【B視点】バスルームの秘め事◆

・SideB


 感度って、体温にももちろん影響する。


 寒い中ほっぺにぴとっとやられたら、ぎゃーやめろーって叫びたくなるよね。

 女子同士のボディータッチって基本、不意打ちじゃん。冬に限ってよくやられた。


 だからああいうのマジ勘弁だったんだけど、あいつと肉体的な接触が増えて気づいた。


 双方あったまってるときに触られるのは、弱いとこでも嫌じゃない。

 同意の上で、触ってほしい人にされてるってのが大きいだろうけどね。


 でもこの季節は、部屋にいても寒い。

 あったまってムードまで火がつくのに時間がかかる。


 てなわけで、あたしはぬくぬくくつろげるお風呂場はどうかと提案した。

 ここならすぐに洗えるし、色々すっきりして出られて気持ちよく眠りにつける。色々。


 二重の意味での濡れ場だね、これ。



「さっき帰ってきたばっかとか言ったけど、あれ嘘。ごめん」

 そう、あたしはちょっと前に帰ってあらかじめシャワーを浴びていた。


 理由は、髪洗うのにめっちゃ時間がかかるから。

 30分以上は要する。乾かす時間とヘアケアも入れると一時間はゆうに。


 そんな長い間待ってもらったら、せっかくのムードも冷めちゃうからね。

 面倒ごとはさっさと済ませてお膳立てしておかないと。


「どうりで体温が高いなと」

 あいつが納得したように頷いた。

 髪も乾かしておかないと風邪引くぞ、とさりげなく指摘される。


 髪は、まあ、またこれから入るわけだから。


 濡れたまま放置してると、頭皮にはよくないんだけどね。

 さすがに乾かすまで待ってもらうとなると、残業長すぎないかと怪しまれるからね。


「てわけで、先入ってきなよ。きりのいいところであたしも入るから」

 裸を見られるのが恥ずかしいってことは聞いてるから、あらかじめ湯浴み着を着ていいよと言ってある。


 ほんとは身体とか洗ってあげたかったけど、そこは全力で拒否られたので。


「わかった。その時は声をかける」

 少しだけ間を置いて、小声で頭あたりだったらいいよと言われた。

 どうやら、洗うポイントを譲歩してくれたらしい。


「あんまり、髪が冷えたままで待たせるわけにもいかないから」

 ああ、そこ気にしてるのか。

 さりげなく気遣ってくれるじゃないの。


「じゃ、ちょっとの間だね」

「すぐ終わると思う」


 脱衣所にあいつが消えていくのを見送って、あたしも準備に取り掛かる。


 何を? 指南書の暗記を。

 風呂場にスマホはあんま持ち込みたくないので。



 注意点、のぼせ防止のためお湯の温度はぬるめに。

 40度前後を。寒くなってきたら追い焚きを。


 汗もかくから、貧血防止に水分補給を。ペットボトルを忘れずに。

 風呂場自体を温めておくこと……はさっきまであたしが入ってたからクリアはしてるか。



 やがて10分くらいで、あいつからどうぞと声がかかった。

 服を脱いで、あたしはある姿で脱衣所へと向かっていった。



「…………」

 風呂場に入ってきたあたしを見て、その格好はどうした? とあいつが聞いてくる。


 や、前温泉行った時に終始どぎまぎしてたじゃん。

 だからあたしなりに隠したつもりだったんだけど。


「なるべく服っぽいやつにしてみた」

 あたしが着ているのは水着だった。

 クリスマスに水着とか、季節外れにもほどがあるよね。


 ひらひらのオフショルダータイプで、ミニスカとへそ出しの露出はあるものの。

 一見すると、バカンスにいそうなギャルにしか見えない。


「これならじっくり見れる?」

 スカートの端をちょっとつまんで上目遣いで見上げると、あいつは微妙に目をそらしつつ感想を述べた。


「……素材がいいから。いいと、思う」

「本音は?」

「素材がいいから、却って色っぽい」


 おい。

 好意的に捉えれば、何着ても似合うってことなんだろうけど。

 いやらしい意味も含めて。


 ま、首ごとそむけないぶんよしとしましょう。

 ぶっちゃけるとあたしも、温泉のときはなんでもなかったのに意識しちゃってるからね。


 むき出しの腕とか、鍛えてんだなあって感じの肩幅とか。

 抱きしめられたいなあ。

 ってなんか本能的に求めてしまいそうになる。



「ちゃんと目はつぶってね」

 屈んで頭を垂れるあいつの背後に周って、あたしはぬるめのシャワーを浴びせていく。


 こうして洗うの、初めてのはずなのに初めてじゃないような気がするんだよ。

 いつかやってあげてたような。

 いつだっけ?


