【B視点】大晦日の姫始め(後編)◆

・SideB


 こたつの魔力に引きずられて、あたしはうとうとしていた。


 点けっぱのドラマを子守唄に、クロスワード中だった新聞紙を枕に。

 こたつむりと化した下半身ではベッドに向かう気力すらなくて、そのままじわじわと睡魔に屈していく。


 実家では、冬がやってくると大体こたつと一体化してた。


 寝落ちして、タイマーセットしてるから自動で電源切れて、冷え切ったこたつの寒さで目が覚めたってやらかしは何度あったことか。

 だから風邪引くって言われてんのかね。


「ただいま」


 鍵が回される音と、あいつの声がぼんやりと届く。

 おかえりと言いたかったんだけど、もう半分夢の中だから。口がぜんぜん動いてくれない。


「起きよう。こたつで寝ると風邪を引く」

 背中がわりと強めに揺さぶられて、ちょっと意識の水面に波紋が広がる。


 さすがに起きるべきかなーと、あたしは心配してくれているあいつに答えようとして。


 このまま寝たふりをしていたら、どうなるんだろう。

 そんなやましいことを考えていた。

 大晦日なのにね。



「遠慮しなくてもいいのに」


 あたしは狸寝入りをやめた。いつぞやのあいつみたいに。

 ベッドに運び込まれて、でこちゅーを受けて、熱っぽい視線で見つめられていたら察さないわけがない。


 むしろ、そういった積極性を見せてくれたことにあたしは内心浮き立っていた。


「い、一体」


 いつから、とか勝手にしてすまない、みたいなことを言いたげに口をあわあわさせて、あいつはめっちゃキョドっている。

 それでも”そんなつもりはなかった”と嘘をつかないのは正直でよろしいですよ。


「おやすみのキスには、ちと早いかなと思ってね」


 みなまで言わせるおつもりですか、と。

 あたしは催促するように、つまんだ服の裾を少し強く引いた。


 それでもまだ昼間だ、今日は年を越すのだから睡眠時間は大事だと変なところで気遣うあいつに、ダメ押しをする。


「大晦日でしょ。除夜の前にここで発散なさいな」


 盛り上がってるときに楽しまないで、いつがベストだっていうの。

 終わったら夕方までゆっくり休めばいいんだからさ。


 言いくるめられたあいつは、やっとスイッチが入った。

 目の色が変わって、心臓がきゅっとなる。


「いつも通り。止めてほしいことはためらわずに」

「おっけ」

「うん。じゃあ、」


 短く言って、あいつがベッドへと膝を立てる。

 影が覆いかぶさって、気配と体温が近づいてくる。


 目が合った。

 あいつは無自覚だろうけど、するときのちょっと強気に据わった目があたしは好きだ。


 そういうギャップってなんかいいよね。

 普段はあたしが引っ張っていくことが多いし、こういった営みもあたしから誘ってばっかだけど。

 その気になったら強引な一面を見せてほしい。


 年の瀬の、うららかな午後という背徳感が背中を押したのか。

 手が伸びてきて、左の手首が抑え込まれる。

 軽く鳴ったベッドの軋み音が、心臓の速さを一段階上げていく。


 残った片手で、あたしは覗き込む奴の頬に触れた。

 じわりと熱を感じて、体温が上昇しているのが指から伝わってくる。


「今みたいな顔、もっと見せてほしいな」

 あたしも日常の中にある情事ってシチュに当てられてんだと思う。

 普段のテンションなら絶対言えない台詞を吐いて、欲を声となって相手にぶつける。


「言い訳になってしまうが」

 あたしから誘ってばっかりなことに負い目を感じたのか、申し訳無さそうにあいつが積極性に欠ける理由を述べた。


「ほ、本能のままに呼んでいいものかと。踏ん切りがつかなかったんだ」


 この子の性格を考えれば、しゃーなしだけどね。

 自分のしたいことよりも、仕事や体調や気分の都合を第一に考える。

