【B視点】春よ、遠き春よ(前編)
・SideB
※時系列:高校時代(https://kakuyomu.jp/users/kurepi/news/16817330653011708497)の後日談です
3月に入った瞬間、空気を読んだように高温の日が増えた気がする。
2月までは10℃超えればあったかい基準だったけど、一気に15℃や20℃超える日も週間天気で見るようになったもんな。
日増しに、春の足音は近づいてくる。
その変化に、あたしは漠然とした焦りを感じる。
寒いのは大嫌いなはずなのに。時間の流れが体感よりも早く感じて、置いてきぼりを食らったような気分になるのだ。
「お返しって、何がいいかな」
ホワイトデーを今週に控えた月曜の教室にて。
あいつから挨拶の後に切り出されて、あれからもうひと月経ったのかと今更ながらに実感した。
動揺を悟られないようにコートを脱ぎつつ、正反対の思いを言葉に乗せる。
「あれはあたしが突発的にあげたようなもんだし、律儀に返さなくてもいいのに」
「いや……さすがに貰いっぱなしというのは」
友達とバレンタインをしたのは初めてだから、と苦笑いを浮かべるあいつに胸が疼く。
じんわり広がっていく温かさと、ちくりと鋭く染み込む刺激が混じり合う。
あたしは目の前の女子を、すでに友達だけの関係では見られなくなっていた。
あいつにそういったアピールをしたのは、ひと月前のあれが初めてだった。
ケーキなんて今までほとんど焼いたことがなかったのに手作りにこだわって、当日まで毎日失敗作を食卓に並べていたっけ。
頼まずとも出てくるデザートを処理してくれた家族には感謝しかない。
「たくさん練習していたと言っていたし、あそこまで美味しくなるのにかなり材料費もかかっただろう。その感謝も込めて贈りたいんだ」
こういうこと、ストレートに言ってくるからこの子はずるい。
かけてくれる優しさだけでまんまと頬は嬉しさの熱を帯びてしまうのだ。ちょれーなまったく。
「君ほんと義理堅いね。いいと思うよそういうとこ、もてるよ絶対」
「……ご冗談を」
こういうやりとりは何度も交わしているのに、決まってあいつは否定する。
第一、客観的な美醜と個人の好みの顔は別なのに。美男美女しか可能性がないんなら、既婚者はみんな美形なはずでしょ。
それをあたしが熱弁しても一ミリもあいつには響かないと思うので、地道に褒めていくしかないのだ。
「……その、こちらの感情で話を進めてしまってすまない。本当にお返しを必要としていないのなら引き下がるから、正直に言ってほしい」
「んー、じゃあ」
贈り物よりもデートしてほしいな。
なんて、言えるわけがない願望を飲み込んで聞こえのいい言葉に変換する。
「市内のモールにでも行く? ホワイトデーやるなら遊ぶついでに買い物って流れのほうがいいでしょ」
「いいよ。14日は土曜日で部活があるから……一日過ぎるが日曜日でもいいかな」
「全然おっけー。行こ行こ」
てっきり部活がない放課後に行くと思っていただけに、丸一日空けてくれたサービス精神に肩がひくつきそうになる。この程度で浮かれるなあたし。
「主将、今日のミーティングについてなんだけど」
雑談を振ろうと息を吸ったところで、クラスメイトの女子があいつに近づいてきた。
今いいかな? と言いたげにあたしたちを交互に見る。
「ええと……」
何か言おうとしていたよな、と辿々しく視線を向けてくるあいつに、あたしは手を振った。
「あ、どぞどぞ。またLINEするから」
抑えつけるように早口で言って、頭を下げて二人から下がる。
すぐに部活仲間との会話に入らずこっちを気にかけてくれたことに、また脳が都合の良い解釈をしかけたけど。ちゃんと自制心が働いてほっとする。
我慢して、飲み込んで、一歩ずつ引いて。
そうして、少しずつあたしは離れることに慣れなければならないのだ。
「んで……等号を成立させるために、因数分解か平方完成を用いて式変形するわけだけど……」
教師の解説が耳と頭を滑って通り過ぎていく。目に入ってくるプリントの数式が象形文字に見えてきた。
