【B視点】クリスマス2022(後編)◆

・SideB


 大学生のデートは家デートに偏りがちだ。

 親の目が無いから飲み放題のヤりたい放題だとかで。


 一人暮らししてりゃ、毎回外出してたらあっという間にお金が尽きてしまうからね。

 で、マンネリ化して自然消滅なんてのもよくある話。

 バイトやサークルや飲み会やコンパで出会いの幅が広がるからか。


 あたしはインドア派だから、今の半同棲で満足はしてる。

 けど、あいつは上記のあるあるパターンを危惧してかデートに誘ってくれた。

 つーわけで今日はあたしたちの、世間的にはちょっと早いクリスマスなのです。


 いいね、そういう積極性は。大いにいいと思いますよ。

 ずっと報われないと思っていたあたしからすれば、こうして付き合ってるってだけでも十分なのに。

 恋人として楽しませることを真面目に考えてくれるって、素敵な彼女じゃないですか。へへ。


 なんて、あたしは大いに浮かれながら念入りに化粧を施している。あいつの講義が終わる時間を待って。


 ちなみにあたしは、今日は3限まで。あいつは4限までだからもう少しだ。

 土日はバイトで潰れがちだから、どうしても平日の講義の少ない時間に合わせるしかないんだよね。稼ぎ時だからあんまり休みも入れられないし。


 駅で待ち合わせしたほうが、わざわざあたしのアパートまで足を運ばなくて済むのに。

 寒くてナンパ野郎がうろつくとこで待たせるわけにはいかないからって、家での集合になった。


 彼女というかおかんですな。身を案じてくれてるわけだから、愛されてるっていいねえって頬が緩む。

 気を抜くとすーぐ思考が惚気に行くなあたし。



「いらっしゃい」


 午後4時半に差し掛かる頃、あいつが訪れた。

 急いで来たのか、白い息とともに肩を上下させながら。若干髪も乱れている。


「おぉ」

 見慣れぬ新鮮な姿に、あたしは目を奪われていた。

 鮮やかな夕日を背に立つあいつは、二重の意味でまぶしく映る。


 ロングスカート並みに長いパーカーコートからちらりとのぞく、ハイネックニットがガーリッシュな雰囲気を形作っている。


 すこしだぼついた服って、背の高い人が着ると色気が際立つ気がする。

 体格上、服に着られることがないギャップがエモさを刺激するのかな。


「初めて見るね、その格好」

「前に買った」

「いいじゃん。勝負服で決めてくるとは良きサプライズですね」


 ぐっと親指を突き出す。

 少しうつむき照れたあいつからは『あなたも素敵だよ』と何度も頭を揺らして褒めちぎられた。

 黄昏時の光を浴びていることもあって、赤べこみたいだと思った。


「そろそろ行こうか?」


 あいつが陽が陰り始めた外に首を向ける。

 冬場の日照時間は短い。3時にもなれば夕陽が差し込み始めて、雲は淡紅色へと染まっていく。

 暗くなる前に出かけようってことかな。


「いいけど、来たばっかでしょ。寒くない?」

「走ってきたからそこまででもないよ」


 上がってくかなと思って、お湯を沸かしていたのが空振りに終わりそうだ。

 かと言ってせめて飲んでけとは強要できないから、『りょーかい』と返す。


「ああでも。やっぱり、少し温まっていく」

「?」


 あっさり意見を変えて、玄関先に立ち尽くしていたあいつが靴を脱ぐ。


「今になって汗が冷えてきた?」

「……かもしれない」


 なんで曖昧なんだ。もっと別の意図があるような言い方で、あいつは丁寧に脱いだ靴を揃えている。

 ずっと寒い玄関先で足止めするわけにもいかないので、そのまま居間へと案内した。


 エアコンとストーブをがんがんに点けてるから、敷居をまたいだ瞬間に猛烈な温風に出迎えられる。

 ここだけ春みたいだ、とあいつが珍しくジョークを放った。


「飲み物なにがいい?」

「カフェオレ……無かったら緑茶で構わない」

「あるよ。わかった、それね」

「どうも。でも、その前に」


 内緒話でもするようにあいつが手招きをする。

 ちゃっかりエアコンの真下に立ってるから、風を受けて髪がふわふわ揺れてるのが妙にシュールだ。やっぱ寒かったんじゃん。


「はいはい、どした?」


 あたしも暖房に直接当たってこよ。

 冷えきった廊下にちょっといただけで、手足の指から体温は抜け落ちていた。

 ずっと室内にいたくせにもう温みが恋しいぜ。


 隣に距離を詰めると、次に耳に触れてきたのは声ではなく毛糸の生地だった。


「先に暖を取りたい」

「おう?」


 コートの隙間から間抜けな声が出る。

 一瞬のうちにあいつの両腕に絡め取られて、心地よい圧迫感に包まれていた。

 あ、いつもやってる挨拶を玄関先でしてこなかったのはこういうことか。


