Remember-26 暖かな和集合/直前の準備とか

――目が覚めた。

 いや、目が覚めたというよりは“さっきまで気を失っていて、たった今意識を取り戻した”と表現した方が良いぐらいに眼が冴えて思考が冴え渡っている。

 反ギルド団体の件で眠りが浅くなっているのかもしれない……その上微妙に緊張していて、もう一度寝る気にはなれなかった。


 ……というか、さっきから顔に藁がチクチク刺さってこのまま大人しく寝ていられそうにない。でも思ったより藁の中は温かくて寝心地はそこまで悪くなかった。流石に冬は寒くて眠れそうにはないが。


「……えっと。上着、上着は……」


 身体を覆う藁の山から抜け出して、壁に立てかけていた農具の柄に引っかけていた上着を羽織る。

 ……ええっと、昨日は何をしていたんだっけ。テンションの高いシャーリィと乾燥したパンを食べて、一緒に藁に埋もれて寝て……なんだ、それだけだった。同じベッドで寝たけど藁なので同じと言って良いのかよく分からない。


『目が覚めたかい? 疲れが残ってなければ良いんだが』

「ん……おはよう、ベル」

『ああ、おはよう……プッ、頭に藁が突き刺さってるぞ』

「ホントだ、二本……三本も髪の毛に絡まってた。ッ、服の中にも藁が入ってるし……ところでシャーリィはどこに? 何処にも姿が無いんだが」

『私には分からないよ。声とか物音は聞こえるけどポケットの中だと外が見えないからな』

「確かに見えないよな……今度ポケットにのぞき穴を開けるか」

『いや、一つ案がある。私がガラスとか鏡みたいな反射物に移れるのなら、ユウマの瞳の中に移れば周りが見えるかもしれないって思ったんだけど』

「うーん……なんか怖いから要検討で」


 そんな会話をしながら小屋の外に出る。外の空は薄紫色が滲んでいて、薄い雲がパンに塗るクリームみたいに塗り広げられていた。

 外は……人の気配がまるでない。夜ほどではないが空気も冷えている。周囲を見渡してもシャーリィの姿はおろか、人の影なんてどこにも――


「おはよう、ユウマ」

「え――」


 すぐ背後――いや、頭上からそんな声を投げかけられて振り返る。そこには小屋の屋根に腰掛けているシャーリィの姿があった。


『おはよう。随分早いじゃないか』

「おはようベル。ユウマはちゃんと起きてくれた?」

「ええっと……シャーリィ? そこで何をしてるんだ」

「なーんにも。強いて言うなら外の風に当たってのんびりしているって感じかしら」


 のんびりと述べながらシャーリィは足を揺らして、早朝の風を浴びていた。それから、シャーリィはこちらを見下ろしながら隣をポンポン、と叩いた。

 ……今のは“隣においで”という意味なのだろうか?


「そこまで届く気がしないんだけど……ふッ!」

「ッ、任せなさいって……っと」


 シャーリィの隣に目掛けて跳躍し、即座に転生したシャーリィに腕を引っ張り上げられる。肩が痛いけど無事になんとかシャーリィの隣に座ることができた。


「ありがとう。ってか、本当に羨ましいな……」

「羨ましいって……ああ、転生のこと?」

「だって“コレ”をやるだけで良いじゃないか。俺は命がけで転生するのに、そっちは簡単に転生できるだなんて」


 首を人差し指でピッと切るジェスチャーをすると、あーなるほどねぇ、と転生使い同士でしか通じないやり取りが成立した。

 転生をするには、首を切るという行動リスクが必要になる。それでうっかり首の血管を本当に切ってしまえば命に関わるのだが、その代わりに得るリターンは計り知れない代物だ。そのリスク無しにリターンを得るのは破格が過ぎると思う。

