第11話 しばしの別れと

 数日後。

 戒那は額に血管を浮かべてかつかつとアゲハ本館の廊下を歩いていた。


 おろおろと周囲の団員が彼を止めようとするが、その『近づく? いいだろうぶっ殺してやる』……みたいな剣呑な雰囲気に怖じけづいていた。


 彼は廊下の突き当たりの扉を開き、そしてそこに立つ目当ての人物に目尻をつり上げたのだった。


「胡蝶ッ!! 君は一体何をしてるんだ!!」

「やっべ」


 胡蝶ワーカーホリックは苦笑いをしながら振り向いた。額に熱ピタシート、肩からかけたポシェットにはポカリ。赤らんだ頬とやや白すぎる肌……どこをどう見ても病人である。


「君はほんの少しもベッドの上で大人しくできないのか、愚か者!!」

「そー、んなに怒らなくても良いじゃないですか~……仕事が溜まってるんですよ……」

「そうは言うがな! 君が倒れてからまだ三日しか経ってないんだぞ!!?」


 そう、三日だ。


 たった三日。


 倒れてから一日ほとんど目を覚まさず、一日は具合が悪いのか起き上がれず、ようやく動けるようになったと聞いて親切にイチゴタルトを差し入れようと思ったのに。


 朝イチで部屋を訪れた時には既に脱走していた。


 上品なシャツと赤いベスト。室内で職務をする時の格好で立つ彼女にため息しか出てこない。


「胡蝶。今からでも遅くない。ベッドに戻すぞ」

「……それ最早合意とかじゃなくて力付く」

「当然だろ」


 私服姿の戒那は手首の骨をならした。

 威嚇だとしても普通に怖くて胡蝶は少し涙目になった。だって怖いんだもの。


「……仕方がない。これ、頼みましたよ」

「え!? あの、ボス!!?」

「私の不在中の指揮権は夜蝶に一任します。彼に指示をあおぎなさい。急ぎの仕事も彼なら把握しているはずです……ってなわけで」


 てきぱきと部下に今後の簡単な指示を出す。指揮権は胡蝶にあるものの、現場の裁量は夜蝶に任せているためこれだけ指示をすれば彼らは自立する兵器になりうる。


 だから一気に窓に向かって走り出した。


 そもそも寝室を抜け出した地点で胡蝶はあの世話焼き男が追いかけてくるのを予感して予め窓を空けておいたのだ。


「ッ! 追え!!」

「はっ、ここはアゲハ! 私の砂のお城! たかだか三日ここに在中してるだけの貴方がなにをできるっていうんですか!!」

 戒那の言葉にアゲハの部下は即座に動き、窓を閉め、困った上司を捕縛した。


「……………………ん?」

「ふう、助かった」

「いえ、こちらこそありがとうございます」

「いやおかしいでしょ!! まだ三日しか経ってないんですよ!!?」


 戒那は先程まで仕事について談笑していた部下から胡蝶が預けた書類を受け取りつつ顔を上げて、ふっ、と嫌みな笑顔を浮かべた。


「三日あれば人心を掌握するのには十分だ」

「三日ですよ!?」

「たかが三日、されど三日だ。それに君が必要以上に仕事をしないよう私がアゲハの業務の一部を担ってる。私服なのもその一貫だ。どうにもあのスーツを着ていると傭兵としての仕事を頼まれやすくてな」


 どんなスーツだ。

 と言うよりそれはお前がお人好しなんじゃないのか、と言う言葉はとりあえず飲み込む。彼はさっさと書類を部下に渡した。


「では、戻るぞ、胡蝶。君は早く治すのが仕事だ」

「ええーーん! 鬼! 閻魔!! 非道! 人間の心なし!!」


***


「……あのぉ。一応報告に来たのですが、お邪魔でしたか?」

 顔を出した天草に二人はそれぞれの反応を見せた。戒那はあからさまに邪険そうに。胡蝶は心底嬉しそうにだ。

「よく来ました天草くん! ささ、そこの椅子に腰でもかけなさいよ!」

「近所のおばさんかね、君は」


 天草は疑問を唾液と一緒に飲み干した。

 なんで二人はベッドの上で一緒に寝てるのか。仮に看病するにしても戒那が添い寝する必要はないだろう。

 そんな疑問だ。

 訊いたら最後、地雷ヶ丘でタップダンスを踊ったのと同じ未来になるので訊かないけど。絶対訊かないけど。


「……魔薬のバイヤーですが、無事に捕縛できました。当日にご報告できればよかったのですが」

「私の方こそごめんなさい。三日も寝込んでいましたから」

「……三日もというのならば」

「小言シャラップ!!」

 戒那は拗ねたように胡蝶に近づく。

 距離感が、近いんじゃ。


「……で、バイヤーは」

「どうにも誰かの差し金のようで。頑なに口を割らないのをみるにあれは無理でしょう」

「……を使っても?」

 天草は頷いた。

 アゲハには法律上、敵対者に対して、ありとあらゆる暴力行為が許可されている。仕方がなければそれを選択肢にいれるのは当然だろう。


「……分かりました。何はともあれご苦労様です。ここ三日で薬の被害は急速に収まっています。治安も、おおよそ取り戻せたと見て良いでしょう」

「ふふ、胡蝶さんの腕がよいからですよ」

「いいえ。私の腕が良いからといって簡単に事態を収束できるわけではありません」

 今回の件はそれをより明確にした。胡蝶とて万能ではない。


「その事で提案がございまして」

「……? はい、なんですか」

「実は僕、明日にはここを出ようと考えているんです」


 沈黙。背後の戒那も驚いたようにがばりと身体を起こした。

「な、なんで……」

「なんでもかんでも、貴方を貴方の探す居場所まで安全に連れていくこと。それが貴方のお父上……時雨さんからの依頼でした」

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