「はへー、二倍あったけー」


 安堵の息を漏らし、少しちくちくするセーターに頬を擦り寄せる。

 頭上から吹き付ける温風を浴びつつ、人の体温で暖を取ってるって。最高かよ。


 にしても温まってくって、物理的にか。

 クリスマス補正もあるけど、君もだんだんロマンチックに傾いてきたではないですか。


「そんなに恋しかった?」

「……そう、なる」


 控えめに首肯する頭と声に愛しさが湧く。

 なのに抱き寄せる腕は力強く、緩む気配がない。寂しがり屋さんめ。


「いっぱい補充しなさいな」

「……お言葉に甘えます」


 速くなってきたパートナーの心音に耳を澄ませて、今度は目を閉じた。

 甘えて甘えられる甘いひとときは、何ものにも代えがたい幸福をもたらしてくれる。

 今日はココアの気分だったけど、もう糖分は足りちゃってるな。


 軽いティータイムを済ませて、十分に暖を取ったあたしたちは駅前に向かった。


 このアパートは駅前の大通りにあるから、歩いて3分もかからない。

 バスの時刻ギリギリに向かっても間に合うっていいよね。



 デート場所のモールは、バスで約10分ほど行った県道沿いにある。4万㎡超えと、県内でも最大規模を誇るでかさだ。


 うちらの買い物の拠点となる総合スーパーよりもずっと店舗数は多く、イベントも娯楽施設も充実している。


 向こうがここに勝っている点を挙げるとすれば、駅のすぐ傍ってくらい。

 商業都市として発展してきた歴史があるらしいから、市内には複数の大型小売店がひしめいている。

 そのせいで商店街は軒並み駆逐されたから、駅周辺は妙に寂れて見えるんだけどさ。


「もう真っ暗だね」


 バスを降りると、すでに外は日没していた。

 薄暗い夜景を照らすように、モールの外壁からは蛍みたいな無数の光が浮かび上がっている。


 裸の木々にも電飾が巻き付けられ、今は黄金の輝きをまとった枝を天に広げていた。


「これがクリスマスイルミネーションか。気合い入ってんね」

「テーマパークみたいだ」


 バス停の立地上仕方ないけど、降ろされた場所から本館まではまあまあの距離があった。電化製品やホームセンターが集う北館が現在地ね。

 駐車場を抜け、横断歩道で青信号を待つ。

 風がないだけマシだけど、吸い込んだ真冬の空気は鋭く冷たい。


「寒いだろう」


 隣に並んだあいつが、さりげなくマフラーをほどいてあたしの首へと掛けた。


 そのまま玉結びでもするように、中に折り込んで解けないように固定する。

 カシミヤのきめ細やかな生地は肌触りがよく、細く艶やかな毛質から光沢まで出ている。いいマフラー持ってんな君。


 カップル巻きとは大胆ですね。でもこれ、ムードはあるけど歩幅合わせないといけないから難しいんだよね。


「なんか二人三脚みたい」

「……確かに」

「この競技ってやったことある?」

「中学の体育祭で。ただ、相手が小柄な人だったから練習では苦労した」

「なーる。歩くスピード合わせるの上手いもんね、君」


 肩まで組まれてるのが余計にそれっぽい。脳内に『天国と地獄』が流れて、てててーって掛け声が出てしまう。


 互いの頬がくっつきそうな距離で歩いてるから、極寒の屋外にいるのに顔に熱がどんどんこもっていく。

 てかたぶんあたしだけの体温じゃないよね。この頬をちりちり焼かれてるような、放出されている熱さは。


 視線を向けると、イルミネーションのぼんやりした灯りでも分かってしまうほどの湯だった横顔があった。


 顔の下半分がマフラーに埋まっていることもあり、どことなく小動物的な可愛さがある。

 口に出したらつまずいて首が絞まりそうなので、無言を貫くことにした。


 さすがに店内は人とすれ違うから歩きづらいし、お店に着いたら外すことにした。


「…………」

 入り口に足を踏み入れたところで、そっとマフラーがほどかれる。


 物理的なつながりが切れて、隣にいるのに名残惜しさを覚えた。

 解放された首筋をモール内に流れる暖房風が撫でて、ぞわわっと肌が粟立つ。温かい空気の中なのに、肌寒い。


 さっきあれだけハグで補給したはずなのに、欲には底がない。

 寒い季節だからくっついていたいってわがままが強まっていく。


「ちょいと失礼」


 あいつの手を取って、指を絡ませた。

 ただしいつもの手つなぎではなく、コートのポケットへ誘導する。

 一回やってみたかったんだよね、これ。


「今までポケットに手を突っ込むってやったことなかったんだけど、けっこう温かいんだね」

「入れたままの人の気持ちも分かるな」


 もぞもぞと指が動く。感触を確かめるように、あいつの指の腹が不規則に手のひらを撫でていた。

 え、何? 新手の愛撫?


