高校時代編

【B視点】Prisoner Of Love(前編)

・SideB



 高校に上がって間もない日の週末。

 あたしは仲良くなった子を連れてカラオケボックスへと入っていた。


 歌うのはそこそこに。今はもう一つの目的で、あたしは小一時間ほど友達の前で手を動かしていた。

 よし、こんなところかな。ふふふ、今からあいつのリアクションが楽しみだ。



「はい。こんなもんでどうでしょうか」

「…………」


 手鏡に映ったあいつの目が、何度かまばたきをくり返す。

 驚愕の顔つきでこちらを振り向いて、あたしは得意げに笑った。


「すごいな、これ。魔法、みたいだ」


 そうだろうそうだろう。あたしけっこう絵は得意なんだよね。

 あたしがあいつにやったのはお化粧だ。それもがっつりと。

 別人メークとか詐欺メークって言われるやつね。


 絵がうまいからって化粧もうまいとは限らないけど、顔をひとつのキャンバスと見立てれば掴みやすいんじゃないかと思う。


 不細工のほうが描くの難しいじゃん?

 そうでなくたって、あえてピカソみたいに崩した絵を描こうとはみんな思わない。

 単純に、画力でいくらでも極められる美形のほうが描いてて楽しいからね。

 絵は永遠の美の追求だ。


 たぶん、それを3次元でやるとなると化粧や彫刻とかの造形美に行き着く感じで。


「どうやったんだ?」

「ベースは大胆に塗りたくる。素肌に近い色合いでね。そっからコントラスト考えて、ハイライトパウダーってやつを高くしたい位置に入れて立体感作る。鼻筋とか目尻とか。で、グラデ意識してチークの上に広げてツヤ肌感を出す。ぼやかさないとテカリ肌っぽくなるからね。産毛も剃っといた」


 ってべらべらまくし立てたけど、専門用語まみれで言われてもちんぷんかんぷんだろう。

 まだ数学の教科書を読み込むほうがましだ。


「要は、油絵みたいなもん?」

「油絵……ん、塗ることは共通しているからか……」

 美術で例えてしまったけど、そっちのほうがイメージしやすかったのか空返事感はない。


 例えば、絵の具が剥げかけた人物絵をリメイクするとしたら。

 まず、色あせた肌部分には新鮮な肌色を塗り重ねていくよね。

 で、影を入れる。主線なしで立体感を出すには暗いとこだけじゃなく、明るいとこも。額とか鼻の頭とか唇の上と下にも。


 グラデ初心者にありがちなんだけど、全部ぼかすとパッとしない印象になっちゃう。

 塗りムラを気にして冒険できないんだろうけどさ。

 思い切って一筆入れて、メリハリつけるのも大事。

 肌と遠い色をなじませて、反射光っぽく人目を惹きつける配色にできるとなお良し。


 化粧に例えるとチークやリップやノーズシャドウやアイシャドウね。

 うまく光を乗せられたら、まばゆい肌の蘇生完了だ。

 肌がなめらかな人ってそれだけで清潔感あるからね。

 赤ちゃんのベビースキンは無理だとしても、重ね塗り次第では綺麗に映えるんだ。


「これだけ塗っていても、素肌らしく見せられるものなんだな」


「だからナチュラル”風”メイクって言うわけ。そりゃ、素で綺麗な人もいるだろうけどね? でもすっぴんは必ず劣化する。いっくらスキンケアしてても。化粧で隠すのは悪ではないのですよ」


「そうか……」

 どこか羨ましそうな声で、あいつはあたしの顔をじーっと見つめている。


「あたしも塗ってるよ? ケア込みで」

「素材が違う……」

「ほら、今の肌美人に自信持ちなさい。上ばっか見てたらキリないって」


 自慢するけど、我ながら今回の出来栄えには満足している。

 もう、化粧してくれって依頼来てからわくわくしてた。

 絶対喜ばせてやるって時間かけて道具もいいの揃えて挑んだ。


 おしゃれ初心者をその気にさせるには、まず自信を持たせることだ。

 自分の顔面でここまでできると肯定できれば、可能性を見出し美意識が強まっていく。

 大丈夫。かわいいは作れるんだから。


 いきなり美形の飛び級目指すんじゃなくて、まずは普通に近づいてみましょうってこと。

 歯列矯正や縮毛矯正で整形に踏み切る前に変わった人もいるしね。



『異性に注目を浴びたいとかではないんだ。相手を作る気もない。ただ、普通になりたい。悪い意味で目立たなくなれば、それでいい』


 こうめっちゃ切実そうに頼まれちゃ、あたしも本気を出さざるを得ない。


 べつに、つくりはそう壊滅的じゃないと思うんだ。

 太ってはないし。歯並びは普通だし。ちょっとパーツが中央に寄ってるだけで。顔の下半分も削んなきゃ無理ってレベルじゃない。

 肌荒れは隠して、下がってる口角は描けば変わりそうなのに。

 普通になりたい、の範疇で言うならね。


「で、次は目元ね。ここ超重要。なにせ一番盛れるポイントだから」

「ここも、すごいな。二重って作れるのか」

「結構みんなやってると思うよ? 目頭切開も珍しくないし」


 それだけ、おめめぱっちりに仕上げられるかってのは重要な要素だ。

 よく見ると体のバランスとか背景荒くね? って絵でも顔のパーツさえ整ってれば売れちゃうもの。

 眼力って七難隠す。まあ絵だと色彩センスが一番大事だけど。


「まずは目元の油分をしっかり取る。パウダーとかでね。で、アイラインをリキッドで細く描く。横に長さ出すと顔の余白ちょい埋まるからさ。このとき線はキレイに引けなくても大丈夫。ぼかしてカバーするんで」


