【B視点】新人戦の君

続々・SideB


 それから何ヶ月か経って、あいつの盛り習熟度が上がってきた頃。

 内訳すると二重と髪あたりね。

 あたしは近くの男子の会話からあるものが近いことを知って、ふと聞いてみた。


「新人戦っていつ?」


 あいつは自分のことはほとんど話さない。

 なので所属している部活すら知らなかったんだけど、前に運動部だと聞いてちょっと興味が湧いてきたのだ。


「10月だが……」

 いきなり何だ? という目であいつが腕を組む。

 そりゃ、非所属の人間が試合日程を聞いてくる理由はひとつしかないよ。


「観に行きたいと思って」


 気まぐれで言ってみたのもあるけど。

 友達として、大舞台は見届けたいと考えるのは普通だよね。うん。


 あいつは聞き取れないくらいの小声でぼそぼそと唸っていた。パニクってるんだと思う。

 あたしがそもそも首突っ込んでくるキャラじゃなかったもんね。そりゃそうなるわな。


「土日続けてやるから、貴重な休みが潰れてしまう」

「試合って基本土日じゃね?」

「しかし、柔道だぞ。強豪校でもない高校生レベルの取っ組み合いを見たところで」

「仮にも出場する側だよね君」

「技が何通りも存在するから、経験者以外は途中でついていけなくなる」

「とりあえず相手がコケて、背中あたりつけば勝ちだっけ」

「派手さもない」

「おい出場する側」


 ここまで押し問答を続けて、ようやくあたしはあいつが恥ずかしがっていることに気づく。

 む、ちょっと踏み込みすぎたかな。

 いったんあたしは引いてみることにする。


「ああでも、知り合いの目があるって恥ずかしいか。それなら本番でしくじっちゃうと困るしね。気づかなくってごめん」

「違う。嫌というわけでは」


 これは、どっちだろう。押せば案外いけるのか?

 ってなんであたしはナンパ野郎みたいな思考になってるんだ。ちょっとアプローチを変えてみよう。


「身内が見てるとあがっちゃう系?」

「……否定はしないが、その、つまらないかと思って」


 つまらないだろうなーと予防線張っちゃうのはわかる。

 だって実際つまんなさそうにぼーっと眺められたら、誰も来ないよりダメージでかいもの。

 やる気のない観戦ほど興が削がれる妨害はない。応援席でスマホばっかいじってたりとかさ。


「応援する側だもの。熱が入るようにちゃんと事前知識は入れていくよ」

 サクラじゃないんだから、相手に活力を与えるならこっちも歩み寄る努力は必要だと思うんだ。

 知らないなら調べることはできるんだからさ。


「かっこいいとこ、見たいんだ。だめ?」

「…………」


 ダメ押しでそう言うと、かっこいいキャラに移行中のあいつには効いたっぽい。

 駄目じゃない、とうつむきがちに返してきた。


「いっこ訂正。かっこいいって言っちゃうと勝たなきゃってハードル上げちゃうから、がんばってるとこって差し替えて」

「……いや、いい。訂正前のほうが、より勝ちを取りに行く姿勢で臨めるから」


 あら、図らずもやる気に火を点けたか?

 前も気を遣わず綺麗な格好でいてほしいみたいなこと言われたし、案外余計な気遣いは苦手とするタイプなのかもね。


「じゃ、もっと勝てる可能性を引き出せるように協力するよ」

 つまり、応援に行くということ。

 客観的に見ると引くくらい、あたしめっちゃ食い下がってる。なんでかは自分でもわからない。なんでだろうね?


 そして押し負けたあいつは、一呼吸置くと重々しくあたしに告げた。

「……分かった。期待に応えられるよう全力を尽くす」


 お、おう。すげー重い答えが返ってきてしまった。

 でもここで気軽にやれやーなんて言ったらそんな軽い気持ちで臨んでんじゃないって怒らせそうだから、あたしは調子に乗った。

 思い切って両肩を叩いて、コーチっぽく言ってみる。


「あんたは、強い。あんたは、頑張ってきた。だから、いける」

「……?」


 何も知らないお前が何を言う、と首をかしげるあいつに補足する。

「ってあたしが言っても説得力ないけどね。でも試合ってメンタルにも左右されるから、こうして自分をできるやつと叩き込んでおくことも折れない強さとなるんだって」


 ちなみにこの思い込みは、なにもスポーツだけに限った話じゃない。

 自信を保つって大事なこと。自分を全力で褒めてあげられるのも自分だけだしね。


「なるほど……」

「というわけで残りの期間がんばって。陰ながら応援してる」

「あ、ありがとう」

「あたしもそれまで有名どころ読破しとくわー」


 ちなみに、この発言はそこまでしなくていいとは返ってこなかった。

 興味を持ってもらえるってやっぱ嬉しいことだからかな?