 今すぐ転生したい! って時に俺は数十秒――怪我覚悟なら数秒かかるのに、シャーリィは片手が空いていればほぼ瞬時に転生できる。この差は中々にデカい。


「そういう貴方だって、この短期間でよくもそこまで上手になったじゃない。私からすればそっちの方が羨ましいわ」

「……確かに、言われみればそうかも」

「そうかも、じゃなくてそうなんだってば……ふわぁ」


 俺の話を聞きながら、シャーリィは背中から屋根の上にごろんと寝転がって欠伸をしていた。まるで猫みたいにゆったりとした格好で空を眺めている。

 変にかしこまって聞かれるよりは、この自然体な雰囲気は好きだったりする。


「なーんか、私としては複雑な気分なのよねー」

「複雑な気分って、なんで?」

「魔法なんて身に余る代物じゃない。だからそんなものは忘れて欲しいって初めの頃は思っていたのよ……まあ、今はその辺の付き合いは貴方が決めるべきって思ってるけどさ。それなのにホラ、今じゃ奥の手みたいな、あって当然の扱いになってるじゃない」

「確かにそれはそうだけど……本当にそれだけか? 他にも思うことがあるって顔してるぞ」

「……私は年単位で練習してやっと転生できるようになったのに、記憶喪失で何も覚えていない貴方は当然のようにトントン拍子に覚えていって……そもそも魔法が無詠唱って時点で――」


 まるでお説教のように語る口調には恨みがましさが込められている気がする。横目でシャーリィの顔を覗くと、案の定寝転がりながらジト目で俺を見つめていた。

 ……口にしている言葉は恨めしそうだが、目はどちらかと言えば羨ましそうに見ている気がする。


「……嫉妬してる?」

「ん、嫉妬しちゃうわ」


 怒っているというよりは純粋に悔しそうにシャーリィは答えた。いやビックリした、まさかここまで素直に認めるとは。

 確かに、転生に魔法といった存在を教えてもらってまだ三日程度――もっと詳しく言えば、何も知らずにぶっつけ本番で運用したのは四日前ぐらいか。それでシャーリィに引けを取らないのは羨まれて当然かも。


 ……いや、シャーリィが努力したって言うぐらいなんだから、きっと過去の自分も同じぐらい努力していたのだろう。だって、以前の自分は体の一部のように魔法を使いこなしていたんだ。

 実際、頭は忘れても身体が覚えている――その域に至るためにはそれ相応の努力は必要だったに違いない。


「……俺、記憶を無くす前の自分は当然のように魔法を使っていたことは覚えているんだけどさ」

「それ、初めて聞いたんですけど」


 あ、今度は純粋に怒っていらっしゃる。またしても湿度の高い視線を当ててくるシャーリィから目を逸らして続きを語る。

 ……そうそう、こういう相手の反応を自由に受け取っても良し、自由に切り捨てても良しな雰囲気が好きなんだ。よし切り捨てるぞ俺は。


「だけど、そうなると俺の使っている魔法も何もかも、以前の自分が持っていたものであって……今の俺なんかが使って良いのかなって思えてさ」


 本来ここにいる筈だった“桐生 悠真元の自分”と本来は存在しない筈の“ユウマ今の俺”。同一人物であるはずの両者が全くの別人のような認識が俺の中にはある。

 ……変な話だが、記憶を失くす以前の“桐生 悠真”と比べると、俺は自身に対して劣等感に近い感情と、苦い過程努力を知らずに美味しい部分魔法だけを頂いている卑怯者のような自己評価があった。


「……ばーか」

「っ、な、なんだ?」

『そうだろシャーリィ、やっぱりユウマはおバカだ』

「え、あっ、はっ? 何俺今馬鹿にされてるのか? なんだ?」


 呆れた様子のシャーリィとベルにそれぞれ不本意なことを言われて混乱してしまう。俺の発言に異議があるのは伝わったけど、なんで急に罵倒してきたんです? まあ冗談交じりだってのは分かってるけども。


「別にそんなこと気にしなければ良いのよ。むしろ楽して魔法が使えるって喜びなさいな」

「む……だけど……」

『まあ……なんだ、ユウマが昔の自分と今を別人だって言うのは構わないよ。でもそれを自傷するために言うのは止してくれ。今のユウマも、きっと過去に負けないぐらい頑張っていると思うよ、私は』

「……急に馬鹿にされたと思ったら急に褒められて恥ずかしいんだけど」

「初めから馬鹿になんてしてないわよ。とにかく、貴方は身振りを気にしていないっていうか、前向きなところがかっこいいんだから。そういうことも気にせず笑い飛ばしちゃえば良いのよ。ベルも、ユウマが変なところで後ろを向かないようにしっかりと見てあげなさいな」

