第22話 少年の思い

 激しい炎が纒わり付く鞭をシェルドフに向けて何度も振る。

 近接戦闘はエリナちゃんに任せて、二人の攻防の間にできた隙を俺ちんの鞭で狙う。


「魔力を鞭に送り、それを発火させる炎の鞭か……これが君の必殺技ということだね?」

「そうよ、猫ちゃん先輩が炎の矢を使ってたからね、それを採用したんよ」

「この程度で必殺技か……笑わせるな!!」


 シェルドフがこちらに向かって剣を振る。距離は数歩以上離れていて届くはずがない。

 ――そう思ったも束の間、全身を駆け巡る鋭い斬撃に、思わず地面に膝を付けてしまう。


魔法付与エンチャントなんてなんの自慢にもならない、僕たちにとっては当たり前なんだよ! やっぱりレベルが低い……」

「だからどうしたんですか?」

「――ッ!」

「限られた手段を最大限に鍛えて私たちはあなた達に挑んでるんです! 手数だけが実力の全てではないんです!!」


 エリナちゃんのナックルが炎に燃える。いや、ナックルだけじゃない、拳全体と牙まで、光り輝く角から溢れ出る炎は徐々に全身へと回り、まるでオーラを纏ったかのような姿に変わる。


「クルーサさん! ヒントありがとうございます! 今の私ならなんでも出来る気がする」

「全身を魔法で覆っただと!? そんなバカげたことがあるか! 自分の魔法で焼け死ぬつもりか!」

「私たちホーンウルフがなぜ魔法に強いか分かりますか? 体毛が濃いからです!」


 ちょっと違う気がするけど、ホーンウルフ特有の魔法体質なのは間違いないみたいだ。


「さすがに全身を魔法で覆うのは初めて見たよ、だけどそれで勝った気になるな!」

「行きますよクルーサさん!」

「おうよ!」


 ――――――――――


「フン!」

「クッ! ハァ!!」


 互いの剣が幾度その刀身を削りあっただろうか、剣のみでの実力は恐らく互角。

 セシリアが持っているのは俺の武器より少し長い片手剣。女に力で互角となっては俺の立場がない。なんてことも言ってられない、目の前にいるのは学園最強に最も近い奴だ、少なくとも俺はそう思っている。


「うらァ!!」


 だからこそ、俺は負けられない。

 俺のプライドが負けを認めたくない。


 左側から首筋を狙った横払いを盾で防ぎ、突きを出す。俺の攻撃は見切られ、頭を紙一重でずらされ、相手が余った左手で腹部に拳をめり込ませる。


「かはっ!」

「吹き飛びなさい!!」


 腹にある左手の拳が開く。ゼロ距離爆発魔法はセシリアの十八番だ。この攻撃を何度も想定して対処を考えてきた。

 結局どう動こうと猶予がないことがわかったから、離れないことしか出来ない。


「耐えろ……俺!」


 伸ばした右手の剣を離し、セシリアの後頭部を掴む。


「なっ!? いきなり何するのよ!」


 想像以上の痛みが胴体に集中する、手加減してくれてるからか、衝撃だけが全身に回り、爆破によって衣服は破れたものの防具を壊すほどではなかった。


「絶対にお前を離さない!」

「う、うるさい! 今は戦闘中なのよ!」


 セシリアの頭を掴んで俺の顔まで近づける。


「え、それはちょっと、戦闘が終わってか――」


 額を相手の鼻先にぶつけてやった。鼻血を吹き出しながらセシリアが後ろによろける。


「油断禁物だぜ?」

「いいわよ、あんたがその気なら私だってもう手加減しないんだから」

「だから最初っからするなって言ってるだろ」

「もう知らないわよ」


 セシリアが鼻血を吹いている間に剣を拾い距離をとる。

 次は魔法か、それとも距離を詰めてくるか、少しの気の緩みも許されない。


「去年みたいに暫く動けなくしてあげる!」


 左手が開かれた、魔法の合図、掻い潜って隙を――来ない、魔法が来ない。


「私の左手に気を取られ過ぎよ」


 恐らく身体強化を使っているのだろう、気がつけば左側に立つセシリアの剣が目の前に迫る。だが盾で防げる。その次の動きを――


「――ぐっ!」


 剣はフェイント、今度こそ魔法で顔面を爆破された。

 視界が散らされ、鼻先から血が出る。いや、もはや顔の原型なんて留めているのか、アンデットみたいな顔になるのだけは勘弁だ。


 それよりも相手の動きを確認できない今の状態は危ない、腰に付けた携帯バッグから煙玉を取りだし地面に投げつける。


「ケホケホ」


 セシリアはいきなりの煙で混乱してるだろうが、鼻血も出てて涙を流してる俺には関係ない。

 飛び上がり家屋の屋上へ逃げ、体勢を立て直す。

 そう思ったが、霞む視界に人影がたしかに見える。


「私を離さないんでしょ? 言葉には責任持ちなさいよ」

「な、煙幕が効いてないの?」

黄金組ゴールドクラスをなめすぎね」


 想定よりは短いが視界を取り戻すには十分な時間が稼げた。

 恐らくもう一度同じ手は効かない、次顔に攻撃をくらったらその時点で負けだと思え。


 距離を詰めてくるセシリア、今度はまっすぐ切り上げ、盾で防ぎ返しの振り下ろしを相手は柄で跳ね返してくる。


 こうして面と向かって戦っていると昔を思い出す。まだお互いに実力差がなかった頃を、いつから俺は弱くなった、いつからセシリアは強くなった。いつから俺は追われる側から追う側になった。

 なんでこんなに追いつきたいんだ、俺はなんのために強くなるんだ。


『お父さんがね、セシリアより強くてセシリアを守ってくれる強い人とケッコンしなさいって言ってたの』

『だったら俺はセシリアより強いから俺がセシリアの旦那さんだな』

『うん! 絶対に強いままでいてね』


 あぁ、そうだった。

 俺はずっと……ずっとずっとずっと、ただセシリアが好きで、強くなりたいんだ。

 俺には時間が無い、早くセシリアより強くならないと。


『セシリアに縁談?』

『えぇ、あなた達が学園に入って2年目の3の月にあるらしいわよ』

『どこの誰?』

『有名ギルドのA級冒険者らしいわ、騎士じゃなくて冒険者ってのが引っかかるらしいんだけどA級なら文句ないわね』


 入学前に聞かされていたセシリアの縁談、俺はあいつよりいい成績を取って、その縁談を辞退させるつもりだった。その冒険者が依頼から帰ってくるまでの一年と3ヶ月以内に。

 だから今月が最後のチャンスなんだ。


「絶対にお前に負けない! お前を誰かに渡すもんか!!」

「な、何よ急に……また私を動揺させようって魂胆ね」


 だけど、いくら俺が意気込んだところで、俺は一般人で、セシリアは天才。俺たちの間にある差はそう簡単に埋まる訳もない。


 だからこそ。


 そう考えているのは相手も同じだろ、ここで根性見せないでいつ見せるんだ。


「俺は勝つぜ……セシリア」

「勝つのは私たちよ」


 体力の限界を感じてる、勝負はそう長く続かせられないな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る