第30話 RM:〈禁忌七宝〉

「なっ……ばっ」

「こ、胡蝶。落ち着け」

 胡蝶が立ち上がった反動で机の上に置かれていたコップが落下した。寸前で隼斗が魔力で受け止めていなければ今ごろ破片が散乱していただろう。

「落ち着けって! これが落ち着いてられるか!! あれは! 人が触れると異常性を発する可能性が高いからと神界を信用して神界に輸送したんだ! それもたった四十年前に!」

「その輸送時に紛失した可能性が高いそうだ」

「五十年もその事実を隠蔽していたと!?」

「だから責任者は今頃処刑されてる」

 隼斗と胡蝶の論争を前に蘭と二人で気まずく聞きたいことを聞けずにちらちらと伺うことしかできない。


 その事に気がついた胡蝶が一度、大袈裟に息を吐きそれから椅子に座り直した。

「そうでしたね。しのは変なとこで非常識ですから」

「妙な謗りを受けたんだが?」

「事実でしょうに……と言ってもどこから話したものか。そうですね。まず、せっかく魔法師になるんだ。魔法の禁忌について、話しておこうか」

 魔法には禁忌がある。なんでもできる力だ。早いうちにいくつかを禁止しなければならなかった。

 物理法則、重力の湾曲。生態系の湾曲。時系列の湾曲……簡単に言ってしまえば。

「今ある世界の前提条件を崩すようなことはするな、ってことですよ。そして、〈禁忌七宝〉と呼ばれる七つの魔法道具は間違いなくそれを引き起こすことができる」


 それが、〈禁忌七宝〉だ。

 世界を書き換えるが故に厳重に保管することを命じられている七つ道具。ひとつは欧州の最も名高い魔法使いが保存しており、ひとつは破損。ひとつは現在行方不明。二つは獄幻家が保管しており――残り二つを、神界が保管していた。


 ひとつは〈人形達の葬送曲〉と呼ばれる無数に増え続ける棺。

 そしてもうひとつが五十年前、獄幻家から譲渡された〈虚空の星櫃〉と呼ばれる魔法道具だった。


「〈虚空の星櫃〉は十二個の特殊な未知の鉱石で作られた箱です。それ以外の詳細は一切明らかになっていません」

「え? そうなのか?」

 胡蝶は頷いた。

 そもそもはただの箱であったそうだ。未知の物質でできているとはいえ、なんの異常性、特殊性を持たないただの箱。


 ――五十年前、獄幻家の座敷から続く『特別魔法式・時空回廊』の果て、『久遠の書斎』に運ばれるまでは。


「はてさて、ただの好奇心だったのか。或いは本気でそうと信じていたのかは定かではありません。ただ今は亡きイギリスの魔法師血族、ガーディアン家当主のアダムスはそれらの箱を獄幻家へ持ち込みました」

 箱は見事立葵の気を惹いた。

 彼の者のいる間は時と空間と断絶された場所。遥か昔、土御門の長が支援をしなかった獄幻家を憎み、彼を世界の外側へ追放した。


「そこであることは今起こったことであり過去にあったことであり未来に起こること」

 立葵はオーディンの血、不死鳥の羽根で、ヤドリギの枝、ダイヤの破片で魔法式を綴った。


 それ原初おわり終焉はじまり


 魔法を帯びた十二組の呪具。

 だが異常性はそこではない。獄幻家とガーディアンによって〈星櫃〉は細かく調査がされた。その結果、明らかになったのは。


「それまで無かったはずの異常性に関する記録書類が大量に出てきた。それも二千年分」


 立葵がかけた魔法と同じ異常性だった。今起こると推定される異常性と同じだった。


「ちょ、ちょっと待て。それじゃあ時系列があべこべじゃないか」

 戒那の静止に胡蝶は首を横に降る。

 確かにあべこべだ。だが時空回廊の要素が加わればそうとも言いがたい。

「言っただろ。時空回廊で起きたことは今であって今ではない。それに、こう考えれば分かるはずだよ。立葵が魔法をかけた結果、それはトリガーとなって過去未来現在の全ての杯と冠に魔法をかけたのだと」

「でもそれだと歴史が変わっちまうだろ」

「……ううん。そうとも限らない。それが運命ならね」

 確定された歴史。確定された人生。

 即ち、揺らぎではなくもう既に決められてい部分。


「運命っていうのはそこなんだよ。みんな自分の人生が決められてる、みたいなイメージを受けるみたいだけどね、そうじゃない。ただポイント的に定められてるところがあるだけなんだ」


 例えば、ある勇者が裏切られて殺される。

 例えば、ある英雄が自らの命を懸けて友を救う。

 例えば、人斬りの少女が仇の青年と出逢う。

 例えば、聖剣を造った龍が少女を救えない。


 例えば――女神を内に宿す少女は決して、選ばれた英雄の青年を幸せにできない。


 だとか。

 そういうことだ。繰り返したところで、螺旋の内にいたところで、それらは決して覆すことができない。

「そういうのが本物の運命だ。余人にも、自分にも、凡人でも仙人、神、魔法師……そのどれにも『どうしようもないコト』。それこそが運命」

「……魔法師にも、どうにもならないのか?」

 胡蝶は笑う。

 笑うことしか、できない。


 運命を前にした魔法師にできることは、諦めることだ。これが運命だから仕方ないと。余人よりも遥かに世界の仕組みを熟知してるのだから、そうするしかない。


「ま、とにかく立葵が魔法をかけるのは運命だったとしかいいようがないんだよ。何より、禁忌七宝が定められたのはそれより前なのに、その時からこの箱は入ってたからね」

「……では、その異常性と言うのはなんだったんだ?」

「……現在判明している〈虚空の星櫃〉。その異常性は」

 胡蝶の瞳が一瞬、虚空を彷徨った。


 獄幻家の魔法、それらはただ二千年の悲願のためだけに培われたものだ。それらの副産物においても例外はなく、ただの一度の余所見もない。


 放浪者であれば良かった。

 砂漠の中で見つからぬ財貨を求めているものであれば良かった。或いはいっそ、目的が破綻してくれさえいれば。


 だがあの家は違う。

 彼等は約束の地に辿り着かんと砂漠をただひたすらに歩き続ける亡者にして巡礼者。

 二千年、ただ違えることなく歩くもの。


「……――いかなる願いをも叶える、万願成就です」


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