年末年始編・年末
【A視点】期間限定の同棲生活
・SideA
本日より、約1週間。
大学は短い休暇へと入ることになった。
年末年始に何をするか。
大学の知り合いたちは、大半が実家に帰るとのこと。
もしくはバイトかサークル活動。
無難な選択であろう。
世間が賑やかな空気の中では、一人で過ごすというのは寂しさが募るもの。
それに実家であれば、家事の負担が浮く。
帰省にもお金はかかるので(新幹線代だと数万)、援助がある家庭限定ではあるが。
バイトに専念するのも分かる。年末年始は繁忙期であり、とにかく大学生はお金がかかる。苦学生であれば遊んでいるどころではないだろう。
さて、そんな中での私の過ごし方は。
「つかりた」
「頑張れ。ここを乗り越えれば春休みが楽になる」
冬期休暇初日。
私は、恋人と朝から勉強会を開いていた。
仕方がない。
休みが明ければ、怒涛のレポートの提出と後期試験が待っているのだから。
片方の家に集中しては食費と光熱費の負担となってしまうので、日替わりで寝泊まりする形となった。
ちなみに今日は私の家である。
本来であればひとつ屋根の下でまったりと過ごす、といった同棲まがいの日常となる予定ではあったのだが。
大学生同士である以上、現実は甘くなかった。
「もうムリっす」
始めて2時間後。ついに彼女が音を上げた。
降参の意思を示すように天井へと大きく万歳をして、力なくテーブルへと突っ伏す。
「いくら過去問抑えときゃ楽勝言ってもさ。苦手教科は目が滑るわけですよ」
……ある意味、それはずるい一手ではあるのだが。
大学によっては、試験問題は過去問をほぼ丸写しといったところも存在する。
単位を取ってもらうことが、教授側としては一番の目的であるから。
彼女は運良くサークルで知り合った先輩から過去問を譲り受けていたため、講義でやった内容と照らし合わせて範囲を絞っていたわけだが……
苦手としているらしい数学の辺りで何度か船を漕ぐようになり、そして転覆した。
「…………」
まさか本当に寝てやしないだろうか。
机の上にうつ伏せになってから、彼女はぴくりとも動かない。
高校時代にも何度か居眠りの光景は見ているので、珍しいことでもないが。
聞けば、昨日から寝不足だと聞いた。
半同棲の生活が楽しみでなかなか寝付けなかったらしく。
遠足前の小学生ではないのだから。
「ベッド。使っていいから」
背中を軽く揺さぶって、声をかける。
寝不足で抵抗力が落ちている状態の中、体調を崩されては元も子もない。
風邪を引くと余計に一緒に過ごせなくなるよ、と脅すように言うとそれが効いたのか。
ほーいと口の端から漏れ出たような弱々しい声で、彼女は頭を起こすと。
「借りるよ」
何か気づいたようにのろのろと四つん這いになって、部屋の隅にかかっているハンガーから自身のコートを取って。
そのまま大胆にも、胡座をかく私の膝へと倒れ込んだ。
ちょっと待て。
彼女は少し頭をもぞもぞと動かして、長い髪が散らからないように体の前へと垂らしている。
足首あたりまで覆い隠す、長いコートを毛布代わりにして。
ひざ掛けのような役割を果たしており、これはこれで私としても温かいのではあるが。
「トイレ行きたくなったら勝手にどかしていいよ。ここホットカーペットだし」
そういう問題ではなく。
「恋人をこんな粗末な場所で寝かせるわけにはいきません」
「あたしにとってはベッドより価値ある特等席だけど」
そういう問題でもなく。
だめ? とか弱い声で囁かれると、こちらとしては何も言えなくなってしまう。
きれいな人は時にきれいであることを武器にしてくるから、”かわいいは正義”でまかり通ってしまう世の中は不公平だと思う。
広げた雑誌や膝の上に遠慮なくペットが乗ってきても、かわいいというだけで許してしまう飼い主のように。
どのみち、こちらも長時間の勉強で集中力が切れてきたので少し一休みといこう。
剥いたみかんに手を伸ばすと、下から一口くれと言われた。
房の一つを、小さく開いた口へと運んでやる。鯉に餌をやっているようだ。
「1年ぶりの味だ」
甘酸っぱさに舌鼓を打って、これはそんなに袋が固くないねと彼女は食べやすさを評価する。
袋ごと吸ったり、袋を剥いて果実だけを頂いたり、白い繊維を念入りに剥いたりとみかんの食べ方はけっこう多岐にわたる。
彼女はわりと気にせずそのまま食べるらしい。
「学生時代さ、冷凍みかんって給食になかったっけ?」
「冬に限って出た」
「そうそう。ひどいとまだ氷張ってんの。口の中キンキンになってさ。流し込んだ牛乳との組み合わせがもううへーな食感で」
なんかおしゃべりしてたら眠らないからー、と提案されたので。
