【B視点】お前がサンタになるんだよ

続・SideB


 12月というのは早いもんで。

 気づけばクリスマスイブは明日に迫っていた。

 ちなみにイブってクリスマス前日だと思われがちだけど、教会暦では日没をもって日付の変り目としてるからイブ(24日の夜)はすでにクリスマス扱いなのだ。


 あたしは今週ほぼほぼバイト漬けだから、なんか新居よりもバイト先にいる時間のほうが長くなってるような。第二の故郷になりかけてる。

 稼ぎ時だからいいけどさ。



「もう今年も終わりですなあ」

 今日も今日とて、あたしは最近の密かなお楽しみタイムを満喫していた。

 もちろん、ご近所の飼い猫に癒やされるため。


 登校時と帰宅時は、ついつい駐車場をうろうろしてしまう。不審者一歩手前レベルで。


 そして今日は運良く会うことができた。

 少額の宝くじを引き当てた気分だ。

 だいたい3日ぶりくらいかな。


「にゃおにゃおー」

 他人が聞いたらドン引き確実の猫なで声で、あたしはとても人馴れしてる茶トラの写真を撮っていた。

 酔った委員長に引いてる場合じゃなかったなこれ。


 茶トラも甘やかしてくれる人は分かってるのか、最近はあたしの近くまでとてててと小走りで近づいたら、そのままこてんとお腹を上に寝っ転がってくれるようになった。

 こやつめははは。


 朝のくそ忙しい時間にこんなことやってる場合じゃないんだけどね。

 このかわいさには変えられない。

 あいつらは人をダメにする罪深い愛玩動物だと思う。


「あー」


 どこからか子供の声がして、それにビビったのか茶トラはひゅっと頭を起こして逃げてしまった。


 まだちょっとしかもふってないのに。

 いったいどこのどなたかと、声のした方を向くと。


 いつの間にか、じっとこちらを見る視線があった。


 子供だ。たぶん幼稚園くらいの。

 指をくわえてしゃがみこんでいる。


 この時間帯に、こんな小さい子が単独行動してるのは普通じゃない。

 おまけにパジャマだし。


 あたしは何度か見たことがある。

 近くのアパートの子で、お母さんと二人暮らしっぽくて、よくこのへんをうろちょろしてる。

 放置子って言い方は失礼だけど、近いもんなんかなあ。


「ねこ……」

 その子はあたしにそれだけを言うと、恨みがましそうに顔をしかめた。


 触りたかったんだろうけど、なんでも口に入れたがる歳の子に外猫はばっちいから駄目。


「お母さんはどうしてるの?」

 あたしが聞くと、寝てると返ってきた。

 おいおい。自分で鍵開けてきたんかいな。


 とりあえずインターホンを押して、軽く注意を呼びかけることにする。

 そりゃ今は下手に子供に近づけない風潮だけれど、見て見ぬ振りはできないので。


 にしても、古いアパートだなあ。

 何年も使われてなさげな古い洗濯機が外にあるし、日当たりも悪いからなんかカビ臭いし。あたしのとことは大違い。


「……はい」

 きりっとした目鼻立ちが印象的な、お母さんらしき女性が顔を出した。


 歳はあたしとそんな離れてなさそうだけど、声ががらがらだ。

 お酒に焼けた、喉から出る声っぽい。酒気もある。


「お休みのところ、すみません。お子さんを外で見かけましたもので」

「……申し訳ありません」


 女性は本当に申し訳無さそうなかすれ声で、何度もぺこぺこと頭を下げている。

 うーん、夜勤明けだったのかなあ。

 すごく疲れてたとこを起こしちゃったみたいで、罪悪感がふくれ上がってくる。


「……今後は、ちゃんとチェーンを掛けますので」


 女性はドアを指差した。

 確かに、チェーンの位置は子供の手では届かない高さだ。

 脚立とか使われたら終わりだけど。子供の吸収力はぱないからね。


 お母さんを困らせちゃいけませんよ。

 とあたしは指を立てて、アパートを後にした。


 ふう。キチママとかの類じゃなくてよかった。

 たまにいるからね、目を離すくせにいざ他人が気にかけると逆ギレする人って。


 でも、今って子供が何かしたら二言目には『親は何してんの?』だもんね。

 子育てする人は肩身狭いわ。少子化が進むのもわかる。


 やべ、講義は完全に遅刻だわ。

 子供絡みだから仕方ないけどさ。