「いいな、すべすべで」


 ハンドケアまでは行き届いていなかった、とあいつが若干肩を落とす。乾燥気味の自分の肌を気にしているらしい。


 べつに今さら気にはしないけどな。

 女性の手にしては大きくて、無骨で、筋張った形。

 それがこの子らしくてあたしは気に入ってるんだけど。


「気にしてるなら、ハンドクリームとハンドグローブ教えたげようか?」

「ぜひ。助かる」

「でもあたしは、この指だから触れられたいって思うんだけどなー」


 遠回しな褒め言葉を添えて、今度はあたしから撫で返す。

 えっ、と驚愕の声のあとに固まるあいつに信号を送るように、ゆっくり、丹念に。


 どんどん相方の首が内向きにしぼんでいくのが面白い。

 照れ屋のくせして行動力は無駄にあるのにね君。


 ポケットの中で存分にいちゃつきつつ、あたしたちは映画館のある上階に続くエスカレーターに乗った。


 平日とはいえ、週末のモール内はそれなりに人でごった返していた。


 暖色系の垂れ幕やバルーンや雪の結晶を模したガーランドが吊り下がり、豪奢なクリスマス感を演出している。


 エスカレーターの隙間にはクリスマスリースを意識した装飾が敷き詰められ、鮮やかな緑と真紅のコントラストが美しい。

 ついでに賛美歌をアレンジしたポップなBGMが、より聖夜って感じでテンション上がるね。


「どこかで見たことあるツリーだ」


 ポインセチアの赤さが大半を締めた、通路のど真ん中にでんと鎮座する巨大ツリーの前であいつが足を止める。


 中央には目と口がついてて、手まである。

 雪だるまのツリーバージョンかと思ったけど、よくよく見ればム○クだった。

 頭上から五芒星の代わりに生えたプロペラで確信した。赤つながりでコラボしたのかな。


「イブにリモートLIVEやるんだって。そいやこいつ、つべにピアノ弾いてる動画とかあるもんね」

「ガ○ャピンは来ないのかな」

「メインではないけど出るっぽいね。いやあ、赤モップとか言われてた時代から出世したもんだわ」


 仕方ないけど、今日はどこまで行っても平日。イベントらしいイベントもない。

 でも、あたしはこの12月中旬の空気が好きだ。


 お祭りって、終わりが近づくたびに寂しくなるじゃん? だけど今日が過ぎても、まだクリスマスシーズンは続いている。


 だから商戦って季節を先取りしたがるのかな。当日までしばらく季節感に浸かってくれって意図で。

 さすがにクリスマスケーキとおせちと七草粥が並んで売り出されてるのはどうかと思うけど。季節が渋滞してまっせ。


「この時間だとまだ空いてるね」

「空席ばかりだから、会計を済ませてから着席しても大丈夫そうだな」


 映画の前に、あたしたちはフードコートに入った。

 家族連れがちらほら見えて、子どもたちは入り口付近にあるガシャポンを物欲しそうに眺めている。

 今日観る映画は3時間ちょっともあるらしく、飯とトイレは必須らしい。

 映画館だとご飯高いしね。見終わった後じゃ、お店閉まってるだろうし。


 あたしはレモンクリームパスタのサラダ付き、あいつは生姜卵あんかけうどん。それぞれ和洋の麺類をお盆に乗せて席に着く。

 クリスマス感は見事に0。それっぽいメニューならKFCとかなんだろうけど、ちょっと胃には重い。チキン系ならファ○チキで十分かな。


「そんじゃ、めりくりー」

 お冷のグラスを小さく鳴らして、最低限のクリスマスを祝う。