「う……ん……?」


 二人がかりで人のこと説得するのはズルいと思う。為す術なく完全に説得されてしまった。

 思った以上に熱心に説得されてしまったので、素直に受け止めようと思う。自己への印象はすぐに変えられるものではないが、少しずつ変えていくぐらいの意気込みで十分だろう……シャーリィだって俺たちの指摘で自分を改め始めたのだから、俺も負けずに変わらないと。


「……さて、目も覚めてきたし、私は今日に備えてちょーっと買い物でも行ってくるかな」

「今から行くのか? それなら手伝うけど」

「いや、大丈夫よ。買うと言っても小物ばかりだから、荷物持ちとかは大丈夫」

『……なあ』


 手をヒラヒラ振って今にでもこの場を離れようとするシャーリィに対して、ベルが低く唸りながら口を開いた。

 何か気になっていることがあって、今それを尋ねる決心がついたような感じがする。シャーリィもそれを察したのか、ちゃんとこちらを向いてベルの言葉の続きを聞いていた。


「? 何かあった?」

『今更こんなことを尋ねるのも変だけどさ、この国のお嬢様が本名を名乗って平然と王国内をうろついてて大丈夫なのか?』

「…………!?」


 そ、そういえばそうだ……!?

 シャーリィがこの国のお嬢様だってことはつい昨日知った事だから結びつかなかったが、今までシャーリィはこの王国を変装もせず本名を名乗って堂々と過ごしている。

 普通に考えたら、国のお嬢様がコーヒーハウスとかに入り浸ってなんていたら大騒ぎになるのでは……?


「あー、確かに今更な指摘ね。断言は出来ないけどその辺は大丈夫よ。シャーリィって名前はそう珍しい訳じゃないからね……シャーリィ・フォン・ネーデルラント、まで名乗ったら流石にバレるけど。あと服装も城に居る時とは違うから」

「服装って、あの夜着ていたドレスみたいなやつか?」

「そ、人前に出る時はあの服に加えて顔を全部覆うぐらいのベールを被ってね。そのせいで国王の娘の顔なんて誰も知らないでしょ……取り敢えず、私は出かけてくる。貴方も準備とかで出歩いても良いから、夕方にまたこの小屋で会いましょ」


 そう言うとシャーリィはぴょん、と転生することなく飛び降りる。そのまま難なく軽やかな着地をしてみせて、はにかみながらそう言い残すとさっさと立ち去って行ってしまった。

 その軽快に立ち去っていくシャーリィの姿を眺めていたが、曲がり角を曲がったところで遂に姿が見えなくなってしまった。


「……また会いましょう、か」

『やっぱり、別れの言葉を言われるよりもずっと安心するな』

「うん。あの時、燻っていないで挑んで良かったってつくづく思う。本当に、安心した……」

『ちなみに、これからユウマはどうするんだ? シャーリィの言う通り、準備するなら今のうちやるのが良さそうだけど』


 ベルはそう言うが、特別やっておこうと思う準備も無いし、これからどうするかなんて聞かれても正直答えに困る。

 ……あえて挙げるとしたら、しばらくこうして何も考えずに朝焼けを眺めていたい――なんて、そんなことを思った。




 ■□■□■




 時刻は夕方。日が朱く染まりながら山の向こう側に落ちようとしていた。

 そんな空の様子を窓から眺めていると、突然訪問してきたシャーリィが胸を張って訪ねて来たのだった。


「――さあ、ユウマ。準備は良いかしら?」

「そもそも、準備って何をすれば良いんですかシャーリィさんや」

「――――」


 ……怖い。目力が怖い。純粋な疑問が鬼のような表情を浮かべたシャーリィ野生児に叩き伏せられた。


「シャーリィ、その怒り軽蔑湿度が混ざった視線を俺にぶつけるの止めて……いい加減に湿度でカビ生えそう」

「あててんのよ」

「まるで嬉しくねぇです……」


 一応、身体を念入りにほぐすとかはしたが、物を買うお金は持っていないし持ち前の道具なんかは持っていないので、準備と言われても正直なところ困るのだった。


「そもそもさ、今まで武器を持ち込んで戦うってことがなかったから準備が必要なのかも分からないんだよ。ショベルとかガラス瓶とか、その場に偶然あった道具を使うことは多々あったけども」

