【B視点】水面下の修羅場(前編)

・SideB


 たった一年しか経ってないのに、あたしはすっかり忘れていた。

 文化祭中の廊下はめっちゃ混むってことを。


『家庭科部の手作りお菓子、体育館通路で好評販売中でーす』

『よりすぐりの駄菓子を取り揃えてまーす。まだの方はぜひぜひ我が2年3組までお越しくださーい』

『12時から、体育館で演劇部によるミュージカルがはじまりまーす。ランチタイムとご一緒しませんかー』


 なんつーかもう、カオス状態。

 看板持って勧誘に回る子、新歓みたいにビラ配りしまくってる子、キグルミ姿で子供と記念撮影する子、スマホに耳当てて待ち合わせに苦労している子、なんかのコスプレ姿でうろつく集団、見回りの教師と警備員、固まって話し込む保護者一同。


 満員電車並みの人だかりを、あいつに腕を引かれてお互いよたよたと歩く。

 あんまり人が多いもんだから、どこになんのクラスがあったか記憶がまるで機能していない。

 とりあえずパンフで現在地を確認するため、あたしたちは適当な教室に逃げ込んだ。



「人酔いしてない?」

「大丈夫」

 あいつは、暑そうにインナーの襟元をつまんで前後に振っている。

 さいわい適当に入った教室は冷房が効いていて、しばらくここに留まってるのもいいかなーと思った。


「ああ、ここか」

 文化祭用に飾り付けられてるので一瞬どこの教室かわかんなかったけど、エアコンがついてる部屋つったらここではだいぶ絞られてくる。


 パソコンルームだ。

 絨毯の床と独特の機械臭? が立ち込めている空気が懐かしい。

 うちの高校、いくら公立つったって未だに教室にエアコンないんだよ?

 申し訳程度に天井の四隅に扇風機ついてんだよ? やばくね?


 入り口のでかいポスターには『アニ研 自主制作アニメーション会場』と書かれてある。

 てっきり、中央にどでかいスクリーン置いて映画っぽく上映するのかと思った。

 けど、他の生徒を見るに好きな席に座ってヘッドホンつけて、個人で楽しむやり方にしてるっぽい。

 時間は最長30分まで。納涼族として居座られても困るからね。


「お二人様でご利用でしょうか」

 入り口でたむろしていたあたしたちに、”アニ研副部長”の腕章をつけた男子生徒が近づいてきた。

 涼みに入っちゃっただけだったけど、せっかくなので観ていくことにした。


「席は別々にいたしますか? それともご一緒に観覧されますか?」

「じゃ、後者で」


 どっからか椅子を引いてきてくれたので、あたしたちは一つのパソコンの前に二人で腰掛けた。

 ヘッドホンをかけて、あいつにも分配器で延長したヘッドホン渡して、画面いっぱいに表示されている停止中の動画に注目する。


 二人で見るんだから、てっきりイヤホン半分こかなって思ってたんだけどね。

 衛生的にできないか。残念。


 あらすじは一切見てないけど、事前知識0でもいけるでしょ。一般公開されてんだから。

 あたしは再生ボタンをクリックした。



「…………」

 約5分間にわたるアニメ鑑賞が終わった。

 うん、なんて言えばいいんだろう。一言で締めるならシュール?


 アニメ自体はなめらかに動いてたし、合間合間に謎のバトル(爆発・爆走・やたらモーションに凝ったパンチやキック)が挟まれるからテンポはよかったと思うよ。


 声はクラス内で募ったらしく、全員見事な棒読みだったのも笑いを誘ってたしね。

 ストーリーは無茶苦茶すぎてなんか全員戦ってるだけの印象で終わっちゃったけど。

 アニメ作ってる学生だと戦闘描写だけやたら細かいのはあるあるなんかな?