 それは臆病ではなく慎重な優しさの一つだと思う。だからあたしは心惹かれる。


 お互いどこまでさらけ出していいかおっかなびっくりしながら、おずおずと手を取って前に進んでいく。今のあたしたちはそんな感じだ。

 恋愛は一人じゃなく、二人でするものだからね。


「タイミング合わなくても、次なんていくらでもあるから。あたしは逃げないから」

 欲しかったら求めてくればいいんだよ。


 正直な気持ちを述べると、さらに手首が強く掴まれて。

 あいつは一気に距離を詰めた。


 まずは頬へと熱を感じて、しばし顔の横にあいつは頭を預けて。

 やがて額を撫でられる。次はそこだよと指すように。

 前髪を軽く上げて、それから額へと押し当てられた。


「ん、っ」

 額に唇を預けたまま、指は敏感な首元へと。

 クリスマスの夜に刻みつけた証を思い出させるように、軽く指の腹でつつかれる。


 まだうっすらとは残ってるけど、けっこう薄れてきちゃったからなあ。

 まあ傷の一つだからいつかは治るわけで。


「上書き、してくれる?」

 ん、と了承の合図が届く。

 あたしはシーツに散らかっていた髪をかき上げて、やりやすいように首元をさらけ出してやる。


 あいつは少し頭を起こすと、自身の頬を伝うちょっと伸びかけているもみあげを耳の後ろへと上げた。

 髪を上げる動作にエモさを覚える人がいるけど、確かにそういうオーラがあると思う。


「……っ」

 肌が触れて、首元へと降りてきた。

 今度は、頬や額みたいに押し当てる動作じゃない。


 ついばんで、強く押し当てて、舌でそっと撫でられる。痛くしないように。

 何度か首元は触られているので多少は慣れた感があるけど、やっぱ声は出てしまうわけで。


「っは、ぅっ」

 十分に濡らしたら、吸着音とともに強く吸い上げられる密着感を覚え始めた。


 吸血鬼みたいだと思った。

 血が吸い取られる代わりに抵抗が吸い上げられて、脳がくらくらとしてくる。

 キスがじらされていることも相まって。


 あたしはたぶん、マゾっ気みたいなものもあるんだと思う。


 音が止む頃、最後にもう一度舌でなぞられる感触を覚えて。

 ついたよ、とあいつがウェットティッシュを取り出した。汚れを拭くために。


「…………」

 この時点であたしは頭がぼーっとしかけていた。

 拭いたティッシュの冷たさにもびくっと反応してしまう。慣れてきたといっても弱いものは弱いので。


 そんなあたしを一度正気に戻してやるためだったのか。

 唐突に、あたしは全身が強く引っ張り上げられる浮遊感を覚えた。


「え、なに、なんなん?」

 抱え上げられた。プランには載ってない事項だ。

 どこへ連れ去るつもりなのかと、真顔のあいつに問いただすと。


「ここだと冷えるだろう。せっかくだから」

 こたつを指さされる。


 あー、なるほど。ベッドだと毛布被ってりゃあったかいけど、行為中は毛布の中でやれるほどうちら器用じゃないからね。

 思ったよりあったまってないあたしの手足を気にしてくれたらしい。

 すまんね、寒がりなもので。


 でも、こたつって。二人でどうあったまってやるというのか。

 疑問に思っていると、膝の上に抱えられた。こないだのお風呂でしたときの体勢と似ている。

 これなら二人あったまって盛り上がれるだろうと。


 突っ込んでもぐった足からはこたつの熱を直に感じて、少し冷え切っていた足の指に温みを覚えていく。


「重くない?」

 お風呂のときは水の抵抗があったから座れた。

 今日はどうだろう。足の間に腰を下ろしているとはいえ、背中は寄りかかってるわけで。


「問題ない。委ねて」

 堂々と言い切られると、それ以上は何も次げられない。


「そ。じゃ、任せるよ」

 あたしは振り返って、首だけを向けて、あいつの肩に手を添える。


 求めにはすぐに応じてくれた。

