文化祭編
【B視点】1年ぶりの母校へ
・SideB
いろんな意味で特別となった夏休みが終わって、それから1週間くらい経った日のこと。
あたしのスマホには、数ヶ月ぶりとなる元友人からのLINEが届いた。
『今週末、高校の文化祭だけどどうする?』
あー、もうそんな時期か。
そいや夏休み後半からはずーっと準備に明け暮れてたっけ。
あたしはほぼ幽霊部員だった文芸部の準備を言い訳に教室抜け出して、部員たちと部室占拠してダベってたサボり魔だったけどさ。
連絡ぜんぜんなかったのに送ってきたということは、とりあえず片っ端から聞いて回ってんだろうけど。
『そこ、一般開放してたっけ』
『保護者や部外者は事前登録制だけど、卒業生なら名簿あるから受付すればおけ』
だから聞いてきたんだろうが。
って画面の向こうから無言の圧力が響いてきそうな質問をしてしまった。
んー、そっかー。文化祭かー。どうすっかなー。
高校は県内にあるけど、外れの場所に位置する。
なので路線はめんどくさい乗り換えが必要。
片道はたぶん、学校までの徒歩込みで1時間はかかるかね。秘境に出向く感覚だ。
アクセスが悪いこともあって、あたしの中ではいまいちモチベが上がらずにいた。元々あたしはインドア派なので。
でもなー。久々の連絡なのに行かねーって断るのもなー。
遊ぶ約束あるだけいいじゃんって贅沢な悩みだとか思われそうだけどさ。
エンジンかかるまでが長いんだよ。断るのにも神経は使うのです。
「高校の文化祭って行った?」
空きコマを図書館で潰す最中。
課題を解いていた手を止めて、あたしは近くに座る友人たちに聞いてみた。
「行かない。時間の無駄。バイトか寝るかの二択だわ」
「一年目だったら行ってもいいかなあ。先生に会いたいし。元メートと飲み会オールもできるだろうし」
「飲みたいだけじゃん」
どっちの意見もわかる。特に後者は。
大学生だと一人暮らし始まって人恋しくなるときがあるから、とりあえず飲むって予約入れがちなんだよね。
うん、知り合いとエンカ率が高い場所に行くってだけで文化祭を楽しむのは二の次だなこれ。
どうしようかうだうだ悩んでたあたしのもとに、また通知が流れてきた。
今度はあいつからだ。
なんとなく、流れ的に予想はつくけど。
『文化祭の誘いが来た』
やっぱり片っ端から送ってるのか。
わざわざ元クラスメイトをかき集めてるってことは、飲みメンの勧誘も兼ねてる可能性高いっぽいな。
しかしあいつ的にはどうなんだろう。
あたしに報告してくるあたり、あたしも行くなら行くって言ってきそうだけど。
『あんたは行く系?』
『部活の後輩たちに顔は出しておきたい』
ふむふむ。行かないと思ってただけに、意外な答えが返ってきた。
多分、インターハイとかについて久々に語り合いたいとかそんなとこだろうね。
よし、あたしも行きますか。
あたしは速攻で、『あたしも部誌は見て回るかな』と送った。
面倒さは一瞬で失せた。あいつが行くならあたしも行く、それだけだ。
恋人と、遠出する。
これってつまりデートじゃん? あたしは考えが飛躍していた。
や、母校に行くわけだからね。顔見知りばかりに出会うわけだしね。
ちゃんとそのへんは自重するよ。
高校の文化祭。
ぶっちゃけ、あたしは3年間を通して大した思い出はない。
こういう時だけパリピや意識高い陰キャが張り切りだすのも定番で、うちは妙にスケールがでかいお化け屋敷を2年連続で作らされてた。
内装にこだわりすぎてめっちゃボンド臭かった。
1年のときはみんなやる気なくて、休憩所でやり過ごそう言い出して。
教師がお前らで4クラス目だボケとブチ切れてて、仕方なく謎ポエムや謎作文やお習字の展覧会になったのは黒歴史だったなあ。
夜遅くまで残って、近くのコンビニまで買い出し行ったっけ。
他クラスも同じ考えだったのか飲食物ごっそり売り切れてて、災害時かよって友人たちと大爆笑しながら少し先の大型スーパーまで行った。2リットルのペットボトル複数抱えながら帰るのはさすがにしんどかったけど。
