第31話 Sクラス
「――……〈万願成就〉」」
おうむ返しのように繰り返された言葉を頷くことで肯定する。
「とはいえ、万願成就だけなら封印される程でもないんだよね。
「あー、胡蝶。悪いんだが……」
「分かってるよ。私からも立葵に〈虚空の星櫃〉の詳細な情報を請求するつもりだ」
〈虚空の星櫃〉
星を閉じ込めた特別な箱。その異常性が胡蝶に――獄幻家の『メッセンジャー』に伝えられてないなんて異様なことだ。
とは言えども、この魔法道具の出自を考えれば、事故のようなもので事細かな解析をかけている暇もなく護送されたのは想像に容易い。
だがそれにしても。
「…………」
これほどに危険なものを、何故立葵は手放したのだろうか。少なくとも。
「…………私が知る獄幻 立葵なら、あれを手放すなんてあり得ない」
乾いた音が不意に響いた。
手を叩き、場を仕切り直した蘭はにこりと笑う。
「まあまあ、難しいことはここまでにしようぜ。私達が任されたのはレプリカントの供述の伝達とSクラスについての詳細な説明だ」
「おう、そうだったな。悪い、胡蝶。後でレプリカントの供述については音声ファイルをアゲハ宛に送信する。それでいいか?」
「構いません。私の方こそ、大変失礼しました。後日、判明し次第〈虚空の星櫃〉の詳細も共有します」
「悪いな。迷惑をかけるぜ……んじゃ改めて。Sクラスへようこそ、だ!」
隼斗の笑い声に引き締めていた表情を緩める。
「Sクラスのクラスメイトは結構忙しいし個性的でな。今はいないやつもいるが……ま、会ってすぐにこいつSクラスだなってなるぜ!」
「忙しいんですか?」
「……授業が無いからな。みんな適当に予定をいれて任務こなしてってじゆーにやってんだよ」
隼斗は諦めたように笑った。
なんというか。苦労人気質が隠しきれていない気がする。
「まあ、そもそも財閥の令嬢とかブティックの経営者とか魔法師以外の仕事と掛け持ちだからな」
「財閥? もしかして……天川財閥の?」
「あまがわざいばつ?」
「ええ!」
胡蝶の瞳が黄金色に変色した。いや、黄金というかくすんだ黄色。お金の色である。
天川財閥。
その名のまま天川家によって創設された財閥であり、戴冠式以降名をあげていった企業でもある。
生活魔法道具市場におけるシェア率はもう何年も一位。『今ある暮らしをよりよい物へ』を合言葉に水回りの魔法道具開発から始まった。
現在、天川財閥の保有する油田は十二箇所。提携農園は四桁も。傘下にある企業は千を越え。天川財閥と取引をすればその企業は百年の繁栄を約束されたも同然といわれる。
「なによりスゴいのが、天川財閥がここ数年で更に急成長した、ということなんです!」
胡蝶はくるりと回る。
近年、天川財閥が出した商品は全て軒並み例をみないヒット商品となっている。
その理由が天川家のご令嬢――天川
されど彼女は深窓の令嬢。
或いは箱入り娘。
彼女と面談することには叶わなかった。
「アゲハとしても是非! 天川の令嬢と懇意にしたいものです!」
「……ところで戒那。お前、天川財閥がまるっきり負けてる部門に兵器や魔法道具の市場の他に派遣市場があるんだけど、実は派遣市場は今独占状態なんだ」
なんと。
今聞く限り天川財閥というのはかなりすごそうに見える。確かに言われてみれば、今テーブルの上に置かれている消音装置……周囲の音を消し、会話の内容が聞こえないようにする魔法道具・ノイズキャンセルにも天川財閥のものであろう印字がされてる。
「そ。人材派遣の市場はアゲハが独占状態だからな」
「あはは、まじか。人材派遣の市場ってシェア率とかあったんだ。つーかそんな市場あったんだ」
胡蝶はカラカラと笑い声をあげる。
それは面白いと思ってるものと言うよりかは、強者の余裕だろう。
「ま、というかねえ。一企業とアゲハみたいな政治的思惑が絡むような組織を一緒にすべきじゃなかろうに」
「それはなんとも言えんがな……。だがアゲハが人材派遣のシェア率が高いのはあれだろ。傭兵がカウントにほぼ入ってないからだろう」
「それは確かにありそうだぜ」
傭兵は戦場以外にも雑用を任されることもある。一部の傭兵は行儀が悪いが基本的に傭兵というのは雑用係だ。
戒那がこれまでこなしてきた任務も戦争への参加、護衛、護送などもあるが……その大半は猫探し、草取り、そして家事である。
「戒那は傭兵だったらしいよな」
「ああ。君はなんでも知ってるな……ええと。隼斗くん?」
隼斗は朱色の瞳を面白がるように細めて、顔を綻ばせた。
「隼斗でいいぜ。俺の方こそ呼び捨てじゃあ嫌だったか? 年上だし……戒那さんとか? 敬語のがよかったらいってくれ。馴れ馴れしいよな」
「構わない。気にしてないよ。同じ学舎で学ぶ以上は対等に接してほしいとも」
その言葉に彼はホッと安堵したようだった。
「良かったぜ。俺、お前を見たときからきっと俺達分かり会えると思ってたんだよ」
「ふ、ふむ。分からないがそこまで思って……思って? くれたのは嬉しいよ」
隠しきれない疑問がやや飛び出す。
何故彼がそこまで自分を評価してくれてるのか皆目検討もつかない。ましてやあまり好意にも慣れてないので大変くすぐったい。
「っと。話しすぎても悪いな。つー訳でこれが学生証だ」
「嗣音やマリアは先に目が覚めてお前を心配してたから早く会いに行ってやれよ!」
「丁寧にありがとう」
「なんかあったら俺か蘭……シャドウかレインボーエンジェルに声をかけてくれ」
蘭が最後振り向いて軽く手を振る。
もらった学生証を財布にしまいつつ、戒那は改めて隣にいる少女――獄幻 胡蝶を見た。
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