【B視点】クリスマスプレゼント
・SideB
「はい」
鈍く光る手燭をあいつに手渡す。
柄がついてるから、片手でも持てる燭台のことね。キャンドルホルダーとも言うかな。
真っ赤なロウソクと合わさると、アンティークみがあってエモいよね。
「キャンドルライト・サービス、というものか」
「そう。燭火礼拝とも言うね」
分かりやすく言うと、キリストの誕生を祝う儀式みたいなもの。
火は『世の光』と見立ててるっぽい。
「光、というのであればランプの類では駄目なのか? ロウソクでないといけない理由でもあるのかな」
お、いいとこ気づいたね。
「ロウソクってロウを削って火をともし続けるでしょ? それが命を削って救い主で在り続けたキリストの生涯に通ずるからなんだって」
「なるほど……」
といっても、信仰心のないあたしたちには雰囲気に浸かるためのうんちくとしか思えない。
あたしはクリスチャンの道は選ばなかったけど、キリスト教の神聖なムード自体は好きなので。
じゃあ、あのロウソクは? とあいつが祭壇にある燈台を指差す。
5つのロウソクがぶっ刺してあることにも、ちゃんと意味があるのだよ。
「アドベントって言うんだけどね。キリストの降誕を待ち望む期間と言いますか。12月の初めから、毎週日曜に一つずつ火をともしていくわけ。まあうちは今日に間に合わせないといかんから、11月あたりから前倒しでやってるけど」
教会にまで、商戦の影響が出てきてるのは時代を感じるね。
第1週目は、予言のキャンドル。
第2週目は、天使のキャンドル。
第3週目には、羊飼いのキャンドル。
第4週目では、ベツレヘムのキャンドル。ってそれぞれ意味がある。
「ああ、火がついてないものが一本残っているということは……」
「そゆこと。今日はそれに火をつけて、そこのロウソクからうちらのロウソクに火をともしていくわけ」
そうして出席者全員がロウソクを手に着席したところで、クリスマス礼拝が始まった。
「本日はご出席頂き、誠にありがとうございます。それでは我らの主、イエス・キリストの降誕を祝福し、灯した光に祈りを捧げましょう」
電気を消して、祭壇を照らすわずかな明かりだけが残される。
講壇からは、牧師さんの滔々と語り始めた声が静かな礼拝堂に響き始めた。
ちなみに牧師さんは女性。プロテスタントだと教役者は婦人も正式に認めている。
結婚も自由。そこもカトリックとは違う点かな。
火を点けて、隣から隣へと聖なる火のリレーが続いていく。
全員のロウソクに火がともったところで、みんなで祝って歌うことに。
プロテスタントってやたら賛美歌を歌うよね。礼拝中4回か5回は合唱してた。
「頌栄の539番」
と聞いてあいつがおろおろし始める。
539番つったら、普通は539ページかって思っちゃうよね。
でも、渡された賛美歌の本はそんなにページ数はない。
頌栄ってのは短い歌のこと。
だいたい礼拝の始まりと終わりに歌われる。三位一体の神をたたえるという意味で。
あたしは小さいときから何度も歌ってたから、だいたいどこに載っているかは知っている。
なので開いて差し出した。教科書を忘れた隣の席の子と分け合うように。
つか、歌詞カード作り忘れたな。うちの親。
ご新規さんに不親切でしょうに。
あめつちこぞりてー、って懐かしいフレーズを歌い終える。
あいつには歌詞だけじゃ音程わかんないだろうから、口パクか聞くだけでいいよと伝えておいた。
「天にまします、我らの父よ。願わくは御名を崇めさせたまえ。御国を来たらせたまえ。御心の天になるごとく、地にもなさせたまえ」
主の祈りを唱えたあとは、耳タコレベルで聞かされてきたイエス誕生のエピソードを聞き流しつつ、たまに立って歌う。
きよしこの夜、我をも救いし、荒野の果てに、久しく待ちにしといった定番のクリスマスっぽい賛美歌を次々と。
教会から離れてもう何年にもなるけど、意外と憶えているもんだね。
『我をも救いし』は『アメイジング・グレイス』のタイトルのほうが有名かな?