「……確かに。私は自分で攻撃手段を用意して戦うけど、貴方はその場にある物を利用して戦ってるから、そういう意味では準備は必要ないかもね。でも、何か武器ぐらいは用意した方が良かったんじゃないの? 転生用の刃物だって必要になるじゃない」

「俺、お金持ってないです」

「…………」


 ……その“この人、どうすれば良いんだろう”とでも言いたそうな困った顔は止めて欲しい。一文無しなのは仕方ないんだってばさ。


「まあ、その辺は適当に見繕って貰いましょうか。何か扱いやすくて持ち運びやすい……こういう感じのとか。ギルドにあるかもしれないし」


 そう言いながらシャーリィは腰に差した短剣を叩く。

 ……確かに魔法を武器に戦うとしても近接で戦う手段が欲しいところ。実際に外套を纏った男と戦った時も近接戦に持ち込まれて苦戦していた訳だし。


「でも俺、剣とかそういうの使いこなせないと思うぞ? ショベル振り回してた時にそう確信したよ」

「いや、剣とショベルを一緒にしないでよ……いざ使ってみたら案外使いこなせるかもしれないし、そういうのは持っているだけで違うのよ。近接武器を持っていない弓兵と腰に短剣を差している弓兵。ほら、どっちの方が懐に飛び込みやすいかしら?」

「……なるほど」


 実際はとても剣なんて扱えない腕前でも、“近接戦に対応できますよ”って雰囲気を出しておけば近づき難い。そう考えると成る程、そういうのは持っているだけで相手から近接戦を挑まれにくくなるのか。


「さて、それじゃあユウマ。ここで作戦会議――いや、作戦自体はもう決まってるんだった。その作戦について説明するわよ」


 小屋のすみっこに置かれていたボロのチェアへ大雑把に座って、シャーリィはコホン、と咳払いをする。座り方はかなり雑なのに座っている姿勢そのものは上品な辺り、育ちの良さと本人の性格の両者が良く現れている。


「ユウマは私と同じ役割……ええっと、なんて言えば良いのかな……」


 あー、えっと……うーん。なんて呟きながら絹糸のような銀髪をくしゃくしゃと掻き上げる。間もなくして答えが纏まったらしく人差し指をピンと立てながら、凜とした笑顔を浮かべていた。


「……うん、私と一緒に敵の本拠地に飛び込んで一暴れするわよ」


 ……で、その知的な表情でえらく物騒な台詞を吐いたのだった。

 まあ、ここで「武器の代わりにお花を持って、彼らと平和に和解しましょう」なんて言い出すよりはずっと彼女らしいし、俺もそんな感じのことをするんだろうなぁ、と予想は出来ていた。でもなんというか、まあ……


「……シャーリィは野蛮だなぁ」

「ッ、仕方ないじゃない! 実際そういう作戦なんだから!」

『私も同感かなぁ。発言がまるで戦闘狂じゃないか』

「本当に要約するとそういうことなんだって! ああもう……分かった! 初めから話すつもりだったけど、今からまとめて話さずにキチンと一から説明するわ」


 俺たちの感想に不服そうな様子でシャーリィは腰のポーチから一枚の紙を取り出した。どうやら今度は自分の頭の中で要約した言葉ではなく、書かれた内容をそのまま言うつもりらしい。


「今回の鎮圧化作戦に参加するのは第一、第二騎士兵と私、それから貴方ね。騎士兵の役割が制圧なら、私たちは奇襲ってところ」

「奇襲ってことは……不意打ちを仕掛けるのか」

「そうよ。向こうは守りの堅い拠点に引き籠もっているから、真っ向から突撃なんてしたら成果よりも犠牲の方が出てくる……ほら、見て。これが反ギルド団体の基地の大まかな地形よ。コレが今まで王国が制圧に踏み込めなかった大きな理由ね」