授業は年中退屈なもんだけど、3月は特にやる気が出ない。
3年生はひと足早く卒業して、うちらも山場となる学年末考査を終えたばかり。
あとは春休みまで午前授業か、体育館で講習するかで行事予定表は埋まっていた。
いつもなら睡魔と格闘しているとこだけど、今は脳が冴え渡っていた。
そのリソースは授業に割り振られていないがね。廊下側の席、前方にうっすらと見える後頭部に自然と目が行く。
教室内は寝てる子もこっそり本読んでる子もいるし、教師ですら授業と関係ない雑談で脱線する時もある。
そんなゆるい空気の中でも、あの子は背筋をぴんと伸ばして授業に耳を傾けてるんだろう。
1年の頃とは比べ物にならなかった、髪の艶めき具合に誇らしさを覚える。
振り返れば、あいつとこうして出かけるのも久しぶりになるな。冬休みはLINEだけで終わったから。
お昼も一緒に食べる日はあるけど、去年や一昨年ほどの頻度じゃない。今やあいつは人気者なのだから。
主将として慕われるようになって、クラスメイトからも勉強や運動面で頼りにされるようになって、一緒に行動する友達も増えて。
それは間違いなく、あいつの日頃の努力が実を結んだ証だ。
推した甲斐があったぜはははと後方彼氏ヅラで腕組んでればよかったのに、心まで持っていかれてしまったから面倒なことになっている。
だから一定の距離を取るようにしたのに、最近は自分に課したルールすら曖昧になりかけている。
バレンタインだって、無難に安物のお菓子で済ませていればあいつがお返しを気にすることだってなかった、のに。
まだ友人同士の範囲だよねと言い訳を重ねて、ルールを捻じ曲げて。あいつとの仲を繋ぎ止めようとしている。
「…………」
板書していた指がかじかんできたので、シャーペンを置いて手をすり合わせる。
窓の外は白く濁った空が広がっていた。
陽が届かない地上は真冬並みの気温で、締め切っているはずなのに隙間風が入り込んでいるかのように空気が冷たい。
足の指とかカイロ貼ってるのに感覚ないんだけど。
ストーブはついているけど、近い人しか恩恵を受けられないので個人で対策するしかないのだ。どこの公立もこんな感じなんかね。
でも。
冬に逆戻りする日に、あたしは憂鬱感よりも奇妙な落ち着きを覚える。春の気配を薄れさせてくれるから。
決して、時間の流れからは逃れられないのに。
あいつといられる時間は、刻一刻と短くなっていってるのに。
約束の日曜日がやってきた。
駅から出てる直通バスでモールに向かうため、あいつとは駅前で待ち合わせすることに……なるはずなんだけどならなかった。
『直接、そちらの家に向かってもいいかな。家族とかに見られたくないなら、付近に行く』
同じ学校とはいっても、徒歩で着く距離に住んでいる子もいれば片道2時間近くかかる場所から来ている子もいる。
あたしとあの子は同じ電車一本で行ける距離とはいえ、方向は正反対だ。また乗る手間かかっちゃうじゃんと疑問を口に出すと。
『あなたが一人でいるとナンパのリスクがある。かといって時間ギリギリに来てとは言えないから、なるべく一緒に行動したほうがいいと思った』
あんたは保護者か。
少し前までのあたしならそうツッコんでいただろうけど、文字通りイカれている今は二の句が継げなかった。
一緒の時間が増えるなら、それもいいかって。あっさり承諾してしまった。
ナンパをおびき寄せてしまうのはあたしの自業自得でもある。だから学校では地味な姿で目立たないようにしてるわけだけどさ。
でも、あいつと遊ぶ時は別。気になっている人と出かけるのに、おしゃれしないなんてありえない。
言い寄ってくる奴なんて虫を追っ払う感覚でしかなかった。
けど、そういうのに慣れていないあいつには心配をかけさせてしまっていたわけか。
ほんと、一切の下心なくぶん投げてくるんだから。
「おっす」
玄関を出て、角を曲がるとトレンチコートに身を包んだあいつが立っていた。
本当に来てくれたんだ。久々に目にする私服姿に、早くも心が躍動する。
