クリスマス編・当日まで
【B視点】聖夜の過ごし方
・SideB
「クリスマスは当店にお越しください」
開店前。
店長から珍しくミーティングあるっていうので事務所に集まったら、開口一番にこう言われた。シフト表をぺしぺし叩きながら。
つまり、よっぽどの事情がなければクリスマス(イブ含む)はシフト強制ということ。
遊びたかったのか、若い子たちからはブーイングの嵐だ。
「ごめんね。稼ぎ時だからどうしても人が必要で」
今年は確かに、イブとクリスマスが金土って続いてるから絶好の年だよね。
お隣のモールは、明けた日曜にも年末商戦が期待できるからって張り切っててさ。
売り場がクリスマス系と年越し蕎麦と鏡餅のカオス状態だし。
ケーキ買ってくるからと申し訳なさそうに店長が交渉するけど、なかなか不満の声は止まない。
サービス業ってこんなもんだと思うんだけど。
土日祝出れます言っておきながら、いざ採用されるとシフト休み希望で土日祝に入れるやつのなんと多いことか。
……でも、あたしも最近はちょいちょい休み入れるようになっちゃったからなあ。
プライベート優先で。
なんで人のことは言えない。
「店長はその週5連勤っすよ。翌週は金土日から連続で6連勤。そこ考えたらどうっすか」
終止符を打ったのは、男子高校生の鶴の一声だった。
店長は優しいけど甘いところもあるから、ぶーぶー言ってればなんだかんだで折れてしまう。
こういうとき、目上だろうがびしっと言えるこの子の存在は頼もしいと思う。
「稼ぐ日でしょう、クリスマスなんて。それに出かけるにしてもどこも激混みだから、ろくに遊べやしませんよ」
「…………」
気まずい沈黙が流れていく。
店長が大変なことは知っている。クリスマスが思ったように遊べないことも知っている。
だけど年下にいいように言われて、かついくら働いても時間給は一緒なのだから割に合わない。
そういう空気だった。
でも、店長が慕われてるのは何も優しいからだけじゃない。
男子がムチなら、店長はアメをさりげなく添える。
その手のフォローに長けたお方なのだ。
「じゃあ、こうしよう。24日と25日。この二日間だけ時給アップするよ。1500円でどうかな?」
うちの時給は1200円だから、300円アップはけっこうなお値段となる。
加えてケーキもタダ食いとなれば、買う手間が省けるんだから悪くない条件だ。
クリスマスだからって足元見て、値段釣り上げるとこあるからね。
「さらにダメ押しで、イブかクリスマスに6時間以上出勤した人には手当つけちゃう。3000円で。これでどうだっ」
もうやぶれかぶれだ店長。
費用はかかるけど、それでもシフトに穴が空いて仕事回らないよりはマシなのかな。
現金だけど、気持ちよく相手に動いてもらうには相応の報酬をぶら下げる必要があるから。
「い、いいですよ店長。わたしたちも苦労を知らないで甘えすぎました。むしろ店長のぶんもばりばり働きますんで」
なんだかんだでみんなお金が欲しいのは一緒だから、シフト表はすぐに埋まった。
しかしこれ、報酬に目がくらんでるから気づきづらいけど、当日大して来なかったらどうすんだろ。
人件費で赤字になっちゃうわ。
「うん。だからご家族やご友人がクリスマスパーティー開くつもりならぜひうちでって宣伝してくれるかな? まだ予約席の枠はあるからさ」
売れ残りのクリスマスケーキを買わされるコンビニ店員になった気分だ。
ノルマを本気で設けたりはしないだろうけどね。
ほんと、うちが持ちビルの店舗でよかったよ。
そんなわけで、本日の業務もギスることなく終了。
今日は夕方までのシフトだから、久々に明るいうちに帰れた。
せっかくの休日だしクリスマスの報告も兼ねてあいつのとこ行くか迷ったけど、今は在宅の仕事中。また夜に連絡する予定だ。
あたしも仕事帰りで、ちょっと家でゆっくりしたかったしね。
駅前に続く大通りを横切ると。
真新しく白い壁がまぶしい、新しき我が家が見えてきた。
はー。きれいなお家に帰れるっていいよね。設備もセキュリティも万全だし。
これからは年末年始ものびのび過ごせるのかあ。夢が膨らむよね。
駐輪場にバイクを停めて、二階にあるあたしの部屋に向かおうとすると。
「おや」
なぁおと声がして、振り向くと茶色い猫がとことこ近づいてくるのが見えた。
この近くで飼われているらしく、毛並みはつやつや。
体もふくふく丸っこくて、目やにもない。
耳がちょんぎられているのは、去勢済みというしるし。
比較的キレイな首輪がついてるから、ちゃんと帰る家もあると分かる。
野良から飼い猫になったのかな?