「どうだった?」

 いつも通りの仏頂面で、隣に座るあいつに一言聞いてみる。

「アニメーター目指せるんじゃないのか、この人。一人でここまで描けて、ここまで動かせるって」

 内容に言及していないのは、ある意味優しさなのか。


 数年後、この子たちはどこへ行くんだろうなあ。

 アニメーターは需要の割に待遇が悪いから、未来の金の卵のためにももうちょい何とかなってほしいよね。

 経済動かすってわかってからは、メディアもばんばん推すようになってきたんだから。


 十分に涼んだので席を立って、あたしたちは騒がしい廊下へと戻った。



 次にあたしたちが向かったのは、家庭科部が販売している手作りお菓子のコーナー。毎年人気すごいんだよね。

 体育館通路だから、部外者が場所が分からずその間に完売しちゃうのもデフォ。


 人混みとナンパをかき分けてやっとたどり着いたときは、目玉商品のマフィンはすでに売り切れていた。ちぇー。

 クッキーやベーグルも残りわずかだったので、あわてて商品を手に取ってレジまで持っていく。


 買ったらすぐに食べたかったので、体育館裏に移動する。

 ここは日陰で竹林が隣接してるから、小休止には穴場のスポットだ。

 まあ在校生には周知されてるから、けっこう人が溜まってたけどね。


「思ったんだが」

 紅茶味のベーグルをかじりながら、あいつがパンフに目を通しつつ言った。


「飲食店はほとんど出ていないんだな。確か在学中は、チョコバナナとか焼きそばとかがあったはずだが」

「それ、学食内での限定メニューだったと思う」

 合点がいったように、あいつがああ、と短く頷いた。


「まだ9月だしねー。暑いし万一食中毒とか起きたらやばいし。調理室使える家庭科部ならともかく、素人の手作りは禁止されてんじゃないかな」

「だから、飲食販売のクラスもペットボトルやアイスやお菓子といった、調理をしない商品の転売ばかりだったのか」

「原価も安いしね。客からしても安心だろうし」


 漫画やアニメだとメイド喫茶&執事カフェはベタなんだけどなー。

 お金かけられる私立はともかく、公立でそれやろうと思ったら衣装代や材料費が半端ないことになるから。

 火を扱えない学校も多いし。検便あるし。いろいろ制約まみれなのですよ。


 にしても、未だ元クラスメイトと一切すれ違ってないとはどういうことやら。

 もしかして、あたしが気づいてないだけとか? 大学デビューして別人に変わったとかで。

 そう言ったら、あたしやあいつも似たようなもんだけど。



「次どうする?」

 食べ終わったところで、あたしは聞いてみた。

 時間はお昼を過ぎたとこだけど、さっき食ったばかりだからお腹はいっぱいだ。

 学食は席埋まってるだろうから、どのみち今は無理か。


「私用で悪いが……」

 あいつは少し気まずそうな口ぶりで、スマホを見せてきた。

 来校したとの知らせを受けて、顧問や部員たちが今道場に集まってるっぽい。

 待ってるからおいでとメッセージが届いている。


「うん、いいよ。いってらっしゃい」

 さすがに、人の部活にあたしまで顔を出すわけにはいかない。

 それ目的であいつは来てるんだしね。


「すまない。ステージの時間までには切り上げる」

 ちなみに本日の目玉である、教師一同のスペシャルイベントは14時から。あと1時間ちょっとは余裕がある。


「あたしも部員とこ行ってくるわ」

 部誌だらだら見て回るだけだけど。


「ああ。終わったら連絡する」

「おけ。じゃ、また」


 あいつとは一旦別行動を取ることになった。

 ちょっとさみしいけど、ここではあくまで友人同士で訪れただけだからね。半日くらいは我慢だ。



 というわけで、あたしは元幽霊部員として在籍していた文芸部の部室へとやってきた。


「らっしゃーせー」

 やる気なさげに見知らぬ女子が顔を上げて、それ以外の部員らしき生徒はスマホから顔を上げようともしない。

 接客する気0だ。


 相変わらずの陰キャっぷりというか。

 知らない顔ぶれだから、この子らみんな1年か?


 内装もいたってシンプル。

 長テーブルとパイプ椅子。

 漫研に頼んだ感バリバリのアニメキャラが描かれたポスター。

 コピー用紙を適当に留めただけの紙束みたいな本。

 それ以外は見事になーんにもなし。


 しゃーないよね。絵はともかく素人の文章を学生が読むかって言われたら需要少ないし。

 SNSや校内新聞で宣伝してるわけでもないし。

 漫研との盛り上がりの違いは、二次創作がOKか否かの差もあると思う。


 あたしは入学当初は帰宅部一択だったんだけど、どっかの部に在籍してないとだめってことで仕方なく”聖書研究会”に申請した。

 理由はまあ、身近にあったので。


 つっても名前があるのが奇跡なレベルでマイナーな部活だったから、あたしが入ろうとしたときは部員が足りず廃部の危機。

 そんで新たに発足された文芸部に吸収された。そんな感じの過程だ。


 今年の部誌をぺらっとめくる。

 ……うーん。これ、文芸誌って言っていいのか。

 学校行事の感想文が大半を占めていて、あとは適当な詩や俳句がちょこちょこ。

 中二全開のペンネームまみれなのは、悪い意味で変わってない。


 あたしの知ってる部誌ってのは、オリジナル小説で埋め尽くされているものだと思ってたんだけど。

 それとも、他校はわりとこんな感じなのかな?

