番外編
【B視点】お部屋探し
・SideB
あたし絡みの事件的なやつから、数日経った日のこと。
宣言通り、あたしは新たな物件をスマホで探していた。
犯人特定されたんだから今のアパートでもえーやんとよぎったけど、設備が。
うん、設備がねえ。大家さんはいい人なんだけど。
帰ってきて狭くてくつろぎづらい部屋が迎えてきたら、毎日の幸福度がすり減ってくじゃん?
まさかここまでコンセントが少なくて、配置の自由度が低いから好きで選んだ家具に圧迫感を覚えるとは思わなかったし。
あと、コンロ一つってのも料理しづらいからコンビニ食推進物件なのかよと突っ込みを入れてしまった。
セキュリティの面で見ても、カメラないし安心とは全く言えない。
今は内装DIY可の物件とかも増えたけどさ。まるごとリフォームまではしなくても、寝具とかは妥協しないほうがいいと思うよ。
あたしはこの高級羽根枕があるから、今まで耐えてこれたようなもんだ。
QOLのためにも、やっぱりあたしは住み替えを決意した。
あと、あいつと物理的に距離を縮めたかった。
てか、大半の理由はそれだ。
「今の住まいに不満とかある?」
あいつにそれとなく聞いてみた。
不動産屋よりも、実際にそこに住んでる人の意見を聞くほうが参考になるからね。
なのですぐ下見も出来て心強いアドバイザーがいる家に、あたしは今日も訪れていた。
「設備関連で言うなら、契約アンペアが小さい。冬場とかは電化製品を使う場合、いちいちエアコンを切らないとブレーカーが落ちそうで不便ではある」
「あー、わかるかも。実家居たときエアコンとドライヤー使ってたら頻繁に落ちたもの」
「それと、防犯面。特に若くて綺麗な女性の場合は」
あたしの場合はそれ関係でトラブルがあったばっかなので、あいつは語気を強めて言った。だから十分に気をつけろ、というニュアンスだ。
つか、君も自覚しようね?
どんな人間でも絶対安全ってのはないぞ。
「自転車も危ないんだっけ」
「倒して犯行に及んだ事例がある。車でぶつけさせて介抱した人もグルだった、とか」
「あったねえ、そんな事件。だとすると原付が無難かなあ」
ちょっと値段は張るけど、用心深く考えて損することはない。
今までは走って帰ってたけど、いつもいつも体調がいいわけじゃないしね。
「あとは実際に夜回ってみるのもいいかな。ここがそうだけど、周囲が公団だから夜間は暗いし静かだ。車道からも距離がある」
閑静な住居、ってのはメリットもデメリットもあるんだよね。
いくら駅近くても沿線通りはうるさいだろうし。
あいつが言ったように夜が暗くて静かなとこだと、犯罪率は当然跳ね上がる。
「りょ。なるべくコンビニとかの灯りがあって、2階以上で、できれば監視カメラ付のオートロック物件って感じかな」
あと、カーテンは地味なものにしろとは良く聞くね。女物だとわざわざ女の一人暮らしでーすってアピるようなもんだ。
補助鍵や覗き見防止のドアスコーププロテクターは、あとから付ける感じで。
とりあえず、条件を絞って安い順から検索。
1件目、家賃5万。駅まで徒歩15分。築25年。コンロ一つ。パス。
2件目、家賃5万ちょっと。駅まで徒歩10分。築18年。現在空き室は1階のみ。パス。
で、3件目が家賃はそれなりにするけど、1Kで良さそうな物件かなあ……
「エアコン付、二口ガスコンロ、都市ガス、フローリング、築3年、駅まで徒歩2分、テレビインターホン、オートロック、室内洗濯置、南西向き、初期費用は家賃ひと月分、現在2階と3階が選択可能……ふむ」
7万ちょっとの家賃を除けばいいんじゃないか、とあいつが頷いた。
「都心じゃないのにこんなするんだ?」
「10万近い物件に住む人もそれなりにいる。用心するに越したことはないよ」
ついでに住所をグー○ルマップに割り当てて、あいつに見せてみた。
この辺りを見たことはあるかと。
