第20話 一代限りの宝玉
思わず、すっとんきょうな声が出た。
「……血が、繋がってない?」
「ええ、そうです。貴方はお気づきかと思っていました」
知らない。そんなの全然知らない。
だって嗣音と久はそっくりだ。ちらりと見ただけの嗣音の父、久の息子とも似ていた。それなのに、血が繋がっていない?
だが疑問符を知ってか知らずか、久は遠くに視線を投げ掛ける。
「……話せばいささか長くなります。ですがどうか、間違いのないよう全てをつまびらかにすることをお許しください」
日本の魔法師の血族、御三家にはそれぞれのルーツがある。
例えば獄幻家は〈幻想の
神之瑪家は神の寵愛を受けた勇者の血を絶やさぬよう、また罪を償うのが使命であった一族だ。
「十文字家もそれと変わりませぬ。私達の家にも古くから伝わる言い伝えがあったのです」
魔法師の家系は言い伝えから逃れることはできない。魔法そのものが言い伝えである以上、縛られているのだ。
十文字家には約束があった。
いずれ十文字家の一人の青年が朽ち果てた神を不足の事態から救い出す。十文字家はその為だけに存続し、そしてその青年の死後、褒美として家系から一人、神を輩出するだろう。
神を輩出できる、それがどれ程に光栄なことか。
十文字家を設立する時、初めの長はそれを星の主に誓った。必ずいつか――危機に陥った時、十文字家の人間が世界を一度、救うと。
「二百年前、ウロボロスの戴冠式が起こりました」
それは蔑ろにされた現在からの報復。
黒い蛇の司祭は黄金の冠を奪いさり、自らの額へと戴いた。ありとあらゆる幻想を守る結界が無遠慮に取り払われ、人々は魔力中毒で死に絶えた。
時代は混乱の時代に陥り、二度と復帰できない……そんな風に思われていた時だった。第五次食料争奪戦が一人の男により終息を向かえた。
「彼の名は十文字 ハルト様。私の祖父の弟でした。言葉を交わしたこともありません。彼は聖剣の担い手と選ばれ、名を誰に知られることなく死にました」
本当だったのか、と思った。
当時それを知った久は当主として家を継ぐ前だった。だから、ただ、呆然と。
「……安堵をしました。家は借金ばかり。名家と言えどもうほとんど落ちぶれていました。ご存じのとおり我が家は〈一代限りの玉石〉と嗤われている始末ですから」
「それは……」
「いいえ。事実なのですから」
十文字老は和やかに微笑んだ。
彼は死ぬ気で家を建て直した。
約束を果たせた安堵。そしてもし、神が約束を守るのであれば、その神の子に不便があってはいけないと、死ぬ気で立て直したのだ。
故に、一代限りの玉石。
この代より前は落ちぶれるばかりで、この代より後に栄えることもない。ただ一代、奇跡的に輝いただけの名家。
それで良かった。それで良いのだ。
何を恥ずべきことがある?
十文字家は見事、神の期待に応えたのだから。約束は果たせた。例えこの後が没落しようとも、なんの心残りもない。そのはずだった。
「……その日は雨が降っていました」
やまない雨のように思えた。アスファルトはほとんど水に濡れて街頭の光を反射していた。絶え間なく屋敷の天井を雨音が叩き続け、けれども不思議と穏やかな夜だった。
ノックの音が響き、久は体を起こす。
目が覚めたのは久だけだった。家の奥にある部屋に寝ていた久が起きたにも関わらず、他の家族は良く寝ていた。
そんな静かな屋敷を久は歩いていき、誘われるように玄関の戸を開く。
そこに立っていたのは一人の男だった。
もうほとんどぼろ布のようなマントを羽織った男が立っていた。深夜に何事かと顔をしかめるよりも前、男は口を開いた。
「約束を果たしに来た」
男の言葉に久は咄嗟に膝をつく。
彼はどういうわけか窶れていた。くたびれて、まるで追い詰められたウサギのようだった。だが事情を口にすることはなく、ただ、彼は謝罪をする。
「すまない。本当に、すまない。本来であれば私はお前達に報いるはずだった。だがそれができない。残った約束はこれだけだった。そして今、私はさらにお前に苦難を課そうとしている。その事を責めても構わない。ただどうか、胸を張ってほしい」
もうこれ以降約束を果たすことはできない。残った願いはこれだけで、彼の願いを叶えることはできないが、それでも最後に……ただ、黙って信じていてくれた彼らに王は言葉をかけた。
「お前達は確かに約束を叶えた」
報いることのできないと彼はいったが、その言葉だけで久は救われた。彼は決して子供の正体を時が来るまで口にしてはならないと告げて消える。
「その子どもこそ十文字 嗣音。私達が引き取った神のおいていった赤子であり――人のかたちをした、ヴァルハライドです」
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