やがて説教のパートに入って、牧師さんは聖書を開いた。
今日はヨハネの福音書っぽい。
うちの教会、新約ばっかであまり旧約はやんないんだよね。
ヨブ記とか哀歌とかけっこう面白いんだけど。
「言の内に命があった。命は人間を照らす光であった」
「その光はまことの光で、世に来てすべての人を照らすのである」
「わたしを信じる者が、だれも暗闇の中にとどまることのないように。わたしは光として世に来た」
つまるところ。信じる者は救われるとか、そう言いたいお話ってとこ。
十字架刑によって人々の罪をあがなった主が天に召されて、肉体を離れたことで神となってあなたの心にいつもおりますよと。
聖書の教えでは、アダムとイヴから始まった人類は等しく罪人だから。
あたしもなかなかの罪人というか背教者だよねー。
親にも秘密で、ノンケから口説いた子とムード目的で神の御前にいるんだから。
でもまあ。教団は許さなくても神様はお許しになるんだっけ? そのために十字架に掛かったんだからさ。
なんてうちの親に言ったら絶句するだろうな。
「仰ぎ願わくは。主イエス・キリストの恵み、父なる神の愛、聖霊の親しき交わりが、会衆一同と限りなく共にあらんことを」
「アーメン」
集会の最後。牧師さんが両手を広げて祝祷を唱えた。
最後の挨拶代わりの、祝福の祈りとも言うかな。
いつも同じ言葉だから、あたしもなんとなくそらんじるようになっちゃったよ。
「お疲れ様でしたー」
礼拝後は、厳かな雰囲気とは打って変わって和気あいあいとした談笑が繰り広げられる。
みんな穏やかで気さくな人たちなんだよね。
ご飯も作ってきてくれた人がいたのでみんなで頂いた。あえてケーキやチキンは避けて和食オンリーってのも気が利いてると思う。
「それにしても、若い子が来てくれて嬉しいわぁ」
あいつは人見知りだけど年配さんの場合はその限りでもないのか、終始照れながら会話に応じていた。
そんなに長くいたつもりはなかったんだけど、教会を出たときには夜の7時を回っていた。
ここは親の好意に甘えて、家まで送ってもらうことにする。
あいつも気を利かせたのか、『積もる話もあるだろうから車内で交わすといい。私は寝ている』と言ってくれた。
そういや、目的としてはそっちもあったね。
クリスマス礼拝については、『歌うまいな』と褒めてくれたことに密かな嬉しみを感じていた。
や、内容ほっとんどわからんかったろうから苦し紛れの感想かもしれないけど。
「あの子、高校時代からのお友達だっけ?」
「そだけど」
助手席にいる母さんが珍しく、あいつのことを持ち出した。
確かに、あたしはこれまで友達を親に紹介したことなんて小学生以降は稀だったけど。
「仲いいんだなあ」
父さんまで会話で冷やかしてくるもんだから、あたしはむずがゆい居心地になってくる。
「どしたわけ、急に」
「だって、ここまで長く続いてる関係って初めてじゃない? 大学だって違うのに」
まあ、普通はそうか。
大学で別々になったら縁はどんどん薄れていくもんだし。
実際、うちら生涯親友ーだなんてプリクラ撮った女子連中とは、もう名前すら憶えてない。
女の友情は時にハムより薄い。
「信者さん以外はつまんないであろう教会にまで来てくれてねぇ」
いいのかクリスチャン。つまんないとか言って。
「今どき珍しく、まじめでいい子だと思うよ。大切にしなさい」
「言われなくても」
一生大事にいたしますので。あなた方の目の届かないところで。
「あ、ここで降ろしてくれる」
あたしはバイト先の隣、大型商業施設の前で車を停めるように言った。
どうせならここで買ってこようと思ったのだ。9時で閉まっちゃう前に。
あいつもいるわけだしね。
「じゃあ、来たくなったらいつでも待ってるよ」
「インフルとノロには気をつけなさいねー」