 そんで、来年以降はこの部活存続しているのやら。


 とりあえず記念に一冊買って、あたしは気分転換に外へと出た。



 スリッパから外履きに履き替えて、昇降口をふらっと出ると。


『はーい、みなさんご注目ー。ステージの前にこちらの舞台も見てってくださいねー』

 すぐ側にいた女子がメガホンを手に突然声を張り上げたので、あたしはビビって数歩ほどざざざと後ずさりをかました。


 なんだなんだ。耳を澄ませてみると、どうやら屋上でなにかやってるらしい。

 校庭には人だかりができている。


 あたしみたいに何人かが女子に注目して、引き寄せられるようにぞろぞろ校庭に向かっていく。

 あたしもついていくことにした。


 校庭にぽつんと立った三角コーン。そこにぺらいポスターが貼り付けられていた。

 ちょっと土ぼこりにまみれているけど、字は読める。


『在校生の主張』と書いてあった。

 某番組のパロディかよ。


 じっと見ているとそのうち屋上から一人の男子生徒が現れて、でっかい声で熱弁を始めた。


『僕はー、今日どうしても言いたいことがありまーす』

 おお、言ったれ。

 周囲の喧騒がぴたっと止んで、数多の目が彼へと向けられる。


『○▲※~■☆彡……というわけで、僕は反逆するにいたりましたー』


 どういうわけだよ。

 聞き取れませーんと誰かが叫んだけど、悲しいかな。

 逆にその声は男子に聞こえなかったみたいで、滑舌の悪い男子はそのまま屋上からフェードアウトしていった。

 彼の熱き想いは届かずに終わったのでした。


 そのまま何もなかったように、次の生徒が手すりへと立つ。


『わたしは、二日前に恋をしましたー』

 期間短いなー。文化祭のカップル成立率に賭けているのかね。


『そして今日、彼と同じ時間に店番が被りましたー』

 そこである程度の候補が絞られたのか、女子のクラスらしき面子がひゅーひゅーと囃し立てる。


『でも、彼は他校から超美人の子を連れてきたんでーす』

 女子が涙声でぶちかまして、周囲からえええええと驚愕のウェーブが上がる。

 わあ、完全な憂さ晴らしですやん。


『おまけに駄菓子おまけしまくってました。お子様セットかってくらいに。カノジョだからって割引してました。無断で。誰かチベスナ顔で接客してたわたしを褒めてくださーい』


 言い切ったところで爆笑の渦が上がって、『てめごらぁぁぁ』と野太い男子の声がどこかで聞こえた。走り去っていく足音も聞こえた。

 あれはカチコミに行くんだろうな。


 それから親への反発だの教師への文句だの友人への本音だのと暴露大会が繰り広げられて、何名か過ぎた頃のことだった。


 ……あれ? 誰だっけ。

 次に登場したのは、どこかで見たことがしないわけでもない女子だった。

 部活の後輩ではないし。なんであたし既視感もってんだ?


『飛び入り参加します。私はー、どうしてもお礼を言いたい相手がいまーす』


 感謝の意の表明かな。ほのぼのパートか。


『その人はー、最初は怖い印象でしたー。でも未経験だった私を優しく指導してくれて、君ならできると励ましてくれたんでーす』


 おお、やっとほんわかして聞けるターンが来た。

 それでそれで? と急かすようにギャラリーがおおーと声を張り上げる。


『その方がいてくれたからこそ、私は高校最後の試合で悔いなく戦うことができましたー。あなたの仇は今年も取りましたのでー』


 ……ん? なんだろう。どっかで聞いたことがあるワードが今出てきたような。


『もう卒業してしまったあなたに。1年前言えなかった気持ちを、ここで思い切り伝えたいと思いまーす』


 え、まさか。

 あたしの中で、心臓の音が速くなっていく。

 時間帯的にいるわけがないと思ってたから候補から外れていたんだ。

 あの女子生徒が誰なのか。記憶が地中深くから這い上がってきて。



『ずっとずっと、今でも大好きです。心から尊敬しております』



 そして、あたしはその名前を聞いた。


 グラウンドは大歓声に包まれている。

 きっと多くの人には、先輩への感謝の気持ちを述べる理想の後輩に映っているんだろう。


 それが、遠回しな愛の告白だと気づいているのは。きっとここの会場ではあたしだけだ。

 だって、あたしはこの後輩を知っている。

 その人への想いも、ずいぶん前に知らされていたのだ。



 頭を真っ白にして立ち尽くすあたしに、後輩さんは確かに。

 あたしへと向けて、にんまりと笑みを浮かべた。

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