「お前、ほんとひとなつこいねえ」
動物相手だと独り言が出てしまう。
昔ネコ飼ってたからかなあ。
猫はあたしの足元まで来ると、体をすりすりこすりつけてころんとアスファルトに寝っ転がった。
白くてふかふかのお腹があらわになる。
完全に誘っている。
抱っこもさせてくれるし、お腹までごろごろ言って撫でさせてくれるのだ。
初対面から触らせてくれるネコってのは激レアだよね。
きっとこの人たらしを利用して、餌をねだってきたに違いない。
……ってかわいいとこしか見てなくて、撫でてたまに餌もやってるだけって残酷な仕打ちだと思うけどね。
地域猫だなんだ言ってかわいがってろうが、そんだけ大事なら保護団体に連絡するか家に上げて面倒見なさいよって話だし。
人なつこさにこの子の苦労が垣間見えて、切ない気持ちになっていく。
「今日はお嫁さんはいないの?」
お嫁さん、というのはこの子といつも一緒にいるメス猫のことだ。こっちはオス。
よく一緒に丸まっているとこを見る。
つがいなんだとすぐに分かった。
一緒に寄り添ってあっためあってたから、拾われるまで越冬できたんかなあ。
ここはめったに雪降らないのもあるだろうけど。
しばらくお腹をさすっていると、お嫁さんである黒い縞模様の子がひゅっと横切っていった。
つられるようにオス猫も走っていってしまう。餌食べよって呼びにきたのかな。
残念ながら、お嫁さんは警戒心がすごく強くて近づけさせてすらもらえない。
いや本来ネコってそういう生き物だけどさ。
「というわけで、クリスマスはごめん。どっかでリスケする」
日が暮れて、あいつに電話をかけた。
今日は遊びに行くことは自重。バイトで疲れてるだろうしね。
『いや、大丈夫だよ。サービス業だしな』
ちなみにあいつはイブに家族と過ごすとのこと。
正月に帰る予定はないため、代わりにクリスマスにしたのだとか。
「え、年末年始帰らないの?」
家族仲はいいみたいだし、お盆は帰省してたんだから正月もそうなるんじゃないかなって思ったんだけど。
『…………』
長い溜息のあと、あいつからはなぜそこは鈍いんだ、と苦笑まじりに返ってきた。
……あ、もしかして。
『クリスマスは無理だと分かっていたから、三が日は一緒に過ごしたいなと』
あー、そっか。そうだよね。
休み重なるの、もうそこくらいしかないもんなあ。
気づかなかったあたしも、我ながらにぶちんだ。
『あ、で、でも。もし家族との予約が入ってたら。もちろんそっち優先でいい。悪い、何も聞かないで勝手に進めて』
さりげなく独占してくれるのは悪いことじゃないと思うよ?
あたしからは親に帰ってこいとはぜんぜん言われてないし。
「うん、いいよ。一緒にだらだらしよう」
あ、そうだ。
どうせ家族と過ごすなら、いいクリスマス会場の提案がある。
「実はうちの店、クリスマスの予約受け付けてるんだけどさ。よかったらどう? 無理にとは言わないけど」
それなら、間接的に会うこともできる。
あいつからはじゃあ行こうかな、と快く返ってきた。
店長からは冷やかされそうだけど、客寄せしてんだしwin-win。
会いたいものは会いたいのだ。
あいつにはまた制服姿を見せたかったし。
……あと、これはたった今思いついた用事だけど。
どうだろう。どんな返事がくるかな。
「あのさ、」
『?』
「親御さんが泊まるのって二日とも?」
『いや。イブだけだが……』
それなら都合がいい。
あたしはしどろもどろになりつつ、切り出した。
「クリスマス。日中は無理だけど、夜なら空いてるから。空けます」
聖夜だからね。うん。
深い意味は、もちろんある。
『…………』
あいつはこんなに早く二回目のお誘いが来るとは思ってなかったのか、しばし照れを噛み殺すように沈黙していた。
『その、次の日は日曜だったか。仕事は』
「休みだよ。いや出てもよかったんだけど、二日連続でフル勤務だから休み入れられた」
そこは、やっぱ店長に感謝しないとなあ。
もしかしたらあいつとの時間を作ってくれたのかもしれないけど。
『分かった。待ってる』
短い一言だけど、力強い言い切り方だ。
期待、してるんだろう。
「ん、いい夜にしましょう」
約束事を交わして、通話を切る。
……思った以上に胸がどきどきしている。誘うって当たり前だけど、気力めっちゃ使うなあ。
あ、年末年始帰らないならあたしもどっかで親に顔を見せておいたほうがいいのか。
じゃあ、高校くらいから行かなくなったあれとかいいかな。
久々に参加するかなあ。
確か来週だったよね。
その日はシフトも入ってなかったはず。
クリスマス当日は予定が入ってる人もいるから、前倒しで毎年開催しているのだ。
どうせならあいつも誘ってみるかーと、あたしはLINEを起動する。
『言い忘れた 来週クリスマス会あるんだけど参加する? 夜から』
『構わないが ホームパーティーか何かか』
クリスマスだからある意味主役の会場なんだけど、日本人はあまり行かない場所だ。
『ううん 教会』
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