親に手を振って、眠そうに目をこするあいつの背中を叩く。
何か買うものでもあるのか? と聞いてきたあいつに向かって、あたしはふふんと胸を張った。
「クリスマスプレゼント。何がいい?」
すっかりクリスマスムード一色に染まったモール内を、二人でうろつく。
平日なのに中はそれなりに混んでいて、休息用に置かれているソファーはほぼ人で埋まっている。
けっこう暖房も効いてるから暑くなってきた。
あたしたちは3階の日用品店に来ていた。
目的はあいつの希望通り、歯磨きセットを買うため。
「二人で集めていこう、と前に約束したから」
ああ、誕生日のときか。
「いつでも買えるけど、それがプレゼントでいいの?」
「なんでもないものでいいと思うんだ。アクセサリーとか凝ったものよりも、日常にあるもので」
そうだよね。いずれは一緒になるわけだから。
使わない贈り物を貰ってそのままってこと、あるあるだしね。
二人でどんなものを買おうか吟味して、よりすぐりの商品棚を眺めていく。
最終的に持ち運びしやすいタイプに決まった。
旅行時にも重宝する、ハードケースに入ったコンパクトなやつだ。
そこのチョイスはあいつらしいと言うか。
お値段もワンコイン内。本当にこれでいいのかな?
「ありがとうございましたー」
プレゼント用と言って、きれいな包装紙に包んでもらった。
大事そうにカバンにしまうあいつが、次はあたしの番だとプレゼントを聞いてくる。
それなら、あたしも決まっているものがあるのだ。
「なんか、選んでもらってばかりで悪いな……」
「いいんだよ。これほんと効くんだから」
選んだのは、同じく日用品。そしてあたしが勧めたのはあいつ用の枕だ。
枕が一つしかないと地味に不便だしね。
それに在宅ワークを始めたと聞いて、少しでも疲れをほぐすものを与えたいと思ったのだ。
安眠の条件は、寝返りを打ちやすいもの。
首から後頭部へのフィット感がいいもの。
すぐに形崩れしないもの。
というわけで、選ばれたのはウレタンフォームの低反発枕でした。
首元の安定を意識して、ゆるくS字型のカーブを描くものにした。
PC使うとストレートネックが心配になるから、これで快適な睡眠をサポートできればいいんだけど。
「当店はいつでもご利用をお待ちしておりますよ」
大きい袋に包まれたそれを抱きしめるように抱えて、あたしはうきうき顔でモール内を歩く。
帰ったらベッドに並べたいけど、うっかり使っちゃったら悪いから押入れに入れておこう。
大事なお客様用だからね。
「…………」
とある売り場に差し掛かったときに、あいつがさり気なくコートの袖をつまんできた。
なんだろう、一体。こういうアプローチは珍しいな。
足を止めて、聞いてみる。
「い、いつかの話だが」
こういったものをいずれ贈りたいと、あいつが控えめに売り場を指した。
背後に隠れていたお店だ。そっと覗き込む。
「ここって……」
ジュエリーコーナーだった。
もちろん、今のあたしたちではおいそれと手が出る額のシロモノではない。
もっと大人になってから出直してきなさいと、ショーウィンドウに並ぶ物言わぬ輝きたちが相応の値札と共に語っているようで。
「今から頑張って貯めている。その時二人で、また来よう」
「じゃあ、それに備えてサイズも測っておこうよ」
あんた一人に買わせるわけにもいかないので。
サイズは疲れや季節とかのむくみで簡単に変動するからね。
そのために体型と健康も維持していかないと。
少しずつ、少しずつ。
あたしたちはまだ、始まったばかりだから。
いつか絶対また来るからなと二人で遠巻きに眺めて、あたしたちは少し早めのプレゼント選びを終えたのであった。
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