空は晴天だけど、今の時間は10℃もいかない。吹きすさぶ寒風に体温をさらわれ、軽く身震いする。
「うちで少し温まってく? 今みんな出かけてるから遠慮しなくていいよ」
「大丈夫。歩いていればそのうち温かくなってくる」
赤くなった鼻の頭をマフラーで覆い隠しながら、あいつが頭を指差した。防寒対策はしているから平気ということかね。
両耳はイヤーマフに覆われていて、ファー付きの革手袋が目に入る。
小物は甘めのギャップがある組み合わせに、かわいいな、と素直に思った。
てか、声に出していた。
「そ……れはどうも」
やや不可解気味に出した声だったけど、服装の褒め言葉なら素直に受け取ってくれるところがこの子らしい。
トータルコーディネート勉強してるのは何度も私服で会ってるから知ってるし、ちゃんと似合うものは似合うって言わないとね。
「本心で言ってるよ。ロングコートもブーツも背が高い人しか着こなせないし、君は鍛えててスタイルいいから際立ってる。かっこかわいいって褒めてると思って」
「過ぎた評価だが……ありがとう。あなたも、すごく可愛らしいと思う」
「えっ」
服装を褒め合うときに何度か言われている言葉のはずだったのに、不意打ちすぎて変な声が出た。
お気に召さない批評だと受け取ってしまったのか、落ち着きなく視線を彷徨わせ始めたあいつがなんかもごもご言っている。
すまん悪く捉えないでくれ。誤解を取り消すべく両手を勢いよく振った。
「い、いえいえいえ。嬉しくてびっくりしただけです。まじまじ」
「なら良かった、けれど。そんなに驚くことか」
「君、こう、かっわいいーとかきゃーきゃー言わないじゃん。相手の目を見て、落ち着いた声で言うじゃん。だから心から褒めてくれてるんだなーって、重みがあってですね」
待て何を言おうとしてるあたし。
フォローのつもりが余計なことまで漏らしそうになって、慌てて言葉を切る。
微妙に目線を逸らして、今のあいつと同じように口元までマフラーをずり上げた。強引に話題を切り上げる。
「えっと、じゃあ、行きますか」
「そうしよう」
そうして、お互い並んで歩き出した。
あいつはあたしより前に踏み出さないように歩幅を合わせていて、風を切るような速歩きとはずいぶん変わったなーとさりげない変化に意識が向く。
今は余計な体温に変換されてしまうから、意識しないほうがいいのに。
北風に煽られても、人によって温められた熱はなかなか冷める気配がない。
「今日でよかったわ。昨日雪降ってたし」
「2月でも予報はなかったのに……積もらなくて何よりだった」
「ある意味ホワイトデーでしたね。今年は暖冬って聞いてたから油断してたよ」
沈黙、たまに口を開いて、二言三言交わしてまた沈黙。
あいつとの静かな空気が道端に、電車に、バス内に流れていく。
そうそうこれが友人との距離感だよなと、数カ月ぶりの感覚をようやくあたしは掴みかけていた。
会話が途切れたところで、つり革を痛みを感じるほどに強く握る。
こんなことはもう、これっきりだ。
あいつが作ってくれた時間を満喫しきったら、それで満足しないとならない。
明日からは、3番目くらいに仲が良い友達に軌道修正しないといけない。
戒めを胸に刻み、またあいつへと向きかけていた視線を前へ直す。
向かうべきは、見るべきは、そっちではないのだ。
1日過ぎたモールは、すっかり卒業シーズンや入学・新生活準備を意識した暖色系の内装に移り変わっていた。
桜の飾りがそこかしこに吊り下がっている。
ホワイトデーの名残は、店頭にそれらしき売れ残りのお菓子が並べられている程度だった。
「お返しって文化にしちゃったから盛り上がりに欠けるんだよね。バレンタインだって、美味しいチョコを食べる目的で買ってる人が多いと思うし」
「同じ男性主体のイベントだと、父の日も母の日に比べると存在感が薄いな……」
まあ、お返しの発想がなかったら今日のお出かけも生まれなかったわけだけどさ。
ところでホワイトデーは、年々市場は縮小傾向にある。
お菓子が一番無難だとは思うけど、バレンタイン=チョコほどの知名度はないから販売側もこれとアピールしづらいのだ。
