と、


「ふふ……まあ、貴方と一緒に居るとなんやかんやで結構楽しいし、ベルとお話しするのは有意義に感じるから、その提案に乗ってさっさと寝られる場所に行きますか――ああ、でも」


 不意に、ポケットの中に突っ込んでいた手を引っ張り出される。外のひんやりとした空気に触れて冷たい。

 その手のひらを温かい手が包んだ。いや、優しく包んだって表現よりは、逃げ出さないように両手でガッチリ抑え込んだって言った方が近いと思う。


「その約束、忘れないでよ? そこそこ楽しみにしてるんだから」


 ニッ、と笑みを浮かべた彼女は手を離すと、また先程のように先頭を歩き始めた。手のひらに温かさが妙に残っている気がする……

 ……シャーリィと共にコーヒーハウスへ訪れた時、他の人と比べてシャーリィとの距離感が近く感じていた。しかし、その当時と比べるのが馬鹿馬鹿しくなるぐらいに今は彼女との距離が近く感じる。心の壁が少しずつ薄くなって打ち解け合えてきたように思えて結構嬉しい。


『因みにシャーリィ、こんな時間に開いてる宿はあるのか?』

「んや、時々利用している藁小屋があるからそこで寝る。いやぁ、あそこで寝るのは初めてだから楽しみ」

「ぉぅ……藁小屋……」


 ……シャーリィはやはり楽しそうだが、正直に言うと藁小屋での寝泊まりは嬉しく感じられなかった。

 藁にまみれて寝るよりも、お城で見た綿にまみれて寝るような豪華なベッドの方が寝てみたかったが……打ち解け合えても感性の違いはどうしようもないみたいだ……

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