第12話 或いは再会のための

 戒那に目を向け、次にこちらに視線を投げ掛ける。天草は青い瞳をスッと細めて、安堵したような微笑みを浮かべた。

「どうやらその決断をなされたようなので。時雨さんに頼まれたもうひとつの依頼と僕自身の幸福のために、ここを発つことに決めました」

 天草が目配せをしてきた。

「しの」

「扉の外で人が入ってこないよう見張ってる」

 戒那はぶっきらぼうにそう言うと扉を閉めた。天草はそれを確認して、膝をつく。


「貴方は覚えていらっしゃらないのでしょうが、僕はかつて貴方に一度尊厳を、そして三度命を救われています」

「……それは」

「いいえ、覚えていなくていいのです。覚えていたら貴方は僕に斬りかかってきていたでしょうから」

 彼の瞳に非難するような感情はない。


 レプリカントの肉体と精神は科学的な技法で再現されている。いわゆる魔法的表現とされる『ホムンクルス』の製作が科学で賄いきれなかったのは、魂の生成が科学では不完全だったからだ。

 完全なその人間のコピーを作るには、記憶を集積するための魂は必要不可欠だった。それを魔法が補い生まれたのがレプリカントだ。


 メルカトラの家の輝かしい功績。機構魔法の光栄なる第一歩であるレプリカントは暴走を阻止するために入力された命令には逆らえないよう造られている。

「敵対しろと言われればどんな相手の敵にだってなります。それが僕らレプリカントです。だから貴方には感謝をしているのです」

「…………」

「多くの死を持つ者が、生あるものが貴方に感謝をするでしょう」

 それは間違いなく称賛だ。心にもないものでもない、真に魂から謳われるもの。だが。


 自分が今どんな顔をしているのか、鏡をみるまでもなく分かってしまった。天草は少し笑みを緩める。

「……失礼しました。感情的になりすぎましたね。このような感謝、貴方の心を慰めることもできない」


 天草はそれから遠くを見るように、窓の外へ視線を向ける。

「どれ程の長い時を……悠久を彷徨おうと人間は変わりません。変わってもそれは目に見えているところだけ。本質的に変わることは無いのです」

 氷になろうと水蒸気になろうと水は水だ。

 状態が変化したところで本質的には変わらない。水素と酸素の化合物。変わったのは目に見えるところだけ。

 分かっている。

 期待するだけ、無価値だ。


「……その辺、彼はとても役に立つと思いますよ。彼は心に鋼鉄を宿しています。なにより役割から逸脱することはありません。彼が貴方になにかを誓ったのならばそれは必ず、その通りになるでしょう」

「……それはそれで怖いですけどね」

「何はともあれ、長らく空いていた席を埋める決断をなさったのは良いことです。願わくば貴方が……望む幸せが、手に入るように」

 彼はくすりと笑う。

 僕はこう見えて貴方びいきなので神之瑪さんには内緒ですよ、と。


「彼は誠実な男です。時にこちらが恐ろしいと思うほどに。貴方ももしかしたら道中でその意味を知ることになるでしょう。だとしても……貴方は、彼の手を放すべきではない」

「それは誰のため?」

「ふふ。さあ。そこまで言うのは野暮と言うものでしょう。貴方達は秋の空をゆく雁、比翼の鳥、そして連理の枝……或いは人はそれを魂の半身と表するのかもしれません」


 もう一人の己。

 或いは自分よりも自分に詳しい人物。


 彼に出会えただけで涙をこぼしてしまいそうになる、その錯覚を肯定するような言葉に僅かに不信感を表情で示す。

 だが彼は笑ったままだ。

「……運命と言いたいのなら、それこそ愚かです。運命は必ず悲運を運ぶ。出逢えたことが奇跡と言うのならば、その奇跡に見合うものを私たちから奪う」

「そうですね。運命の環は僕たちにとって必ずしも喜ばしいものであるとは限りません」


 瞳の奥で燃え盛るのはいつかの記憶だ。

 そりゃそうだよな、と胡蝶は思う。魔法師は感情を昂らせてはいけない。だが古く沈殿していく感情を捨てることはできない。


「そろそろ僕は行きますね。長々と話し込んでしまいました」

「気を遣わなくても大丈夫ですよ。体の具合は安定してます。元々ただの過労なんですから」

「それもそうなのですが……ほら、あれ」

 扉の隙間からじいっと赤みがかった金の瞳が覗いている。それはどこか責めるような瞳だ。

「あんまり貴方を独り占めしたのでやきもちを焼いてるのですよ」

「あら、可愛いところもあるんですね」

「ち、違う! 別にやきもちを焼いてる訳じゃない! それにオレは二十七だ! 可愛いとか言うな!」

「…………にじゅう」

「なな??」


 天草と二人で思わず繰り返してしまった。

 どこからどう見ても十八歳に見えるんだが。

「そ・う・だ!! 確かに顔は童顔だが……だからってその反応はないだろう」

「十八にしか見えませんけど」

「色々あるんだよ」

「神之瑪さん、コンビニの年齢制限で引っ掛かりそうですね……」

「うるさい天草! というか君は知ってるはずだろ……」

 読めない笑みを浮かべた天草に戒那は額に青筋を浮かべるのだった。

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