 シャンプーをしっかり泡立てて、もこもこの両手であたしはまんべんなく頭全体になじませていく。


 髪、短いってほんとやりやすいよねえ。

 あたしは髪の量多いから、一回のプッシュじゃ絶対地肌まで届かんし。


「おかゆいところはございませんかー」

 定番の台詞を放って、地肌を揉むように汚れを落としていく。


 シャワーで泡を落としている時に、ふと。あいつが言いづらそうに声を上げた。


「洗ってもらっているところ悪いが」

「なにか」

「……そんなに、密着することか」


 ち、ばれたか。

 あたしは背後から洗っているのをいいことに、背中にべったり張り付くようにしてシャワーを当てていた。


 いやあ、広い背中を見ると飛びつきたくなるもので。


「当てたいのよ、ってやつ?」

 背中にダイブしたいだけでそのつもりはなかったんだけど、服越しでもあいつには分かっちゃうか。


「そんなはしたないことをするんじゃありません」

「そのはしたないことをこれからするんでしょうに」


 体全体で洗ってやるソープ嬢ほどじゃないんだからさー。

 なんかツボってしまったので、あたしはずっと笑いながら頭を洗っていた。



 無事洗いっこ(一方的)は終わったので、ようやく二人で浸かることになった。


 新しめの浴槽ではあるけど、あいつの身長では十分に足を伸ばせるほどの大きさはない。

 つまり、必然的に膝の上にあたしが乗っかる体勢となるわけで。


「重くない?」

「風呂の中であるから、そんなには」

「ちゃんと水分補給はするんだぞー」


 お互い水を飲んで、ふうと息をついたところで腕が回される。

 そのままシートベルトみたいに、お腹あたりにあいつの両手が組まれてきて。


 背中へと伝わる鼓動から、もう待てないんだなあって分かった。


「いいよ」

 静かに、そっとささやくように。

 あたしはタガを外した。


「我慢しないでね」

 腕を取って、自身の頬へと重ねる。

 擦り付けるように。


「合言葉だけ。忘れないように」

「りょーかい」


 言うが早いか、頬に当てた手がすっと動いた。

 顔の輪郭を撫でるように、ゆっくり顎をすべっていく。


「……っ」


 捉えるように。

 首元へと指があてがわれた。


 前とは違って、今日はお風呂。

 肌が湿っているから、乾いているときみたいな産毛へのぞわぞわ感は少ない。


 ただ、触れているだけ。

 なのに、時間が経つたびに身体がむずむずと、何とも言えない感覚が湧き上がってくる。


 それもそのはず。だから場所をお風呂にしたのだから。


 ぬるめのお風呂にゆっくり浸かると、体内では副交感神経の働きが活発になる。

 全身の血流がアップするため、普段より感度が上がるとか言われている。


 いざ本番ってときに、痛いのを耐える時間じゃなくするため。

 何も考えられなくなって、気持ちよさに翻弄されるだけの時間にするため。



 あれから何分経っただろう。

 頸動脈に刃物ではなく手刀が添えられているだけで、あたしはわりとぽんこつになりかけていた。


「……っ、うぅ…………」

 勝手に声が漏れていく。

 口を塞いでいるのに、余計に快楽の叫びは止まらなくて。


 ちなみに口に手を当てているのも、そのほうが色っぽく出るとか聞いて試してみたもの。

 あはーんとか大げさに出す必要はなくて、吐息であえぐのがポイントなんだとか。


「ふ、うぅ……」

 むずむずを体内で処理しきれなくなって、あたしは腕の中で無意味にもがく。


 抱擁から逃れたいわけではなく。

 勝手に身体が反応してしまうのだ。


 あいつの目から見れば、時間経過で即落ちしているあたしが映っていることだろう。


 首押さえてればいいだけなんだから、なんともまあ、お手軽といいますか。


「あうぅ」

 抑える間もなく、喉から嬌声がほとばしる。

 それまでなんのリアクションもなかったあいつから、動きがあったから。


 耳たぶに、熱さと柔らかさを感じる。

 唇で挟まれていたのだ。


 前にあいつは耳に向かってはそんなにしてこなかったけど、それは汚れるのを気にしていたから。

 だからここだと、そういうのを気にする必要がないわけで。


 つまりは、あの時からこうしたかったわけですね?


