第36話 RM:レム・メルカトラ
茶器がコトンと置かれる。
「いやぁ、まさかこの少年がアゲハの世話になってる子だったなんて。さすがはワタシ、ついてるなぁ」
「冗談もほどほどに、レム。第一、貴女微塵もそんなこと思ってないでしょう?」
「そんなことはないとも! むしろワタシは不思議で仕方がないよ。なんでワタシがこぉんなに愛してるのに胡蝶は桜華の方を好むなんて……確かに彼女は善き姉であるとは思うけれどね?」
「疑う余地もなく善き姐ですよ、ねぇねは」
芝居じみた話し方のレムを胡蝶は先程から冷たくあしらう。その度に嗣音はなんと言うか、身のすくむ思いだった。
メルカトラ家。
ドイツにある
二つ名は〈厄災告げる鴉〉
「レムはその中でも特に陰湿で人々からは〈死を売る商人〉と呼ばれています」
「す、すみません……」
「いえ、今回ばかりは嗣音くんを責めるつもりはありません」
胡蝶の言葉に小さく首をかしげる。彼女は静かにストレートティーに口をつけた。
「すぐに部屋を出てマリアに精神の調整をしてもらった方がいいですよ。レムはメルカトラの姓こそ獲ていますが、その本質は限りなく獄幻家のもの。彼女の黒魔法は無意識への干渉がメインなんですから」
「は、はい! 分かりました! じゃ、あ、あの……し、失礼します……」
パタンと扉が閉じ、軽やかな足音が扉越しに聞こえてくる。レムはただうつむきながらカチャカチャとカップの中の紅茶をかき混ぜていた。
レム・メルカトラ。
金髪ツインテールの彼女を胡蝶は改めてまじまじと見聞する。
彼女はメルカトラ家の魔女と獄幻 立葵との子だ。名実ともに腹違いの姉である。胡蝶の上には二人の姉がいるが、その片方が桜華であり、残りがレムだ。
レムと胡蝶の仲は良くない。
そもそも胡蝶自身獄幻家に対して快く思っていないのがあるが、少なくとも二人の仲は姉妹と表するには些か他人行儀だ。
「まあ、そんなのはどうでもいいことね。頼んだものは?」
「持ってきたけどぉ……迎えにも来てくれないし、第一価格が安すぎない? さすがに塩対応過ぎて泣けてきちゃうなあ、なんて」
「なら勝手に泣いてたら?」
想像してほしい。反抗期の妹と年の離れた姉。
その妹がお節介な姉へと投げ掛ける愛情の裏打ちである侮蔑の言葉。
そう言うものであれば多分、可愛げがあるだろう。だがこれはそういうモノではない。
敵対する組織が相手に向かって投げ掛ける温度の無い鋭い殺気の籠った言葉。
レムと胡蝶の距離感はまさにそれだ。
互いを憎み合い、呪い合い、恨み合う。姉妹とか家族というにはあまりにも懸け離れた存在。近すぎて憎いとかそんなものではないのだ。
あるのはただただ、無関心の延長上にある憎悪だけ。
「……まあいいや。これが今回お願いされた品だ。それもとびきりの一級品でね」
レムはトランクを机の上においた。結構な重さを持っているであろうそれはどんっ、と鈍い音をたてて机に置かれる。
簡易的な鍵を開けて商品は今、日の下に晒された。
赤いベルベットのうえに鎮座するのは一対の“脚”。
白く透き通り、その艶かしさ、生々しさとは裏腹に血の一滴も滴っていない。
胡蝶は指先で表面を撫でる。
「素材は?」
「一年中日の差さない洞窟で、月明かりだけで結晶化させた魔力鉱石。月光晶の中でも一級品だけを使ってるよ」
「なるほど。どおりで魔力の凝りが少ないわけだ。透き通っていて……純度も高い」
胡蝶は一通り検閲を済ませるとソファに腰を掛けた。タイピンの裏で指に傷をつけると血が指先に丸く溜まる。
太ももの付け根に慎重にルーンを刻んでいく。刻まれている言葉は、レムには解読できない。
一通りぐるりと刻むと魔力が一気に吹き込まれる。最早芸術作品と同等の華麗な技。まるで命を吹き込むかのように魔力が描いた紋様を活性化させる。
パキン、と音をたてて太ももが脚の付け根から外れた。レムはただその様子を観察する。慣れた手付きで彼女は新しい脚へ交換を行っていく。
「……気になってたことがあるんだけどさあ」
「なんです? 今集中してるので話は手早く」
その言葉を裏付けるように胡蝶の額には数敵の汗が浮かんでいる。滲む汗を見ながら、無視をしながら、レムは口を開いた。
「胡蝶、いつからそんな体だったっけ」
胡蝶はなにも答えない。
今回の注文は、レムの記憶には見慣れない品物だった。だが購入履歴リストには載っていたし、彼女もこれを欲していたと言った。
だがいつから?
いつから彼女は虚構の肉体だったのだろうか。
「……貴女が私の全てを知っているとは思えませんがね」
それはそうだ。
冷たく返された言葉にレムはまた微笑む。
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