 んん、このパスタは初めて食べてみたけど当たりだったな。濃厚なクリームソースにレモンの酸味が絡まり、爽やかな香りが鼻に抜けていく。

 甘味の強いグリーンアスパラと散らされた小ネギ、あっさり風味の蒸し鶏という具のチョイスもいい。

 生パスタを売りにしているだけあって、麺のモチモチ感も食が進む美味しさだ。

 いずれまた食べに行こうかなと思えるほどには気に入った。


「コロッケ、半分どうかな。なかなか美味しいよ」

「あ、いるいる」


 もらうだけは気が引けるので、こっちも新しいフォークで一口サイズにパスタを巻取り長角皿の端っこへ添える。具も忘れずに。


 で、あいつがおすすめしてくれたコロッケは期待に違わぬ絶品だった。

 男爵芋を揚げた、ごく普通のコロッケなのに。さくさく感が段違いで、かじった瞬間衣の軽快な音がはじける。


 ぜんぜん油っぽくないし甘い。さつまいもじゃないのってくらい甘くてほくほくな食感は、ひとつまるごとでも余裕でいけそう。


「うどん専門店なのに揚げ物まで美味しいんだ」

「惣菜として、単品でも買えるみたいだ。それだけ評判が良かったのかもしれないな」

「今度夕食のおかずに買ってくかな。バス経由してでも立ち寄る価値はある美味しさだから」


 好感触でよかった、とあいつがちょっと自慢げに胸を張る。

 パスタも気に入ったようで、次来たときはこっちにするかなと店に目を向けた。

 あたしも次はうどんにすっかね。


「ではでは、食後に入りましたので本日のメインイベント的なものやりまーす」


 いぇーい、とローテンション気味に手を叩く。

 公共の場ではしゃぐわけにもいかないので棒読みになってしまったけど、嬉しくないわけがない。

 いわゆるプレゼント交換という、ようやくクリスマスらしいことができるので。


「つっても中身は分かってるんだけどさ」

「使い道がない物を渡されるよりはいいだろう。本人が選んだもの以上にいい物は贈れないよ」

「面倒だから自分で買ってこいって現金渡す人もいるっぽいね」

「お年玉ではないのだから……」


 お互い、バッグから綺麗にラッピングされたギフト巾着袋を取り出す。


 艶のあるリボンが結んであって、金色に光る星のシールが貼ってあって。

 ヒイラギやクリスマスベルといった、定番のモチーフが刺繍されているデザインは子供心をくすぐるね。


 まだサンタを信じていた頃に枕元に置かれていた、長靴のお菓子を発見したときのように。

 恋人がサンタクロース、なんつってね。古いか。


「こんなのあるんだね。携帯ポーチまでついてて。考えたもんだわ」


 今年のプレゼントは、充電式カイロ。

 コンパクトケースみたいな薄く小柄な見た目で、LEDライト内蔵。

 モバイルバッテリーとしても使えるすぐれものだ。

 大容量だから急な停電や外出先でも安心。温度調整も可。落下防止のストラップまで付いてる。


 贈り物として今人気らしいし、あたしたちもその手のサイトを巡って偶然見つけた側だ。


「こちらこそ、いいものを勧めてくれてありがとう。大事に使うよ」


 さっそく使用感を確かめるべく、あいつがプレゼントを取り出し肩へと掛けた。

 一見すると、耳あてがないヘッドホンを首から下げているように見える。


「どう? つけてみた感じでは」

「接触部がシリコン素材だから、優しくマッサージされている感覚だ。強弱の調整も細かくできるし、自動シャットダウンシステムがあるから寝落ちしても安心できる。USBケーブルが付属しているから、どこでも充電できるのも大きいな」

