第25話 竜姫ウルシェナ
帝都グイドルフォンを出てから飛竜の谷までは少し距離がある。一日馬を歩かせれば辿り着ける距離だが、いかんせん道中のモンスターは放っておいてくれない。
この周辺は比較的弱いモンスターしかいないがそれでも油断すれば直ぐに死んでしまう。
今も兎型のモンスターの群れが俺たちに襲いかかってきている最中だ。
人間の腰あたりまである大きさのキックラビット、攻撃方法は名前の通り蹴り、その威力は岩石を砕く程、生身の人間が蹴りを喰らえば肉片になってしまう。
「エリナ! 左側のキックラビット二体を頼む!」
「はい!」
エリナはあの入れ替え戦以降、獣化をする事に抵抗感を覚えている。今は人間に近い姿で魔法を主にして戦っていた。
それでもエリナの才能は素晴らしいものだ、普通魔導士は後方支援に徹して一人で戦ったりしない、そもそもエリナは支援科で戦闘を主に習っていない。それでも獣人のポテンシャルとこれまでの特訓の成果で完全に背中を預けられる存在になってる。
倒したキックラビットの群れから食べれるだけの肉をとる。
「エリナは肉食べないんだよな」
「はい……私は持ってきた昆虫食で十分です」
「昆虫食か、非常食としてなら食べたことあるけど、好き好んで普段からは食べないな」
「結構いいですよ、栄養もありますし……お肉と違って獣化作用も低いですし」
それは獣人だけの利点ではないのか、なんて言葉は言うだけ野暮と言うもので、胸の中にしまっておく。
「飛竜の谷まであと少しですね、例の抜け穴はどう言ったものなんですか?」
「あぁ、まだ説明してなかったな……飛竜の谷の向こうに行くには基本的にルートは二つ、一つは飛竜の縄張りを迂回するルート、これは時間がかかるが安全だ、少なくとも飛竜から逃げたモンスターしかいない、もうひとつは谷を真っ直ぐ進むルート、これは飛竜の縄張りに入ることになる、竜族の縄張り意識はモンスターの中でもかなり高い、普通はすぐに襲撃に遭う、だが最短距離だ」
「でもアッシュさんは三つ目のルートを知ってるんですよね?」
「そうだ、飛竜から襲われずに真っ直ぐ進む道」
「それは?」
「地中だよ」
想像通りエリナはポカンとハテナを浮かべている。俺も初めてその道を通った時は驚いた。
入学前だからもう一年前か。
「私がいたら使えるかわからないんですよね?」
「あぁ……まぁその抜け道の番人みたいなやつが居るんだけど、そいつがかなり個性的で……でもエリナなら多分大丈夫だ」
初めて出会った時も俺とは打ち解けてくれたけどセシリアには打ち解けなかったからな、結局セシリアは迂回ルートを回ったんだっけ。
「着いた、ここが飛竜の谷への入口、ビグド山脈だ」
巨大樹が覆うビグド山脈は天然の迷路、その中に住む様々なモンスター達が腹を空かせ旅人を待ち受ける。世界三大難所の入口。
「覚悟はいいか? もし誰かに出会っても攻撃はするな、俺がいいと言うまで背中に隠れていろ」
「はい」
エリナは獣人で元々モンスターの多い地域に住んでいたから問題は無いと思うが、ウルシェナと衝突しなければいいんだが。
考えていても仕方がないから山の中へ入っていく。陽の光も遮るほどの暗い森の中でエリナの出してくれる炎を灯り代わりに前へと進む。
まだモンスターの縄張りには入っていない。このまま無事に済めばいいが。
「アッシュさん、左側から何か接近してきます」
「わかった、一応構えておいてくれ」
身をかがめて息を潜める。
匂いでバレてしまったのか、エリナの言う通り何かが接近してくる音がする。聞こえてくる足音からして大型のモンスター、数は一体か、恐らく群れからはぐれたのか、それとも元々群れを持たない個体か。
「来ます」
エリナの一言の後、直ぐにそのモンスターは姿を見せた。
最初はあまりの大きさにドラゴンと勘違いしたが、直ぐにそれが違うとわかった。そもそもこの地域には飛竜以外のドラゴンは生息していない。
双頭オオトカゲ、この山の中で飛竜以外では最強種だ。
「真っ直ぐこっちに来る、エリナ! 避けろ! 炎魔法は使うな、森を燃やしかねない!」
「いえ、氷魔法で足止めします!」
そう言ってエリナは立ち上がり杖を構えた。
熱魔法操作で基本となる炎魔法、そしてその応用の氷魔法をいつの間に。
一気に大量の氷が地面から飛び出し、双頭オオトカゲの足を凍らせる。
「すみません、まだ魔力操作が上手くいかなくて……もう魔力切れです」
「バカ! このバカ! こんな森の中で魔力切れなんて起こすな!」
その場に倒れ込むエリナ、足止めできたのは良かったが動けなくなると状況は逆に悪くなった。双頭オオトカゲが動き出す前にトドメを刺さないと。
「困っておるようじゃなアッシュ」
「その声は!」
木の上から聞こえてくる少女の声、その上この年寄り口調、間違いないアイツだ。
「我にとって一年は長い命のほんの少しの間……じゃがお主を待っていると思うとかつて味わったことの無い長さじゃったぞ」
「それは悪かった、だが今は助けてくれないか?」
「他ならぬアッシュの頼み、容易く承ろう」
そう言って双頭オオトカゲの上から翼を生やした少女が飛び降りてくる。そのまま両手でオオトカゲの双頭を掴み、引きちぎった。
「会いたかったぞ……我のアッシュ」
オオトカゲの血を浴びながら振り向く彼女は、全身を光り輝く鱗で覆わせ、二本の尾を踊らせる。蝙蝠に近いその羽を細く畳み、黄色く煌めく瞳で見つめてきた。純白で混ざりっ毛のないその長い白髪も今やその血で斑になっている。
伝説の四聖獣の一体、
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