 そんなこんなで、約束の日はやってきた。

 一応今日までにツ○ヤ通い詰めて、有名とされる漫画は全巻読んできた。


 か弱そうな女の子が一本背負いで無双するやつとか、ストロングな主人公が背負投げで無双するやつとか、静岡男子たちがラブコメしながら無双するやつとか。

 小並感なレビューしか述べられないけど、どれも面白かったよ。


 あいつからLINEで送られてきた、開催実施要項の画像を見る。

 初日は団体戦らしく、女子のほうが開始時間は早い。

 10時開始だから12時までってとこかな?

 トーナメント表見るかぎり、女子の出場校は男子と比べてやっぱ少ない。

 10校にも満たないって。お家芸って言われるから競技人口も決して少なくないと思うんだけど。

 そりゃ、2時間以内でおさまるわけだ。


 あたしはとりあえず、適当な席に座って試合開始を待った。

 ぼちぼち人はいたものの、それでも空席はけっこう目立っている。新人戦ってこんなもんなんかな?


 そのあと選手が入場してきたんだけど、その少なさにも驚いた。

 え、女子って3人なの? 漫画だと団体なら5人いたと思うんだけど。

 気になってwiki開くと、確かに女子は1チーム3人制ってあるね。数が少ないからか。そこ調べておかなかったあたしもアレだけど。


 で、試合形式は点取り方式。それぞれ一対一で戦わせて、チーム全体の強さを競う判定かあ。これなら強い子だけに集中して他の子に出番がないってこともないしいいルールかもね。


 そうこうしているうちに女子の試合が始まった。

 まだあいつの姿は見かけない。漫画ばっかで実際の映像はあんま見てなかったから、ここで実写を拝見しておきましょう。

 で。あたしは当然ながら、漫画とリアルは別物であることを実感する。




『先鋒、前へ』

『待て』

『一本。そこまで』

『礼』


 ……うーん。

 派手さはない、ってあいつが言ってた通りだ。確かにない。

 てか、漫画って立ち技ばっかだったじゃん。みんなポンポン投げてるじゃん。

 だから宙を舞ったりずだーんと畳に叩きつけられるシーンが続くのかって期待しちゃうじゃん。

 全っ然、そんなことはなかった。


 考えてみたら当たり前なんだよね。

 うまい人ほど受け(防御力のこと)も強いし、経験者同士でかち合ったらそりゃ簡単には投げさせてくんないよなと。

 結果、両者膠着状態が続く感じで。


 もちろんそれじゃ決着は着かないし、消極的姿勢が見られると指導も入る。

 だから積極的に動いて点を取りにいかなきゃいけない。が、その動いた一瞬を狙って相手は刈り取りに来る。


 素人の目からすると勝手にすっ転んだように見えるけど、その瞬間決着はついたわけで。

 あとは寝技も多かったかな。バランスを崩したとこを床に組み敷いて抑え込むって感じで。


 でも、なんとなく分かってきた。こんな感じの勝ち方なんだね。

 意外なとこではチームの誰かが当日欠席したのか、不戦勝なんて判定も見た。いいのかそれで。


 お。

 見慣れた姿が目に入る。あいつの顔だ。

 柔道着姿って初めて見たから結構新鮮。案外和装もいけるんじゃないかなーとあたしは呑気に服について考えていた。


 そしてあたしは今更のことに気づいた。

 真っ白な道着に存在を主張するように巻き付いた、帯の存在を。

 色は黒。マジか。あいつ有段者なのか。


 他の女子も黒帯はちょいちょい見かけるけど、それでも白帯の姿が圧倒的に多い。ってことは、あいつ結構強いんじゃないの?