 夕方頃にバイトに入ると、意外すぎるゲストが訪れていた。


「おひさしぶりでーす」

 前よりも明るくなった髪の毛を揺らして、女子はあたしの両手を握ってくる。


「ミヅキじゃん。まさかエンカするとはね」

 懐かしい通名で話しかける。

 本名よりもこっちのほうが長く呼んでたせいか、しっくり来ちゃってね。


 この子は、前にうちに勤めていた子。

 あのストーカー被害に遭って辞めちゃったんだけど、転んでもタダでは起きない執念を駆使して裏で存分に動いてくれた子。


 怖かったろうに、よく来てくれたねえ。


「ちょっと髪染めた?」

「うん。ブリーチやった」


 店長も嬉しそうに会話へと混じってくる。

「急にLINE来たからびっくりしちゃったよ。私も会いたかったけどねー」


「辞めるときプチ鬱でなんもお礼言えなかったんで。やっといまトラウマ克服したんで、忙しくなるイブ前にひょっこり参上なすったわけですわ」


 女子はスタッフルームのテーブルによかったら食べてー、とでっかい箱を置いていった。


 中身は、ああこれ美味しいんだよね。

 甘さひかえめのふんわりカステラにカスタードクリームがみっちり詰まった、とある県民のソウルフードだ。


 満月をモチーフにしているからか、見た目もほわほわしてて可愛らしい。


「ありがたくゴチになります」

「どもどもー。こっちもゴチになりやす」

 女子はそう言って、客席へと戻っていった。


 ご両親らしき男女と親しげに話している。

 自撮り棒でピースサインも取っている。


 映える内装だから仕方ないよね。

 今はクリスマス仕様だし。

 遊びに来ただけじゃなく、客としても来てくれたわけか。


「そうだ、サトウちゃん。言おうと思ってたんだ」

 店長があたしに向かって手招きしてきた。


「突然で悪いんだけど。明日はサンタになってくれない?」

「はい?」

 言葉の意味を汲み取れず、あたしは聞き返す。


「ほら、サトウちゃん露店組でしょ? 客寄せって言い方は悪いけど、目立つ格好も戦略の一つだからさ」

 露店組、というのは明日店の外で臨時出店するからだ。決戦は金曜日。


 クリスマス商戦を勝ち抜くには、とにかく売りさばくこと。

 そのためにはできるだけお店の回転率を良くすることと、たくさん頼んでもらうことが重要だ。

 幸い予約席も8割くらい埋まったしね。


 でも、混んでると人は並ぶのを止めて去ってしまう。

 とくにうちの店はカフェだから相場もファミレスと比べると高めだし、ファミリー層を狙うのは難しい。


 そんなわけで、店長が急遽営業許可を得てひねり出したアイデアがこちら。

 ならお店の外に露店を構えて、売って売って売りさばけばいいじゃない、と。


 品揃えもごくシンプルに、肉まんと焼きドーナツで。

 カフェらしくないチョイスだけど。


 ケーキやチキンはコンビニで手軽に買える時代。

 きっと道を歩く人は、並ばずさっさと買い食いできるものを求めている。


 開封も簡単で、温かいものならなお良し。というわけでこの二点に決まったわけ。


 あたしが露店組に選ばれたのも……

 うん、まあ、容姿ってこういうときに有効活用するもんだからね。


 あんまり寒くないサンタガールだといいんだけど。

 夜の外気温なめてんのかってくらい、露出が高い衣装は絶対にごめんだ。萌えアニメとかによくあるやつ。


「探すの大変だったんだよ。サトウちゃん背高いし。でもきっと似合うわ」

「ありがとうございます……?」


 き、期待されてるなあ。どんなやつなんだろ。

 いちおうその場で試着して、あたしは着心地を確かめることになった。



『いろいろあって、明日は顔出しNGとなった』

『何がどうなってそうなったんだ』


 あいつからは困惑のLINEが返ってきた。そりゃそうだよね。


 百聞は一見にしかずということで、あたしはサンタ服に身を包んだ自撮り写真を添付する。


『誰だこの人』

 とでも言いたげな、考える人ポーズのスタンプが送られてきた。


 最近あいつは文字だけじゃ素っ気ないかなと気にするようになって、ちょくちょくスタンプを混ぜてくるようになった。

 たまに謎チョイスのスタンプもあって、なかなか面白いよ。


『身ぐるみ剥がせばあたしだよ』