「この中からはあるか?」
お菓子の棚をぐるりと一周して、あいつが振り返る。
プレゼント……いや彼女的には貰ったから返してるだけの義務感でしかないだろうけど。あたしにとってはプレゼント付きのデートだ。
思うだけならいいよね。うん。
特別感のある響きが、勝手に心拍数を上げていく。
とはいえ、最近は物価高騰でどの商品もそれなりのお値段がするから選びづらい。
このクッキー詰め合わせセットだって、ブランド物じゃないのに4千近くするとかひぇって仰け反りそうになる。
返す側のほうが面倒そうだし、会社の義理チョコ文化が廃れるわけだよね……って。
「ちょ、それ」
ぜってー売れねえよと引いた目で見ていた商品をあいつが取ったもんだから、いやそんなお高いもんを買ってもらうわけにはと声が上ずる。
一向に決めないからしびれを切らしちゃったんだろうか。
「ああ、こっちは他用で」
「たよ……あ、他の人の?」
「部活仲間からも頂いているから、さすがに主将が返礼もしないのは失礼だなと」
「へー、やっぱもてもてじゃん」
「1年のときもみんなで出し合って先輩にあげていたし、どこの部活も似たようなものではないのか?」
そのうちの何人が本命なんだろう。
心当たりのある顔が浮かんで、口に苦い味が広がっていく。
でかいクッキーの箱を選ぶあたり、それなりの人数に当てたものなんだろうし。
「んじゃ、あたしはこれにしてもいいかな」
当初は2階の百均でなんかの小物にする予定だったのが、たった今変わった。
ええい、勇気を出せ。
パニクる情緒を抑えて、勢いで掴んだそれをあいつの眼前に突きつける。
「それにする?」
その値段じゃ材料費の元は取れないだろう、と今更なことを気にするあいつに全力で首を振る。
クッキーでバグってるだけで、これも安物と比べるとそこそこの価格だよ。
あたしが選んだのは、700円ほどの飴玉だった。
かぶせ蓋付きの丸箱には桜色の帯がかかっていて、クリーム色の箱とのコントラストが雅な和を醸し出している。
味は苺と苺みるくと抹茶。色的に桜をイメージしているから、春が好きなあいつにも好印象に映っていると思いたい。
「ぱ、パッケージにびびっと来てさ。食べ終わった後も小物入れに使えそうだからこれがいいかなーって」
弁明でもするように早口でまくしたてる。腕に変な力が入って、指先が小刻みに震える。
正直、露骨すぎたかなと己の選択に後悔が湧いた。
だってこれじゃ、クッキーに対抗しているのが見え見えだ。
根拠皆無のデマでしかないけど、ホワイトデーに関係性をこじつけられたお菓子はいくつか該当する。
クッキーは友情の証。軽くさっくりした食感=ライトな関係でいたいと結び付けられたからっぽい。
キャンディーは……溶けるまで味を楽しめる特徴から”甘い時間を続けたい”という意味が込められている。
どういった関係の人に贈るのが適しているかは、考えるまでもない。
「なら、買ってくる」
「ど、どもです」
筋肉も声もガチガチになっていた。
特に突っ込まず淡々と進行してくれるあいつのストイックさにほっと肩が落ちる。
会計終わるまで入口の隅っこにいるわと残して、あたしはスーパーのエリアから離れることにした。
人の往来が比較的ましな空間まで移動して、柱にもたれる。
「……意味知ってたらどうしよう」
己の暴走の反省会が始まる。
天を仰いで顔を覆った。
誰かのために貴重な休日を割く。
部活で普段忙しいこの子が、そうしてくれたという事実だけであたしの中では十分な贈り物だった。
はずなのに、他の誰かに買っている光景を目にしてあっさり乱された。
御しきれないこの想いに、ずっと振り回されている。
こんな調子で友人をやっていけるんだろうか。
男女の友情が成立しない説を唱える人は多いけど、性別に限らず意識してしまったら戻れないんじゃないかと思うようになってきた。
気づかないようにしていた視点が浮かんで、脳内には嫌な想像が膨らんでいく。
もし、いつかこの関係が交わらなくなる時が来たとして。
”向こうから断ち切ったから”となってしまったら?