あとはおそろのクラT(税込1500円)作って、デ○ズニーの耳みたいなへんなカチューシャ付け合って、あたしみたいに編み込みができる子は希望する女子の髪をずーっと編んでた。
女装したごつい男子の髪も編んだ。
あいつは、1年のときは仕事割り振られず突っ立ってるだけで苦痛って言ってたな。
2年からは力仕事ができる要員って認知されるようになって、男子に混ざって重い機材や木材運ばされてたけど。
当日はあのキラキラした謎の一体感に取り込まれたくなかったので、出席取ったらあたしはてきとーにあいつと校舎ぐるぐる回って、隅の階段でずっとだらだらしてた。
教師主催のステージだけ見に行って、終わったら体育館のパイプ椅子を片付ける名目でクラスの片付けはブッチしていた。
新任の若い女の先生がノリでうちらの制服を着て、ステージで誰よりも注目浴びてたことはたぶん一生忘れない。
無理やりつきあわされたおばさんの体育教師も制服着させられてて、あれはあれでウケ狙い抜群だったからより盛り上がってたっけ。
……あれ、振り返ると意外と思い出あったりする?
補正かかってるだけかも知れないけど。時間の流れって怖いね。
そんなわけで、文化祭当日はあっという間にやってきた。
あいつとは最寄り駅で待ち合わせ。
学校に通ってるときに利用していた路線は、ちょうどあの子の住居がある最寄駅につながっている。
なので思ったより早く一緒に行動できるのは嬉しかった。
「おはよう」
集合時刻より5分ほど前にあいつはやってきた。
二人でおでかけってことを向こうも意識してるのか、家で会うときより服装は凝っている。
化粧も、ほぼあたしのやり方を完コピできたと褒めたくなるほどにはばっちり決まっていた。
モノトーンのライダースと足首まで隠れるタイトスカート。
足元はレザーのショートブーツ。
ストイックに映りすぎないように、首元をふんわり覆う白インナーを投入したことで柔らかい印象に中和されている。
背が高い人にしか似合わない服装を難なく着こなしているわけだから、スタイルはかなりいいと思うんだよね。
「どう、だろう」
「ぐー。です」
外出着にふさわしいかとおそるおそる訪ねてきたあいつに、あたしはびしっと親指と人差指で丸のかたちを作った。
「……ありがとう、」
お礼を口にしながら、あいつもあたしにちらちらと注目している。
ちなみにあたしは、あいつと会うときは甘口系のスカートが多い。
そりゃ、乙女心と言いますか。可愛いって思われたいので。
なんだけど、今日は顔見知りの目もあるわけだから媚びた服装はやめてみた。
あたしにしては珍しく、カジュアルなトータルコーディネートで通してみたわけだ。キャップ被ったの何年ぶりだろ。
一応、フィット感のあるインナーで女性的なラインを出すことは忘れないようにしてみたけどね。
「……うん、いい。新鮮で」
そう言って、あいつはあたしの真似をしようとしたのかそっと手を出した。
体の横にちょこんと。小さく親指を立てて。
「よっしゃ」
あたしは飛びつきたくなる衝動を必死に押さえた。公衆の面前だしね。
でも、腕を組むくらいなら。いいよね。
「行こ」
ひっつくあたしにあいつは一瞬驚いたけど、学校着いたらこんなふうにべたべたはできないってことで大目に見てもらえた。
「階段、のぼれない。これだと」
「ああ、そっか」
腕組みタイムはすぐに終わった。
あたしはあいつの後ろに続くように人混みに紛れて、階段を上る。
「…………」
気付かれないように、服の端をちょっとつまんだ。
なんなんだ、今日のあたし。寂しがりやにも程がないか。いくら会うの久しぶりだからって。
甘えたい、でもあまり過剰なスキンシップはできない。
デートみたいなことをしているのになんとも言えないもどかしさを抱えて、あたしたちは電車に乗った。
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