第40話 性癖の話をロビーでしていた者の末路
――暇だった。
戒那と嗣音は暇だった。
胡蝶は仕事をするために職員室に向かい、マリアは魔法師として任務に駆り出されていた。その間、なにもすることもない二人は胡蝶についてきた訳だがあまりに暇だった。それを雄弁と語るように、ロビーの机の上にはトランプが散乱している。
ちなみに、あわよくば胡蝶と一緒に帰ろうと思ってるので先に帰るという案はなしである。
「……お! お前たち、学園にいるなんて珍しいな」
声をかけてきた青年に戒那は視線を投げ掛ける。どこかで見たことのある顔だった。
ド偏見な見解でいうとバンドマンが着てそうな革ジャンを着て、耳にピアスが空いていて、髪が茶色い。そうだ、確か。
「……
「はは、覚えててくれたのか! 光栄だな。ドット、豆安、カオル。紹介するぜ? こいつらは嗣音と戒那。新しいSクラスの生徒だ」
「はえー。噂の」
「私も小耳に挟んでおりますよ、ええ」
「あはぁ。ぼくのことはおぼえてるぅ?」
そう言ったのは医務室にいた間延びした喋り方の少年だった。隼斗は丁寧に彼らを紹介してくれる。
まずドット柄のリボンを巻いてある青年。彼が分かりやすくドット、と言うらしい。本名はあだ名のインパクトで全部忘れた。本人も書類に書くとき分からなくなると言っていたくらいなのでドットと呼ぼうと心に決めた。
次に執事服に眼鏡の男。異様に眼鏡が反射しているそいつが、豆安というらしい。本名は豆内 安男でなんたら財閥のご令嬢の専属執事なんだとか。
情勢に疎い二人はなに財閥なのか分からなかった。
そして医務室の少年がカオル、と言うらしい。
「今までSクラスの男子はこの四人だけだったからな」
「女子のが多いということか?」
「それはそうだけど、そもそもクラスの人数が少ないってえ訳だ」
ドットの補足に納得する。
聞けば十二人程度しかSクラスには所属していないらしい。この中で四人しか男性がいなかったのもなんだか頷ける。
基本的に魔法師になりやすいのは女性の方だ。男性はかなり珍しい。
「ところで、皆さんは何をしていたんですか?」
「……あー」
隼斗はそれとなく、机の上に広げられていた雑誌を後ろ手に隠した。
「隼斗?」
「いやー、これを神之瑪や嗣音に見せるのはちょっとなあ」
「あら、良いではないですか。男性同士が仲良くなるのに手っ取り早い荒治療であると思いますが」
「でもほら、あんなピュアな顔してるんだぞ」
「んん~でほらぁ。いま いけんわかれてるし そろそろしろくろつけるたいみんぐじゃなぁい?」
その言葉に隼斗は渋々というように隠したものを机の上に広げた。
「はぅっ!!?」
見た瞬間に顔を覆う。
それは雑誌だった。つやつやしたカラーページに……つまり、その、女性の写真が印刷されているページだった、というべきだろう。それらの女性は極端な薄着だったり、或いは水着だったり……ランドセルを背負ってるようなものまであった。
「グラビア雑誌ですか」
「な、ななな、なんてものをッ……」
「戒那がその反応なの今最高に納得いかねえわ」
「ばかオヤジがよくオレの部屋にその手の雑誌を投げ捨ててたから苦手なんだ!」
「……わっかんねえけど、戒那って多分、女性に何かされたこととかありそう」
真っ赤になって踞る戒那を他所に嗣音は雑誌をまじまじと見つめる。やや照れの混じったその行動は十六歳らしい好奇心に溢れるものだった。
「……嗣音。お前はやっぱ胸派だよな?」
「え!!?」
「性癖の話ですよ、嗣音様。男同士で話すとしたらやはりこれでしょう」
「もっと建設的な話をしてくれ!」
戒那の叫びは無視だ。
「ちなみに
詳しい情報については聞きたくなかった。
「俺は胸だ。やっぱ胸だよ、女も男も胸だ。度胸があるやつが一番に決まってンだろ。とにかく美しいのが大事だ!」
「ははは……こういう風に派閥が分かれてるんだ」
隼斗は目をそらす。ちなみに隼斗は首筋だ。特にチャイナドレスの合間から見える白い首筋が……これ以上は止めておこう。
「……なるほど。ちなみに僕は太ももです」
「太もも!!?」
嗣音は頷く。戒那はまだ耳を塞いでいて、目を閉じている。
「ええ。皆さん、太ももは素敵ですよ。特に短パンから覗く健康的なおみ足は! 崇拝するに値します!」
「た、確かに……!!?」
流されるな。
「……で? 戒那は?」
「い、言わない、言わない」
「純情ぶるな。別に俺達はロリコンだからって笑わないぜ」
「違う! ロリコンではない!!」
戒那はがしりと問いかけてきたドットの肩を掴んだ。
結局、戒那も男の子だった。
ここまでそう言う話をして耐えられるだろうか。あとロリコン疑惑をかけられて焦っていると言うのもあった。彼は言う。
「私は別に貧乳が好きなわけでも幼女体型が好きな訳でもない!! 私は! 相手を育てるのが好きなんだーーーーーーーーー!!」
「へえ……? しのは私の育成をしていたんですか」
全員が固まった。
戒那の後ろから伸びてきた手が蛇のように巻き付く……いや抱き付く。
「育成フェチって訳? 自分色に染めるのが好きなんですねえ……」
「…………こ、ちょう」
「良いんですよ。性癖は人それぞれ。人に迷惑をかけないならどんな性癖を持っていたところで問題がありませんから。ところで知ってますか? なにとは言いませんが……」
胡蝶の指先が戒那の胸板をつんつんとつつく。後ろを振り向くことはできない。
「男性のココも“育てる”ことができるんですよ……?」
汗がこぼれ落ちる。彼女は小さく冗談だ、と笑った。決して冗談ではない声なので全員が唾液を飲み込む。
赤い瞳がキラキラと薄暗く光り、長い指先が戒那の顎を捕らえた。
「ちなみに私の性癖は『自分が上だと思ってる存在の泣き顔』だよ…………なんてね。さ、なんて顔してるんですか二人とも。顔合わせも終わりましたし帰りますよ」
「あ、ああ……!」
嗣音と戒那が挨拶をして駆けていく姿を残された四人は見届けていた。
隼斗が口を開いた。
「……性癖曲がりそう」
ドットと豆安は思わずつられて頷いたのだった。
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