修学旅行の就寝前に雑談に興じる女子のごとく。とりとめもない会話を私達は始める。
「同棲ってメリットないとか言うけどさ」
彼女がぽつりと漏らした。
「結婚ができないうちらにとっては、同棲ってほぼほぼ新婚生活みたいなもんだと思うんだよね」
子供は作れない、結婚も法律では認められていない。
入居の条件が厳しかったり制度を利用できないというデメリットはあるものの、それを除けば共に暮らすという事実は確かに変わらない。
「今までも、半同棲みたいな形ではあったけど」
「何度も泊まってたしねー」
でも、楽しみにしてた。ちょっとの期間だけど、一緒に暮らせるわけだから。
口元を緩めてふへへへとこぼしながら、彼女が膝の上で笑う。
釣られて笑いつつ、額を撫でていると。
「むむー」
唐突に、彼女が身体を起こした。
眠そうに立ち上がって、コートをまたハンガーへとかけていく。
「補充できた。がんばる」
そう言って、またテーブルの上の問題集とにらめっこを始めた。
無理をせず寝てもいいと促すと。
「一緒に暮らすって、悪いとこも見えてくるってことだし。がっかりされたくないから」
目薬を指して眠気覚ましのコーヒーを煽り、必死に問題を解く様は私への見栄もあるのだろうが。
頑張っている姿は、こちらもやる気が湧いてくるというものだ。
「そうだ。じゃあ」
ページの端まで解けたら、何か褒美をあげようか。
宿題を終わったらゲームやってもいいと子供のやる気を上げるごとく、切り出してみる。
「いいんですか」
わかり易すぎるほどに彼女の口から笑みがこぼれた。
現実的な範囲でなと釘を刺すと。
「抱っこ、してほしい。そんだけ」
恥ずかしそうにぽつりとつぶやくと、また問題集へと目を落としシャーペンを走らせ始める。
「……いいのか? そんな簡単なもので」
「いや結構恥ずかしいぜ。いい歳した人が抱っこーとかせがむって」
それもそうか。
確かに、寝落ちしたときや腰を抜かしたときに抱え上げたことはあったものの、意識がしっかりした状態でしたことはなかったか。
「ちなみに、あんたは何かある? あたしばっかじゃ不公平だし」
さりげなく気を回してくれるのはありがたい。
しかし叶えたいことか。この間の誕生日のように負担を強いるわけにもいかないし。
そうだ。
「初詣。この後で」
まだ大晦日にすらなってないよと私の曜日感覚を心配し始めた彼女へと、正月は激混みになるから事前に参拝しておきたいと述べる。
本当の正月には、露店をめぐるくらいでいいかなと。
「ああ、なるほど。フライング初詣か」
「……悪い。聞くの忘れた。キリスト教だったな、そういえば」
「ノンクリスチャンだから関係ないかな。親と毎年行ってたし。なんなら除夜の鐘も。京都も行ったことあるよ」
心が広い親御さんである。
あの神社は関東最古の大社と謳われることもあり、町おこしで成功を収めたことも相まって正月は尋常でないほどに混み合う。
いくら駐車スペースを拡大しても、三ヶ日は地元民でない限りは近づくことすらままならないと聞いている。
一度だけでいいから、行ってみたいと思っていたのだ。
「頑張れ。私も頑張る」
背中を叩いて、お互い勉強へと集中する。
ささやかなご褒美を燃料に、黙々と頭に叩き込んでいく。
それから、正午を少し過ぎた頃。
「おわたー」
私より10分ほど経ってから、彼女がシャーペンを置いた。
見事に解答欄を埋めてあり、計算の痕もそこかしこにある。
「お疲れ様」
言うが早いか、私は背後に回って彼女の身体を持ち上げた。
お姫様抱っこの体勢で。
筋トレで鍛えているのにも関わらず、肩にかかる重みはそれほどでもない。華奢な身体だと思う。
肩と首の後ろに腕を回して、彼女がわーいと子供のようにはしゃぎだした。
「さすが元柔道家。何人も背負ってきただけあるね」
「あの人達の重さとは比べ物にならないよ」
「でもなんか介護の運搬みたいだね。このポーズって」
ロマンのないことを言うんじゃない。
「結婚はできないけどさ。写真は撮ってみたいかな。お揃いのドレスで。ブーケとか持ってさ」
「……私はドレスは遠慮しておくよ」
「そう? 足長いから似合いそうなのに」
いつか撮ろうと約束を交わして、なんとなく抱えたまま部屋を一周する。
「じゃあ、次はあんたの番だね」
テーブルの上の問題集を片付けて、軽く昼食を摂って、身なりを整える。
やりたいという彼女の申し出に甘えて、今日は化粧も施してもらった。
「うん。今日も素敵」
お世辞を軽く流して、最後に戸締まりと火元を確認して玄関へと向かう。
少し早めの参拝へと、私達は出発した。
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