「っは、ぁぅうっ」

 抑えてても、声量がまったく意味をなさない。


 優しく吐息がかかるだけで、すでに昂ぶっている身体は勝手に跳ねる。

 びちびちと、まな板の上でもがく魚のように。


「ひゃ、ぁっ」

 小さく耳たぶが吸い上げられて、離れたところを舌でかするようになぞられた。


 ぞわわっと。

 ひときわ大きなふるえが脳天からつま先までを貫いて、あたしはぐんと背中をしならせる。


 自分のものとは思えないくらい、身体ががっくがくに震えている。

 水面が揺れて、息ができるのに溺れていくみたいで。


 感度の深さを物語るみたいに、バスタブから激しくお湯がばしゃりと飛び散った。


 お湯はぬるいはずなのに、体の芯にともったとろ火は抜けてくれない。

 じわじわと炙られてるみたいだ。

 気が狂いそうなほどに。


 もう、主導権なんざとっくに失っていた。



 今、いったい何時だろ。

 相変わらず耳と首への責め苦は止まなくて、あたしは優しい拷問のさなかにいた。


「ん、んぐ、ふぅぅぅっ、」

 耳の外側あたりに指がかかって、中に入れない範囲で撫でくりまわされる。


 絶えずあたしの身体はぶるぶるいってるから、狙い定めるのも難しいでしょうに。

 耳への動きと連動して、首元の血管をなぞるように舌で舐めあげられる。


 前回のキスしながらさわさわとか、なんかもうあれの比じゃない。


 ただ口を抑えていい感じの声を聞かせることしか頭になくて、我慢せんでええわと放った言葉通りに、あたしは遠慮なくされるがままでいる。


「…………」

 ふと、ようやくあいつの動きが止まった。


 というか、止まったというよりは猶予をあげているだけと言いますか。


「聞かせて」


 はっきりと欲求が耳管を通っていく。


 ずっと口を塞いでいたから、ちゃんと声を出してほしいとのこと。

 あんまり手で抑えていても意味なかった気もするけどなー。


「で、でも。へんな声しか、まだ出せなくて」

 息も絶え絶えに拒否ると、いいから、と唇に指が押し当てられた。


 4本の指が顎へとかけられて、残った親指が口元に。

 そこから唇へ。もっと奥へ進もうとして。

 え、つまり。


「べ、べとべとにしちゃうんだけど。それ」

「……何のための風呂場だと」


 いや、そうだけど。

 でもこの発想はなかったんだけど。


 聞かせて、ってそういうこと?

 普通に出すよりやらしくはあるけど。遥かに。


「これだと不公平だ。何か要求があれば」


 するときはわりと大胆なのに、変なところで公平なのがあいつらしい。


「じゃ、じゃあ」

 あたしは恥を捨てた。

 突っ込んでもがもがしている間に、してほしいことを伝える。


「つけて」

 首元を指差した。

 すぼめて、強く吸い上げてと。

 よく濡らしておくとやりやすいみたいだけど、そこは十分なので。


 いちおうクリスマスなわけだから、なにか証みたいなものが欲しかった。


「め、目立つぞ。そこだと」

「……仕事中は化粧で隠すから」

「……、分かった」


 なるべく力を抜いてと、唇へと再度親指の腹が押し当てられる。

 ん、と頷いて、互いのリクエストを消化するべく事が始まった。


「ん、く、ぅ」

 舌とはまた違う、人のものが口内へとゆっくり入っていく。


 第一関節を少し潜り込ませただけだったけど、普段のあいつなら絶対しない行為のギャップにあたしはよくわからんむずむずがふくれ上がっていくのを感じていた。


「ぐ、んん、……っ」

 同時に、首元へと強い感覚が走った。


 吸着音が耳へと届いて、吸われているのが伝わってくる。

 あたしだけの身体じゃないって、物理的に証明するための。


「う、ぇ……っ、つ、じゅ、っ」

 え、何したの今?


 突っ込んでいるだけだった親指が動いて、口内をかすった。

 おかげで下品な音が漏れたんですけど。


「は、っうぅ、ちゅ、……っ」

 苦しくない範囲で、指が口内を這い回る。

 そのたびに舌がもつれて唾液があふれて、みだらな水音が漏れていく。


 変わらず首元に痕を刻み続けているあいつに、やっと言葉の意味を理解した。


 これを聞きたかったのだと。



「は…………っ、ぅ…………」

 ようやく唾液に濡れ光る親指が抜け出て、首元からも唇が離れていく。


 軽く蛇口をひねって洗うあいつを、あたしはぼーっと眺めていた。


 死にたい。

 めちゃくちゃ突っ込まれてめちゃくちゃ聞かれた。


 いやそれがお望みだったんだろうけど、普通に身体を重ねるよりもアブノーマルに偏ったメニューをこなしていたもんだからメンタルは崩壊寸前だ。


 なのに、なんだろう。これ。


 ふくれ上がったむずむずが普通胸から上へ湧き上がっていくもんなのに、さっきから下腹あたりでうずくまっていて。

 じくじくと。


 それが、嫌じゃないって認めたらおかしくなりそうで。

 なにこれ。


 考えている暇はなかった。

 次はこの前の続きをしたいと、膝に乗っていた体勢からあたしたちは向き合うことになる。


 ああ、もう、こうなったら行けるところまでお付き合いしますよ。

 もう、とっくに聖夜は終わったのだから。25日の日没と同時に。


「いいか」

「うん」


 刻まれた首元を、そっと撫でられた。

 今は誰のものであるのかを、ひと撫でで分からされていく。


 今まで我慢させていたぶんの熱は、まだ引きそうになかった。

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