 鼻先が触れて、ちょんと軽くかすって。

 それからゆっくりと、唇が重ねられる。


「ん……」

 触れて、離れて、また重ね合って。

 何度も互いを求めて、軽いリズムを刻んでいく。


 しばし触れ合った後に、どちらからともなく舌をちょっと突き出して。

 ゆっくりと、奥まで。深い口付けを交わしていく。


 今日は以前みたいな激しさは少ないけど、いやらしいことをしている事実は変わらないわけで。


「は……」

 舌先が離れて、やっぱり放心しているあたしの唇をあいつは優しくティッシュで拭う。

 じらされてたぶん、今日は余韻も長い。夢の世界にいるような気分に頭が溶けていっているみたいだ。


 さて、そろそろ段階を上げてみよう。

 耳とか首とか下腹がそういうとこってのは分かったから、いよいよこっちも慣らしておかないとね。


 あたしはとりあえず上着を脱いだ。

 チャックを下ろして、触りやすいように服を緩めていく。


「力は入れないでね」

 あいつの手を取ると、あたしは半ば強引に引き寄せた。

 自身の胸元へと。感触を押し付けるように。


「ど、どこに手を」

 いきなりここ触れやと言われることは想定外だったのか、あいつはおどおどし始めた。


 まあ、そうだよね。明確な場所を指定したことはなかったもんな。

 予行練習と生じたキスの延長線だったから、お互いまだスキンシップ感覚でじゃれ合えたわけだし。


 いつかは、ね。その日が来るんだからさ。

 あたしにもそれなりに覚悟はあるわけですよ。

 ただ、触ってほしいだけ。


「自分で触ればなんとなく分かるけど。わしづかみはだめ。がっついちゃあかんのです」

 スマホを出して、お気に入り登録していた該当のページを出す。


 胸下に手を当てて、外側を包み込むように。

 まずはそんな感じにしてみてと申し出ると、ぎこちなく指が動き出した。


「そう、そう。それなら痛くない」

 寄せて上げるように、下から持ち上げて。

 波打つように指が動いて、合わせて声が漏れていく。


 オフの日はだいたいスポブラだから、色気には欠けるけどブラほどの固定感はないはずだ。あいつにも、やーらかさとか楽しんでもらえるといいんだけど。


「……肩、凝らないか?」

 あたしのまあまあ自信がある大きさの胸に触れて、あいつがちょっと羨ましそうに言った。


 アスリート体型だからね、君。

 でも長くて余計な脂肪がついてない手足も、そうそう手に入れられるもんじゃないんだよ。


「うん、なる。重りぶら下げてるようなもんだし。この歳でアンメ○ツにお世話になってる」

 自慢と思われそうなので、どうでもいい情報も付け足した。


 ぶっちゃけ胸が大きいって、性的な見栄え以外にメリットないと思うんだけどね。蒸れるわ重いわじろじろ見られるわで。

 ちょっとはないと寂しいけど。あたし的にはBかCくらいが理想だと思う。


「今の調子で大丈夫だよ。ゆっくりでいいから」

「分かった」


 親指を外側に、他の指を下へと当てて。

 乳腺をマッサージするように、たどたどしくも優しい手付きで揉みほぐされる。


「ん、っ、く……」

 自分で触ったときはなんともなかったのに、他人にしてもらうとやっぱりくすぐったいなあ。


 具体的な場所をまさぐられてるわけだから、余計に神経が集中していく。すげー恥ずかしいことをしている。

 直接はまだ痛いだろうけど、服越しくらいがちょうどいいかなあ。


「ん、」

 唐突に、あいつの指が止まった。

 胸のほぼ中心、心臓の位置へと手のひらを押し当てて。


「速いな」

 それだけをつぶやいて、頸動脈へと顔を寄せた。


 直に聞いているんだ。

 それは、なんというか。

 なんか局部よりも恥ずかしいところを見せているみたいな気分になっていく。

 自分の心音を、相手へと預ける行為だから。