「ああ、東口の大通りか。最初の角を曲がったところだな……」
「大通りの側なら夜でも賑やかそうだし、街灯がある条件もクリアしてるってこと?」
「そうなる」
職場とあいつの家までの距離も、徒歩だと10分以内、自転車や原付だと5分以内だ。
大学までは数駅離れることになるけど、駅がすぐ近くにあるのは心強い。
うん、いいんじゃないですかね。
「じゃ、即決ー」
あたしは内見の予約をポチった。こんだけ条件良かったら、掲載からすぐ埋まっちゃいそうだからね。
オプションや仲介手数料については、見積書を見せてもらってから交渉すればいい。
もちろん、親に事前に話は通してある。被害のことも包み隠さず。
心配かけちゃったのは申し訳ないけど、住み替えには同意してくれた。多少お金かかってもいいからいいとこにしなさいと。
だから安さだけで選ぶなと叱られたりもしたけど、おっしゃる通りなので何も言えない。
このご恩は就職時にきっちり返すからね。
「内見してからが本番だが、条件は良さそうで何よりだ」
「そだねー。……にしても」
「?」
「早く来すぎたなあと」
あいつ同伴の上で、めぼしい物件を夜にちょっと見て回る。
それ想定で、物件探しに時間かかることも見込んで夕方に差し掛かる前に訪れたんだけども。
案外物件探しが早く終わっちゃったもんだから、まだ日没まで時間が余っちゃってる。
んー、どうしたもんか。このままだらだらしててもいいんだけど。
それに待ったを掛けるように、あたしの体はある命令を告げた。
「う」
「……?」
あいつが振り返る中、あたしは必死で体を丸める。
なんとか聞こえずには済んだみたいだけど。その、このタイミングで空腹を自覚しまして。しかも結構な。
空気読んでくれよ。お昼そんな空いてないからーってゼリー飲料にした報いなのか。
「……どこへ行こうとする?」
カバンを取ったあたしに、あいつが不可解そうに聞いてくる。
「そこのコンビニ」
「何故」
「お腹空いたので」
生理現象に嘘はつけず、あたしは正直に言った。
勝手知ったる人の家とはいえ、さすがに何か食っていいーなんて冷蔵庫開けるがきんちょみたいな真似はできない。
「言ってくれれば、何かこしらえるのに」
あいつは呆れたように息を吐いた。
このあたりの女子力はあたしよりも遙かに高い。
お腹空いたらどうしますか? と聞かれて大半が財布か出前用にスマホを取る中、あいつはエプロンを取る人だ。
「少し早いが、夕飯にするか」
あいつはそう言いながら、テーブルの上の物を片付け始めた。
少しどころかまだ4時を回ったとこだ。おやつにしても中途半端な時間帯なんだけど。
「や、あんたは空いてないでしょ」
「先に作っておけば、後で空いたときに温め直せばいいだけだが」
「だ、大丈夫。ご飯は決まった時間に食べよう。ついでに欲しいものあったら買ってくるからさ」
立ち上がって足早に出ていこうとすると、強い力で肩を抑えられた。
「駄目です」
いつになくドスを効かせた声で、あいつが呼び止める。
口調が変わってるときはマジモードに入ってる証拠だ。いいから言うことを聞きなさいという意味合いの。
あたしは迫力にビビりつつも、この時点では空腹がばれたことによる恥ずかしさの方が上だったのでおそるおそる抵抗しようとした。
「あの、あたしの準備不足だからね。いつもならお土産プラスアルファがデフォだけど。今日はたまたま小腹が空いたとき用の飲食類の持参を忘れただけで」
「そういう問題ではなく」
あ、こりゃあかん。逃げられんわ。
例えるなら、のらりくらりでお小言から逃げようとする子供を捕まえてお説教ターイムに入るお母さんの図と言いますか。
「住み替えでこれからお金がかかるというのに。余計な出費は見過ごせません。私のためにいちいちお金を使わなくていいので」
「はい、大人しくご馳走になります」
そう言う他なかった。