「そ。ご満足いただけたようでなにより」


 あたしがプレゼントしたのは、ネックマッサージャー。

 首と肩のコリに特化したマッサージ機ね。去年の枕に続いて、首をいたわるグッズとなる。


 あたしも肩こりには悩まされてるから、色違いのおそろいにするか迷ったけど首がまじで弱い人間だからやめた。


 ずっと一定の振動で患部を刺激されるって、あたしだったら絶対集中できない。

 人から肩を揉まれるだけでも悶絶するのに。アンメ○ツと湿布で我慢するしかないのだ。


「世の親御さんは大変だね。子供が欲しがるプレゼントって高くなってるし」

「ゲーム機は定番だが、ゲーミングPCを要求されたらきついだろうな……」


 電源ユニット、CPU、グラボマザボとこだわったらすごい値段になるもんね。

 ハイエンドクラスだったパーツが、数年後はミドルになってるとかあるあるだし。


「あたし、無茶振りしたことあるなあ。クリスマスは兄か姉くださいって」

「……なんて返ってきたんだ?」

「当日は親戚のお兄さんとお姉さんが来てくれて、みんなでパーティーした」

「なるほど、そういった妥協案か……」


 親戚が県内に住んでたからできたことだけどね。

 もしかしたら家族や友達で過ごす予定があったかもしれないのに、来てくれた人たちには感謝しかない。


「あんたんとこはどうだった?」

「幼少期にサンタの正体を他の子からばらされて以降、ちょっと夕食が豪華になるだけの日になった」

「せつねー」


 誕生日がひと月前だから親もプレゼント選びに困るだろうし、気にしてないよとあいつは当時を懐かしむように肩を揺らした。


 でも、そういうことなら。

 できる限りこの先も、この子とクリスマスっぽいことはやっていきたいな。


 大人は誰しもサンタの正体を知ってるのに、我が子の前でサンタを演じるのは一緒にクリスマスを楽しんでいるからだもんね。

 年中行事を大切にする意識は大事だ。


「もうすぐ上映時間だから出よっか」

「ああ」


 記念に一枚、プレゼントの写真を取って。

 残ったお冷を飲み干し、あたしたちはフードコートを出た。


 部活帰りなのか、学生と思しきジャージの集団が向こう側のマックに列を成している。

 ジャンクフードって腹持ち悪いと思うんだけど、物価高いからしゃーないのかね。


「…………」

 隣に並んだあいつが、すっとあたしの手を取る。

 温かく、大きい手のひらへと指が包み込まれた。


 それからスマホを胸ポケにしまうくらい自然な動作で、コートの広口ポケットの中に握った手が突っ込まれる。

 手際がよろしいことで。


「劇場内でもこうしてていい?」

「勿論」


 きっとあいつが言いたかったであろう台詞を、先回りして声に出す。

 あったかさを通り越して汗ばんできた指を絡めて、あたしたちは通路最奥にある映画館フロアへと向かった。


 ちなみに上映中は、みんな映画に集中してるからってことでまたマフラーを一緒に首に巻いて鑑賞した。

 おかげでちょっと暑いくらいだったけど。



「…………」

 ひとつの映画にしては長めの上映が終わって、あたしたちは帰りのバスに揺られていた。


 内容は人種間の対立といったわかりやすいストーリーで、とにかく圧倒的な映像美に開幕から魅せられていく。

 澄み切った海の青さとゆらめく水面の質感、温度まで伝わってくるような光の表現。


 登場人物の息遣いまで傍に感じるような、3DCGとは思えないくらいの世界観を堪能し尽くしました。

 最後あたりはちょっとトイレ我慢してたけどね。あいつも鼻かむのこらえてたっぽい。


 がらがらのバス内で、あたしは窓枠にもたれつつ外を眺めていた。

 天井から吹き付ける、空調のぬるい風が興奮冷めやらぬ体に心地いい。


 クリスマスシーズンはまだまだ続く。流れていく景色の至る所にライトアップされた建物が見えて、12月を彩る輝きに街全体が飾り付けられているのがわかる。


 世間的には平日でも、あたしにとっては今日が聖夜だ。

 まだ、ポケットの中ではあいつのぬくもりを感じている。

 帰るまでがおデートなので、離れるまでつながっていたいと思う気持ちは同じなのだ。


 とん、と肩にあいつの頭が寄りかかる。

 クリスマスデート、誘ってくれた側だもんね。あたしはいつも通り楽しんだけどプレッシャーあっただろうな。うん、プランを練るって本当に大変。


 疲れた体を預けてくれるのは嬉しい、けど。

 人がほぼいない貸し切りみたいな空間で甘えられるって状況が、エモーショナルを刺激するもんだから。じわじわと祭りの後の寂しさを覚えてしまう。


 まだ、足りないなあ。

 なんて、わがままがふくれ上がっていく。