いくら鈍いあいつでも、気づかない可能性は0じゃない。
あたしから盛大に自爆することだってありうる。
伝わらなきゃ想いは実らないけど、伝わったところでなにもかもが崩れる未来しか見えない。
今んとこ脈がこれっぽっちも無いもの。
あたしがそもそも、自分に好意を抱く男子がわかった瞬間距離を置いたことが何度もあったから。期待させないように。
怖い。
さっきまでの舞い上がっていた気持ちが一気にしぼんで、悪寒に身体が縮こまる。
あいつから失望されるのが、何よりも恐い。
今まで通りの友人としてやっていける自信がないなら、最悪の幕引きだけは回避しないとならない。
「なーんで、こうなっちゃったかなあ」
つぶやきは、雑踏に紛れ消えていく。
もう少し可能性のある相手だったら、乙女らしくふわふわ弾む心地いい気分に浸れたんだろうか。
こんなにも痛くて切なくて苦しいのに、抗えない甘さがあるから離れられないでいる。
「あ、あのう」
自分の世界に閉じこもっていたので、あたしは一切気配に気付けなかった。
見上げていた首を戻す。
整った目鼻立ちの女性が目の前に立っていた。
一つに括った髪は乱れなく艶が流れていて、肌も綺麗と自然に思えるほどには透明感を放っている。
スーツを着ているので社会人と分かるけど、あどけなさを残した顔立ちは一見同年代か年下にも見える。
間違いなくあたしの知っている人ではない。
あたしっすかと自分の顎に指を添えると、女性は頷きぎこちない笑みを見せた。
「えと……同性は大丈夫な方ですか……ね」
「大丈夫、とは?」
「タイプで、超。だった、ので。お声がけいたしました」
お、おー。まじか。
こっちのパターンは初めてってのもあるけど、拒否感より驚愕が先にくるのは相手が女性だからだろうか。
真面目に答えるのもどうなのかと思ったけど、セクシュアリティに嘘を吐くことはしたくなかったので『平気です』と返す。
「あ、ありがとうございます。あの、いま、お相手はいらっしゃいますか……?」
まあ、そう来るよね。
いつもならあしらって終わりだけど、同じ同性愛者を冷たく突き放すのも良心が痛む。
ナンパ特有の軽薄さとは真逆の弱腰だから余計に。
「って、いきなりそんなこと言われても迷惑で……したよね……はは」
いやまだなんも言ってないんだけど。
美人に声かけられちゃったうひょーと弾んでいた気持ちは、言葉を交わすうちに舞い散る花びらみたいにへろへろと墜落していく。
「お相手の有無を律儀に聞くナンパも珍しいですけどね」
「あっと、やっぱ、普段からそういったことは、慣れ……いや慣れてるも失礼か……よくあって、ですか……?」
「お姉さんみたいなタイプの方は初ですね……ああちなみにフリーです」
「そ、そうですか……あはは、こた、答えてくださりありがとう、ございます。ところで今日、」
フリーとわかったらお茶誘ったり連絡先とか聞き出しそうなもんなのに、天気の話題に移るのはどういうわけだろう。口説くつもりあります?
相手の興味を引こうとする気が感じられず、会話を途切れさせないようにとりあえず喋ろうとしている必死さが声に出ている。
目は泳ぎまくりで、笑顔も引きつっていて。
今にも立ち去りそうなそぶりなのに、足だけは逃げまいと踏ん張ってるように見える。
ナンパが下手……以前に見えるんだけど。もしかして誰かにやらされてるパターンだった?
通行人に成功するまでナンパする罰ゲームを科せられてるとか……ないよね。
美人ならすぐに捕まえられるだろって無茶振りされて。
「……あの、大丈夫ですか?」
ちょっと声のボリュームとトーンを落として女性に声を掛ける。
彼女は即座にぜんぜん大丈夫ですよと跳ね返してきたけど、怯えるように肩が跳ねてたし声も震えてるしで挙動不審はもはや隠せる状態にない。
「えっと、すみません。友達がそろそろ来ると思うのであたしはここで……」
ナンパよりも面倒な事態に巻き込まれそうな予感がひしひしとする。後でひっそり通報することにしよう。
もし監視者がいたとしたら怖いから。
お辞儀して話を切り上げて、あたしはそそくさと通り過ぎようとした。
「ま、待ってくだ、」
「んな」
切羽詰まった声で、女性は腕を掴んできた。
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