あいつの視点で考えれば、節約面でサポート出来るのがそれくらいしかないから頼ってくれということなんだと思う。
他人がお金を負担するわけにもいかないしね。
素直でよろしい。
とあいつがビビらせたことを詫びるように、ぽんと頭に手を置く。
そのままぽむぽむと頭揉むように叩き撫でてくる。
完全に子供扱いだ。
まったく、頭ぽんぽんしとけば機嫌良くなると思って。その通りだけど。
この頭から空気が抜けてくような感覚には、毎度毎度ぽわんぽわんと弾む嬉しみを感じてしまう。
あたしも大概ちょろいよね。
「そしたら、次はどうすりゃいい?」
「どうすればとは」
「手ぶらで遊びに行くというのも、気が引けるといいますか」
お土産に義務感を覚えたことなんて一度もない。
付き合うようになってからは余計に、これ美味いから食べてみて欲しいなとか一緒に食べたいなって乙女心が膨れ上がって吟味するのが楽しみになった。
……けど、そりゃあたしの自己満だし、あいつ視点じゃ貯金しろやと気を遣わせちゃうのも当たり前か。
撫でる手つきは休めず、単純でいいんだよとあいつがつぶやく。
「……お金をかけないお土産なんて、いくらでもある」
「そんなんあったっけ?」
聞き返すあたしに、あいつは無言でじっと見つめてきた。
何かに迷ってるのかちょっと瞳が泳いで、さらに距離を詰めてくる。
「つまり……こう」
ゆっくりと腕が伸びてきて、ぎこちなく抱き寄せられた。
あいつの体温がどっと流れ込んでくる。肩はガチガチでめっちゃ緊張入ってた。
前玄関先でしてくれたときは力強かったのに、意識すると照れが入っちゃうんかね。
されてる側なのに妙に母性をくすぐられて、ちょっとちょっかいを出してみたいといたずら心が湧いてしまう。
「そんなに寂しかったんだ?」
「そ、そこまでは」
強要しているわけじゃない、と弁明するあいつにあたしは顔を寄せた。
こつん、と互いのおでこがぶつかって、タバコ一本分もない距離まで詰める。
「正直に言いなさい」
頬に手を当てて、短くすっとなぞる。
たちまち火が付いたようにあいつの顔は耳まで赤く燃え広がって、やがて頭を垂れた。
肯定の合図だ。
「しょうがないなあ」
一度体を引くと、あたしは体重を預けるように抱きついた。
頭をあいつの顔の横に、手を首に回して。
ちょっと身長差があるからつま先立ちだけど。
「…………」
あいつは完全にフリーズしていた。
なんでキスがあんなに上手い人がハグでノックアウトされてるかなあ。かわいいなほんと。
「お支払いは体でなんて。強引ですねぇ」
からかうように顔の側で囁くと、さすがに過ぎたのか回された腕に力が込められた。
それから後頭部を支えるように掌が添えられて、頭を触られることに弱いあたしはだんだんとちょっかいの熱が引いていく。
というか恥ずかしさのほうが大きくなってきた。
素に戻っても、離れる気配はなくて。
「……ええと」
まさかこの体勢で寝てるわけじゃないよね。
全く応答がないあいつに、呼びかける。
「そろそろほどいてもいい?」
「まだ」
声は迷いなく返ってきた。
寝てる親の側で点いてるテレビを消そうとしたら、見てるのにーとはっきり起きてきた反応みたいだ。
まあ、いいか。今は気の済むまで密着していよう。
こんなんでいいなら、毎日やってあげてもいい。
でもそれだと特別感が薄れるか。
だから、最近してなかったぶんおあずけされてたって思わせちゃったかな。
そんなわけで、あたしたちの間にはこの日からスキンシップがちょっぴり増えたのであった。
ちなみに、手料理はどれもこれも美味しかった。
あたしは何食わされてもまいうーとしか返せなかった。
通い妻みたいなことしてんのに、胃袋をがっちり掴まれたのはあたしだったというわけか。
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