第14話 獣人の思い
「追いつかない、なんで?」
走っても追いつかない、魔法を打っても当たらない、地上と上空との距離が遠すぎる。
「ふつーに考えたら当たり前よ? 地面を走るあなたと空を飛ぶ私じゃ永遠に差は埋まらない、あなたもう疲れてるでしょ? 私はまだ余裕なんだけど」
ずっと走り続けてるこっちは汗だくなのに相手は息一つ乱れてない。有翼との差がここまでとは思わなかった。やっぱり空の世界は別なんだ。
「最後までやってみないとわからない」
簡単に諦めるなんてアッシュさんはしない、私を信じてくれたから、それに応えないと。追いつく必要なんてない、何か彼女に当てればそれでいいの。
「あなた、ナヨナヨしてそうなのに根性あるのね、名前は?」
「エリナです」
「そう…私はテクラ、あなたの事気に入ったわ、特別に可愛がってあげる」
テクラさんが森の中に降りて木の上に立つ。
私を可愛がるの意味は分からない、向こうからは攻撃できないはず。
「そもそもこのルール私達に有利すぎるのよ、だからここからは私ルールよ、私は木より上は飛ばない、それだけよ」
「本当にいいんですか? 木を避けながらだと速度が……」
「……あはははは! あなた真面目なのね、純粋? 天然? 元々勝ち目ないからハードル下げてあげてるのに私の心配するなんて」
「そ、それは」
そんなに笑う必要ないのに、なんだか恥ずかしくなってきちゃった。
「私達獣人は数が少ない特異な存在でしょ? だからお互い仲良くフェアに行きましょ」
「はい! では遠慮なく行きます!」
合図はなかった、でも私とテクラさんは同時に動き出した。
お互いに木を避けながらのはずなのにそれでも追いつける気がしない。
でも、こうして森の中を走りながら何かを追いかけているとこの学園に来る前を思い出しちゃう。あの時は家族全員で少しずつ追い詰めてたっけ、魔法も使えなかったな。
でも今より速かった、力もあった。
「今回だけ、みんなが居ないから」
本当は嫌だけど負けるのはもっと嫌だ。
木に登っている小動物を見つけた私は火の魔法を飛ばす。
焼けてしまったその亡骸を見て心から込上げる罪悪感に押しつぶされそうになる。でもそれを押さえ込んで私はその命を頂く。
「あなたの命は私の力になり、私の魂に寄り添って支える、共に生きて共に戦うことに感謝を」
「こんな時に拝食儀礼(※)? お腹でもすいたのかしら」
(※拝食儀礼――獣人族に伝わる食事の際の儀式、自分たちは食事によって力を与えられ生かされていると言う事を忘れない為に行う)
「お腹は毎日空いてますよ……お肉を食べるのは二年ぶりですから」
「あなたもしかして……拒食主義者?」
「そうです……元々の姿は嫌いなので、私は人間になりたいから」
体が変わっていくのを感じる。着ている服がキツくなる、力が溢れる、魔穴が圧縮されて魔力が出し辛くなる感覚。
嫌だな、全身から体毛が吹き出る。爪が伸びる、牙が鋭くなる。
今の姿を見られたらどう思われるんだろ、それでもこの角から感じる空気や温度は鮮明で目よりもはっきり感じる。
「それがあなたの本当の姿なのね……
「そんな大それたものではないですよ、結局は食べないと生きていけないちっぽけな生き物ですから――」
「――ッ速い!?」
まだ反応していない、爪が届く、あと少し。
でもあと少しの所で躱されてしまう。
「簡単に捕まると思わないでよ」
「流石ですね」
この姿だと魔法は簡単な治癒しか出来ない、接近するしか方法はなくなった、でもさっきよりは希望が見える。
「第3ラウンドって所かしら、追い付いてみなさい」
今度こそ本気を出したのかテクラさんは今までよりも速い速度で飛び始めた。
それでも何とか姿を失わないように追いかけれる。
それに角から風の流れを感じて、この先の地形がどうなっているのかが手に取るようにわかる。今この森の中じゃ私より動ける獣人は居ない。
「私の方が速い筈なのに、なんで距離が」
「後ろより前に集中した方がいいですよ、その先は行き止まりですから」
「え?」
こんなに大移動したら端に着くのも仕方がない、そこは高い石壁の下、このフィールドは石の壁に囲われてるし、それを越えることはルール違反(多分)左右に行っても壁と私で挟みながら追い詰めれる。こっちに切り返してきても今の私なら捕まえられる。
あと少しで勝てる。
「や、やるわね」
「今から上に逃げますか?」
「そんなことすると思ってるの? 私は一度口にした事は撤回しないの」
「私なら逃げちゃいます……テクラさんは凄いですね」
お互い止まってしまう、この状況どっちが先に動いたらいいのかわからない、先に仕掛けたら躱されそうだし、かと言って相手の動きを見ても追いつけない。私には一人で狩りをする経験が足りない。狩りなんて考えてしまうのは嫌だな、考え方も獣みたい。
「あなたに負けたならみんなも納得するわね」
「え?」
「あなたは私たちのなりたかった姿……獣人はその出生から他の種族に忌み嫌われて、対立してきたの知ってるわよね」
「はい」
二十年前、私が生まれる前に獣人と人間との間に起こった戦争があるのは聞いたことがある。その時に多くの血が流れた事も。
それから獣人は人間を嫌ってしまった。でも中には人間との平和を求める獣人が居るのも事実。
「私たちは人間になることなんて出来ないって諦めた、だから隠したり、むしろ曝け出して受け入れてもらいたいと考える者もいた……でもあなたは逆、私たちにとって辛い拒食を選択して人になろうとした……あなたは凄いわよ、あなたみたいな子が平和をもたらしてくれるのかもしれないわね」
正直、私はおばあちゃんが好きだから人間になりたかった、だから平和なんて何も考えてなかった。でもこう言う人たちもいるんだってしれてよかった。
「ありがとうございます、私もっと強くなります」
「今度私たちとパーティー組みましょ?」
「はい」
私はテクラさんに近づいた、テクラさんも逃げずにその場に立っていた。手を伸ばす、今回の模擬戦が終わる。
――その時、終了の合図が鳴った。
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