 二次元の絵って、やたらアイラインは長いし黒線部分の幅もある。きりっと強調してると眼力が引き立つからかね。


 少なくとも、目が小さくてアイラインが一本線の美形キャラって見たことない。

 それくらい、目元は美を描写するにおいて重要なパーツなのだ。


 そこ参考にベースの線引いたら、黒より若干薄めのブラウンシャドウをグラデ意識してぼかす。


 で、つけま押し込んで二重を作る。

 今回は薄化粧風だから、まつ毛はそんな長くないタイプを。

 そしたらインラインとアイシャドウで二重をくっきりさせる。


 そんで、目を大きく見せるのに一番効果的なのがカラコン。


 これとつけまの組み合わせマジ有能だと思う。

 黒目の割合が増えるだけで印象がらっと変わるんだからすごいよね。


 眉はもさついてたから、ちょっと剃って描いた。

 角度はそんなつけないで、眉尻もすっとはらうように入れて。

 ここも整えるだけでだいぶ違うよ。細かいとこの気遣いの集合体がメイクってこと。


「次に髪の毛ね。今回はイメチェン優先で試しにウィッグつけたけど、髪がキレイってだけで印象変わるから。どこから直すか迷ったら、まずは美髪を目指してみるのがいいかな」


 ぶっちゃけ、ストレートな前髪と自分に合った髪型で大抵の骨格はカバーできる。髪型補正めっちゃ大事よ。

 絵もね。最近のやつは作画カロリーめちゃくちゃ上がってるけど、その一つの要因が髪の毛。描き込みが細かくなったってこと。

 ここだけでみんな何色も使ってるし、ツヤを引き出せれば華やかさも段違い。

 SNSではバズるかバズらないかが髪にかかってるほど。

 絵の世界でも髪は女の命なのだ。


「どうすれば、CMに出ている人みたいな髪の毛になれる?」

「ああいう人は美容院とか通いまくってあの髪だから何とも言えんけどね。一般でも手間をかければ代われるよ。ただし、毎日続ける根気が必要だけど」

「手間……」


 気が遠くなってそうなか細い声だったので、初心者でも続けられそうな範囲での対策を口にする。


「君の場合はひどいくせ毛とかじゃないから、とにかくダメージケアを。頭部の浮き毛は痛んでるってことだから。ワックスとかでコーティングするのがいいかな。で、普段から保湿力の高いシャンプーやトリートメント使うこと。あと紫外線は肌だけじゃなく髪の天敵だから、日焼け止めスプレーで対策もいいよ」

「いろいろ揃える必要があるんだな」

「まずはヘアオイルからにしてみる? 洗ったあとにそれつけて乾かすとこから」

「そうしてみる。ありがとう」


 うん、素直っていいね。教えがいもある。

 いろいろ辛い思いしてきたんだろうけど、性格までは歪んでいないようでほっとした。

 はてさて、あらかたの顔面工事は終わった。でも本番はここから。

 いわばここまではウォーミングアップみたいなもん。

 土台が整ったら、次は着飾る番だ。


「じゃ、次は服だね」

「ああ、その、予算は、」

「大丈夫大丈夫、ブランドショップとか行かんから。誰でも知ってるあの洋服店だよ」


 お店の名前を出すと、さすがに店名は知ってたのかあいつは頷いた。


 最後に一曲ずつ歌って、あたしたちはカラオケボックスを後にした。

 カラオケというかパウダールームでのご利用だったけど。



「いらっしゃいませー」


 店内は女性客が大半を占めてたけど、子供や男性客もちらほら見かける。


 安いからってネットではだせーとかバカにされがちだけど、全国チェーンが展開されてるってことは品質も確かってことだよ。

 意外と、庶民の味方のお店って侮れない。


「で、何が着たい?」

 あたしが尋ねると、あいつは考えてる仕草をした。首を傾けて、脳内の引き出しを探っている。

「分からない。大きく外さないならそれでいい」

 うん、まあ、そう言いそうな気配はしてたよ。

「少なくとも……スカートとかは多分似合わない。着たいとも、あまり」


 面長で背が高いから、いかにも女の子したファッションとは相性悪いって先入観があんのかな?

 ロンスカは高い人に似合うんだけどね。


「前に服はおさがりばっかだって言ってたけど、そこも関係する?」

「そう、かもしれない。どうせ似合わないなら、お金をかけないほうが親の負担を減らせると。何が着たいだなんて考えたこともなかった」


 ふーむ。おしゃれと縁遠かった人が相手だからなー。

 あんまりあたしの主観で決めすぎるのもよくないんだけど、ここは方向性を示してあげたほうがいいかもね。


「じゃ、さ」

 あたしは軽いアンケートみたいなものを取ることにした。

「かわいい系は着たいってより抵抗あるんだよね?」

「そう、なるな」

「ん。では言い方を変えるよ」

「……?」

 きっと、この路線がうまくハマってくれることを信じて。


「あんた、かっこいいって言われたら嬉しい?」

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