 そう言いながら一枚の紙を取り出したので、ベルと共に覗き込む。

 何かの文字と重要な意味を持っていそうな朱印を押された紙には、手書きで島のような地形が描かれている。そして、その真ん中はポッカリくり抜かれたみたいに大穴が開いていた。


「また後で説明するけど、これが反ギルドの隠れ場所になっている山。斜面はかなり急で、馬車が通れるような平らな通り道になっているのは一カ所だけ。真ん中の部分は窪地になっていて、規模は分からないけどかなりの大きさってのは間違いない。連中はそこに基地を作っている」

『……周囲を急斜面で覆われていて、攻め込める経路は一カ所のみ。これは……まるで防衛城みたいだ』

「城の研究班も戦術を練ってる時に全く同じ事を言ってたわ。騎士兵の装備と馬じゃ斜面からは攻め込めない。でもこの一カ所から入れば高所から挟み込まれて――って感じ」

『うーん……確かにユウマとシャーリィみたいな軽装備なら、斜面から進入も不可能ではなさそうだが……』


 ……また二人揃って難しい話をしている。

 いや、内容はキチンと理解できているんだけど、突然見せられた内容からアレはこう、この問題があるからこうする必要がある、みたいなことを即座に考えつくのが不思議で仕方ない。


「そこで、私たちが不意打ちで混乱を起こさせて、統率が乱れている隙に騎士兵がこの唯一の経路から攻め入って鎮圧。それが今回の作戦って訳で――私が“野蛮”とか“戦闘狂”とかじゃないって訳よ」

「……分かった、誤解してごめんなさい」


 腕と足を組んで、俺よりも背が低い筈なのにまるで見下すような視線で恨みがましそうに睨みつけるシャーリィに俺は降伏の姿勢を取った。

 でも戦闘狂が云々は俺が言った訳じゃ――ああ、弁解は受け付けていないんですね、そんなこと既に分かっている上で全部俺にぶつけているんですね。つらい。


「コホン、それで私たちの動き方なんだけど……そうね。そろそろギルドに移動するから、その話は後で話しておこうかな。ギルドが手配した御者ぎょしゃがもうそろそろ到着するだろうから」

「ん、分かった。俺の準備は必要ないし、シャーリィ次第でいつでも行ける」

「心配しなくても準備は終わってるわ。ベルの方はどうなの?」

『私も準備がいらないタイプだからな。ありがとうシャーリィ、大丈夫だよ』


 チェアからから飛び起きると、シャーリィは服に付いた藁を払いながら小屋をさっさと出て行く。俺もガラスをポケットにしまい込んで彼女の後に続いた。




 ■□■□■




「……早朝にアル助から話は聞いていたが、無事連れて帰って来たのだな……国王には思いっきりバレて、挙げ句に書類で正式に公認されてだが」

「出会い頭に人のしくじりを抉るの止めてくれない……?」

「別に馬鹿にするつもりはなかったのだがな……ユーマらしいって思っただけじゃよ。おっと、シャーリィ。元気そうでなによりだ、てっきりギルドに顔を出さないと思っていたから会えて嬉しいぞ」


 ギルドに到着するや否や、ギルドマスターにそんな歓迎を受けた。

 初手でまたしても古傷をブッ刺されたのだが、表情とか声色なんかから無事にシャーリィを連れて帰って来た点に関して喜ばしく思っているんだろうなぁ、ってのはわかる。ギルドの入り口で待っていたのも、もしかすると俺たちの帰還を待っていたのかもしれない。


「そうねギルマス、また会うことになるとは思わなかったわ」

「……? シャーリィ、なんか……さっぱりしておらんか? 憑きものが落ちた――って言うのは言い過ぎか。どこかスッキリしてる気がする――ハッ!? まさか男か! 人肌恋しいおなごが良い関係の殿方とくっついて満たされたようなそのスッキリとした表情――それよりも相手は……もしやユーマか!? ユーマかぁ……う~ん、それならまだギリギリ納得できるかのう……?」

「シャーリィが関わると一人でめっちゃ喋るじゃんこの人……」

「いつも通りよ」

「ええ……こわ……」


 なんか一人で暴走しているギルドマスターを横目に、二人揃ってギルドの中に入ると、そこには見慣れない人物の姿があった。ギルドの従業員以外には誰も居ない中、一人で待っている様子。