『両者、開始線まで進み出てください』


 まず、先鋒戦で前に出たのはあいつの隣にいる女子。けっこう小柄だ。

 対する相手は背丈はそこまででもないんだけど、横に広い。がっちりしている。

 簡単には投げられそうにない見た目の子だった。


 柔よく剛を制する。

 つまりこの競技において小さい人は(他競技に比べて)不利なんてことはないって聞くけど、さすがにここまで体格差あると押し負けるんじゃないかなあ。

 なんてあたしの心配は、意外にも杞憂に終わることになる。


『そこまで』


 両者一歩も譲らないまま、試合は引き分けに終わった。

 相手チームの誰かが悔しそうに拳を振り上げる。


 あの小柄な選手は、一言でいうとすばしっこかった。

 簡単に組み手は取らせてくれないし、足を引っ掛けられてもケンケンでうまく凌ぐ。

 倒されても腹ばいで寝技に持ち込ませず、攻めの姿勢も積極的だ。


 おそらく、分け役として配置されたんかな。そういう戦法もあると聞いた。


 最初に強い子を出して相手を圧倒し闘志を削ぐやり方もあれば、それを先読みして受けが強い子を出してポイントを取らせず、焦らせるやり方もある。

 今回はそれがうまくいった感じみたい。


 次に前に出たのはあいつだった。

 ポジは中堅。あの中では一番でかいからもしかして大将かなーとは思ったけど。


 がんばって。あたしは口パクの声援を贈った。

 いや、来るとは伝えてあるけど大声出したらびっくりされそうだし。

 そのときだった。


「いけー。がんばー。私たちがついてるからねー」


 めっちゃでかい声援が近くから響いてきて、あたしは死ぬほどビビった。

 声量が運動部の掛け声並みだ。思わずガン見してしまう。


 ちょっと離れた席に、夫婦とみられる男女が座っていた。ご丁寧に手作りの横断幕まで掲げている。

 わあ、ガチの応援だ。漫画しか予習してこなかった自分が恥ずかしくなってくる。

 たぶん、いや間違いなくあいつの親御さんだね。


「…………」

 あいつはご両親のほうに顔を向けると、照れくさそうに手を振った。

 そして、そのすぐ横らへんにいたあたしにも気づいた。


 あたしは顔の横に手を当てて、もう一度がんばって、と口の動きで伝える。

 あいつは短く頷いて、そのまま相手選手の待つ畳へと向かっていった。


『始め』


 そして、長い4分間が終わった。

 結果は、あいつの一本勝ち。粘り勝ちって言ったほうがわかりやすいかな。


 マジで心臓に悪い試合だった。

 って言うと失礼だけど、それくらい相手選手は強かったのだ。帯も黒かったしね。

 細身で中背くらいの子で、一見すると筋肉量で勝るあいつの方が有利そうに見える。

 でも、そんなことはなかった。


 とにかくスピードにすぐれてるというか、攻撃的な柔道だった。

 ポイントゲッターって言うのかな? この場合。


 もう最初から仕留める構えで行くみたいで、組手が不十分な状態からでも技につなげていこうとする。

 何度足技が決まりそうで目をつぶったかわからない。


 が、そこはあいつも有段者の意地というべきか。一筋縄ではいかなかった。


 向こうが短期決戦型なら、こっちは長期戦。

 攻めて、攻めて、攻め続ける相手の猛攻をしのいで、技をことごとく殺している。

 防御に徹し続けて途中指導を取られてはいたけど、最後に逆転すればいいだけの話だ。


 相手は最初からエネルギー全開で挑んでいるから、決まらず長期戦にもつれ込めば当然後半はバテてくる。

 そこをあいつは読んでいたのだ。

 疲れて防御が甘くなってきたところを逃さず、あいつは寝技へと引きずりこもうと”待ち”から”攻撃”の姿勢へと変わった。


 向こうも今の体力差では寝技を振りほどけないと分かっているので、簡単には取らせない。

 だけどそうなれば防戦一方の試合運びに変わってしまい、余計に体力は削られていく。


 あれほどキレのあった責めも、終盤では簡単に引き手が切られてしまっていた。

 でも、時間も残り少ない。このまま耐えていれば優勢勝ちだろう。

 その慢心が最後にひっくり返される結果となった。


 で、あいつはついに反撃へと出た。

 そりゃもうとんでもない力技だった。最後に目一杯温存していた体力で相手の投げ技をつぶし、強引に潜り込んで寝技へと持ち込んだ。


 流れは一気に変わった。あの試合を見ていた誰もがそう感じさせるほどの気迫だった。


 へろへろの状態で足をすくわれては、相手もなすすべがない。

 無慈悲な20秒間が流れていって、そして決着がついた。



 ……正直、その後の大将戦はろくに覚えてない。ごめん。

 あたしはずっと、あいつの戦う姿が、冷静すぎる据わった目が網膜に焼き付いていた。


 見惚れてたんだ、と今なら言える。

 隣のご両親が盛大な拍手を贈っているにも関わらず、あたしの両手は膝の上から動かなかった。

 相手選手は乱れた道着も直さずしばらく放心してたけど、きっとあたしも同じ状態にあったんだと思う。


 その日の夜。

 おつおめ、とあたしはLINEを送った。

 軽い文面とは裏腹に、あたしの頭は未だ興奮が冷めきらなかった。


 だって、あのまま団体戦で準優勝しちゃったんだもん。

 強豪校じゃないとは聞いてたからぜんぜん期待してなかったのに。

 それくらい、今日の3人のバランスが良かったってことなんかな?


 とにかく、ここまでの結果を出されては否が応でも明日の個人戦の期待が高まるというもの。

 優勝まではさすがに壁が厚いだろうけど、また今日みたいにかっこいいところを見せてくれればいい。

 ……ん? あれー?



 そんなときにあいつからの返信が来たので、脳内に湧き出た疑問はかき消えてしまった。


『ありがとう。来てくれて嬉しかった。明日もまた頑張れるから』


 だから、なんでこんなストレートにがつんと言ってくるかなあ。

 基本あたしは捻くれてるしめんどくさがり屋だから、これまで友達付き合いなんて上辺だけだったんだけど。


 この子となら、なんでもないときにLINEを送ったっていい。

 唐突に食事とか誘われてもパスせず行きそうな気がする。


 そう思っちゃうほどには、あたしの理想とする友達像にあいつを重ねてたのかもしれない。

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