 そう冗談めかして、改めて人生初の自撮り写真を見る。

 うーん、我ながら渋いわ。


 サンタになるとは言ったけど、着ぐるみの類だった。

 立派なお髭をたくわえた、ふとっちょの気が良さそうなイメージに近いサンタさん。


 外にいるわけだし、風邪引かせちゃ労災案件だというわけで、全身すっぽり覆えるこのタイプになった。

 確かにこれなら子供ウケ抜群だろうけど。


『あったかいし、ナンパされるよりはマシかな』

 仕方ないな、とあいつからは少し時間を置いて返ってきた。


 そっか。これだと制服姿をお披露目できないのか。

 イブの楽しみをひとつ減らしてしまった。


 と言っても決定は覆らないしなあ。

 どうしたもんか。


 あ、そうだ。


「ちといいかい」

 あたしは食事を終えて、挨拶に来たさっきの女子を呼び止めた。


 目的は一つ。

 自撮り棒を貸してもらうためだ。

 あと、慣れない自撮りのレクチャーも兼ねて。


「表情かたいなー。もっとスマイルしなよ」

「そりゃ君は慣れてんだろうけどさあ」


 セルカ棒(自撮り棒)の使い方自体は案外簡単だった。


 スマホを装着したらカメラ起動して、棒はお好みで長さ調整して、手元のボタン押してシャッター切ればいいわけだから。


 問題は映る側。


 自撮り写真とかインスタでぼへーっといつも眺めてたけど、いざ撮るとなるとくっそ恥ずかしい。

 どんだけの自己肯定感あればアップできるんだ、あれ。


「つか珍しいね。サトちゃんが自撮りしたいなんて」

「ああ、まあ、その。友達が制服見たいって言うから」

「ふーん、へー、ほー」


 あ、完全に見抜かれてる。

 この子、こういうの聡いからなあ。


「手元は写しちゃめーよ。とにかく恥捨てろー。自分を世界で一番お姫様とか思えー」

「余計恥ずかしいわ」


 とりあえず無心で、あたしはかわいいとされるポーズを取った。


 もうやけだ。

 どうせ見せるのは一人だけなんだから。

 普段なら絶対にやらない表情で、独り占めさせてあげたいからさ。


 甘く流し目にすることを意識して、小鳥のようにすぼめた唇に立てた指を添える。

『ちゅんちゅんポーズ』というやつみたい。


 こんな媚びた構図、プリクラでもやったことないわ。

 インスタ女王とか呼ばれる人たちは心臓に毛がもさもさに違いない。


「……こんなんでいいわけ?」

 自分ではまともに見れないので女子にチェックしてもらう。


「いいと思うぜー。ちょい明るさ調整はしとくけど」

 スマホを返してもらい、ほぼ無修正の写真を見てみる。


 う、うわあ。

 これ本当にあたしか。


 自分で撮ったくせに、なんか別人に見える。

 うさんくさいアダルト広告に、ハートマークの吹き出しつけてるお姉さんみたいだ。


 これ、今から送るのか。

 自撮りっていよいよもってバカップルみたいだ。


「もう帰るから。棒返してくりー」

「ご、ごめん。付き合ってくれてありがと」

「気にすんな。また来るからさー」


 引き止めてしまった女子にお礼とお詫びを言って、あたしは再びLINEの送信画面で固まった。

 

 ど、どうしよう。

 でもここで送らなかったら、しばらく見せる機会ないし。

 明日もサンタコスだし。


 ええい、とあたしは心の掛け声と共に送信ボタンを押した。

『これで元気出しなー』と付け加えて。


 そして仕事いくわと速攻で送って速攻で電源を切って速攻でタイムカードを押した。

 ごめん。



 やがて、退勤時間がやってきて。


 いつも以上に終わるのが早く感じながら帰路へとついて、でも気になってそそくさとカバンの奥に寝かせていたスマホを取り出す。

 あたしは恐る恐る電源を入れた。


 未読LINE、2件。

 そっとタップすると。


 笑顔っぽいスタンプを片っ端からずらっと並べた、言葉にできない長い羅列が広がっていた。

『また見たいな』ともちゃっかり下にある。


 普段からの印象とは考えもつかなくて、あたしはその場で盛大に吹き出した。

 口元のニマニマはしばらく治まらなかった。


 こうして、イブの日は訪れたのであった。

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