 ハグもカップル巻きもねじポケもプレ交換もディナーも映画鑑賞もやったのに。

 どんだけ欲張りなんだろう。こないだ引っ付き虫と化した家デートやってから、甘えたがりに拍車がかかってきた気がする。


 悶々とした気持ちを滾らせたまま、バスは最寄り駅に着いてしまった。

 まばらな乗客と一緒に降りて、途中まで送るからってあいつと無言で並んで歩く。

 名残惜しくポケットの中で手を繋いだまま。


「…………」

 駅からあたしのアパートまでは数分もかかんないから、あっという間に目的地には着いてしまった。


 夜も深まってきたから、大通りであっても行き交う車は少ない。

 相変わらずどこにでも目にするクリスマスイルミネーションと夜道を照らす街灯が、どことなく寂しげに映る。


「デート、楽しかった。いい思い出になったよ」

 締めの言葉と一緒に、あいつの指が離れていく。

 風邪引かないように、と労りを添えて。

 ぎゅっと抱き寄せられる。


「…………」

 なのにあたしは、挨拶の一言も出てこない。


 こんな寒空の下でパートナーを凍えさせるわけにはいかないのに。

 肩に手を添えて、引き止めるようにしがみついてしまう。

 それを分かっていたのか、あいつはしばらくの間ハグを続けてくれていた。


 でも、時間は止まってくれない。

 やがて未練がましい両手が静かに引き離されて、背中に回されていた腕は頭上へと降りてくる。

 まるで駄々をこねる子をなだめる親のように、ぽんぽんと優しい刺激がつむじへと触れる。


 いい、思い出かあ。さっきのあいつの、今日の感想。

 たしかに文句のつけようもないクリスマスデートだったけど。まだ、思い出にはしたくない。


 だってさっきあれだけつないでいた指は、もう冷たくなっているから。

 ひとりは、寒いよ。身を切るような凍えた空気に鳥肌を覚えて、一歩あいつへと近づく。

 もっとぬくもりが欲しいんだって、心も体も求めている。


 突き動かす想いが、背中を押す。


「っ」


 体当たりでもかますように。つま先立ちになってあいつの首に両手を回して、あたしは唇を寄せた。

 あいつからこぼれた白い息を塞ぎ、重ねる。


 アパートの前ということもあり、いつ人目があるか分からないので一瞬の感触だったけど。

 それだけで外気にさらされ冷え切っていたはずの唇は熱を帯びて、とくんと温かい鼓動が胸を打つ。


 同じく桜色に頬を染めたあいつが、指先を自身の口元に持っていく。困惑と羞恥が入り交じる表情を張り付かせたまま。

 何か一言が出る前に、あたしは畳み掛けた。


「今日、帰りたくない」


 週末だし。明日はお昼からのシフトだし。期待していなかったと聞かれれば嘘になる。

 だけど最近は、会うたびにまぐわってたから自重はするつもりだった。


 体目当てじゃないかって気にしてるそぶりはあったから、控えないとなって。

 あいつ主導のクリスマスデートを、目一杯満喫するつもりだった。


 でも。季節が欲に火をつけた。

 去年は付き合いたてということで最後まではしてなかったこともあり、今年こそはというロマンを抱いて。

 ここで誘ったら引けないなって、判っててあたしはタイミングを狙った。


「……そういうかわいいことは、あまり外でするな」


 口元を抑えたまま、咎めるようにあいつが片方の手をこっちに伸ばした。


「いて」

 額に手刀がぶつかる。

 付き合ってからはめっきりしなくなった突っ込みだ。


 わがままを言うなって注意されたのかと一瞬喉が引きつりそうになるけど、そのままあいつは手を引いてきた。


 リードされるように階段をのぼり、部屋の前まで誘導される。

 あたしの住処なのに、勝手知ったる顔で。


「屋内ならいいんだ?」

 言葉を反芻して、確かめるように声に出す。

 控えめに頭を縦に振ったあいつから肩を抱かれ、少し力が込められた。急かすように。


 もう、互いの間に言葉はいらない。

 これはあたしが灯した火だ。燃え広がる熱情は、向かい火でしか収まりがつかない。


 握った指はすでに熱く、同じくらいの熱をもった吐息が耳へと触れた。

 期待に待ち焦がれ、あたしの女としての本能が疼く。


 玄関に入り、戸締まりを忘れないように慎重にドアを閉めて。

 不気味なまでの静寂を保ったまま、ふたつの足音が居間を踏みしめる。




 それから、深い口付けの返事を受けて。

 真冬の熱帯夜にあたしの意識は融けていった。



 ※18禁版→https://novel18.syosetu.com/n6179hz/

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