 それからも先っぽまではまだ触れずに、あたしは心ゆくまで胸を優しく弄ばれていた。

 胸に、首に、それと手首に。

 あらゆる部位から感じ取れる鼓動を聞かれて、前回みたいな激しさはないのに全身がめちゃくちゃ熱い。


 自分の意志とは関係なく、動きひとつにいちいち反応してしまう。

 触れた先から火がつけられていっているみたいで。

 それがきっと、誰かのものになるってことなんだと思う。


「あー、うー……」

 行為が終わって、胸のむずがゆさに悶えながらあたしはあいつの膝の上から動けずにいた。

 こたつであたしはのぼせていた。サウナでものぼせたことがないくせに。


 熱く荒い息を吐くあたしへと、最後にあいつが顔を寄せて。

 締めにそっと口付けを交わす。

 良かったという印と、次の約束のために。



 いい汗を流したあとは、二人で夕方まで泥のように眠った。

 もちろんベッドで。またも介護士と化したあいつに抱えられて。




 ちょっと早めに夕食を済ませて、お風呂(年の湯)にのんびり浸かって、なんとなく年末特番を流して、紅白は知ってる曲の時だけチャンネルを回す。


 チャンネル争いって久しく聞いてない言葉だけど、うちの親の実家がそんな感じだった。

 紅白後はカウコン観たかったのに。NHKから変えさせてくんなくて、子供はもう寝なさい明日初詣だからと布団に連れて行かれてさ。


「できたよ」

「わーい」


 あいつがキッチンからお盆を運んでくる。

 お蕎麦のどんぶりがふたつ、ほうじ茶の急須と湯呑も添えて。

 出汁醤油のいい香りが漂ってきて、少し空いてきた胃を刺激する。


 これ食べないと年越した気がしないんだよね。どん兵衛でもいいけど。

 箸を取って、いただきますを交わす。

 紅白は推しのアーティストが歌っていたので、リモコンで票を入れることを忘れずに。


「うまうまだよ」

「それはよかった」


 本当に、あいつの作るご飯は美味しい。具のチョイスもいい。

 お蕎麦に、あたしが買ってきた高そうなかまぼこに、緑の鮮やかなほうれん草と月見よろしく半熟卵も落として。

 お出汁をたっぷりと吸った鶏肉も、かじるとまた次の箸が止まらないのだ。


「そういえば、昼間猫を見た。あの公園で」

「ほう」


 あの子たち、今日もいたのか。しかも今度は子供たちが餌付けしていたらしい。

 かわりばんこで誰かが餌を上げていて、あの人懐っこさなー。

 うーん。これは明日にでも様子を見に行くのもいいかもしれない。


 ちょっと胸に湧いた不穏さを振り払うように、あたしは残った麺をすすり始めた。



 作ってもらったぶん、食器はあたしが洗うことに。

 明日の年明けうどんの具材をチェックして、準備は整った。


「さむさむ」

 キッチンで冷えた身体を温めるべくそそくさと客間に戻って、みかんを剥いていたあいつの膝へと乗った。

 こたつと人肌で、二倍あったかいね。


「今度は変な意味じゃないからね」

「分かってるよ」


 煩悩を昼ですっかり祓ったあたしたちは、体重と心臓をあずけた体勢でゆるゆると年明けの時間を待つことに。


「そのみかんちょうだい」

「……自分で剥きなさい」


 一つだけだからな、と言って房を口元まで運んでくれる。

 うん、甘酸っぱくて美味しい。

 咀嚼しつつ、あたしもまだまだ残っているみかんの一つに手を伸ばした。


 なんだかんだで、今年もいい年でした。

 そして言われるまでもなく、来年も良いお年になるだろう。

 一番の幸せがすぐ側にあるんだから。


「明日からもよろしく」

「こちらこそ」


 お互い緊張感もなくみかんをもしゃもしゃ食いながら、のんびりと年を越していく。

 ああ、はっぴーにゅーいやー。

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