 かなり大柄な体格の男で、服越しでも分かる筋肉や骨格はバーンさんと良い勝負だろう。違いといえば、バーンさんのように険しい形相じゃなくて、豪快な笑いが似合いそうな明るい顔をしている。


「あ、シャーリィさん! ってことはユウマ君、やったのね! ……って、それどころじゃなかった。御者の方が来てますよ」

「待たせてごめんなさい。今行くわ」


 受付カウンターから声をかけてきたレイラさんにシャーリィは足を進めながら答える。俺たちに気がついて御者の男がこちらに振り返ると、シャーリィは上品に礼をした。俺も続いてぎこちない礼をしてみる。


「初めまして、私の名前はシャーリィ・フォン・ネーデルラント。今回の作戦では、騎士兵の指揮者として参加しているわ」

「……こいつは驚いた。ああいや、失礼しやした! 仕事の内容は聞かされていやしたが、人物に関しては今まで極秘ってことだったもんで……まさか王女様を運ぶとは思っちゃいませんでした」


 頭の後ろに手を当てて大柄な男はペコペコと頭を下げる。まあ確かに、こんなところで王国の王女様が出てきたら驚くか。今は自称“元”王女なのだが。

 それで、表での彼女の立ち位置について気になっていたのだが……どうやら自分が王女ということは明かした上で、騎士兵を動かす指揮役として戦場に赴くという設定らしい。自分が転生使い主戦力という点は隠した上で少女が前線に行くためにはこうした理由が必要なのだろう。


「別に気にしてないわ。むしろ普段通り乗客を扱うように対応して貰えると助かるから、口調とか気にしないで話して貰えないかしら」

「はあ……そうですかい。それならこっちもいつも通り客人として対応しやすが……」

「ありがと。改めて私の名前はシャーリィよ。呼び方は任せるけど、本名で呼ぶのならシャーリィって呼んで」

「……よろしくお願いしやっス。自分、責任持って役目を果たしますんで」


 大柄な体格なのでてっきり豪快な性格なのかと思っていたが、その男は物腰を低くしてえらく丁寧な対応をしていた。片手を差し出したシャーリィに対して両手で握手を返す姿がそれを証明している。


「それで、もう一人は誰なんでしょうか。運送する人数に変更があったとついさっき聞きやしたのですが」

「昨日の夜のことなのに情報伝達が早いわね……ああ、そのもう一人ってのは彼よ」

「えっと……初めまして。シャーリィ同様、今回お世話になります。ユウマです」


 シャーリィと挨拶が終わったところで、こちらから挨拶をする。相手は丁寧な対応をする性格らしいので、こんな感じに丁寧な言葉遣いで良いだろう。


「…………」

「……えっと、どうかしましたか?」


 しかし、男は俺の予想とは違って俺の差し出した手から腕、肩、顔の順で凝視してくる。それからうーん、と悩んだような表情を浮かべて――一気に破顔した。


「おう! よろしくな、えーっと……あんちゃん!」

「ユウマです」

「いやいや、名前は分かってる。いやぁ、なんて言うか、こう……親しみやすそうな青年が客にいてくれて俺さん嬉しいぜ!」

「うっ、ぶっ……ぞっ、そうですか――う゛っ」


 心底嬉しそうに男はそう話しながら、バンバン、と俺の背中を叩くもんだから少し対応に困った。

 ……どうやら、シャーリィみたいなお嬢様系の人が苦手だったから、丁寧な受け答えをしていたらしい。この男の本来の性格はやはりというか予想通りというか、元気の良い豪快な気質だった。


「俺さんの名前はクレオ。馬車の運転は得意分野なんで、移動中に関しては信頼して欲しい。今回はよろしくな!」

「はい、よろしくお願いします」

「おうよ! あとそっちも固っ苦しいのは無しで頼めるか? 無理にとは言わないが、そっちの方がやりやすいんだ」

「あ、ああ。よろしく」


 ガシッと今度こそ俺とクレオさんの間で握手が交わされる。

 彼の手の大きさからこのまま腕を握りつぶされるのではないかと少し怖い錯覚を覚えるが、当然そんなことはなく良い笑顔でクレオさんは俺の腕を縦に力強く振り回した。


「…………」

「――ん?」


 ふと、そんな俺とクレオさんの横から視線が――それも、何度も向けられたことのあるジットリとした視線が――向けられていることに気がついて横を見てみると、案の定そこにはテーブルの上に腰掛けて、ジーッとこちらを見つめているシャーリィの姿があった。

