第39話 RM:呪殺

「と言うわけで先日ある筋からの自白がありました。呪殺について調べてください」

「……お前ほど““不遜””と言う言葉が似合う人間も早々いないな」

 笑みを浮かべた。

 そろそろ笑顔が威嚇と同じだと誰か気が付かないのだろうか。


 シャドウは執務室の椅子に腰を掛けてゆっくりと胡蝶の持ってきた資料をみている。あの後、レムの証言を元に集めた十五件にも登る呪殺事件の細かい調査ファイルだ。

「…………良くここまで集められたな」

「エデンの公的機関に何人かいるので」

「主語を付け足す必要はないぞ。細かいところまでは知りたくない……」

 シャドウはそう言いながら淡々と資料を捲っている。


「……呪殺と言いますと、呪いが凶器と言うことでしょうか」

「その通りだ、レインボーエンジェル」

「いえ、シャドウ先生の授業で一度扱われた記憶があったので」

 呪い。

 それは最もシンプルで最も完成された魔法。旧くからある概念で、胡蝶が常に従えている〈水銀〉と同じくらい旧い。だが狂暴さは水銀を遥かに上回る代物だ。


 己の持つ物を分け与える魔法。或いは自分に帰属するものを担保に結果を招くのが呪いだ。

 元を正せばまじないと同等のものであるが、まじないとは大きくことなり、呪いが担保にするのは己の命を象る魔力そのものになる。


 例えば幸運を招き寄せるならば、己に訪れるはずだった小さな幸運を幾つか担保にして成立させることができる。

 だが他人を害そうとした地点から、呪いの担保は命に変わるのだ。


「それにのろいやまじないはシンプルな魔法だ。故により純粋で無垢な感情が発生には必要になる。歪んで濁っていれば魔法としては瓦解しやすくなる代物だ」

「魔法は感情と大きく相互作用があります。ある幾つかの種類は感情と綿密な関係があり、呪いもそのひとつだとおっしゃりたいようです」

「……なるほど」

 シンプルで無垢で歪みの無い、愚直な感情。

 澄みわたる空のように、矛盾がないほどに。


「それって――」

 目線をあげる。二人はこちらを見ていた。

「例えば、感情はどうなるの?」

 視線が交差する。しばしの、沈黙。

「素面で聞くのがそんな言葉とは思えないが」

「どうなんです? 矛盾してるように聞こえるかも知れませんが、感情の中には時にそう言うものもあるでしょう? 否定できますか? 例えばそう……執愛とか、そう言うのはどうです?」

「……検討するだけの余地はあるのではないでしょうか」

「そうだな。確かに執愛なんてものが成立するなら……あり得るだろう」

 そんなものが存在するならな、という注釈に胡蝶は薄ら笑いを浮かべた。獄幻家の二千年の歴史をナメないでほしい。


「シャドウ様。愛は清らかで美しい感情かもしれませんが、だから、人を怪物に変えるんです」


 シャドウは黙る。沈黙だけがそこにあった。だが沈黙は時に金なり。ややあって、彼は推論を語るに至った。

「わかった。こちらで感情の作用による魔法の結果のシュミレーションを出してみよう」

「ありがとうございます」

「あの、それなら私も今気になることがあるのですが……」

「どうした? レインボーエンジェル」

 おずおずとレインボーエンジェルは口を開く。まるでその事を口にするのを躊躇うように。

「あの……呪いは人の命を、消費する魔法……なのですよね。それならさすがに十五件は多くないでしょうか……」

「言われてみればそうですね」


 それぞれの書類をパラパラと捲る。集めている間は必死で全く気が付かなかったが、確かに十五件は異様に多い。

「人であれば五件で限界だ。五人も呪えば確実に墓石はひとつ増えるだろう。それがどんなに健常者だとしても、結果は変わらない」

「そうですね。ましてや呪いは聞く限り因果に関係する奇跡です。私はそう言った伝承には生憎詳しくはありませんが……五人呪えば己に課される業は人一人が担えるものではなくなるでしょう」

 それぞれの視点からの結論だ。

 それらから考えるに犯人は……恐らく、例外なのだろう。


 あまり良い意味ではない。

「古来より呪いをばかすか阿呆のように打てる存在は限定されてる」

 悪霊となり堕ちた人間の御霊。妖怪と称されるこの世ならざる奇っ怪な者共。妖精と名を与えられた自然に宿る人格的存在。そして。


「――神、ですか」


 全知全能にして万能の存在。理の外にいるが故に理を創造することすらも可能となった存在。彼らは他のどのような存在よりも簡単に呪いを振り撒くことができる。

 吐いた息は大地を荒地にし、流した血涙は癒えぬ病魔へと変ずる。


「厄介なことになったな」

「厄介なこと?」

「…………お前になら話しても良いか」

 待てそれ機密情報なんじゃ、と止める暇もなくシャドウは一冊のファイルを机に叩きつけた。分厚く、プラスチックの業務的な表紙に似合わない錠前が施された青いファイル。

「ここ数日、神界において不審な事件が多発している。具体的に言うと死なぬはずの神が殺されている事件だ。これはそれに関する調査書類で……本来は門外不出だが、お前はこれを見るだけの権力と立場を有している。どうだ? 少し手を貸してみる気はないか?」

「…………話された以上、逃げられるようには思えないのですが」

「それは当然。聞くまでもなかったな」


 錠前はシャドウの手により、絡まった毛糸よりも簡単にほどかれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る