 ……それも、不機嫌そうに人差し指でテーブルを叩きながら。


「えっと……お嬢さん?」

「シャーリィ、どうかしたのか?」

「……羨ましいわ。打ち解けてるみたいで」


 何やらシャーリィは怒っている――というよりは、またしても嫉妬しているご様子だった。羨ましいって、クレオさんと打ち解けていることがそんなに羨ましい事なのだろうか……?


「私だってもっとユウマみたいな普通の対応が良いわ。丁寧語とか他人行儀の無い感じの対応が」

「そんなこと俺に言われても……なあ」


 そう言いながら視線をシャーリィからクレオさんにズラす。“そういうことは彼に言ってくれ”と口では言わずに目線で云った。実際打ち解け合えるかどうかは彼とシャーリィの問題なので俺は関係ないのである。


「な――兄ちゃん、俺に丸投げか!?」

「ゆるして。というかなんでクレオさんはシャーリィに対してはこう、固いっていうのかな。丁寧な対応なんだ?」

「……いやぁ。俺さん、気の強い女とかなら普段通り振る舞えるんだけどよ、ああいう繊細な女の子みたいな相手はちょーっと苦手なのさ……」

「ああ、それなら大丈夫。シャーリィは多分その辺の男よりもたくましい方だから――あどぅッ!?」


 シャーリィに肘で横っ腹をど突かれる。確かに若干失礼だったかもしれないが、実際そうなのだし友好関係のフォローのためだったのだから、その辺は勘弁して欲しかったんですけど。というかいい加減に自身のたくましさを認めてくれ。


「ユウマの発言は気にしなくて良いわ。とにかく、私も同じようにフランクな対応でお願い」

「ち、ちょっと待ってくだせえ、そう言われても慣れないものは慣れないもんでして――」


 そんなに痛くない横っ腹をさすりながら、あーだこーだと話し合っているシャーリィとクレオさんから距離を取る。まあ、シャーリィが初対面の人に対して距離感を誤ることは無いだろうから、あの騒ぎもしばらくすれば穏便に収まることだろう。


「……ふふっ。シャーリィさん、本当に変わったわね」


 この場を離れて、さあどうしようかと思った矢先にレイラさんがそんなことを呟きながら笑っていた。微笑ましく見守るような、そんな表情を浮かべて。


「変わったって……確かに色々と変わりつつあるな~って感じてますけど、そんなに分かりやすく変わってますか?」

「伊達にユウマ君よりも長い付き合いじゃないわ。分かりやすく変わったのは、他人への物腰が柔らかくなったってところかな。初対面とか関わりの無い人相手ならいつも距離を置いた接し方をしていたのに、ああして楽しそうにしているところなんかが特にね」


 ……そういえば、以前コーヒーハウスに行った時にも関わりの無い客を相手にする時は丁寧な言葉遣いで、何処か距離をおいた感じだったが、今ではああしてクレオさんに自分から踏み込んで交流している。

 今回の件が終われば多分、それっきりでもう会うことがないだろう人に対してあんな感じに近づこうとする姿は、言われてみればとても大きな変化だった。


「それと、ユウマ君も変わったね」

「? 俺がですか?」

「失礼承知で言うとさ、出会ってそんなに経ってなかった頃のユウマ君って何を考えているのか分からなかったもん。今はちょっと好青年っぽい雰囲気あるから」

「何を考えているのか分からなかった……かぁ」


 レイラさん的には褒めているんだろうけど、俺からすれば地味に傷つくワードが混ざっていて素直に喜べなかった。

 でもまあ、それはそれとして。こうして楽しそうなシャーリィの姿を見ていると、城に忍び込んででも彼女に会いに行った甲斐があったのだと実感させられて嬉しく思えるのだった。

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